待ってた

 

 

 

 

※この作品は、サイト本編「手を繋いで」とは別の設定の物語となります。
 
 
 
 
 
ラクス・クラインからの招聘を受けたディアッカがエターナルのブリーフィングルームに入ると、そこには見知った顔の人物達が数名、すました顔で座っていた。
 
 
「…っ、な、え?」
 
 
中でもディアッカを吃驚させたのが、オーブの軍服に身を包んだ、顔に大きな傷のある、記憶よりだいぶ髪が伸びた金髪の男の姿。
愉快そうな表情とともにひらひらと手を振る、先の大戦で散ったはずの男の姿を、ディアッカはあんぐりと口を開いたまま凝視してしまった。
男の隣では、不沈艦と呼ばれるAAの艦長であるマリュー・ラミアスがくすりと笑っている。
その笑顔はとても幸せそうで。
どんな奇跡が起き、何がどうなってあの男ーームウ・ラ・フラガが生きてこの場にいるのかは分からないが、マリューの柔らかい笑顔にディアッカは戦闘続きで張り詰めていた心が少しだけ解れた気がした。
 
 
ラクス・クラインの停戦勧告により、二度目の大戦は一応の幕を閉じた。
今後ディアッカ達を待ち構えているのは山のような戦後処理だが、デュランダル議長亡き今、プラントは混迷を極めていて。
先の大戦の後キラとともに隠遁生活を送っていたラクス・クラインのカリスマ性とその影響力は、現在のプラントにとって大きな力となりうるものであろう、と考えていたのはディアッカだけではないはずだった。
「ディアッカ。始まるぞ。」
親友であり、自分の上官でもあるイザーク・ジュールに促され、ディアッカはのろのろと所定の席に腰をおろす。
無意識にそっと周囲に視線を巡らすが、そこに彼の想い描いた人物の姿は無かったーーー。
 
 
 
***
 
 
 
「ハウ三尉!ゴンドワナからAAに物資が届いたそうですが、どうされますか?」
エターナルの格納庫にいたミリアリアは、クサナギのクルーから声をかけられはっとそちらを振り返った。
「アカツキのパーツですか?」
「そのようです。それとクルーの備品関係ですね。」
「ありがとうございます。AAのマードック軍曹に連絡は取れますか?MS関係の物資は軍曹に一任してありますので。
それ以外の備品は…そうですね、格納庫の隅にでもまとめておいてもらえれば、私が後程処理します。
マードック軍曹に、そのように伝えてもらってもいいですか?私はまだこちらに仕事が残っているので。」
「了解です!」
 
クルーが走り去ると、ミリアリアは肩から掛けた大きなカメラにそっと手を添え、小さく溜息をついた。
エターナルで行われた、自分たちの今後の処遇に関する大切な会議。
戦闘で傷ついたAAは、ゴンドワナに寄港し艦体を修理し、オーブへと戻る事になるらしい。
もう出撃する事は無いと願いたいアカツキも、艦体修理と並行して念の為整備をするとマードックが言っていた。
 
 
ラクスは一度プラントへ戻り、改めて順序を踏んでキラを自分の元へ呼び寄せる算段のようだ。
会議が始まってしばらくしてからそっとブリーフィングルームに入室したミリアリアは、交わされる議論を聞きながらその様子を数枚カメラに収めたあとそっと部屋を抜け出し、ここにやって来た。
本来であれば会議が終わるまで、最後列からその様子を写真に収め、議論の内容もつぶさに記録しておかねばならなかったのに、どうしても出来なかった。
 
離れた場所からでもしっかりと視界に入り込んで来た、豪奢な金髪と広い背中。
見慣れぬ緑色の軍服と少し伸びた髪が、二人の別離の期間をそのまま表していた。
後ろ姿だけでも分かる、ミリアリアの心に住み続けていた男。
“振っちゃった”と公言しながらも本当は忘れられなくていた、あいつ。
 
 
戦場に出てザフトと戦いながらも、心のなかで叫んでいた。
どうか無事でいて。死なないで。
話なんて出来なくても構わない。無事な姿を見せて。
 
 
そしてその願いは、唐突に叶ってしまった。
もし彼が振り返って互いを認識してしまえば、自分はきっと冷静ではいられないだろう。
そう確信していたミリアリアは、そっとブリーフィングルームから退室し、気付けば格納庫に足を運んでいた。
見慣れぬMSはきっと、ディアッカ達の機体であろう。
幸か不幸か、近くにいた顔見知りのクサナギのクルーが丁寧に説明をしてくれて、ミリアリアは黒いブレイズザクファントムをぼんやり見上げていた。
量産型とは違うカラーリングは、赤服を脱いでもなおディアッカがエースパイロットである事を如実に表すパーソナルカラーのもの。
 
