ニアミス

 

 

 

 
※この作品は、サイト本編「手を繋いで」とは別の設定の物語となります。
 
 
 
 
 
慣れない黒服の襟が苦しく感じ、ディアッカは思わず指でそこを少しくつろげた。
裾の長い上着は赤服を何となく思い出させる。
つい先日まで着ていた緑の軍服は丈が短く最初は落ち着かなかったが、今は逆にこちらの方が足にまとわりついて落ち着かない。
そんな事を考えていると、不意に周囲の空気が変わった。
「ラクス様の到着だ」
小声でそう教えてくれた同僚に目礼し、居住まいを正す。
今は、副官としての務めを果たす時間だ。
そう気持ちを切り替えると、ディアッカは扉が開くと同時に現れた歌姫に向かい、恭しく礼をした。

 
 
 
「キラ・ヤマト准将だって?ラクス様と共におられたフリーダムとやらのパイロットだろ?」
「そうらしいな。にしても、虫も殺さないような顔立ちであれだけの戦果を挙げたのか…」
 
 
AAのクルーとともに現れたキラは、ラクスを見るなり駆け寄り、しっかりと抱擁を交わしたらしい。
ブリーフィングルームで同僚達の会話を何とはなしに聞きながら、イザークから聞かされた話を思い出しディアッカは思わず頬を緩めた。
あいつらは相変わらず、か。
先の大戦が終わった後、彼らに会ったのは数回程。
それでもしっかりと伝わって来た互いに対する信頼と愛情は、未だ健在のようだ。
もっとも当時のキラはどこか不安定で、ラクスが傍でそれを支えている、と言うのが本当の所だったようだが。

 

AAのクルーは現在、整備クルーを除いてザフト軍本部内の宿舎に移動している。
大天使の艦とは言え、あの戦火をくぐり抜けて来たのだ。
今頃懐かしい顔ぶれの整備クルー達はフル回転で作業にあたっているだろう。
彼らにもそれ以外にも、会いに行こうと思えばすぐの距離だったが、ディアッカはどこかそれを躊躇っていた。
 
 
ーーー忘れようとしていたはずの想いが、溢れてしまいそうな気がして。
 
 
「エルスマン!まだこんな所にいたの?」
きりりとした声に名を呼ばれ、ディアッカははっと顔を上げた。
「シホ?なんだよ、何かあった?」
ジュール隊の副隊長であるシホ・ハーネンフースは溜息をついた。
「あなた宛に通信が入っていたのよ。色々な所にアナウンスしたけど見つからないから…」
「マジで?悪い。で、相手は?」
戦後処理はもう始まっている。
もしかして重要な内容だったのでは、と慌てて立ち上がったディアッカに、シホはひらりとメモを寄越した。
 

「この番号に連絡を入れてちょうだい。」
「……あの、シホさん?これ番号しか書いてねぇけど?」
「ああ、ごめんなさい。相手の名前を聞き忘れたのよ。」
「はぁ?!」

 
シホにしてはあり得ない失態に、ディアッカはつい声を上げた。
「怪しい相手じゃないと思うし、いいじゃない。とにかく急いで通信を。ああ、隊長が執務室の通信機を使えと仰っていたわ。」
「イザークが?なんで?」
「さあ?とにかく早く。それと2時間後にラクス様の執務室まで来るように、との事よ。」
「へ?」
驚いた顔をするディアッカに、シホはくすりと微笑んだ。
「我々ジュール隊がエターナルを援護した件について話をしたいそうよ。よろしくね。」
「ああ…って、なんで俺?」
「ラクス様から直々にお申し入れですって。それ以外は私も分からないわ。」
「ふーん…」
先の大戦で、ラクス・クラインとディアッカは同じ陣営にあった。
それほど親しく会話を交わした訳ではなかったが、かといって同じコーディネイター同士、全く接点がなかった訳でもない。
…さらに言えば、その接点は主に戦後、の方が多かったのだが。
頭を掠めた碧い瞳を振り払うようにディアッカはぶんぶんと頭を振った。
「……何やってるの?」
「いや、別に。とりあえずりょーかい。執務室行くわ。」
胡乱げな目を向けて来るシホに向けて曖昧に微笑み、ディアッカはその場を後にした。
それを見送るシホの顔に微かな笑みが浮かんでいた事など、ディアッカには知る由もなかった。
 
