ドッグダグ

 

 

 

 

「ミリィ、シルバー用のクロスどこだっけ?」
 
 
夕食の準備をしていたミリアリアは顔を上げ、リビングに現れた夫ににっこりと微笑んだ。
 
 
「窓際のチェストの中よ。この間新しいものを買い直しておいたから、それを使ってね。」
「マジで?そろそろ換え時って思ってたんだよね。」
「あー、だいぶ使い込んでたもんね。」
「だってさぁ、やっぱシルバーって汗とかに弱いじゃん?それに毎日欠かさず身につけてるもんだしなぁ。」
「軍務規定だもの、しょうがないわよ。大切なものだし。」
 
 
その時、圧力釜が勢い良く蒸気を吹き上げ始めた。
 
 
「あ、いけない。じゃ、もしクロス見つからなかったら声かけてね?」
「ん、りょーかい。」
 
 
ミリアリアがキッチンに戻るのを見届けると、ディアッカは彼女に教えられた場所から新品のクロスを取り出した。
じゃら、と首からドックタグを取り外し、そのままソファに腰掛ける。
実はこういう事に几帳面なディアッカは、これまでも度々こうしてちょっとした時間にドックタグとそれを通しているチェーンを磨いていた。
戦争が終わったとは言え宇宙での演習もあれば、小さなテロなどの制圧任務で出動する事もある。
軍人として行動している時に、常に身に付けているのがこのドックタグなのだ。
 
 
慎重にチェーンを磨き上げ、タグの裏表もしっかりとクロスで拭き取る。
そしてーーータグと一緒にチェーンに通された、愛しい人の瞳と同じ碧い石の金具も、丁寧に磨き上げる。
ミリアリアがこれをくれたのは、婚約発表後間もないクリスマスの事。
先の大戦が終わり、互いの気持ちを確かめあって初めて迎えるはずだったディアッカの誕生日プレゼントとして、ミリアリアが自ら選んでくれた“ハウメアの護り石”は、思いも寄らぬ別離のせいで2年越しに自分の元へと辿り着く事となった。
 
 
『ハウメアの護り石、ってオーブの言い伝えなの。ハウメア、って言う神様がオーブにはいて、この石を持っていると、ハウメアが護ってくれる。そう、言われてるの。』
 
 
新婚旅行でオーブを訪れた際にカガリにもそれとなく聞いてみたが、ハウメア神を祀る神殿の近くにはいくつかの採石場があり、希望すれば見学や採掘も可能らしい。
ミリアリアはこの石を自ら採掘し、自分の為に選んでくれたのだ。
だからこの石は、世界に一つだけの、自分を護ってくれる石。
ミリアリアの瞳と同じ色の石を目の前に掲げながら、ディアッカは想像する。
あの小さな手で、一生懸命に石を採掘する愛しい人の姿を。
 
頭脳明晰で料理上手な彼女だけれど、その実不器用な所もある事をディアッカは知っている。
擦り傷のひとつやふたつ、作ったのかもしれない。
浅い知識としてしか知らないが、採掘場とは言え簡単に原石を掘り出せるわけではないらしいから、納得の行くものを見つけるまできっとミリアリアは自分の為にそれを探し続けたのだろう。
そばにいたい、と思いながらも数ヶ月に一度しか会いに行くことが出来なかった自分の為に。
 
 
だが、ミリアリアがこれを用意してくれていた事など知らぬまま、二人は別離の道を選び、連絡を絶った。
それでも彼女はこの石を捨てる事はせず、ずっと取っておいてくれた。
離れていた間の想いも、この石にはきっと宿っているのだ。
 
 
そして、再び巡り会い夫婦となった今でも、ミリアリアの想い、そして存在はいつだってディアッカを支え、護ってくれている。
自分がこんなに人を愛するようになるなんて、数年前までは想像した事すら無かった。
根本から自分を変えてしまったミリアリアを、ディアッカはこれからも変わらず愛し、尊敬し続けるだろう。
 
「ディアッカ?ご飯出来たけど、一旦こっちに来られる?」
「ああ、今行く。」
 
ミリアリアの声にディアッカはそっとドッグタグをテーブルに置き、立ち上がって伸びをする。
この穏やかな時間が、いつまでも続けばいい。
ダイニングテーブルに並ぶ美味しそうな料理に思わず笑みを漏らしながら、ディアッカは「何笑ってるの?」と不思議そうに首を傾げるミリアリアの頬にひとつ、キスを落とした。
 
 
 
***
 
 
 
