Fashion Check Ⅱ

 

 

 

 
評議会議事堂内にある歓談室。
シェリー・ジュールは仕事中と言う事も忘れ、何度目かも分からない苛立ちの溜息をついた。
悔しい。自分の事ではないのに、悔しい。
それが、シェリーを苛立たせている理由だった。
 
 
現在シェリーは国防委員の秘書の仕事をしている。
元は親のコネで就いた仕事だったが、夫であるアルフォンス・ジュールが意外な程に彼女の仕事を認め、応援してくれる事もあり最近は以前より熱心に業務に取り組んでいた。
 
今日は、議事堂で会議の後、国防委員会主催のパーティーが催される予定になっていた。
もちろんシェリーは秘書として会議に参加し、そのままパーティーにも出席する。
会議と言うかしこまった場よりも、その後の歓談で重要な会話が交わされる事もある。
秘書として必要とされる場合も多いので、そんな時シェリーは夫にあらかじめ了承を取り、なるべく出席するようにしていた。
 
 
そしてもうひとつ。
 
 
シェリーの雇い主は、彼女の美貌をひどく気に入っているようだった。
国防委員の秘書と言えば大抵は男性が務めており、シェリーのような若い女性は珍しい。
その為、他の委員から密かに羨望の眼差しを向けられている事に気付いていた雇い主は、色々な場にシェリーを連れて行く事が多かった。
そしてシェリーもその意図に気付いており最初は面倒に感じたものだったが、最近はそれを逆手に取ろうと考えていた。
見栄っ張りなのが玉にキズな雇い主ではあったが、シェリーが既婚者だと言う事も理解し、分別のある行動はとってくれる。
それに、何だかんだでこう言った場に居合わせれば、自身のスキルアップにも繋がる。
そして自分の立ち居振る舞いはそのまま夫であるアルフォンスの評価にも繋がる、と思い、それならばと身だしなみにも気を使い、進んで会話に耳を傾け、学びの場としていたのだった。
だが今その耳が拾っているのは、政治とはかけ離れた下世話な世間話の類いだった。
 
 
「なぁ、オーブ軍って規律に厳しいのかな?こんな時まで軍服だぜ?」
「オーブ軍、ってよりそもそも無頓着だからじゃないのか?まぁ人妻だし、旦那がそれで良ければいいだろう」
「ナチュラルにしちゃかわいい顔立ちなのにな。勿体ない…。この間のパーティーにも軍服で出席してたんだぜ?」
 
 
それは、同じ会議に出席していたミリアリア・エルスマンを眺めながら他の秘書達がしていた会話だった。
先日のホームパーティー以来、シェリーのミリアリアに対する見解はだいぶ変わっていた。
かつて好きだったディアッカを横から搔っ攫われた、と憤慨し嫌がらせをしていたのは過去の話。
敵意を剥き出しにする相手にも礼儀と気遣いをもって接する彼女と、そんな彼女を溺愛するディアッカを目の当たりにし、シェリーは自分がしていた事が恥ずかしくなった。
確かにナチュラルであるミリアリアは自分より容姿はだいぶ、地味…だと思う。
だがクルクルと変わる表情や笑顔は確かに可愛らしく、そして彼女の内面も少しだけだが知る事が出来、自分に無い魅力を彼女が持っている事も今は理解していた。
だからと言っていきなり友人に、とは難しかったが、シェリーはシェリーなりにミリアリアに敬意を払い、仕事の場でたまに出会う事があれば挨拶を交わすくらいの間柄にはなっていた。
 
シェリーはもう一度溜息をつくと、雇い主に断りを入れてその場を離れ、ミリアリアの元へと向かった。
「あ、シェリーさん。お疲れさま。あなたもこの後のパーティーに?」
飲み物を手ににっこりと微笑むミリアリアに、シェリーは複雑な表情を浮かべた。
 
 
「…お疲れ様。ねぇ、オーブ軍では勤務後のパーティーは軍服で出席、って決まりでもあるの?」
「は?」
「だから!なんでいつもその格好でパーティーに出席してるのかって聞いてるの!」
 