 
 
 
 
「んーと?めんどくせぇコードだな…」
ジュール隊隊長室。
ディアッカは通信機を前に、メモに書かれたコードを入力する。
やけに長いコードは、あまり見た事の無いものだ。
軍用回線の一種なのだろうが、秘匿回線扱いなのかやけに時間が掛かる。
「…は?」
しばらくして現れたのは、『SOUND ONLY』の表示。
何故かYES・NOの二択になっている。
どうやら相手は、顔を見せる事はせず音声だけの通信を望んでいるらしい。
それでも良ければYESを選べ、と言う事なのだろう。
「胡散くせぇ…」
マウスを持ったまましばし考え込むディアッカだったが、ここまでして自分と話がしたい相手が誰なのか、という事に興味が湧いたのもまた事実で。
万が一サイバー攻撃等かけられても、こちらにはキラがいるしディアッカ自身にもプログラミングにはそれなりの自信があった。
ーーなるように、なるだろ。
カーソルをYESに合わせ、かち、とクリックする。
すると、数回の呼び出し音のあと、ぷつ、と回線が繋がった音がスピーカーから聞こえて来て。
 
 
 

『……ディアッカ?』
 
 
 

耳に飛び込んで来た聞き覚えのあるーーいや、忘れようも無い声に名を呼ばれ、心臓がどくり、と跳ねる。
それは2年前、盛大に喧嘩別れをした元・恋人である、ミリアリア・ハウの声だった。
 
 
「……ミリ、アリア?」
『うん。よく分かったわね。』
「そりゃ、まぁ…」
『まぁ、何よ?』
 
 
少しだけ声に刺が混じり、ディアッカははっと我に返った。
停戦したとは言え、地球とプラントで回線を繋げるなど至難の業だ。
ミリアリアにそれが出来るとは考えにくいが、もしかして離れている間にそう言った技術を身につけたのだろうか?
 
 
『まぁ、いいけど。あ、この回線はキラとアスランにお願いして開いてもらったの。ちょっとしたハッキング行為だから、あまり長くは話せないわ。』
「な…お前、ザフトにハッキングって…」
『私だってびっくりよ。ザフトのシステム、ちょっと脆弱過ぎなんじゃないの?結構簡単だったってキラから聞いたわよ?』
「っ…ていうかお前、どこにいる?無事なのか?」
『無事だからこうして話してるんじゃない』
「そうじゃなくて!地球にユニウスセブンの破片が落ちただろ!あん時、お前どこに…」
『中東で取材中だったわ。大丈夫、すぐシェルターに避難したから幸いかすり傷ひとつ追わなかった。』
「…そ、か。」
 
 
ミリアリアの声を聞いた瞬間、ずっと気になっていた事がするりとディアッカの口から零れた。
ずっと蓋をして来たのに、溢れ出てしまった想い。
破砕活動に従事しながら、ミリアリアの安否がただ心配だった。
だが、あんな別れ方をしてしまった立場上、安否を確認する事も出来ないままでいた。
事件後、プラントと地球は一般回線での通信は規制されてしまい、ミリアリアに連絡を取る事も出来ない。
そしてディアッカが内心気を揉む中再び戦争が始まり、ザフトに戻ったと言うアスランとも話をする暇などなく、ここまで来てしまった。
こんな事ならアスランがプラントに訪れた時、素直にミリアリアの安否を尋ねれば良かった、と後悔したが事態は急速に変化し、いつしかディアッカはMSを駆って戦いに出ていた。
 
 
『…心配、してくれたの?』
「…っ、あ、いや…」
『私は、心配だった。』
 
 
口ごもるディアッカは、きっぱりと落とされた言葉に固まった。
 
 
『アスランから聞いたわ。あんた、ユニウスセブンの破砕活動に参加してたんでしょ?あの時、連合が奪取した機体もそばにいたはずだし…ザラ派のMSだって近くにいたのよね?
あんたが怪我なんてしなかったか、また戦争が始まって、被弾なんてしてないか…ずっと、心配だった。』
「…あの時はイザークもいたし、アスランも後から加わったし。俺も、ぎりぎりまで破砕活動には参加してたけど、どこも怪我してねぇよ。」
『なら、良かった。…ありがとう、ディアッカ。』
「え?」
 