「…やっぱり、あんたってすごい、のね。」
 
ぽつり、と誰にとも無くミリアリアは呟き、また溜息をついた。
戦争は、もうこれできっと終わる。
ミリアリアのジャーナリストとしての勘は、そう告げていた。
自分はオーブに戻り、カメラを手に以前の生活に戻る。
そして彼ーーディアッカは、ザフトで戦後処理に追われ、そのまま有能な軍人として登り詰めて行くのだろう。
嫌でも感じてしまう、自分たちを隔てる壁。距離。
二人の進む道は、もう交わる事などないのだ。
もし顔を合わせる事があれば、一言だけでも話しかけてみようかーーとも思ったミリアリアだったが、自分はオーブの軍人で、さしたる要職についている訳でもない。
そんな自分がザフトのーージュール隊の副官であるあいつに軽々しく声をかけては、逆に困らせてしまうかもしれない。
少しだけやるせない想いを胸に、ミリアリアはそっと手を伸ばし、ディアッカの機体をゆっくりと撫でた。
 
 
「……ありがとう。彼と一緒に戦ってくれて…守ってくれて。」
 
 
被弾の痕のある彼の愛機にミリアリアは最後の一瞥をくれると、自分を呼ぶクルーの声に気付き、明るく返事をしてそちらに駆け出す。
格納庫の入口でそんなミリアリアをじっと見つめる人物に、彼女が気付く事は無かった。
 
 
 
***
 
 
 
「それじゃ、あとはよろしくお願いします。このリスト、頂いて行ってもいいですか?」
「ああ、データはこっちで預かってるから構わないですよ。」
「ありがとうございます!」
 
笑顔でエターナルの整備クルーに礼を述べたミリアリアは、書類を手にAAへ続く道へと歩き出しーーぴたり、と足を止めた。
いや、足が動かなくなった、と言った方がいいかもしれない。
 
 
「……おつかれ。相変わらずよく働くよな、お前。」
 
 
そこには、二人分のドリンク容器を手にした緑服のザフト兵。
先程までブリーフィングルームにいたはずのディアッカ・エルスマンが微笑みながらこちらを向いて立っていた。
 
 
ばさばさ、とミリアリアの手から貰ったばかりの書類が零れ落ちる。
「ああもう…何やってんだよ」
呆れたような声に、ミリアリアは漸く我に返った。
「なにして…るの?」
つかつかと目の前までやって来たディアッカが、はい、とドリンク容器をミリアリアに手渡し散らばった書類を拾い上げる。
 
「あ、ありがと…って、あの、あんたいつからそこに…」
「お前が俺の機体に話しかけてる時くらい?その後も忙しそうだったから、仕事してるお前見ながら、待ってた。」
「…え?」
 
差し出された書類を反射的に受け取り、ミリアリアは首を傾げた。
 
「だから、待ってたの。」
「……何を?」
 
呆然と聞き返すミリアリアに、ディアッカは溜息をつくと綺麗にセットされた金髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
 
 
「お前を待ってたの!それくらい分かんだろ普通?よくそんなんでジャーナリストなんか勤まったな。」
「なっ…」
 
 
遠慮のない言葉に、突然の再会の驚きも吹き飛んだミリアリアは眉を上げた。
 
「私の仕事と今の状況は関係ないでしょう?そもそもあんた、ジャーナリストになる事反対してたくせに!」
「まぁそうだけど?危険さの度合いで言ったら、また軍人になってこんなとこにいるのとたいして差はねぇよな。」
「…っ!そ、そうかもしれないけどっ…」
 
何と言葉を返していいかわからず、ミリアリアは目の前に立つディアッカを見上げた。
 
「…仕事、とりあえず終わったんだろ?こっち来いよ。」
「な、ちょ、何すんのよ!て言うか、なんで私がここにいるって知ってるの?!」
「不死身のおっさんが教えてくれたんだよ。ほら、行くぞ。」
 
