好きな人は…

 

 

 

 
「ジャスティスがミネルバのパイロット二人を収容、こちらに向かうとの事です!」
「わかりました。到着次第彼らを医務室へ。メディカルチェックをお願いします。」
 
 
穏やかなラクス・クラインの声に、メイリン・ホークはエターナルの管制席でほっと溜息をついた。
ジャスティスで運ばれて来るのは、メイリンの姉であるルナマリア・ホークとシン・アスカだろう。
もうひとりのパイロットであるレイ・ザ・バレルの消息は今もって知れない。
アスラン・ザラとともに逃げた自分を裏切り者と呼び、本気で墜とそうとしたシンとレイに、メイリンは少しだけ恐怖を感じていたがそれ以上に心配もしていた。
ーーレイの無事は確認出来ないけれど…シンは、大丈夫だったんだ。
 
「ジャスティス、着艦します!」
 
はっと顔を上げ、着艦のシークエンスを始めるメイリンを、艦長席からそっとラクス・クラインが見つめていた。
 
 
 
 
「テロリスト?!」
エターナルの展望室で、メイリンはアスランを前に驚きの声を上げた。
「ああ。シンとルナマリアは先に本国へ送還になるが、君には少しこの艦に留まってもらいたい。
狙いはキラとヘリオポリスで一緒に研究をしていた…」
「それって…ミリアリアさんですかっ!?」
思わずアスランの腕を掴みながら悲鳴のような声を上げたメイリンを、アスランは驚いた表情で見下ろした。
「メイリン…どうしてそれを」
「あ…す、すいません!」
掴んでいた腕を慌てて放すと、メイリンは困ったように微笑んだ。
「地球でAAに運び込まれた時…私を看病してくれたのがミリアリアさんだったんです。
同じ管制官だし、こっちに私が移るまで、よく二人でおしゃべりをしました。その時にヘリオポリスのカレッジの事を聞いたんです。」
 
メイリンは地球でシン達に追撃された際、いくつかの怪我を負っていた。
アスランが庇ってくれたせいで重傷と言う程ではなかったが、仲間と思っていた二人に攻撃されたと言う精神的ショックもあり、メイリンは高熱を出し数日間床に伏したままだった。
その時、時間を見つけては医務室を覗き献身的に看病してくれたのがミリアリアだったのだ。
メイリンが回復に向かってからは、看病と言う名目で医務室を訪れるミリアリアとたわいもない話や戦争の話、お互いの出身地の話など女の子同士のおしゃべりを楽しんだものだった。
 
 
 
***
 
 
 
『ミリアリアさんは、カレシとかいるんですか?』
『え?ええと…いない、かな。』
『その不自然な間からして…今はいない、ってだけなんじゃないですかぁ?モテそうだもんなぁ、ミリアリアさん!』
『全然だってば!それにAAに乗艦する前は戦場カメラマンの仕事をしてたし、恋愛なんてする暇もなかったわ。』
 
 
そう言ってふわりと笑うミリアリアはとても綺麗で、メイリンは思わず見とれてしまった。
コーディネイターと比べたら確かに質は違うかもしれないが、それでもメイリンから見たミリアリアは充分かわいいし、美人だとも思う。
それまでナチュラルと接する機会などなかったメイリンだったが、ミリアリアは不思議な程に種族の壁も感じさせず、自然体で接してくれていた。
姉にくっついてアカデミー、そしてザフトに入隊した自分。
ナチュラルは敵。そう教わって来たけれど、自分はまだまだ知らない事が沢山あるんじゃないのだろうか。
もっと、ナチュラルについて知りたい。話をしてみたい。
ミリアリアとの会話を楽しみつつも、メイリンはいつしかそう考えるようになっていた。
 
『メイリンは…恋人、いないの?』
不意に落とされた質問に、メイリンは飛び上がった。
 
『いっ…いない、です!す、す…』
『…す?』
『好きな、人なら…いますけど…』
 
真っ赤になって俯くメイリンを、ミリアリアは素直にかわいらしいな、と思った。
ーー自分もこのくらい素直に感情を表現出来たら…彼の手を離す事はなかったのかもしれない。
『好きな人って…もしかして』
同じザフトの人なの?と尋ねようとしたミリアリアだったが、それはメイリン自身によってかき消された。
 