 
次から次へと聞こえて来る声にディアッカは再び固まった。
そもそも、こんなにストレートな言葉を口にするミリアリアと話す事自体久し振りすぎて、頭がついて来れていないのだ。
突然の謝辞の意味が分からず、ディアッカはぽかんと口を開けてミリアリアの言葉を脳内で反芻した。

 
 
『あのまま破片が落下していたら、地球はどうなっていたか分からない。私もね。だから、ありがとう。
それと…エターナルの援護に回ってくれた事も。』
 
 

ひゅ、とディアッカは息を飲んだ。
なぜその事を、ミリアリアが知っているーー?
 
 
「お前…今どこにいる?」
『…心配いらない。安全な所にいるわ。』
「だから、それはどこなんだってっ…!」
 
 
ジジ、と通信に雑音が混ざり始め、ディアッカは思わず立ち上がった。
 

『そろそろタイムアウトみたいね。…声が聞けて良かった。』
「な、おい!ちょっと待て!」
『私の意思じゃどうにもならないわ。言ったでしょ?ハッキングって。』
 

ミリアリアの声がだんだん小さくなって行く。
ーーこのまま、終わらせてしまってもいいのか?
そう思った瞬間、ディアッカは大声で叫んでいた。
 
 

「なぁ、また話せるか?俺たち、もう一度会えるか?!」
 
 

一瞬の沈黙。
もしかして回線が切れてしまったのでは、と絶望感がディアッカの胸に沸き上る。
 
 
 
『ーーー会いたい。会いに来て。』
 
 
 
雑音に混じって聞こえた、ミリアリアのきっぱりとした声。
ディアッカの胸がかっと熱くなった。
「ミリィ、俺…!」
だがそこで、モニタがふっと暗くなり、雑音も途絶える。
今度こそ通信は途切れてしまったようだ。
 

ーーー会いたい。会いに来て。
 

ディアッカはぎゅっと拳を握りしめ、どかりと椅子に座り込んだ。
 
 
 

***
 
 
 

重厚な扉の前に立ち、ディアッカは居住まいを正すと軽くノックをする。
「ディアッカ・エルスマンです。」
「どうぞ」
鈴を振るような可憐な声は、確かにラクス・クラインのもので。
ディアッカはまっすぐ前を向き、扉を開けた。

 
「ディアッカさん。お久しぶりですわ。」
「久し振り、ディアッカ」

 
そこにいたのはこの部屋の主となったラクス・クラインと、ザフトの白い隊長服に身を包んだキラ・ヤマトだった。
二人の間に漂う甘い空気に、ディアッカは思わず口元を緩めた。
「どうかいたしましたか?」
「いえ…。変わらないな、と思って。」
「まぁ!ディアッカさんもお変わりありませんわ。昇進なされたのですね。おめでとうございます。」
「軍服の色が変わっただけで、やる事が変わった訳ではありませんが。ありがとうございます。」
ふんわりと微笑むラクスに、ディアッカは慇懃無礼な敬礼を送った。
「ディアッカ、無事で良かった。被弾したって聞いた時は焦ったよ。」
「あのくらい、昔を思えばどうってことねぇよ。お前も元気そうで良かったぜ、キラ。」
 
 
かつて目にしたキラ・ヤマトはいつも遠いどこかを見るような眼差しをしていた。
元々儚げな少年だったキラだが、一歩間違えば空気に溶けて消えてしまいそうで。
常にその傍らにいたラクス・クラインも、キラの友人であるミリアリアもどこか不安そうな表情をしていた事を思い出す。
だが今のキラは、しっかりと目の前にあるものを見ている、そんな表情をしていた。
どんな心境の変化があったのかは分からない。
内心気を張っているのかもしれないが、ザフトの白服に身を包んでいる時点で、彼なりの覚悟を決めたのだろう。
 
