恋愛初心者

 

 

 

 
「ティナ、まだ終わらないの?」
 
 
研究室を覗いたエザリアは、白衣を身に纏いスライドを見つめるティナを目にし、溜息をついた。
「あなたらしくもないわね、随分手間取ってるじゃない」
くすりと微笑み、銀髪をさらりと靡かせながらエザリアはティナの隣に立ちーー思わず目を見張った。
ティナは、ぽろぽろと涙を零しながら、泣いていた。
 
 
「……で?彼はなんて?」
「ご両親のすすめだから、一度会ってみる、って…」
「あなた、止めなかったの?!」
「だって!私にはそんな権利無いじゃない!まだはっきりお互いの気持ちだって分からないのよ?」
 
 
あれからすぐにティナを連れ出し、やって来たのはフェブラリウスに出来たばかりの森林公園。
ベンチに腰掛けたエザリアは溜息をついた。
 
ティナとエザリアは、学生時代からの親友だった。
エザリアは航空宇宙工学、ティナは分子生物学をそれぞれ学んでいたが何かと顔を合わす機会も多く、また共に優秀な成績を収めていた二人は同性と言う事もありいつしか友人として多くの時間を過ごすようになっていた。
そうしてそれぞれの専門分野への道を進んでいても、近くに来る事があれば必ず顔を出して他愛の無い話に花を咲かせるーー二人はいわゆる、親友、と呼べる間柄だった。
思った事をはっきり言い、物怖じしない性格のエザリアと、勤勉で思慮深く、だが負けず嫌いで頑固なところのあるティナ。
その性質は恋愛でも顕著に現れており、エザリアは成人してすぐとある男性と恋に落ち、早々に婚約までこぎ着けた。
一方ティナはと言うと、専攻を分子生物学から遺伝子工学に変え、勤めだしたラボで研究に没頭する日々を送っていた。
そして同じ研究室で出会った男性ーー名を、タッド・エルスマンと言ったーーに恋をした、と数ヶ月前エザリアに報告をして来たのだった。
 
タッド・エルスマンの名はエザリアも聞いた事があった。
自分たちと同じく両親はナチュラルで、いわゆる富裕層の家系である事。
遺伝子工学を専門としている家系で、最近施行された“婚姻統制”において、重要な役割を果たす一族のひとりだと言う事。
ティナの所へ行った時に何回か話をした事もあったが、歳の割にやや落ち着いた印象の、どちらかと言えば寡黙な男であったように思う。
だが、ティナを見つめる紫の瞳はとても優しくて、これはひょっとして、ひょっとするかも…とエザリアは一人ほくそ笑んだものだった。
 
 
それなのに。
 
 
「ねぇ、あなた達、遺伝子の適合率は確認したの?」
「なっ…!ま、まさか!してないわよそんなの!」
「仕事しながらだって出来る環境にいるくせに?勿体ないわねぇ。」
「彼に失礼でしょ?!同意も無しにそんな事するなんて!」
 
 
コーディネイターである自分たちは、ナチュラルと比べて出生率が低い傾向にある。
最近の研究でその事が判明し、様々な医療機関で遺伝子の適合率についての議論が交わされるようになって来ていた。
愛し合って結婚しても、なかなか子を成せないコーディネイター達も少なからず存在する。
そのためプラント評議会は、“婚姻統制”と呼ばれる政策を施行した。
任意ではあるが、互いのパートナーの遺伝子を採取し、その適合率を数値化する。
数値が低ければ妊娠の可能性もそれに比例する、と言うわけだ。
そして、エザリアと婚約者の適合率は、プラントの定めた水準に充分達していた。
 
 
「とにかく…どうするの?このままみすみす彼を他の女にくれてやるつもり?」
「…選ぶのは、タッドだわ。恋人でもない私が口出し出来る問題じゃないもの。」
「自信が無いの?彼に選ばれるって。」
「エザリア…!」
 