 
『ア、アスランさんは雲の上の人みたいなものだからっ!そんな風に見る事自体失礼だと思うんですけど!』
『ア、アスラン?!うそでしょ?』
『え?』
 
 
ミリアリアのぎょっとした様子に、メイリンはきょとんと首を傾げた。
アスランとミリアリアはどうやら知り合い、らしい。
それはここへ来てからの二人の様子ーー何だか若干ミリアリアさんはアスランさんにそっけない気がしたけどーーで、メイリンも察していた。
ふと、メイリンの頭に疑問が浮かぶ。
もしかして…もしかして!!
 
『あの…ミリアリアさんも、好きな人、いますか?』
『え』
 
ミリアリアが碧い綺麗な目をまんまるに見開きーーぽっと頬を染めた。
 
 
『やっぱり、いるんですね?』
『あ、あの、その』
『それって、アスランさんですか?』
『いや、って、えええええ!?』
 
 
素っ頓狂な声を上げたミリアリアに、メイリンはびっくりしてぽかんと口を開け固まってしまった。
『違うわよ!ありえない!ぜんっぜん違う!第一彼にはカガリが…』
『…え?』
『あ…』
はっと口元に手をやったミリアリアに、メイリンはくすりと微笑んだ。
年齢よりどこか大人びて達観した雰囲気のあるミリアリアの、年相応な面が見られた事が嬉しかったのだ。
 
『やっぱり…アスハ代表とアスランさんってそう言う関係、ですよね』
『メイリン…あの、ごめんなさい。私…』
 
しゅん、と項垂れるミリアリアに、メイリンは慌てて声をかけた。
『やだ、そんな顔、しないで下さいよぉ!何となく分かってましたから。私、地球を出る時アスハ代表に声をかけられたんです。』
『カガリから…?』
意外そうな表情を浮かべるミリアリアに、メイリンは笑って頷いた。
 
『はい。あいつの事、頼むな、って。アスランさんが臥せっている時、アスハ代表が傍についていたんですよね?
それに、ミネルバで初めてアスハ代表にお会いした時、ぴったりアスランさんがくっついていたのを覚えてますもん。』
『そっか…』
『元々、さっきも言いましたけど雲の上の人みたいな存在なんです、アスランさんって。だから好きって言うよりも憧れ、って言った方がいいのかもしれませんね。』
 
ことさら明るく答えるメイリンに、それでもミリアリアはすまなそうな目を向けた。
『でも…それでも、無神経な事言っちゃってごめんね、メイリン。』
真摯に謝罪の言葉を口にするミリアリアに、メイリンはいたずらっぽく微笑んだ。
『ほんとに気にしなくていいんですってば!でも、それなら…ひとつだけ、私の質問に答えてくれますか?』
『質問?え、ええ、いいけど…』
すっと居住まいを正すミリアリアに、メイリンは笑顔でこう尋ねた。
 
 
『ミリアリアさんの好きな人って、どんな方ですか?』
 
 
その言葉を理解した瞬間、ミリアリアの顔がぱぁっと真っ赤に染まった。
 
 
 
***
 
 
 
「AAへ?私が、ですか?」
 
エターナルのブリッジで、メイリンは思わず声を上げていた。
アスランと話をしてから今日で一週間程になるであろうか。
姉やシンとの再会も無事果たしたが、彼らはミネルバ所属のパイロットと言う事もあり、副艦長のアーサー・トラインらとともに一足先に本国へ向かって旅立っていた。
そして、一連のテロ事件もキラ、アスランらの働きにより無事解決した、らしい。
 
 
「はい。キラ達を狙っていたテロリストも無事オーブ軍に引き渡す事が出来ました。
現在AAにはザフト軍ジュール隊の隊長と副官が滞在していますが、彼らも数日のうちにプラントへと戻ります。
あなたの処遇について、一度あちらで話をしたいのです。わたくしも一緒に参りますから、いかがですか?」
 