 
「ディアッカさん。エターナルを援護して下さり、ありがとうございました。この場を借りてお礼を言わせて下さいな。」
 
 
不意に落とされたラクスの声に、ディアッカは顔を上げた。
「あれは…イザークの判断で、俺はそれに従ったまでです。」
「それでも。もしその判断が誤りだと思えば、あなたは従わなかったでしょう?」
にこやかに微笑みながら核心をずばりと突かれ、ディアッカは内心舌を巻いた。
たおやかな外見に似合わず、やはりラクス・クラインは頭がいい。
…ならば、これからディアッカが口にする内容に対して、ラクスはどんな反応をするのだろうか。
ディアッカは、紫の瞳でまっすぐラクスを見つめ、口を開いた。
 
 
 
「ラクス嬢。俺に、地球行きの任務を与えてくれませんか。」
 
 
 
ラクスのブルーの瞳が見開かれる。
「どんな任務でも構いません。ジュール隊副官としてではなく、俺個人の希望です。」
「…どうして地球に行きたいの?ディアッカ。」
穏やかなキラの声に、ディアッカはきっぱりと答えた。
 
 
「分かってんだろ?あいつに、会いに行く。」
「あいつって?」
 
 
何故か笑いを含んだような声に、ディアッカは真剣な表情で応じた。
「ミリアリアだ。お前だろ?ハッキングしてまで回線をセッティングしたの。」
「ミリィがそう言ってた?」
「ああ。」
「そう。…イザークさんは大丈夫なの?ディアッカ、仮にもジュール隊の副官なんでしょ?さっき黒服の集団の中にいたよね?」
「っ…それはそうだけど、俺はあいつに…」
「分かりましたわ、ディアッカさん。」
やはり笑顔のまま、ラクスが立ち上がった。
「イザークさんには私からもお願いしてみます。ただ、現在地球へ行くような任務は…ザフトも戦後処理に追われておりますし…ああ、そうですわ!」
芝居がかった様子でぽん、と手を打つラクス・クラインをディアッカは不思議そうな表情で見つめた。

 
 
「地球へ戻るAAの護衛をディアッカさんにお願いするのはどうでしょう?キラ、どう思われますか?」
 
 

思いもかけない提案に、ディアッカは息を詰めた。
「うーん…まぁ、大きな声じゃ言えないけど、ディアッカは元AAのクルーでもあるしね。だからそういう意味では適任、なんじゃない?
ただ、イザークさんもそうだけど、オーブ軍の方にも確認を取らないとダメでしょ?」
「それもそうですわね。では、ディアッカさん、早速お願い出来ますか?」
「へ?」
いきなり話をふられ、ディアッカは素っ頓狂な声を上げた。
かつてAAにいた事も間違いではないし、AAはオーブ軍属の艦だから、オーブ側に確認を取る事も必要だろう。
だが、何故そんな細かい調整まで自分が?とディアッカは目を白黒させた。
本来であればザフト側のしかるべき部署が手順を踏んで、話が進むものなんじゃないのか?
脳内に疑問符を浮かべるディアッカに、ラクスは執務室の奥にある扉を指し示した。
 

「ちょうどあちらに、オーブ軍の方をお待たせしておりますの。特別報道官の方で、今後のプラントとオーブの関係についてお話をしていたんですのよ。
戦後処理もままならない中、一般的な手順を踏んでいる時間も惜しいですし、直接その方と交渉なさってはいかがでしょう?」
「特別報道官?軍人ですか?」
「はい。尉官であらせられますわ。ですから、その方の了承が得られれば問題もございませんし、時間短縮にもなるでしょう?」
「…わかりました。」
 

行政府の人間がクサナギにでも乗艦していたのかと思ったが、そう言う訳でもなさそうだ。
軍人やりながら報道官、ねぇ。
きっと厳つい、いかにも軍人、という感じの男だろう、とディアッカは勝手に想像した。
だがよく考えれば、これは願っても無いチャンスで。
ラクスの口添えがあればイザークも表立って文句など言わないであろうし、地球に降りてしまえば休暇でも何でももぎ取り、オーブの姫さんあたりにミリアリアの居場所を聞いて探しに行けばいい。
たとえ会えなかったとしても、もう、諦めない。
 