 
黒曜石のような瞳がきっ、とエザリアに向けられる。
それを真っ向から受け止め、エザリアはくすりと微笑んだ。
 
「少しでも自信があるなら着いてらっしゃいな、ティナ。」
「え?どこに…」
「決まってるでしょ。タッド・エルスマンの所よ。」
 
エザリアの言葉に、ティナの瞳がまんまるに見開かれた。
 
 
 
***
 
 
 
タッド・エルスマンは手にした論文を放り出すと溜息をついた。
いつもなら時間を惜しみ貪るように目を通すものだが、今日は何故か全く頭に入らない。
両親に半ば押し切られる形で設けられた見合いの席は、明日。
小さな頃から本ばかり読んでいて、どちらかと言えば口下手で寡黙なタッドはなかなか両親に本心を言い出せず、ついに今日まで来てしまった。
 
目を閉じると、浮かんで来るのは褐色の肌に黒曜石の瞳。
柔らかそうなウェーブがかかった、茶色くて長い髪。
少しだけ垂れた目を細めてふわりと笑う顔、そして研究に没頭している時の、鋭いくらい真剣な表情。
 
 
そう、タッド・エルスマンの心には、既にひとりの女性が棲んでいたのだ。
 
 
彼女の笑顔が好きだった。
同僚と議論を戦わせる時の、勝ち気な表情も好きだった。
深夜、研究に没頭する自分のデスクにコーヒーをそっと置いてくれる優しさに惹かれた。
そのコーヒーは、タッドが今まで飲んだ中で一番美味しくて、つい豆の種類まで尋ねてしまった程だった。
 
 
『ああ、それはクリスタルマウンテン、って言う種類なの。私、これ大好きで。だから地球から取り寄せてるのよ。プラントじゃなかなか手に入らない品種だから。』
 
 
そう言ってにっこり笑った彼女は、少しだけ疲れた表情をしていたがとても綺麗で。
思わずじっと彼女を見つめてしまったタッドに、彼女は不思議そうな表情で首を傾げた。
 
 
『実は…僕も、好きなんだ。コーヒー。』
 
 
ぽつりと呟いたタッドに、ティナはぱぁっと輝くような笑顔を見せた。
 
 
 
どくん、と胸が疼く。
今まで感じた事の無い感情に、タッドはただ戸惑っていた。
これはーー何だ?どうして、彼女を目の前にするとこんなに胸が高鳴るんだ?
研究に没頭しながらも、頭の片隅にあるのはすぐ近くで論文を書いているティナの存在。
そんな時に降って湧いたのが、今回の見合い話だった。
 
 
「タッドが二日もお休みを取るなんて珍しいのね」
いつものようにふわりと微笑むティナからコーヒーを受け取りながら、タッドはぎこちなく微笑んだ。
「いや、その…両親に呼ばれてね。フェブラリウスに行くんだ。」
「フェブラリウス?ああ、タッドの実家はあそこだったわよね。いいじゃない、たまにはゆっくり休む事も必要よ?」
「うん、まぁ…そう出来れば、いいんだけどね」
 
 
と、タッドの肘がデスクに積み重ねられた書類の束に当たり、バサバサと音を立てて床に散らばった。
「あら、大丈夫?」
慌ててしゃがみ込んだタッドと一緒に散らばった書類を拾い集めていたティナの手が、ぴたり、と止まった。
 
「……あ」
 
ティナの手には、フェブラリウスの両親から送られて来た、見合い相手の写真付きパーソナルデータがあった。
 
「ご、ごめんなさい!これ…」
慌てて差し出されたデータを、タッドは無言のまま受け取る。
あれだけの本を読み込み、語彙だけは頭にびっしり詰まっているはずのタッドだったのに、こんな時になんと言っていいか、本当に分からなかった。
 
 
「……お見合い、するの?」
 
 
黒曜石の瞳に射抜かれ、タッドは彫像のように固まりーー気付けばこくり、と頷いていた。
「だからフェブラリウスへ?」
「…ああ。両親のすすめだから、一応会ってみようと、思って…」
歯切れの悪いタッドの言葉に、ティナはしばらく無言のままだったが、「そう」とだけ言って微笑んだ。
 
