少しだけ風が冷たいけれど、よく晴れた午後の昼下がり。
ミリアリアはひさしぶりの休暇を利用して、街を歩いていた。
目指すのは、お気に入りの雑貨屋。
ちょっと細い路地を入った場所にあるそこは、ミリアリアの好みの雑貨が所狭しと並んでいる。
シホとも何度か足を運び、今では彼女も時間があれば一人で買い物に来るそうだ。
今日の目的は、手帳。
ミリアリアは予定をこまめに管理していないと気がすまない。
自身の仕事の予定、そして夫であるディアッカはジュール隊の副官としてそれなりに忙しく、日帰りの出張も増えて来た。
停戦して二年と少し。
だんだんと軌道に乗り始めたプラントと地球の関係改善に伴い、地球から訪れる使節団の護衛などで日々忙しいディアッカはコーディネイターだけあり滅多な事では体調を崩さないが、それでも疲れは溜まる。
ミリアリアの手帳には、自身の予定以外にも日々の献立やディアッカが喜んでくれた料理のレシピなどが事細かに記載されていた。
「こっちのノートはそのまま持っていたいし…やっぱりこれかな」
時期的にも色とりどりな手帳が並ぶ中でミリアリアが手にしたのは、シンプルだが使いやすいと評判のメーカーのものだった。
カバーの色が数種類あり、うーん、としばらく悩んだ末手にしたのは、薄い紫色の手帳。
と、ミリアリアははっと顔を上げた。
先日仕事中にサイが何気なく口にした言葉を思い出したのだ。
『ミリィってさ、紫色のものたくさん持ってるよね』
確かに思い返せば、色で悩んだ時手にするのは決まって紫。
それが何を意味しているかに気付き、ミリアリアはぱぁっと頬を染めたものだった。
だって、無意識なのだ。
大好きな人の瞳の色は、そのままミリアリアにとって好きな色のひとつになっていて。
だからつい、その色のものを手に取ってしまう。
ミリアリアは手にした手帳に目を落とし…どうしよう、と考えた。
手帳は常に持ち歩くものだし、仕事中もデスクの上に出しておく事が多い。
そう思うと…少しだけ気恥ずかしい、気もする。
「綺麗な色ですな」
最初は、それが自分に向けて掛けられた声とは思わなかった。
少しだけ間が開き、ミリアリアは手帳から声がした方に視線を移す。
そこには品のいい老紳士がにっこりと微笑んで立っていた。
「あ、の…?」
「ああ、これは失礼。随分と悩んでおられるようでしたのでつい。驚かせてしまいましたな」
柔らかい口調に優しそうな笑顔。
どちらかと言えば若い客が多い店だが、老紳士の上品な雰囲気は店内によく溶け込んでいる。
…怪しい人では、ないようだ。
「いえ…。悩んでいたのは確かです。私、最近ずっとこういう色ばかり選んでいるみたいで」
ふわりと微笑みそう答えたミリアリアに、老紳士はまた微笑んだ。
「紫がお好きですか?」
「…はい」
少しだけ視線を彷徨わせ、それでも素直にミリアリアは頷いた。
紫は、ディアッカの瞳の色。だから好きになったのだと、素直に頷く事で改めて実感する。
「とても綺麗な色だし、あなたによくお似合いだ」
「そう…でしょうか?」
「手帳は毎日のように開くものでしょう?好きな色ならそれだけで、ぐっと楽しい気分になるものですよ」
老紳士の言葉に、ミリアリアは手にした手帳に再び目を落とす。
「……ありがとうございます、背中を押して頂いて。やっぱり私、この色にします。」
にっこりとそう宣言するミリアリアに、老紳士は優しく頷いた。
***
その夜、ミリアリアは夕食後のお茶を飲みながら、雑貨屋で出会った老紳士についてディアッカに話をしていた。
「それでね、その人は奥様へのプレゼントを探してたんですって。ハロウィンだからお菓子、って歳でもないし、って言ってたわ」
「…ふーん」
どこかふてくされたような声に、ミリアリアは首を傾げた。
「なぁに?変な声出して」
「…べつに」
「別にじゃないでしょ!もう、まさかその人にまで灼いてるんじゃないでしょうね?」
「……べつに」
クッションを抱えてそっぽを向くディアッカにミリアリアは唖然としーーぷ、と吹き出した。
「あのねぇ、何もあるわけないでしょ?奥様へのプレゼントを、って照れてるおじいちゃんよ?」
「そんなん分かってるけどさ…なんか…随分嬉しそうに喋ってるから」
「だって微笑ましいじゃない。歳を取ってもそうやってプレゼントを選んだりして。何だかほっこりしちゃったわ」
「…それなら、いいけど」
複雑そうな表情のディアッカに、ミリアリアは呆れたように微笑む。