 
ミリアリアは言ったのだ。会いたい、会いに来て、と。
 
 
本当は、別れるつもりなどなかった。
意地を張っているうちにミリアリアとの連絡がつかなくなり、焦燥や恋慕はいつしか、諦め、という感情に姿を変えていた。
どうか無事でいて欲しい。出来る限り、笑顔でいて欲しい。
あの花のような笑顔が、泣き顔に変わっていなければいい。
それだけを願い、そしてその願いを心の奥に蓋をして封じ込め、しまいこんだ。
どうしてこんなにも臆病になっているのか、ディアッカには分からなかった。
だが、今なら分かる。
自分は、ミリアリアに拒絶されるのが怖かったのだ。
 

しかし2年ぶりに言葉を交わしたミリアリアは、素直な想いを口にしてくれた。
ぶっきらぼうな口調は相変わらずだったが、それがディアッカにはたまらなく嬉しかった。
ミリアリアが会いたい、と願ってくれるのなら、その願いを叶えたい。
ミリアリアに、会いたい。
 
 
「こちらのお部屋は厳重な防音設備を施してありますの。重要な会談の時などに使用する為、とイザークさんが先程説明して下さいましたわ。
ですから、どうぞゆっくりお話なさって下さいな。」
「え?あ、はい。」
 
 
ゆっくり話すような案件だろうか?
内心首を傾げながら、ディアッカは軽く扉をノックする。
「お返事されていてもこちらには聞こえませんわ。入室して構わないと思います。ね、キラ?」
「うん。ほらディアッカ、早く。」
「あ、ああ。」
ふわりと微笑む二人に促され、かちゃり、とドアを開ける。
 
 
 
「ーーーーーっ」
 
 
 
ディアッカは自分の頭がおかしくなったのではないかと思い、ドアノブを握ったまま固まる。
同じように、室内にいた相手もこちらを振り向き、それまで使用していたであろう端末に手を添えたまま固まっている。

 
 
「改めてご紹介致します。オーブ軍第二宇宙艦隊所属、ミリアリア・ハウ三慰です。彼女はオーブ行政府の特別報道官も兼任しておられます。
ハウ三慰、こちらの方がお話があるそうですわ。よろしいですか?」
 
 

歌うようなラクス・クラインの声に、オーブの海と同じ碧い瞳が大きく見開かれた。
 
 
 
 
「…っ、ちょ、キラ!ラクスも!どういう事っ!?私はただ、一言お礼が言えたら、って…!」
 
わたわたと両手を振り回して抗議するミリアリアを、ディアッカはぽかんと眺めていた。
「ほんとに、それだけで良かったの?ミリィ。」
「…そ、そうよ!さっき言いたい事は言えたし、私は…」
「あんなニアミスで満足出来た?そうじゃないから僕に回線の設定を頼んで来たんでしょ?」
「だから!声が聞ければそれでいいって言ったじゃない!もう!ラクスもどうして止めてくれないの!?」
「ニア、ミス?」
 
 
会話について行けないディアッカがやっとの事で発した言葉に、ミリアリアの顔が真っ赤に染まる。
返事をしたのはキラだった。
「そう。ニアミス。詳しい事はミリィ本人から聞いてくれる?僕の口から話すべき事でもないでしょ?ミリィ。」
「なっ…!」
「ではお二人とも、このお部屋は先程もお伝えしたように防音設備が施されております。ごゆっくりお話なさって下さいな。
わたくしたちはイザークさんのところへ行かなければいけませんので、これで失礼致します。」
「ちょ、おい!」
「健闘を祈りますわ、ディアッカさん。」
ラクスが可愛らしい敬礼を送り、キラがその横でにっこり手を振り。
扉がぱたん、と閉まる。
そしてそこには、口をぱくぱくさせるミリアリアと呆然としたままのディアッカだけが、残された。
 
 
 
***
 
 
 
沈黙が、室内を支配していた。
「あの」
「えっと」
同時に声を発した二人は、ぴきん、と固まる。
次に声を発したのはディアッカだった。

 
「その…ひさし、ぶり。」
「…うん。」
 

先程の通信越しの会話ではあれだけ落ち着き払っていたくせに、ミリアリアの目はあちこち泳いでいて。
ディアッカはおよそ2年ぶりとなるミリアリアの姿を、上から下までじっと眺めた。
 