「パーソナルデータと研究書類を一緒に置いたら良くないんじゃないかしら?せめてクリアファイルにでも入れて区別しておかないと、あなたの事だからそのまま破棄しかねないわ。」
「そう、かもしれないね。うん、気をつけるよ。」
 
そこで会話は途切れ、ティナは自分のデスク周りをさっと片づけると「お先に」と一言声をかけ、研究室を出て行った。
 
 
 
***
 
 
 
フェブラリウス行きのチケットを手に、タッドはアプリリウスの宙港にいた。
普段ならあまり周囲の喧噪も気にならないタッドであったが、今日ばかりは目の前を行き交う恋人達につい恨めしげな視線を送ってしまう。
自分とティナも、あんな風になれたら、いいのにーーー。
無意識に頭に浮かんだ想いに、タッドははっと我に返った。
視線の先には、仲睦まじい恋人達。
そんなふうになれたらいい?ティナと、自分が?
 
その時、呆然と立ちすくむタッドの肩をぽん、と誰かが叩いた。
 
 
「お久しぶりね、タッド・エルスマン」
そこには、銀髪に水色の瞳の美人と、今まさに考えていた彼女ーーティナが、立っていた。
 
「あ…ええと。久し振りだね、エザリア。ティナまで一緒に、どうしたんだい?誰かの出迎え?」
「どちらかと言うと見送りかしら?ティナに、あなたが休暇を取ってフェブラリウスへ行くって聞いて、せっかくだから来てみたの。間に合って良かったわ。」
「ティナ、に?」
「そう。搭乗手続きまで時間はあって?」
「い、いや。あと10分もすれば…」
「そう。…あら、いけない!私、彼に電話しないといけない時間なの。ごめんなさいタッド、ティナとここで待っていてもらえるかしら?」
「え?」
「な、ちょっと、エザリア!?」
 
エザリアはにっこりと微笑み、バッグから携帯端末を取り出した。
 
 
「私の婚約者は優しくてとっても素敵な人なのだけど、少しだけ心配性なのよ。じゃあティナ、タッドとここで待っててね。搭乗手続きが始まる頃には戻るから!」
「エザリア、待ってよ!」
 
 
すれ違い様にティナに向かって意味ありげに微笑み、エザリアはあっという間に雑踏の中に消えて行って。
タッドとティナはたくさんの人が溢れた搭乗口で、自然と向かい合う形になった。
 
 
 
 
「……結婚したら、フェブラリウスで研究を続けるの?」
「え?」
 
 
ぽつり、と呟かれた言葉に、タッドは紫の瞳を大きく見開いた。
「お見合いをするって事は、その先に結婚って現実があってもおかしくないでしょう?」
「ティナ…」
ティナはすぅ、と大きく息を吸うと、黒曜石の色をした瞳で真っすぐタッドを見つめた。
 
「私…こんな気持ちになったの、初めてで。自分でも、どうしていいかわからなくていたの。」
「あ、ああ。」
「世の中に説明のつかない事象なんてないと思ってた。だから、最初は気のせい、とか疲れてるせいで気が弱ってるから、って無理矢理自分を納得させようとした。
でも、そうじゃないと気付いたの。あなたが、コーヒーを手に笑ってくれた時。」
「コーヒー…?」
 
彼女は、何を言っているのだろう?何を、自分に伝えようとしているのだろう?
真意を計り兼ねたタッドは、黙ってティナの言葉を聞く事しか出来ない。
 
 
「タッド・エルスマン。私、あなたが好きです。」
 
 
その言葉の意味を理解したタッドの視界が、一瞬にして色を変えた。
いや、物理的にそんな事はあり得ないのだが、タッドにはそう感じられた。
 
「いつも熱心に研究をしているあなたを見ていて、だんだんその姿を目で追ってる自分がいた。
コーヒーが好きな事、特にクリスタルマウンテンを出すと嬉しそうに笑ってくれる事、何日も眠らずに没頭する程、自分の研究に誇りを持っている事。全部すぐ近くで見て来た。
私は、そんなあなたに、生まれて初めての恋をしたわ。
この、理屈で説明出来ない胸の苦しさは、恋だった。やっとそれが分かったの。」
 