「ブルーコスモスのテロ?!」
「ああ、ダコスタから連絡があった。もうすぐ我々にも出動命令が下るだろうな。」
 
 
ジュール隊隊長室にはイザーク、ディアッカ、そしてシホがいた。
「隊員に招集をかけます。いつでも出られるように、と。」
「ああ、頼むぞシホ。」
「了解しました。」
素早く隊長室を出て行くシホを見送り、ディアッカは溜息をついてソファにもたれた。
 
「数ヶ月前にそこそこでかいのがあったばっかだってのに…懲りないねぇ、奴らも。」
「奴らの思想自体、ナチュラルでも受け入れがたいと思っているものは多いようだからな。
ましてもう戦争は終わって、ふたつの種族は融和の方向に向かっている。焦ってるんだろう、奴らも。」
 
数ヶ月前にも、オーブの技術者を装ったブルーコスモスのテロリスト達がプラントに侵入し、総領事館職員を巻き込んでのテロが起こった。
あの時の苦い記憶が蘇り、ディアッカの顔が僅かに歪む。
と、隊長室にアラートが響き渡り、二人は顔を上げた。
 
「…早速、出動要請?」
「どうやらそのようだな。…場所は宇宙港、第14ゲート付近だそうだ。」
「人質は?」
「そのような情報は無い。…今回はオーブとも無関係なようだな。」
「りょーかい。んじゃ行きますか。」
 
ディアッカは腰の拳銃を取り出し、弾倉の確認をする。
ブルーコスモスはコーディネイター排斥を謳う集団だ。
場合によってはーーいや、かなりの確率で銃の引き金に指をかける事態となるだろう。
ナチュラル排斥を謳う輩と違い、彼らはコーディネイター全てが憎悪の対象、なのだから。
 
 
「…ディアッカ。ミリアリア達オーブ総領事館職員には、領事館内から出ないようにとラクス嬢が自ら通達されたそうだ。」
 
 
イザークの言葉に、ディアッカの紫の瞳が少しだけ見開かれた。
 
「先のテロの事もある。ラクス嬢なりに心配して下さってるんだろう。
…だから、無茶はするなよ。ミリアリアの泣き顔を見るのはもうたくさんだからな。」
「…お前だって、シホ泣かせたじゃん。」
「っ、うるさい!それとこれとは別だ!さっさと行くぞ!」
 
白服の裾をばさりと揺らして歩き出すディアッカの後ろについたディアッカは、軍服の上からそっと胸元に指を触れさせた。
そこにある感触をしっかりと記憶に刻み付け、鋭い視線で正面を見据える。
 
 
軍服の下にあるのは、ドッグタグと、碧い護り石。
ハウメア神とともに自分を護ってくれている、ミリアリアの想い。
 
 
ーー大丈夫。俺は、負けない。
 
 
ミリアリアの笑顔を思い出し、ひとつ息をついて気持ちを入れ替えるとディアッカはイザークに追いつくべく歩みを早めた。
 
 
 
 
その日のテロは、ダコスタ達バルトフェルド隊、そしてジュール隊を初めとしたザフトの精鋭部隊の手により速やかに沈静化された。
任務を無事終えた疲労と少しだけやるせない思いを抱え、ディアッカはロッカールームの壁にもたれると緩めた軍服の胸元からチェーンを引っ張り出し、その先にぶら下がったものを手のひらに乗せた。
 
融和政策が進んでも、このようなテロが無くなる事はまだだいぶ先になるだろう。
だが、どんな時でもディアッカの胸にはミリアリアの想いが詰まった碧い護り石が掛かり、ずっと彼を護っている。
大きな手で、小さな碧い石をぎゅっと握りしめたディアッカは、まるでそこにミリアリアがいるかのように小さな声で呟いた。
 
 
「いつか、時間はかかっても、分かり合える日が必ず来るよな。…ナチュラルもコーディネイターも、同じ人間だ、ってさ。」
 
 
見下ろした手の中の碧い石は、やはりミリアリアの瞳と同じようにとても綺麗で。
きっとひどく自分を心配しているであろう愛しい人を想い、ディアッカは着崩した軍服を再びきっちりと着込むと報告を終わらせ総領事館へと連絡を入れるべく、ロッカールームを後にした。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

序盤はライトな展開かと思いきや、ラストに向かうにつれシリアス風味になってしまいました;;
話の中に出てくる“数ヶ月前のテロ”については、またいずれ…(笑)
ふたつの種族の架け橋、と言われる二人ですが、やはりそう簡単にわだかまりが消えるわけでは
無いんですよね、きっと。
分かっていても、やはりやるせなくなってしまう事もあるわけで…。
それでもディアッカとミリアリアはきっと、支えあいながら前を向き続けるんだろうな、と思います。

 

 

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2015,6,18拍手up

2015,8,26up