 
ミリアリアは自分の格好をまじまじと見下ろし、首を傾げる。
 
「え、あの…一応これ、オーブ軍の正装と言えば正装だから…」
「昔パーティーで出会ったときはドレスアップしていたわよね?」
「ああ…だってあの時は仕事じゃないし、ディアッカだって一緒だったし」
「ディアッカが一緒じゃなきゃ、あなたは自分を飾る気もないの?会議は仕事のうちだけど、パーティーはそうじゃないでしょ!」
 
声量は抑えていたものの、シェリーの剣幕にミリアリアはたじたじとなった。
 
「え、と…そう言う訳じゃないけど…」
「あなた、周りを良く見てみたら?」
 
シェリーの言葉にミリアリアは周囲をきょろきょろと見渡す。
会議には国防委員の他に、ザフト軍の後方部隊──いわゆる、事務方の女性兵達もいた。
彼女達は華美すぎない程度ではあるが軍服姿ではなく、それなりにドレスアップして他の委員達と歓談をしている。
軍服のままな女性兵もいるにはいたが、少数派だった。
 
 
「…き、着替えて来た方が…良かったのかしら?一応仕事の延長だし、軍服でいいものだと思って…」
「悪くはないでしょうね。でも、私は気に入らないわ」
「…はい?」
 
 
シェリーはぐい、とミリアリアの手を取り、出口に向かって歩き始めた。
 
「ちょ、シェリーさん?!」
「パーティーが始まるまで、あと一時間弱あるわね。ちょっと付合ってもらうわよ。」
「ええ?!ど、どこに…」
「今日はこのまま直帰の予定かしら?」
「そうだけど…あの、え?」
 
ばたん!と歓談室の扉を閉じ、シェリーはミリアリアを振り返ると不敵に笑った。
 
 
「この間のお礼、させてもらうわ。さぁ、行くわよ!」
 
 
ミリアリアは意味が分からず、ぽかんとシェリーの顔を見つめる事しか出来なかった。
 
 
 
***
 
 
 
「どうかしら、アリー?」
「うん。いいんじゃない?ディアッカだったら絶対選ばないチョイスだけどね」
「あら、そうかしら?そうなの?ミリアリアさん」
「……ええ、まぁ」
「でも悪くないと思うけど?少なくとも俺はいいと思う。さすがシェリー、って感じ?」
「当たり前でしょ?これでも洋服選びに関しては結構自信あるのよ?」
 
自分をそっちのけで会話を続ける二人を前に、ミリアリアはおずおずと正面にある鏡に目をやった。
そこに映る自分の姿に、思わず頬が熱くなる。
 
 
──やっぱり…こんなの、私じゃない、気がする!
 
 
「あの、やっぱり私…」
「さ、支度も出来たし行きましょう?アリー、あなたはどうするの?まだ仕事?」
「んー、もう少し残ってるけど…すぐ追いつくよ。今日のパーティーなら俺が紛れ込んでも違和感無いしね」
「分かったわ。じゃあパーティーの後、一緒に帰りましょう?それじゃ行くわよ、ミリアリアさん」
「は、はい!」
 
当然のように声を掛けられ、腕を取られ。
タイミングを失ったまま、ミリアリアはシェリーとともに再び歓談室へと歩き始めた。
 
 
 
目立たぬように扉を開け、室内に入ったつもりだったのに、ざわ、と周囲の空気が変わった事を肌で感じ、ミリアリアは小さな体をますます小さくした。
 
 
「ちょっと。もっとしゃんとしなさいよ!」
「だ、だって…何だか変な目で見られてる気がするんだけど…」
 
 
シェリーはミリアリアに素早くカクテルグラスを渡すと、その姿を上から下までざっと眺めた。
「…だって、悔しいじゃない」
「え?」
思わずシェリーの顔を見上げたミリアリアは、少しだけふてくされたようなその表情に驚き、目を丸くした。
 