ティナの口から零れる言葉は、心に真っすぐ突き刺さるようで。
ああ、自分の惹かれた勝ち気な表情だ、とタッドはぼんやり思った。
 
 
「もし、あなたが私を選んでくれるなら。明日の夜7時に森林公園で待ってるから、迎えに来て。」
「森林公園…?あの、研究所の近くに出来た?」
「ええ、そう。前に話した事があったわよね?私。だから、待ってる。」
 
 
タッドは何も言う事が出来ず、黙ってティナを見つめていた。
宙港のアナウンスが、フェブラリウス行きの瓶の搭乗手続きの開始を告げる。
 
 
「……それじゃ。気をつけて。」
 
 
ふわり、と明るい茶色の髪をなびかせ、ティナが踵を返す。
「…あ…」
タッドが声を発したのは、ティナの姿が見えなくなったあとだった。
 
 
 
 
 
翌日。
実家に到着したタッドは早朝から叩き起こされ、両親から今日の見合い相手についての説明を延々と受けていた。
だがその言葉は全く頭に入ってはこず、変わりに脳内を占めるのはティナの顔と昨日の言葉で。
いつもよりさらに言葉の少ない息子に両親は怪訝な顔をしたが、内気な性格故の緊張からだと前向きな解釈をし、タッドに着替えて出かける支度をするよう促した。
 
のろのろと用意された服に袖を通し、身支度を整える。
テーブルに置かれた見合い相手のパーソナルデータに気付いたタッドは、何気なくそれを手に取って眺めた。
フェブラリウスでそこそこな規模の病院を経営している家のひとり娘。
いつの間に調査されたのか、遺伝子の適合率まで記載されておりタッドは苦笑を漏らした。
互いの家同士の間では、すでに二人は結婚する前提で話が進んでいるらしい。
小さい頃に読んだ物語の中にあった、苦難を乗り越え結ばれる恋人達。
それはすなわち、愛のある結婚。
評議会が推奨する“婚姻統制”は、それを真っ向から否定するものだ、とタッドは思う。
出生率の減少は、コーディネイターの種の存続と言う観点から見て確かに大きな問題だ。
まだ数の少ないが、第二世代と呼ばれるコーディネイターは、自分たちのようなナチュラルを親に持つ第一世代よりさらにその傾向が高い可能性がある、と言う研究結果も出ている。
 
 
だが、それでも。
生涯の伴侶となる相手を、データだけで決めてしまってもいいものなのか。
そこに、個人の感情の入る余地はないものなのか。
それは遺伝子工学を学ぶタッドに取って、今後の研究における重要な課題でもあり、疑問でもあった。
 
 
『私、あなたの事が好きです』
 
 
昨日のティナの声が、黒曜石の瞳がタッドの脳裏をよぎる。
自分は、どうしたいのか。
真っすぐな想いを伝えに来てくれたティナの事を、自分は何と思ったか。
 
「タッド様、そろそろお時間です」
使用人の呼びかけに、タッドは上着を掴むと立ち上がった。
 
 
 
***
 
 
 
「なんで、あんな事言っちゃったのかしら…」
森林公園の中にある、展望台。
ティナはそっと草むらに座り込むと、立てた膝を抱えて目の前の景色をぼんやりと眺めた。
 
フェブラリウスの街並が一望出来るこの展望台は、ティナが最近気に入っている場所だった。
研究の合間のコーヒーブレイクの時、タッドに話して聞かせた事もある。
当時タッドは徹夜続きで疲れていたので、その事を覚えているかは分からない。
そして、よく考えればティナはタッドに森林公園で待つ、としか告げておらず。
万が一彼がフェブラリウスからこっちへ戻って来たとしても、広大な公園内のどこにティナがいるのかすらこのままでは分からないであろう。
 
タッドの見合いは、どうなったのだろう。
あのあと現れたエザリアはひとしきりティナの文句を黙って聞いたあと、「あなたにとって初恋、でしょ?自分の目を信じなさいな」とだけ言い残し、迎えに来た婚約者とともにマイウスへと戻って行った。
 