綺麗になった。
それがまず、第一に浮かんだ思い。
記憶の中のミリアリアは華奢で小さな少女だった。
ピンク色の軍服姿、オレンジ色のワンピースを纏った私服姿。
だが今彼女がその身に纏うのは、白いオーブの軍服で。
華奢な体はそのままだが、昔より女性らしい丸みがそこに加わっていて、顔立ちも少しだけ大人っぽくなっていた。
 
 
「…戦場カメラマンは廃業?」
「っ…そう言う訳じゃない、けど。色々考えて、AAに戻ったの。」
「ってお前、もしかしてAAに乗艦してたのか?!」
「え?う、うん。今まで通りオペレーター席にいたけど…?」
「…まじかよ…」
 
 
はあぁぁ、と深い溜息をつき頭を抱えるディアッカに、ミリアリアはきょとんとした顔を向けた。
自分達がエターナルの援護についた時、AAは戦場の真っただ中にいた。
それこそ、いつ撃ち落とされてもおかしくないような場所に。
 

「なによ?なんなの?」
「いや…知ってたら俺だけでもAAの援護に回ったのに、って、いまさら変な汗が出て来た。」
「…あんた、相変わらず考えなしね。」
「は?」
 

ディアッカが顔を上げると、そこには碧い瞳に怒りを浮かべたミリアリアの顔があった。
 
 
「あんたはただでさえ一度ザフトを離反してるのよ?そんな事したら今度こそ銃殺ものでしょう?
ジュールさんの判断は正しかったわ。エターナルはザフトの艦だけど、AAは違う。なのにあんたったらまた勝手な事考えて!」
「お前なぁ、たまたま運がよかっただけで、下手すりゃ今頃デブリの仲間入りだったかもしれねぇんだぞ?!」
「いいじゃない!結果的に無事だったんだから!」
「2年も音沙汰なくて、次に見たのが戦死者リストの名簿だった、なんて冗談じゃねぇんだよ!
ただでさえ、ブレイク・ザ・ワールドが起こってから気が気じゃなかったってのに!」
「っ…さ、さっき心配してくれてたのか聞いた時、あんた否定したじゃない!なのにいまさら何言ってんのよ!」
「……え?」
 
 
しまった、と言った表情で口元を抑えるミリアリア。
ディアッカは目を丸くし、ミリアリアの言葉を反芻する。
そう。そうだった。言い争いなんてしてる場合じゃない。

 

「……悪い。さっきはただ驚いてて、きちんと返事が出来なかった。ごめん。」
「な…べつに…」
「俺も心配だった。お前の事。連絡が取れなくなってから、ずっと心配してた。怪我してねぇか、辛い思いして泣いてねぇか、って。」
「ディアッカ…」
 

ゆっくりとミリアリアに近づき、正面に立つ。
離れている間にさらに広がった身長差のせいで、ミリアリアの頭はディアッカの肩より下にあった。
スピーカー越しではなく、こうして名を呼ばれる事がこんなにも嬉しいだなんて。
 
 

「会いたかった」
 
 

しっかりと目を見てそう囁くと、びくん、とミリアリアの肩が跳ねた。
「もう諦めよう、って思った事もあった。でも俺はやっぱりお前が好きだ。だから…」
「…ん、なさい」
「え?」
俯いてしまったミリアリアの小さな声を拾い上げ、ディアッカは首を傾げる。
「会うつもりなんて無かった。あんな別れ方したんだもの。きっとすごく怒ってるだろう、って思ってた。
でも…声だけでも聞きたい、て…思って。だけど直接会うのが怖くて、キラにお願いしたの…」
「…俺に会わずに、黙って地球に帰るつもりだった?」
「…そのつもりだったけど…無理だった。気付いちゃったから…」
「気付いた?」
ミリアリアはゆっくりと顔を上げた。
 
 

「ラクスとキラが再会した時。私達AAのクルーもその場にいたの。」
「……え?」
 
 

