Blog拍手御礼小噺 主従関係

 

 

 

 
「ディアッカ!後ろだ!!」
 
イザークの声に、ディアッカは振り返りざま背後に銃を向け躊躇いなく発砲する。
視界の端でどさりと倒れる影と、続いてドアから現れた少年と言ってもいい程の新たな刺客に、ディアッカは思わず舌打ちした。
「えげつねぇ真似、してんじゃねぇよ!!」
白服であるイザークに銃を向ける少年の瞳に、迷いはない。
 
「ナチュラルは…ナチュラルは父さんを殺した!父さんはただ避難してただけなのに!なんで…!」
 
少年の悲痛な叫び声に、イザークの体が一瞬強張る。
迷ったのは、少年に銃を向けられた当人であるイザークだった。
 
 
「イザーク!!」
 
 
乾いた銃声とともに、イザークの体が宙に浮く。
どさりと着地した自分の上には、緑色の軍服。
それが自分を庇ったディアッカだという事に気付き、イザークの顔色が変わった。
 
「ディ…アッカ?」
「だい、じょぶ…それよりあいつ、早く…」
「…なん、で…」
 
はっとイザークが顔を上げると、ディアッカに足を撃ち抜かれたのであろう少年が再び起き上がり、こちらに銃を向けていた。
 
 
「なんでザフトは助けてくれなかったんだよ?どうして罪もない父さんが殺されなきゃなんないんだよ!」
 
 
少年の絶叫と、イザークの指が引き金を引くのはほとんど同時だった。
 
 
 
***
 
 
 
「手当てはすんだのか」
 
軍本部内にある病院。
ノックも無しに現れたイザークに、ディアッカはつい苦笑した。
 
 
「お前ね、ノックぐらいしろよな?もし女でもいたらどーすんの?」
「お前が傍に置きたいのは地球にいる彼女だけだろうが。」
 
 
イザークの言葉にディアッカはぐっと声を詰まらせる。
 
「…傷はどうなんだ」
「え?ああ、脇腹掠っただけだからだいじょぶ。ちょっと出血は多かったけど、傷跡も残んないって。」
 
ディアッカの言葉に返事をせず、イザークはベッドの側に置かれた椅子に腰掛けた。
「あの後シホが指揮をとり、外にいたテロリスト達は全員検挙された。人質も無事解放された。」
「さっすがシホ。仕事が早いねぇ。」
クク、と笑ったディアッカの横たわるベッドの脇には、血の付いた軍服が無造作に掛けられていた。
 
 
アプリリウス・ワンに集う穏健派議員が主催した会合を狙った、反ナチュラル派によるテロ。
出動命令を受けたジュール隊はその任務を遂行すべくすぐさまその場に向かい、イザークとディアッカを はじめとした数名が救出部隊として潜入した。
だが、テロリスト達は思っていたより数が多く、そしてこちらの思惑以上に統率の取れた動きを見せた。
人質がいると思われる部屋の手前には、かなり手練と思われる数名が待ち構えていたが、大戦を生き抜いたイザークとディアッカの敵ではなかった。
ーーーあの少年が現れるまでは。
 
 
少年に撃たれたディアッカを安全な場所へと引きずり込み、イザークは無線でシホに素早くいくつかの指示を与えた。
そして自分が持つほとんどの弾をディアッカに託し、単身人質の元へと救助に向かったのだった。
 
 
「…それにしたって、あんなガキまで引きずり込んで…テロリストってのは何考えてんだか。」
苦い表情のディアッカが溜息をつく。
「さぁな。本人から聴取も取れん以上、他の奴らが回復次第そちらから聞き出すしかないだろう。」
イザークの静かな声に、ディアッカははっと顔を上げた。
 
自分は確か、少年の足を狙って撃ったはず。
そしてそれは、確かに命中した。
イザークを庇いながらもディアッカはしっかりその事を確認していた。
ディアッカの表情から考えている事を読み取ったのであろう。イザークが言葉を続ける。
 