大きな手にドリンク容器を持った手首をぐい、と掴まれミリアリアは思わず声を荒げたが、今いる場所と互いの立場を思い出しはっと口を噤む。
悔しそうに俯くミリアリアにちらりと目をやったディアッカは、その細い手首をしっかりと掴んだまま格納庫をあとにした。
 
 
 
***
 
 
 
「んで?何でお前、軍人なんてやってんの?写真の仕事は?」
 
格納庫のすぐ近く、誰もいないパイロットルームに連れ込まれたミリアリアはその質問に目を泳がせた。
 
「…アーモリーワンやユニウスセブンの事件の後、また戦いが始まって…何度もその場に駆けつけたわ。
フリーダムが出撃した時も近くにいて、写真を沢山撮った。偽のラクス・クラインの慰問コンサートにも取材で足を運んだ。私も、私なりの場所に立って、戦争を見ていたわ。」
「うん。」
「それで…偶然ザフトに戻っていたアスランに会って。…AAとのコンタクトを依頼されて、その場に私も立ち合って話を聞いたわ。
このままじゃいけない、って思った。この戦争を終わらせたかった。だからAAのあの席に戻った。」
「……死ぬかもしれないのに?」
 
 
その言葉に、泳いでいたミリアリアの碧い瞳に力がこもり、きっ!とディアッカを見据えた。
 
「それはあんただって同じでしょう?現に被弾してたじゃない!」
「それでも!たった数隻であれだけの敵艦を相手にしてたAAとは訳が違うだろ?!」
 
紫の瞳がすっと細められ、ミリアリアは言葉を失い俯いた。
ことん、と音がし、ディアッカが動く気配がする。
ーー出て行ってしまう?
反射的に顔を上げたミリアリアは、次の瞬間体に強い衝撃を感じて目を見開いた。
ミリアリアの視界は全て、緑で埋め尽くされていて。
それがディアッカの軍服であり、体に感じた衝撃が彼に引き寄せられきつく抱き締められたせいだ、と気付くのに、少しだけ時間が掛かった。
 
 
「待ってたんだ…。もう一度お前に会える日が来る事を。
コーディネイターとナチュラルが憎しみあう世界なんてやっぱり間違ってると俺は思った。
だからこんな戦争早く終わらせて、お前を捜しに行こうって考えてた。
なのにお前はこんな危ない場所にいて、オーブの軍人やってて…なんなんだよ、それ。
どうしてお前はそうやって、危険な場所に自分から突っ込んでくんだよ…」
 
 
苦しげに言葉を紡ぐディアッカの腕の中で、ミリアリアは動く事すら出来ず低い声をただ聞いていた。
「議長の提示したプランにも賛同なんて出来なくて…。イザークがエターナルを援護する、って言った時、俺だけでもAAのところへ行こうかって一瞬考えた。
結局行くことは無かったけど…お前が乗ってるって知ってたら、俺は何をしてでも…」
 
「…また軍規違反するつもりだったの?」
 
小さな声に、ディアッカは驚いた顔をした。
 
「そんなことしたら処罰対象になって、ますます地球になんて降りられないじゃない。それでなくてもやる事はたくさんあるでしょうに。
三慰の私ですら、停戦勧告が出てからまだ一度も部屋に帰れてないわ。」
「ミ、リ…」
「だいたい考えなしすぎるのよ、あんたは。今だってそう。よく考えてから行動しなさいよね?」
「今…だって?」
 
ミリアリアは少しだけ緩んだディアッカの腕の中で顔を上げた。
訳が分からない、と言った表情で自分を見下ろすディアッカに、つい笑いが込み上げる。
 
 
戦争を終わらせたくて再びAAに乗艦した自分。
戦争を終わらせたくて戦っていたディアッカ。
 
 
自分は、いつの間にか大切な事を忘れてしまっていたのかもしれない。
種族が、立場が違っていても、想いは同じだったと言う事を。
二人の目指す場所は、同じだったのだ。
それは先の大戦、彼がAAに舞い戻って来た頃から変わらない。
それなのに、ミリアリアはディアッカの手を離してしまった事実に捕らわれ、いつしかその事を忘れていた。
 
そして、もうひとつーー心の奥底にしまっていた“想い”に向かい合う。
あの時は頭に血が上って、酷い言葉を彼に投げつけてしまった。
彼は気にしない、と言ってくれるかもしれないけれど、やはりきちんと謝って…そして、しまい込んでいた想いを伝えよう。
ミリアリアは綺麗な紫色の瞳をじっと見つめ、慎重に口を開いた。
 