「いくらあなたとディアッカの結婚が大きく報道されたって…あなたの内面や人柄までは分からないでしょう?」
「私の…人柄?」
「なめられたくないのよ。仮にも自分が認めた人を、飾り気がないだのなんだのって。…本人の苦労や努力なんて何も知らないくせに」
 
シェリーはふてくされた表情のまま、正面からミリアリアに向き直り、口を開いた。
 
 
「ナチュラルの慣習や軍の規律なんて私は知らないわ。でもね、プラントでは一般的にこう言った場ではそれなりのドレスコードが存在するの。休日のパーティー程着飾る必要は無いけれど…男性で、それなりの地位についている人じゃない限り、これからは着替えて参加した方がいいと思うわ」
「え…そ、そう、なの?」
「そう。要は主催者がどんな立場かによって対応が変わるの。軍関係者が主催のパーティーなら軍服のまま参加、と言うのも基本ね。そして今回の主催は国防委員会。だから、あなたが今している格好は至極自然で、見咎められるようなものではないはずよ」
 
 
ミリアリアは、自分が身に纏うシルクベージュのドレスを見下ろし──やっとシェリーの意図に気付いた。
体のラインがくっきりと出るシルエットと少しだけいつもより大胆に開いた胸元は気になったが、裾にキラキラとした刺繍が施されているだけのシンプルな膝丈のドレスにシルクのストッキング、そしてあえてミュールではなく、踵は高いけれど足全体をしっかりと覆う華奢なパンプスは、シェリーが議事堂近くにある行きつけの店で半ば強引に選んだもの。
 
夫であるディアッカはいつもミリアリアによく似合うドレスを選んでくれるが、それはどちらかと言うと可愛らしさを引き立てるものが多く、このような大人びたデザインのドレスを着るのは初めてだった。
シンプルなジュエリーは、シェリーが手持ちの中から選んで貸してくれたもの。
白い肌に上品なシルクベージュのドレスはとてもよく映えて、ミリアリアの華奢なボディラインをもいつもより美しく、艶っぽく引き立てている。
また、シェリーに施された簡単なメイクも、ドレスの雰囲気に合わせた甲斐もありいつもよりミリアリアを大人っぽく見せていた。
 
 
「シェリーさん、あの…もしかして、私、こういう場でいつも浮いていたのかしら?」
「さぁ?それは知らないわ。でも、秘書達にオーブ軍の規律について疑問を抱かせる程度の違和感があったのは確かね」
「そう…だったんだ。」
「あなただって、話しかけづらい、なんて思われていたら見聞を広める事も難しくなるでしょう?少なくともこの場に反ナチュラル派はいないわ。ただ、ナチュラルをまだよく知らない人はたくさんいる。あなたの振る舞いは、そう言う人達からしてみたらナチュラルの基準、にもなり得るの。そしてそれは、あなたの夫であるディアッカの評価にも繋がりかねない。政治の場に出る機会が増えるのなら、それも頭の片隅に入れておく事ね」
 
 
ミリアリアはシェリーの言葉のひとつひとつに息を飲んだ。
ナチュラルの基準。そして、ディアッカに対する評価。
確かに、プラントにおいてナチュラルと言えば、今や在プラント・オーブ総領事館の職員であるミリアリア達が代表的だ。
そして自分の夫であるディアッカは、ナチュラルを妻に持つと言う事以外にも色々な意味で注目されやすい存在でもある。
ミリアリアは、大切な事に気付かせてくれたシェリーの言葉を嬉しく思った。
 
「シェリーさん、あの…ありがとう。私、どうもそう言う事に疎くて…」
「…っ、べ、べつに?言ったでしょう?この間のお礼だって」
「でも勉強になったもの。おかげで、プラントの慣習をひとつ覚えられたわ」
 