 
「ごめんね、エザリア…。せっかく、勇気をくれたのに…。」
 
 
友人となった学生時代から、エザリアは自分の信念をしっかりと持ち、どんな相手にも冷静に、そしてある時は勇敢に立ち向かって行った。
そんな彼女が実は情にあつく、とても優しい女性である事をティナは知っている。
きっと彼女は、うじうじ悩んでいたティナを彼女なりのやり方で後押ししてくれたのだろう。
エザリアの言う通り、タッドは、ティナにとって初恋の相手なのだ。
コーディネイターであり、頭脳明晰で努力家なティナも、初めての事が最初からうまく出来るわけではない。
 
 
どんなに遺伝子を操作しても、人の心までは、コーディネイト出来ないんだ。
 
 
あまりにも当たり前の事だが、恋を知らなかったティナにとって、それは新鮮な驚きだった。
気付けば目の前の景色は夜景へと変わり、ティナが時計に目を落とすと、7時をとっくに回っていた。
ーー来るわけが無い。だって、私は森林公園、と言っただけだし、彼はこの場所を知らないんだから。
それ以前に、今頃彼はフェブラリウスにいるはずで。
あの真面目な男が、ご両親の意向をそう簡単に蹴ってまで自分の元へやって来るなど、今のティナには到底想像ができなかった。
 
ティナは立ち上がると、スカートに着いた草や埃をぱんぱん、と手で払った。
そろそろ研究室に戻ろう。
放り出して来てしまった論文の続きを仕上げて、次に彼に会ったら、昨日の非礼を詫び、ただの同僚に戻ろう。
そんなにうまく事が運ぶかは分からないが、そうするのがティナには一番自然な事に思えた。
両腕を上げ、思い切り伸びをしながら目の前に広がる夜景に目を向けた、その時。
 
 
「ティナ」
 
 
不意に聞こえた声に、ティナはその場で固まった。
……今、自分の名前を呼んだのは、誰?
上げていた腕をゆっくりと降ろし、ティナはそろそろと後ろを振り返る。
 
 
そこには、息を切らせたタッド・エルスマンが紫の瞳でティナをしっかりと見つめながら、立っていた。
 
 
「………タッド?」
「前に…話していたのを、思い出して、ね。コーヒーを、淹れてくれた時に。」
「……どうして?あなた、フェブラリウスに」
「君を、選んだからだ。」
 
 
自分は相当ぼんやりしていたのだろう。
大股で歩み寄って来たタッドに抱き締められるまで、何がどうなったのか分からず呆然と立ちつくしていたのだから。
「僕は…僕も、君に伝えたい事がある。」
「な、に」
「僕も、いつの間にか君を目で追っていた。君の笑顔にも、研究に対する姿勢にも、美味しいコーヒーを淹れてくれる優しさにも惹かれた。」
「え…」
「僕も…こんな風になるなんて初めてだから、分からなかったんだ。この感情が何を意味するか。
だけど、昨日の君の言葉で、バラバラだったピースがぴったりはまったように、全て理解出来た。」
タッドは直立不動のままだったティナの両肩を掴み、揺れる黒曜石の瞳をじっと見つめ、はっきりと告げた。
 
 
「僕も、君が好きだ。」
 
 
素っ気ない程の、短い告白。
だが、その声は今まで聴いたどんな言葉よりもティナの心を揺さぶる。
瞳の奥が熱い、と感じ、ティナはいつの間にか自分が泣いている事に気がついた。
「お見合い、は?」
「ホテルには行ったよ。それで、トイレに行くふりをしてそのままこっちへ戻って来た。」
「そんな…ご両親は!?お見合いの相手だって…!」
「申し訳ない事をしたとは思っている。でも僕は、僕自身の意思で君を選んだんだ。君がそうしてくれたように。」
「タッド…」
濡れる黒曜石の瞳を見下ろし、タッドはふわりと微笑んだ。
それは、今までティナが見た中で一番優しい笑顔だった。
 