訝しげな表情のディアッカを見上げるミリアリアの頬が、ゆっくりと赤く染まって行く。

 
「あんたはお辞儀してたから誰が通ったかなんて分からなかったでしょうけど…ラクスの後について移動する時、黒服の兵士達がたくさんいる中を通ったわ。そこで、あんたに気付いたの。
他の人達は気付かなかったみたいだけど、すぐ分かった。」
「あ…」
「一目だけでもあんたの姿を目にする事が出来て、ああ、無事だったんだって心底安心した。
それだけで満足しなきゃいけなかったのに、欲張って声まで聞きたいなんて思って…ごめんなさい。
ありがとう、って言いたかっただけなの。地球を守ってくれて、こうして生きていてくれてありがとう、って。」
「……それが、“ニアミス”?」
 

ミリアリアが無言で頷き、そのままさらに真っ赤になって俯く。
白い首筋まで赤く染めているその可愛らしい姿を、ディアッカは柔らかい表情で見下ろした。
 
 
「なぁ、俺たちって喧嘩別れしてたよな?」
「…う、ん。」
「でも心配だった、って。会いたい、会いに来て、ってお前言ったよな?」
「…へ、変な事言って、ごめん、なさい。」
「……ばーか」
「……え?」
 
 
ディアッカは迷わず手を伸ばし、驚きに強張る体をそっと抱き締める。
 

「そこまで言ったんなら、素直になれっつーの。わざわざぶっきらぼうな言い方ばっかしてさ。お前、そう言うとこはちっとも成長してねぇな。」
「なっ…!」
「謝る必要なんかねぇの。つーか俺にも謝らせろ。言いたい事言わせろ。」
「え?」
「あの時はカッとなって、きつい事言って悪かった。意地張って連絡もしないで悪かった。ごめんな。
でさ。…サンキュ。俺の事見つけてくれて、連絡くれて。」

 
耳元でそう囁くと、今度はミリアリアの体がびくん、と震え、強張っていた体からゆっくりと力が抜けて行った。
 
 
「わたし、も…ごめんなさい。心配してくれてたのに…わかってたのに、悔しくて素直に話聞けなくて…」
 
 
ディアッカはふわりと微笑むと、ミリアリアを抱き締める腕に力を込めた。
「俺、やっぱお前の事好きだわ。お前は?」
「っ…な…」
「好きだろ?」
「…変な所で自信過剰なのは相変わらずね。やっぱり、あんただってたいして成長してないわ。」
「でも好きだろ?そういうとこも。」
くすくすと笑いまじりにそう確認すると、ミリアリアは顔を上げ、まっすぐにディアッカを見上げた。
睨んでいるつもりなのだろうけれど、その碧い瞳は、潤んで揺れていて。
やっぱりいつ見ても綺麗な碧だな、とディアッカは思う。
そして、もうこの碧い瞳も、その瞳の持ち主も二度と手放したくない、と強く思った。
 

「答えてよ、ミリアリア。」
「ーーー好きよ。自分でもどうかと思うけど、好きなんだもん。しょうがないじゃないっ!」
「告白しながら怒んなよ。…んじゃ、仲直りな。」
 

片手をミリアリアの後頭部にさっと添えて固定すると、ディアッカはピンク色に染まった唇に自分のそれを落とす。
「ん…んー!」
突然の行為にじたばたと暴れるミリアリアに、それでも啄むようなキスを何度も送ると、次第に抵抗が止んで来た。
「…好き?」
唇を解放し、小首を傾げながら再び問いかけるディアッカを見上げーーーミリアリアもまた、くすり、と笑って返事をした。
「好き」
 
 
そうして細い腕が逞しい背中に回され、縋り付くように力が込められると、ディアッカは褒美を与えるかのように今度は先程よりももっと深いキスをミリアリアに贈ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

何となく始まりつつある(笑)サイト本編とは別設定の「再会」シリーズです。
キララクには是非幸せのお裾分けをして頂けたら…と思い、今回色々動いて頂きました(●´艸`)
あのシーンでちょこっとでもDMの再会シーンがあれば…!!と言うのが私の願いでもあるのですが、
見当たらなかったので自分で作ってしまいました(笑)
宇宙へ出てザフトとの戦いが始まった中、ミリアリアがディアッカの事を思い出さないはずは
無いんですよね←断言(笑)
そんな切ない関係でもあった二人には、戦後絶対再会して幸せになって欲しい!
…と言う、私がサイトを始めたきっかけでもある思いを込めたお話になりました。
長くなってしまって恐縮です;;

 

 

text

2015.8.26拍手小噺up

2015,10,14up