そう言ってふわり、と微笑むミリアリアに、先程彼女の事を口にしていた秘書達が熱い視線を送っている事に気付き、シェリーは胸がすっとする思いだった。
 
「…まぁ、勉強になったのなら良かったわ。これからは気をつける事ね」
 
つん、とすました表情でそっぽを向くシェリーに、ミリアリアはつい苦笑する。
嫌な思いもたくさんしたのは確かだけど…悪い人じゃ、無いんだ。この人。
でなければ、悔しい、だなんて言わないものね、きっと。
 
 
ミリアリアは先程のシェリーの台詞をしっかりと聞き取っていた。
最初は意味が分からなかったが、シェリーはどうやらミリアリアの事を彼女なりに“認めて”くれたらしい。
そしてきっと、口さがないうわさ話のひとつも耳にして、このような行動に出たのだろう。
口の悪さは相変わらずだったが、その気持ちはミリアリアの心にじんわりと染み込み、温かい何かをそこに残した。
そう言えば、たまに見かけるシェリーは、以前より仕事に対して熱心であるように感じる。
それもやはり、先程の言葉にもあったように、自分の評価が夫であるアルフォンス・ジュールの評価へと繋がる事を意識したものなのだろうか。
 
ディアッカの過去の女性達に対して、気にしていないようでどこか身構えてしまっていたけれど。
こうして、少しずつ分かりあって行く事だって出来るのだ。
そう思うとミリアリアは嬉しくて、思わずシェリーの腕に手をかけた。
「な、何よ?」
「あそこにいる男性二人。国防委員の秘書の方達よね?良かったら紹介してくれないかしら?」
「…え?」
驚きに目を丸くするシェリーに、ミリアリアはにっこりと微笑んだ。
 
 
「どうせなら、名誉挽回のチャンスもくれたっていいじゃない?あの人達でしょ?私の事あれこれ言ってたのって」
 
 
ミリアリアの勘の良さに、シェリーは内心吃驚する。
だがそこは、シェリーの生来の負けず嫌いが顔を出し、それを表情に出す事などしない。
 
「…仕方ないわね。今回限りよ?私はあなたの仕事の手伝いをする程暇じゃないんですからね!」
「ふふ、そうよね。でも今回だけはお願い出来るかしら?」
 
せっかくお膳立てしてくれたシェリーの顔を潰すわけにはいかない。
ミリアリアはしゃんと背筋を伸ばし、秘書達の方へ歩き出したシェリーの背中を追う。
そして、シェリーからの紹介を受け、極上の笑顔で挨拶をした。
 
 
「はじめまして。オーブ軍特別報道官をしています、ミリアリア・エルスマン三尉です」
 
 
そうして笑顔のまま秘書達と握手を交わし、歓談するミリアリアの様子を、扉近くの壁際にもたれたアルフォンス・ジュールはにっこりと笑って眺めていた。
そして、つい今しがた入った連絡──同じ議事堂での会合を終えたラクス・クラインが護衛であるジュール隊の隊長と副官を伴いこの会場に挨拶に訪れる、と言うもの──を、ミリアリアに伝えるべきか否かひとしきり悩み、結局伝えない事とする。
愛妻家と評判の高いジュール隊の副官はきっと、溺愛する妻の姿に驚愕する事だろう。
……その時はせいぜい、フォローのひとつもしてやるかな。
そんな事を考えながら、アルフォンスはすすめられるままカクテルグラスを手に取り、そっとそれを口にしながらもう一度ふわり、と微笑んだのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

またまた登場、オリキャラのお二人です(笑)
時間軸としては、「ホームパーティー」の後のお話となります。
以前upした「Fashion Check」と同タイトルですが、今回はトラブルに巻き込まれる
事もなく、これこそ山なし意味無し、なお話で恐縮です;;
ミリアリアのドレスは今回シェリーのお見立てなので、ちょっと露出度高めの大人テイストを
意識しました(●´艸`)
このあとディアッカの嫉妬心が爆発しなければ良いのですが、その辺はきっとアルがうまい事
宥めてくれるでしょう(笑)

 

 

text

2015,8,26拍手小噺up

2015,10,14up