 
「あの少年は先程死亡が確認された。…俺がやった。」
「な…イザーク!」
「あいつはお前に撃たれた後、再度こちらに銃を向けた。…仕方のない事だろう。」
 
 
アイスブルーの瞳を伏せ、静かにそう告げるイザークに、ディアッカはゆるゆると溜息をついた。
無益な殺生を望まないのは、自分もイザークも変わらない。
あの戦争を通じて芽生えた想いは、同じだ。
知らなかったとは言え、罪もない民間人が乗った避難艇を撃ち落としたという過去をイザークは背負っている。
まだ成人前であろう少年の登場と言葉に、一瞬の迷いを見せたイザーク。
だからこそディアッカは咄嗟に銃を向けられたイザークを庇い、少年を撃ったのだ。
イザークに、あの少年を撃たせたくない。そう思ったから。
それなのにーーー。
 
「死亡したのは少年とあと二名。リーダーは重症だが、数日すれば話も出来るようになるだろう。そうすれば…」
「イザーク!もういい!」
 
どこか機械的に話を続けるイザークの言葉を、ディアッカは思わず遮った。
 
「お前…」
「…勘違いするな。俺はそこまで弱くはない。」
「じゃあなんであの時迷ったんだよ。」
ひゅ、と息を飲む音が部屋に響き、イザークの瞳が険を湛えてきっ、とディアッカを見据えた。
対するディアッカは、静かな表情のままそれを受け止める。
 
 
「確かにお前の判断は正しい。でもさ。…平気なふり、すんなよ。」
「…これしきの事で迷っていたら、軍人など勤まらん。お前の考え過ぎだ。お前こそ、なぜあの状況で俺を庇った?」
「…理由が必要な事かよ?それって。」
 
 
少しだけいつもより低いディアッカの声に、イザークは目を眇めた。
 
「なに?」
「……お前はジュール隊の隊長だ。そして俺はその隊の隊員のひとりで、副官でもある。だから庇った。それが主従関係、ってやつだろ?」
「…っ、ディアッカ、貴様…っ!」
「俺たちは対等じゃない。お前はザフト軍ジュール隊の隊長で、俺はその部下だ。」
 
まるで切り捨てるようなディアッカの言葉に、イザークはぎゅっと拳を握りしめる。
そのままくるりと踵を返し、ブーツの踵を鳴らして部屋を後にするイザークの背中を、ディアッカはやるせない表情で見送った。
 
 
 
***
 
 
 
隊長室にはシホがひとり戻っていた。
イザークは室内に入ると専用の椅子ではなくソファにどかりと腰を下ろす。
 
「ご苦労様です、隊長。」
「…ああ。」
 
イザークの様子をひとしきり眺めたシホは、黙って給湯室へと消えて行く。
イザークは目を閉じ、深く息をついた。
頭に浮かぶのは、怒りと悲しみを湛えた年端も行かぬ少年の顔。
その怒りはナチュラルに向けられたものか、それともザフトに向けられたものかーー。
 
 
「…くそっ!」
 
 
イザークは小さく毒づき、だん!とテーブルに拳を振り下ろす。
ディアッカの行為の意味を、理解していないわけではなかった。
ただ、それを認めるのは同時に自分の弱さを認める事になる気がしたから。
そして何より、先程のディアッカの言葉。
 
 
ーー主従関係。俺たちは対等じゃない。
 
 
「そんな馬鹿な話があるかよっ…!」
纏う軍服の色は違えども、例え一度ディアッカがザフトを離反したとは言えども。
イザークはディアッカの事を一度たりと下に見た事は無かった。
共に赤を纏っていた頃から今に至るまで、二人は仲間であり、かけがえのない親友、だと思っていた。
なぜ、あいつはそんなに簡単に割り切れるのだろう。
確かにここでは…軍人としての立場は自分が上だ。
だがそれはあくまでも便宜上であり、心は、一個人としては対等だとイザークは思っていた。
 