愛妻家を公言して憚らないディアッカは、自分の前でだけはこうして飾らない表情を見せてくれる。
困ったり、時には腹立たしい事もあるけれど──結局そんな所も好きなのだから、自分も大概だ、とミリアリアは苦笑し、話題を変える事にした。
「ね、今年のハロウィンの事なんだけど…」
隣に腰掛けにっこりと笑ったミリアリアの提案に、ディアッカは表情を一変させ、目を丸くした。
***
「ミリィ!」
ハロウィン当日。
自分を呼ぶ声に、ミリアリアは待ち合わせ場所のベンチから立ち上がった。
「悪い!最後の最後でイザークに捕まってさ…」
「連絡貰ってたし、そんなに待ってないから大丈夫よ。走って来たの?」
「だって寒いだろーが。風邪引いたらどうすんだよ」
「心配性ねぇ…でも、ありがと。とりあえず行きましょ?」
ミリアリアの小さな提案。それは、“去年見たハロウィンのイルミネーションをもう一度見に行きたい”というものだった。
今まで付合って来た女達はみな目新しい場所へ行きたがったものなのに、と不思議に思うディアッカだったが、ミリアリアが行きたいのならそれでいい、と快諾し、こうして待ち合わせをしたのだった。
「まだちょっと明るいな。どうする?もっと暗くなってからのが綺麗なんじゃねぇ?」
「そうよね…食事するには早いし、中途半端に時間空いちゃったわね…あ」
「ん?なに?」
「あのね、ボールペンが壊れたの」
「…はい?」
なぜ今ボールペンの話が?と面食らうディアッカに、ミリアリアは申し訳なさそうな表情で言葉を続けた。
「この間話した雑貨屋さん。あそこで買ったボールペン、書きやすくてそればっかり使ってたら壊れちゃったの。確かまだ同じものが売ってたはずだから、今から買いに行ってもいい?」
「ああ、いいぜ。そういや俺、その店行くの初めてかも」
「そうね。目立たない場所にあるけど、ここから歩いて五分くらいかな」
「マジで?近いじゃん。じゃ、早いとこ行こうぜ?」
「うん!」
嬉しそうににっこり頷くミリアリアは、とても可愛らしくて。
ディアッカの心臓が、どきり、と跳ねた。
「こんな所に雑貨屋なんてあったんだな…」
ハロウィン仕様に飾り付けられた小さな店の前で、ディアッカは感心したように呟いた。
「意外と見落としやすいかもね。私も偶然見つけたのよ」
「へぇ…シホも来てるんだっけ?ここ」
「うん。何度か一緒に来て、一人でも来るようになったみたいだけど…あ、ねぇ見て!」
小さなショーウィンドウの前で目を輝かせるミリアリア。
そこに飾られていたのは、キラキラと光るガラス細工。
ウィンドウに設置されたライトの光を受けて、虹色の光を周囲に振り撒いているそれは、天使の形をしていた。
「サンキャッチャーよね…これって」
「サンキャッチャー?」
聞き慣れない単語に首を捻るディアッカを振り返り、ミリアリアはにっこり笑った。
「こうやって吊されたクリスタルガラスが太陽の光を受けて、たくさんの光のかけらを空間に作り出すの。地球では、お守りとして用いられたりもしてるのよ」
「へぇ…初めて見たな、こんなの。」
「…北欧に取材に行った時、飾られていたの」
その言葉に思わずディアッカは小さく息を飲む。
そっと視線を向けると、ミリアリアは柔らかく微笑みながら、キラキラと虹色の光を振り撒く天使を愛おしげに見つめていた。
「発祥の由来は諸説あるんだけど…北欧って地球の中でも日照時間の短い地域なの。だから、少しでも太陽の光を感じる事ができるように考えられた、とも言われてるのよ。でも私が見たのは細かくカットされたレインドロップみたいなクリスタルガラスのものだった。こんなかわいい形のもあるのね…」
北欧での取材。
それは多分、キラがかつて話してくれたダストコーディネイターのコミュニティの事だろう。
その場所でミリアリアはテロに巻き込まれ、心に深い傷を負った。
辛い思い出の方が多いはず、と思い、ミリアリア本人にその事について尋ねた事は無かったが、ショーウィンドウの中の天使を眺める碧い瞳はとても穏やかなもので。
ディアッカは、そっとミリアリアの肩を引き寄せ小さな頭にキスを落とし、囁いた。
「これ、買ってやるよ」
ミリアリアは驚いたようにディアッカを見上げた。
「え?な、なんで?」
「いいじゃん。気に入ったんだろ?なんでもなにもねぇの。ほら、店入ろうぜ?」
あたふたとするミリアリアの手を取り、ディアッカは店のドアをくぐり、まっすぐカウンターへと向かった。
「すみません、ショーウィンドウにあった…」
「あ!」
「え?」