 
「あんたは仮にもジュール隊の副官なんでしょう?私よりも忙しいはずなのに、こんな所でこんな事してていいの?
イザークさん、相当怒ってるんじゃない?ナチュラルのオンナにうつつを抜かしやがって!とか。」
「な、いや、その」
「そしてもうひとつ。私は今、両手に荷物を抱えてるわ。左手に書類、右手にはドリンク容器。これがどういう事か分かる?」
「…へ?」
 
 
間の抜けた声に、ミリアリアはつい微笑んでいた。
そしてすっ、とディアッカの腕から抜け出し、脇にあったテーブルに書類とドリンク容器をそっと置く。
 
 
「ずるいって言うのよ。自分ばっかり人の事抱き締めて。両手が塞がってちゃ、私は何も出来ないじゃない。」
 
 
そうしてミリアリアは、ぽかんと固まるディアッカの胸に自分から飛び込んだ。
 
「ブリーフィングルームであんたの事、気付いたわ。軍服の色は変わってても、後ろ姿だけですぐ分かった。
死ぬ程安心したの。ちゃんと生きていてくれたんだ、って。
戦ってる間もずっと心配だった。そんな状況じゃないって分かっててもやっぱり心配だった。お願いだから死なないで、無事で、いてって…」
 
ディアッカは自分の胸で震える華奢な体と小さな声ごと、ゆっくりと腕に閉じ込め、きつく抱き締める。
「なぁ、俺、自惚れてもいいの?」
「何が、よ」
「お前も俺の事、待っててくれたって。……離れてる間も、俺と同じ気持ちでいてくれた、ってさ。」
「…あんたが、そう思うならっ…そうなんじゃないの?!」
涙声になったミリアリアの相変わらずな口調にくすりと微笑むと、ディアッカはその体を抱き締める腕に力を込める。
 
 
「好きだ。ミリアリア。やっぱりお前を忘れるなんて出来なかった。だから…」
「…あんな、ひっく、酷い事、言ったのに?」
 
 
それが別離の時の事だと思い当たり、ディアッカは大きな手でミリアリアの髪をそっと撫でた。
 
「あの時は俺も悪かった。かっとなってお前の話、きちんと聞けなかったし。」
「先にっ…言わないでよね!謝らなきゃいけないのは、っく、私、だったのに…」
「じゃあ、言って?ミリアリアは、俺の事どう思ってる?」
 
ディアッカの低い、そして甘い囁きに、ミリアリアは涙に濡れた顔を上げた。
 
 
「あの時は…心配してくれてるあんたに酷い事言って、ごめん、なさい。……私も、離れている間もずっと、ディアッカの事が…好き、だっ…」
 
 
ミリアリアの言葉は、落ちて来たディアッカの唇によって途中で封じられた。
強引と言っていい勢いで唇を奪われ、ミリアリアはぎゅっとディアッカにしがみつく。
だんだんと息が苦しくなっても、ディアッカの唇はミリアリアを捕らえ続け、解放してはくれない。
「ん、ぅ…」
空気を求めて開いた唇からディアッカの舌が侵入し、キスが深いものへと変わる。
ミリアリアはただ必死でそれを受け止めた。
 
 
これは、このキスは、別離の間の彼の想い。
ならば自分もそれに応えたい。
ミリアリアの閉じた瞳から、涙が一粒零れた。
 
 
漸く解放された時、ミリアリアはくたりとディアッカの胸にもたれかかっていた。
「ごめん…無理させ過ぎた?」
ディアッカの言葉に、ミリアリアはそっと首を横に振る。
そして、力の抜けた腕をディアッカの背中に回し、顔を上げた。
 
「あのね。私も、ディアッカが好きよ。今までも、これからもずっと。」
 
潤んだ瞳を細めてふわり、と微笑んだミリアリアを見下ろすディアッカの顔にも、同様の笑みが広がり。
二人はもう一度だけ啄むような優しいキスを交わすと互いの体をしっかりと抱き締め、離れていた間の想いを伝えあった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

例えばこんな再会もアリかな、と思い、突発的に書き上げました。
運命で宇宙に出てからのミリアリアはどこか遠くを見てばかりな気がして、
それはきっとこの先にいる、敵となってしまったディアッカを想っているのでは…
と勝手に妄想し、出来上がったものになります。
ほんと、本編で二人の再会シーン、見たかったなー(苦笑)

 

 

text

2015,5,15拍手up

2015,6,18up