 
「隊長。私このあとちょっと出てきます。」
 
 
シホの声にイザークは投げやりに「ああ。」と返事をした。
「エルスマンの軍服ですが、新しいものを申請しておきました。今日中にはこちらに届くかと思います。」
ハンガーに掛かる血の付いた軍服を思い出し、イザークの顔が僅かに歪んだ。
「…お二人は、小さい頃からの付き合いなのですか?」
不意に投げかけられた質問に、イザークは思わず顔を上げた。
いつのまにか傍にいたシホが、ことりとテーブルに紅茶を置く。
 
 
「前にも、ありました。エルスマンが隊長を庇って怪我をしたこと。」
「…は?」
 
 
それは、まだディアッカが緑服になって間もない頃、地球にいる想い人に会いに行く少し前の出来事。
ディアッカに絡み、尚且つイザークを揶揄した兵士を殴り倒した一連の行為をシホは全て見ていた。
 
「副官に就任してすぐ、コペルニクスに行きましたよね?あの少し前にエルスマンが拳を怪我していた事、覚えていらっしゃいますか?」
「……そう、いえば…あったな、そんな事が。」
 
当時、想い人に会いに行く為に必死で仕事を片づけるディアッカの手に巻かれた包帯に気付いたイザークは、こんな時期に一体何をやっているんだ、と軽く叱責した覚えがある。
「あの時、私、見ていたんです。」
シホから当時の話を聞かされ、イザークは絶句した。
 
「シホ、なぜそれをすぐ俺に言わなかった?知っていれば…」
「エルスマンがそんな事を望むと思われますか?あの、捻くれた性格の男が。」
 
いつもより若干柔らかい声で、シホは黙ったままのイザークを見下ろし言葉を続けた。
 
 
「あの時、エルスマンはこう言っていました。
“俺は誰に恥じる事もしていない。お前らに何を言われようと何も感じない。だから、俺の事はどう思おうといい。
でも、お前らと違って真剣に戦って、泣いて、悩んで。
それでもここに残って軍人やってるあいつを悪く言う事はこの俺が絶対に許さない。
次に同じような事を口にしてみろ。…生まれて来た事を後悔させてやる”と。」
 
 
イザークはアイスブルーの瞳を大きく見開き、シホを見上げる。
「……ひねくれ者の言葉なんて、真っすぐ受け止めても無駄だと私は思います。
同じように、捻くれた思考で解釈する事も必要かと。
…では、私はこれで。今日はこのまま直帰させて頂きます。」
黒髪を靡かせ、シホは颯爽とドアに向かう。
 
「ーーーシホ。」
イザークの声にぴたりと足を止めたシホが、無言で振り返る。
 
 
「俺はあいつの上司で、あいつは俺の副官だ。そしてあいつと俺は、幼い頃からの友人ーーいや、親友だ。」
 
 
きっぱりと宣言したイザークの顔に、迷いはない。
目の前に立つのは、シホが憧れてやまない、アイスブルーの瞳と銀髪の凛々しい隊長。
 
「そうですか。…羨ましいです。私にはそういった相手はおりませんので。」
 
ふわりと微笑み、軽く会釈をして部屋をあとにするシホに、イザークは心の中で感謝した。
 
 
 
 
「これ着て帰んのかよ…」
 
再び訪れた医師の診察の結果、出血もしっかりと止まったディアッカには退院の許可が下りた。
「さすがにアンダー姿で歩き回れねぇし…どうすっかなー」
ハンガーに掛かった血痕付きの軍服を前に、ディアッカは溜息を漏らした。
その時、コンコン!と忙しないノックがディアッカの耳に飛び込み、返事をする前に乱暴にドアが開けられた。
「あ?…って、え?」
そこには、真新しい緑色の軍服を手にしたイザークが、少しだけ息を切らせながら立っていた。
 
 
「イザー、ク?」
 
 
ぽかんとするディアッカに、イザークはぼふん!と軍服を投げつける。
 
「シホが申請しておいたものだ。あとで礼のひとつでも言うんだな。」
「は?シホ?」
「血の付いた軍服で本部内などうろついてみろ!たちまちおかしな噂が立つだろうが!」
「いや、まぁそうだけど…なんでお前、これ…」
「ぼけっとしてないでさっさと着替えろ!退院許可が下りたんだろ?」
 
