試し読み 「もう一度はじめよう」

 

 

 

 

 

「失礼します。」
 
行政府で一番広くて豪華な会議室へと足を踏み入れたミリアリアは、目の前に立つ人物に一瞬息を飲んだ。
 
「まぁ、ミリアリアさん!お久しぶりですわ。」
 
そう言って嬉しそうに微笑むプラントの歌姫。
そして、その後ろにはーー僅かに目を見張るイザークと、半年前とは違う、黒い軍服をその身に纏ったディアッカが立っていた。
 
「ーーお久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
 
何とか自然な笑顔を作ってラクスにそう返事をし、ミリアリアはカガリとキサカに資料を手渡す。
「ありがとう。記者はこの人数で決定か?」
「いいえ、あと二人ほど回答待ちです。今日中には確定します。」
普段はざっくばらんな口調で言葉を交わすカガリとミリアリアだったが、今は公式の場だ。
暗黙の了解で、二人は事務的な口調で会話を交わした。
 
「ジュール隊長。今回の式典の後の記者会見については?」
「概要だけなら。詳細はまだ聞かされておりません。」
 
銀髪をさらりと揺らして返事をするイザークの声。
ミリアリアは痛いくらいに跳ねる鼓動を押さえようと意識して深く呼吸を繰り返した。
 
「そうか。記者会見に関しては、ミリアリアの方で全て取り仕切る事になっている。不明な点があれば何でも彼女に聞いてくれ。」
「了解しました。」
 
カガリはミリアリアを振り返った。
 
「ミリアリア。ジュール隊はラクスの護衛としてオーブへ随行している。記者の配置など、詳細を後で説明してやってくれ。」
「…はい。」
 
ミリアリアは顔を上げ、イザークとディアッカに向き直った。
「後ほど資料をお持ちします。不明な点があれば、その時ご説明します。」
「ああ。よろしく頼む。」
イザークが僅かに表情を和らげる。
しかしディアッカは一言も口を開かぬまま、感情の見えない瞳でただミリアリアを見つめていた。
 
 
 
1時間後。
イザークとディアッカがいるはずのドアの前で、ミリアリアは何度目か分からない深呼吸を繰り返していた。
ディアッカの事を想う気持ちは、例え終わってしまった関係だとしても、嫌われてしまったと分かっていても、簡単に消せるものではなかった。
だが今はお互い任務中だ。
私情に走っては、ダメ。
ミリアリアは意を決して顔を上げると、ドアをノックした。
 
「……どうぞ」
 
どくん、と心臓が跳ねる。
「失礼します」
かちゃり、とドアを開けると、そこにはディアッカが一人でソファに座り、長い足を優雅に組んでこちらを見つめていた。
「え…と、ジュール隊長、は」
「キサカさんと打ち合わせ。当分戻って来ないんじゃねーの?」
「…そう。」
ぱたん、とドアを閉め、ミリアリアはディアッカと向かい合った。
 
 
「これ、記者会見の資料。ジュール隊長が戻ってから、改めて説明した方がいいかしら?」
 
 
口調がすっかり元に戻っている事に、極限まで緊張しているミリアリアは気付いていない。
「ああ…どっちでもいいけど。とりあえず貸して。」
ミリアリアはソファまで歩み寄るとディアッカに紙の束を手渡す。
ぴら、と指先でそれをめくり上げ、ディアッカは黙ったまま資料を読み進めて行った。
 
「…ジュール隊の配置も、出来れば教えてほしいんだけど。それによって記者の配置や入退場の段取りも変えないといけないの。」
「ラクス嬢の護衛で来てんだから、ラクス嬢の近くにいるさ。それ以外にやる事なんて無いし?」
 
小馬鹿にしたような返事にずきり、と胸が痛む。
だがミリアリアは心を奮い立たせて言葉を続けた。
「オーブ軍にも護衛の任務を受けた兵士達がいるわ。それに、お互いの秘書や私以外の報道官の配置場所も…」
と、ディアッカが手にしていた資料をばさりとテーブルに放り投げる。
 
 
「イザークはラクス嬢のすぐ近くにいるってさ。それ以外の隊員は俺が動かす事になってる。だから、当日そっちの配置を見て後はこっちで適当にやるから。それでいいんじゃねぇの?」
「良くないわよ!ブルーコスモスだってどこに潜んでるか分からないのよ?だから私の方で何重にもチェックを重ねてるんじゃない!」
「そんな事しなくても、自分の身ぐらい自分で守れるっつってんだよ!お前と違ってな!」
 
 
ミリアリアはその言葉にびくりと体を震わせ、立ちつくした。
それは、2年前に言われた言葉。
自分の身一つ守れない、俄か軍人のお前に何が出来るのか、とーーー。
俯いて黙り込んでしまったミリアリアを見つめるディアッカの紫の瞳が揺れる。
しかしそれには気がつかないまま、ミリアリアは再び顔を上げ、碧い瞳でディアッカを正面から見つめた。
 
 
「……あんたが私の事嫌いなのは分かってる。でも、せめて任務中はちゃんと話を聞いて。お願い。」
 
 
その凛とした表情に、言葉に。
ディアッカの心臓がどくん、と音を立てた。
 
「…勝手にしろよ。俺、用事あるから。ここで待ってればイザークが来るはずだ。」
「ディアッカ!」
 
真横をすり抜け、足早にドアへと向かうディアッカにミリアリアは思わず手を伸ばした。
そしてその腕に小さな手が触れた瞬間ーーーびく、とディアッカの体が強張り、そして乱暴に振り払われる。
 
 
「ーーー俺に、触るな」
 
 
そう言い捨てて、ディアッカは手を押さえて立ちつくすミリアリアを残して部屋を出て行った。

 

 

 

 

 
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