カウンターにいた女性に話しかけたディアッカは、背後で声をあげたミリアリアを訝しげに振り返る。
「…おや。あなたは先日の…」
そこに立っていたのは、品の良い老夫婦で。
若い頃はさぞ可愛らしかったのだろうな、と思われる夫人の手には、先程までショーウィンドウに飾られていた天使のサンキャッチャーがしっかりと握られていた。
「え、と。ミリィ?」
ディアッカの戸惑った声に、ミリアリアははっと我に返った。
「ディアッカ、あの、この間ここで手帳を買った話、したでしょ?あの時の方なの。あの、こんにちは。先日はありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるミリアリアに、老紳士は優しく微笑む。
「またお会い出来るとは…偶然とは素晴らしいものですな」
そして傍らに立つ老婦人に、「先日ここへ来た時にお会いしたお嬢さんだよ。覚えてるかね?」と優しく語りかけた。
「ああ…!手帳のお色を悩んでいらしたというお嬢さん?」
「は、はい。その節はお世話になりまして…」
少しだけ頬を染めたミリアリアを、ディアッカはきょとんと見下ろした。
「あの後散々悩んだのですが、一人ではどうしても決められなくてね。結局妻も連れて来てしまったよ」
その言葉に、ディアッカは当初の目的を思い出した。
だが先程まで確かにショーウィンドウにあったサンキャッチャーは、今まさに目の前にいる老婦人が持っているもので。
同じものを購入したい、とこの場で口にするのは躊躇われ、ディアッカはどうする?と目でミリアリアに問いかけた。
ミリアリアもまた、ディアッカの言いたい事をしっかりと汲み取ったのだろう。
ふわり、と微笑んで老紳士に向き直った。
「それで、奥様の選ばれたのが、そのサンキャッチャーなんですね」
「ああ、そうなんだよ。だが…君もこのサンキャッチャーを?」
老紳士はディアッカがカウンターの女性に掛けた言葉を聞いていたのだろう。
遠慮がちに問われ、ミリアリアは微笑んで首を振った。
「ええ。とてもかわいいと思って。でも、奥様がお気に召されたのであれば、ぜひそちらをプレゼントに。他にも素敵なものがたくさんありますから、どうかお気になさらないで下さいね」
「しかし…」
「あの…」
カウンターにいた女性に背後から掛けられ、一同はそちらに顔を向けた。
「そのサンキャッチャーは全て一点ものでして…天然石を使って作られているので、ひとつとして同じ物は無いんです。そちらは地球産の水晶で作られております」
「まぁ…それなら、私は別の物にするわ。こんなにかわいい天使、あなたのようなお嬢さんの方が…」
「いえ!本当にいいんです!ね、ディアッカ?」
「あ、ああ」
ミリアリアの気迫に押され、ディアッカはこくこくと頷いた。
「失礼。今、“全て”と仰られていましたが…このシリーズは他にも?」
老紳士の問いに、女性は窓辺に飾られたインテリアグッズを手で指し示した。
「はい、あちらに数点ですが、天然石で作られたサンキャッチャーがございます。よろしければご覧になられますか?」
ミリアリアとディアッカは顔を見合わせた。
「えっと…見てみてもいいかな?」
「え?ああ、もちろん」
二人のやり取りを聞いていた女性は、にっこりと微笑みご用意します、とその場を離れた。
「その…本当に、いいのかね?」
控えめに尋ねる老紳士と、その後ろに立ち恐縮する夫人にミリアリアはしっかりと頷いた。
「はい。他にも気に入った物が見つかると思いますし、本当にお気になさらないで下さい。それに…その天使、奥様の雰囲気にとても良く合っていると思いますから、私なんかより奥様へのプレゼントに是非」
確かに、可愛らしい老婦人に水晶のサンキャッチャーはとても良く馴染んでいて。
ディアッカもまた、ふわりと微笑み、頷いた。
「本当に。妻の言う通り、よく似合っておられます」
「まぁ…あなた達、ご夫婦だったの?お若いからてっきり…」
目を丸くする老婦人の無邪気な言葉に、ディアッカとミリアリアは目を見交わし、笑みを深めた。
「はい、まだ結婚して二年も経っていませんが」
「そう…。いいわね、幸せでしょう?そんな空気が伝わってくるわ」
老婦人の言葉に、ディアッカは思わず目を丸くする。
だが、次の瞬間ミリアリアが発した言葉に全ての意識を持って行かれた。
「はい。幸せです。とても」
きっぱりとそう返事をしたミリアリアに、老夫妻は柔らかな笑みを浮かべ頷いた。
「これからもお幸せにね。サンキャッチャー、ありがとう」