 
「それは…もちろんかまいませんが…あの、ミリアリアさんの容態は…?」
ミリアリアがテロリストに拉致され、救出には成功したものの浅くはない怪我を負った、と言う事をメイリンは聞いていた。
「ミリアリアさんでしたら、だいぶ回復なさっておりますわ。あちらに到着したらお話する時間も取れるかと思います。」
「あ、ありがとうございます!でしたら是非…ご一緒させて下さい!」
ぴょこん、と頭を下げるメイリンに、ラクスは優しく微笑み頷いた。
 
 
 
AAのブリーフィングルームに向かうメイリンの目に、オーブの軍服姿で廊下を足早に歩くミリアリアの姿が飛び込んで来たのは偶然だった。
あとで医務室にお見舞いに行こうと思ってたのに、こんな所で会えるなんて!
「ミリアリアさ…」
「あーもう、お前っ!抜糸もまだなくせに何うろちょろしてんだよ!」
突然飛び込んで来た低くてどこか耳に心地よい声に、メイリンの言葉は途中で止まった。
 
 
「あのね、お薬も飲んでるし短時間ならって許可も貰ってるの!
それに、あんたが出る前にブリッジクルーのみんなに私のこれからの事を説明しなきゃいけないでしょ?」
「これからの事?俺たちの婚約の事?」
「っ…そうよ!ちゃんと自分の口から説明したいの!」
「なら俺も一緒に行く。」
「ひとりでいいわよ!ていうか仕事しなさいよ仕事!イザークに言いつけるわよ?」
 
 
ぽかんと固まるメイリンの前に現れたのはーーザフト軍人なら知らぬものなどほとんどいないであろう、イザーク・ジュールと双璧を成す、紫の瞳に金髪の、エースパイロット。
先の大戦のあと軍事裁判にかけられ緑服を纏うようになったとは言え、評議会も認めざるを得ないその実力でパーソナルカラーの機体を手に入れたと言う、ディアッカ・エルスマンだった。
 
「私がプラントに残るって事は、この艦からクルーが一人減るってことなのよ?何もないとは思うけど、ちゃんと報告しておかないと…」
「だったらプラントに残る理由もちゃんと説明しないとダメじゃん。やっぱ婚約者である俺も一緒に」
「っぇぇえええええ?!うそぉぉぉ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ…え、あれ、メイリン!?」
 
婚約者?あの、ディアッカ・エルスマンの婚約者?ナチュラルのミリアリアさんが?!
ていうかこの二人、知り合いなの?!
 
 
3人は互いに驚愕の表情を浮かべ、廊下に立ちつくした。
 
 
 
 
「このまま、プラントに残る?」
AAのブリッジで声を上げたのはチャンドラだった。
 
「はい、あの…その、私、プラントの…ディアッカの所に、行きます。」
 
ミリアリアははにかみながらも、最後はしっかりと自分の意志を伝えた。
その傍らにはちゃっかりとディアッカが立ち、嬉しそうな笑みを浮かべている。
そしてブリッジの片隅では、ブリーフィングルームに行くはずのメイリンがなぜかその様子を目を輝かせて見守っていた。
「ハウ、それはつまり…」
落ち着いたノイマンの声に答えたのはディアッカだった。
 
「俺はこいつを自分の婚約者としてプラントに連れて行く。で、諸々の処理が済んだら早い段階で入籍出来れば、って思ってる。…ま、そう言う事。」
「もう!自分で言うからディアッカは黙ってて!」
 
む、と婚約者を見上げるミリアリアに、そこにいるクルーの誰もがつい笑顔になった。
 
「振られ男から一転、婚約者とはねぇ…。坊主、やるじゃないの!」
「振られてねぇっつーの!ちょっとした言葉のあやだよ。な?ミリィ?」
「…ちょっとあんたは黙ってられないのっ?」
 
彼らのやり取りを見るに、どうやらミリアリアとディアッカの仲は今に始まった事ではないらしい。
“振られ男”と言われていると言う事は、二人は恋人同士、だったようだ。
それがどういう事情か知らないが、別離の期間があって戦場で再会した、と言う所であろうか。
年頃の女の子らしい洞察力でそこまで推察し、メイリンはかつて耳にしたミリアリアの言葉を思い出した。
そう、あれはメイリンがちょっとした悪戯心でした質問に対する、ミリアリアの答えでーー。
 