「僕はもうきっと、君以外にこんな感情を抱く事はないと思う。だから…ずっと一緒に、いて欲しいんだ。だめかな?」
 

少しだけ困ったような顔で恐る恐るそう口にするタッドに、ティナはにっこりと微笑んだ。
だめな訳が無い。私だって、ずっと、あなたと一緒にいたい。
誰よりも研究熱心で、優しくて、それでいて少しだけ不器用な、あなたとーーー。
 
 
「私達、初心者同士だったのね。」
「え?」
 
 
意外な言葉に、タッドが首を傾げる。
普段見る事が出来ないその仕草がおかしくて…愛おしくて。
ティナは思わず、くすくすと小さく笑った。
 
「こんな時、なんて言えばいいのか分からないの。エザリアに聞いておけば良かった。」
「……彼女には、感謝すべきなのかな。」
「そうね。エザリアはうじうじ悩んでいた私の背中を押してくれたわ。初めて恋をした私の相談にも乗ってくれた。今度、何かお礼をしなくちゃね。」
「ああ…うん。あの、ティナ。」
「え?」
「……さっきの、返事を聞かせて欲しいのだが。」
 
少しだけ頬を染めたタッドに、ティナは目を丸くしーーふわりと笑った。
 
 
「ごめんなさい。初心者だから、これが正解かは分からないけど…」
 
 
す、と一歩自分に近づいて来たティナと、頬に感じた柔らかい感触、そして小さく囁かれた自らの懇願に対する承諾の言葉に、タッドは紫の瞳を丸くする。
頬に感じた柔らかい感触はティナの唇で、彼女が自分の頬にキスをし、小さな囁きは自分の想いを受け入れてくれた証、と理解した瞬間、タッドは再びティナを自分の胸に抱き締めていた。
 
「…君の入れてくれたコーヒーが飲みたいな。」
「じゃあ、研究室に戻りましょうか?クリスタルマウンテン、買っておいたの。」
 
腕の中で自分を見上げて嬉しそうに微笑んだティナは、タッドの知る誰よりも綺麗で。
見つめあう二人の間に沈黙が落ち、やがて静かに二人は唇を重ねた。
 
 
 
 
 
 
それから、二人は何度かぶつかりあいながらもゆっくりと愛を育み、結婚して夫婦となった。
二人よりも少しだけ先に意中の相手と結婚したエザリア・ジュールは、その時の光景をまだしっかりと覚えている。
幸せそうに微笑むティナと、その隣で見た事の無いような柔らかい笑顔を浮かべるタッド・エルスマンの姿を。
 
 
そして数年後、ジュール夫妻は待望の子宝に恵まれた。
生まれて来たのは、彼女によく似た銀髪に白い肌、アイスブルーの瞳を持つ男児だった。
同じ頃エルスマン夫妻もまた子宝に恵まれ、ティナはエザリアより半年程あとに、一児の母となった。
タッドとティナ、二人の愛と持ちうる知識の全てを注がれて生まれて来たのは、褐色の肌に金髪、そして綺麗な紫の瞳を持つ男児。
彼らはその男児に、ディアッカ、という名を付けた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

…な、長い;;
拍手小噺だと言うのに異例の長さでごめんなさい!
タッドとティナの馴れ初めを、こう、何と言うかサラッと書くつもりだったのですが…
すみません、やっぱり短編は書けないんです私(涙)
今でこそ市長やら評議会議員やらで百戦錬磨な一面も見え隠れするタッドですが、
こと恋愛に関しては初心者だったんだよ、という完全なる私の妄想から生まれた物語です。
そしてオリキャラでありディアッカの母であるティナもまた、タッドが初恋、という設定♡
初恋の相手と結婚、って現実では難しいかもですが憧れのシチュエーションでもあります。
今回、書いていてとても楽しかったです!エザリアさんもがっつり出せたし(●´艸`)
長くなってしまいましたが、ティナとタッドの出会いを書く事が出来てとても満足です!

 

 

text

2015,6,18拍手up

2015,8,26up