「はい。…じゃ、私達はこれで」
「すまないね。どうか気に入る物が見つかるよう願っているよ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
しっかりとお辞儀をし、ミリアリアはディアッカを促すとサンキャッチャーを用意してくれている女性店員の元へと移動したのだった。
***
「本当に良かったのかよ?最初に見たやつじゃなくて。何なら取り寄せ出来るか聞いてみても良かったんじゃねーの?」
ディアッカの言葉に、すっかり暗くなった道を歩きながらミリアリアは首を振った。
「いいの。だって、こっちのもすごく素敵じゃない。同じ天使だし、きっと二つ並べられてても私はこっちを選んでたわ」
あの後色々なサンキャッチャーの中からこれがいい!ミリアリアが選んだのは、やはり天使をかたどったものだった。
偶然にも同じ地球産の水晶を素材としていたそれは、翼の部分が薄紫色をしていて。
女性店員の話によれば、ちょうどその部分だけアメジストが使われている、との事だった。
と言っても、アメジストは元々水晶の仲間であり、合有される成分の違いによって色も変わるらしい。
その特色を生かし作られたサンキャッチャーは、やはり一点ものだそうだ。
ミリアリアがそれを手にしている時、会計をすませ店を出ようとしている老紳士と目が合った。
紫の翼を持つ天使に目をやり、そしてミリアリアの隣に立つディアッカに目をやり。
合点が行った様子で微笑む老紳士に、ミリアリアもまたにっこりと微笑み、会釈したのだった。
ディアッカの瞳と同じ色の翼を持つ天使。
思いもよらなかったプレゼントが嬉しくて、ミリアリアは幸せいっぱい、といった笑顔を浮かべ、ディアッカを見上げた。
「ありがとう、ディアッカ。ボールペンを買いに行っただけだったのに、予想外の出費でごめんね」
「あ?そんなん気にすんなよ。お前が気に入ったなら、こんくらいどうってことねぇよ」
「うん…でも、ありがとう。これ、早く飾りたいなぁ…」
サンキャッチャーの入った袋を大事そうに抱えるミリアリア。
ディアッカの脳裏に、先程のミリアリアの言葉が蘇った。
『はい、幸せです。とても』
想いを確かめ合い、知り合いもほぼいないプラントにミリアリアを連れ帰り、数々の困難を乗り越え夫婦になって。
たまに喧嘩もするし、泣かせてしまう事もあるけれど。
それでもミリアリアは言ってくれた。
自分といて、幸せだと。
それが本当に、嬉しくて。
「なぁ。…毎年じゃなくてもいい。でも時間が許すんならさ、また二人でイルミネーション、見に来ようぜ?」
この先も、ずっとずっと、二人で支え合って生きて行く、と決めた。
そう、あの老夫婦のように歳を取っても、自分はずっとミリアリアと一緒にいたい。
目新しいものなどなくても、毎年こうして二人で同じ景色を、眺めたい──。
そう思っていたディアッカは、唐突に気づいてしまった。
なぜミリアリアが去年と同じ場所に行く事をせがんだのか。
それは多分──今まさに自分が思ったのと同じ理由、ではないのか、という事に。
「……うん。私も、そう出来たらいいな、って思ってた」
恥ずかしそうに、それでも小さな声で答えてくれる、ディアッカの宝物。
「じゃ、約束な」
「…うん」
そこまで話したところで、二人の眼前にきらめくイルミネーションが現れる。
「きれい…」
昨年も見たはずなのに、まるで初めて目にするかのように目を輝かせるミリアリアが愛しくてたまらなくて。
ディアッカは、ミリアリアの手をそっと取り、しっかりと手を繋ぐ。
そして耳元に顔を寄せ、「ミリィ、大好き」と小さく囁くと、イルミネーションの光に照らされたミリアリアの頬が、たちまちぱぁっと赤く染まったのだった。
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遅ればせながらのハロウィン小噺第二弾です!
やはりDMサイトですので、甘ーい二人を書きたい!と熱望し出来上がったお話です(●´艸`)
天使のサンキャッチャーは、私が天然石好きで、たまたま見かけた物からヒントを得ました(笑)
昨年のお話を書いた時の題材が結婚して初めてのハロウィンデートだったので、次回作は
このお話から一年後のふたりを!と密かに考えておりました。
長編「天使の翼」スタート時より約半年前の二人です。
遅くなってしまいましたが、ラブラブなDMを一人でも多くの皆様にお楽しみ頂ければ幸いです!
2015,11,4up