…確かこいつ、さっき怒って出てったはずなのに。
どう言う風の吹き回しだ?とディアッカは内心首を捻ったが、ありがたく新しい軍服に袖を通した。
 
「サンキュ、イザーク。これでやっと帰れるぜ。」
「………礼を言わねばならんのは俺の方だ。」
「ーーーへ?」
 
きょとんとするディアッカの顔を、イザークは真剣な表情でしっかりと見つめた。
 
 
「確かに、俺は一瞬迷った。少年の言葉に、あの避難艇が頭に浮かんだ。」
 
 
ディアッカが息を飲む。
 
「俺はあの出来事を…自分の過ちを忘れる気はない。一生背負って、そして前を向いて生きて行く。
だが、そのつもりでいてもやはり…咄嗟に動けなかったのは俺の弱さで、ミスだ。
あのままだったら俺は撃たれていたかもしれない。だが、お前髪を呈して庇ってくれたから、俺は無事でいられた。だから、感謝する。」
「イザ…」
「黙って聞け。…お前は言ったな。俺とお前は主従関係にあるから、俺を庇ったと。」
「…ああ。」
「確かにその通りだ。俺は隊長で、お前は副官。対等じゃない、と言ったお前の言葉は間違ってはいない。」
「…ああ、そうだな。」
「ーーー俺たちの関係は、その一言で片付くようなものか?」
「…は?」
いきなりな言葉に、ディアッカは目を丸くした。
 
 
「俺はお前に取って、ただの“主”にすぎないのか?そうじゃないだろ?」
「イザーク…」
「お前は…少し気を使い過ぎだ。だから父上殿にも軍人に向いていない、などと言われるのだ。」
「おま…それ今関係なくねぇ?」
「うるさい!お前が捻くれているのが悪い!昔からな!」
「がさつよりいいだろーが!」
「とにかく!軍人としての俺たちは確かに主従関係かもしれん。だが俺は、自分と前は昔も今も対等だと思っている!
だから礼を言わねばと思ったし、こうして迎えにも来てやった!悪いか!」
 
 
イザークの白い顔にうっすら赤みが差している事に気付き、ディアッカは思わずくす、と笑った。
お互い、素直じゃないのは同じなのだ、と思う。
ーーー親友同士、そんな所は似て来るものなのかもしれない。
 
「…悪くねぇよ。つーかお前がわりと元気でよかった。」
「っ…気色の悪い事を言う暇があったらとっとと帰るぞ!」
「はいはい。」
 
いつものように、銀髪をさらりと靡かせ先を歩き出したイザークの後について、ディアッカは病室を出る。
言葉は乱暴だが、自分たちは対等だ、と言ってくれたイザーク。
きっと今回のようなことがまた起きたとしたら、その時も自分はイザークの背中を守るだろう。
それは、忘れると決めた温かな想いとはまた別の感情。
 
「早くしないか!」
「俺怪我人なんですけど?それが親友に対する態度ぉ?」
「…うるさいっっ!!」
 
銀髪の隙間からのぞく耳が真っ赤になっている事に気付き、ディアッカは苦笑する。
そして汚れた軍服をひょい、と肩に担ぎ上げると、ゆっくりとイザークの後ろを歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

 

なんでしょうこのツンデレな二人…(笑)
イザークとディアッカの友情ものが書きたくて突発的に書いたお話です。
長くなってしまいふたつに分けました;;
時間軸としては、DM別離〜ディアッカの女遊びが治まって、運命に突入する少し前くらい、です。
拍手小噺17「過小評価」とちょっぴりリンクしています。
シホのいいオンナっぷりが個人的に好きです

こちらの小噺は不定期更新とする予定です。
なかなかup出来ないかもしれませんが、更新の際は拍手ページにてお知らせ致しますので、
気長にお待ち頂ければ幸いです。
Blog拍手やメッセージ、本当にありがとうございます!
何よりの励みになります!!
拙いお話ですが、どうか皆様に楽しんで頂けますように!

 
 

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