 
『ミリアリアさんの好きな人って、どんな方ですか?』
 
 
恋人はいないけれど、好きな人はいるはず。
かまをかけるような形で尋ねたメイリンに、ミリアリアは赤面したあと観念したようにぽつりぽつりと語り出した。
 
 
『飄々としていて普段は滅多に感情を表に出したりしないけど…本当は優しくて面倒見が良くて、信念を貫く強い心を持った、人、かな。
ちょっぴり過保護だったり、嫉妬深い所もあるけど…長所も短所も全て含めて好ましいと思うし、尊敬も…ちょっとはしてる、かも。』
 
 
その彼の事を思い出しているのだろうか、その碧い瞳はどこか遠くを見ていて。
こんなに柔らかくて優しい表情のミリアリアを、メイリンは初めて見た気がした。
『この戦争が終わったら、その人の所に会いに行くんですか?』
ミリアリアはふるふると首を振った。
 
 
『分からないの…。まだ、決められない。彼の隣に立てるくらいに自分が強くなった、って思えたら、その時は会いに行きたいと思ってるけど。
でも自分じゃなかなかそう言う判断って出来ないものだしね。』
 
 
『ミリアリアさん…』
もしかして、触れてはいけない部分に触れてしまったのだろうか。
心配になったメイリンにミリアリアはにっこりと微笑み、『さ、質問タイムはこれで終わり!』と明るく言った。
 
『次はメイリンの番よ?うーん、何を聞こうかしら…』
『ちょ、私ですか?私なんて面白い話、なんにも無いですよ!』
 
そうしてひとしきり女の子同士の会話を交わした数日後、メイリンはAAからエターナルへと移動する事になったのであった。
 
 
 
 
ーーまさか恋人がザフトの軍人で、しかも“あの”ディアッカ・エルスマンだなんて想像もしていなかったけれど。
 
ミリアリアを見つめるディアッカの眼差しは、噂で聞いていたものとは全く違っていて、柔らかく、愛情に満ちたものだった。
そしてミリアリアも、言葉ではああ言っているものの、ディアッカに向ける視線は同じように優しげで、柔らかくて。
 
上層部の命令に背き、自身の信念のもとエターナルを援護してくれたディアッカとイザーク。
そして、ミリアリアの穏やかで幸せそうな表情。
二人の関係には驚いたけれど、メイリンはミリアリアが言っていた言葉の意味がほんの少しだけ分かった気がした。
 
「婚約者かぁ…いいなぁ…」
 
ナチュラルであるミリアリアを婚約者としてプラントに連れて行く、と言うのは、きっと想像以上に困難や障害がついて回るだろう。
それでもメイリンは、その決断をした二人を、そして二人の恋を心から祝福し、応援したい、と思った。
 
 
ーーいつか自分にも、こんな風に心から互いを信頼し、愛し合える人が現れるのだろうか。
 
 
「メイリン・ホーク!こんな所にいたのか?ブリーフィングルームへ来いと言ったろう?」
背後から聞こえた銀髪のエースパイロットでありザフト軍の精鋭部隊であるジュール隊の隊長、イザーク・ジュールの声にメイリンは飛び上がった。
そう、このあと話し合われるのは自分自身の処遇について。
アスランとともにオーブに身を寄せ、今までいた場所とは違った所から戦争を見届けたメイリンは思う。
 
私も、私なりに考えて、自分でこれからの事を決めよう。
誰に流される事も無く、自分で。
 
「ラクス嬢がお待ちだ。先に行くぞ!5分以内にブリーフィングルームへ来るように!」
「は、はい!今すぐ行きますっ!あ、あの、ミリアリアさん、また…」
「うん、またあとでね、メイリン。」
 
ふわりと微笑み、手を振るミリアリアにぴょこんとお辞儀をすると、メイリンはイザークの後を追うようにしてブリーフィングルームへと駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 
お待たせ致しました、15000hitキリリクになります!
hime510様、二回目のキリ番ゲットおめでとうございます(●´艸`)
そして今回もリクエストありがとうございました♡
こちらの舞台は「手を繋いで」、主にメイリン視点でのお話となります。
ミリアリアとメイリンの絡み、書いていてちょっと楽しかったです(●´艸`)
ちなみに当サイトのメイリンは基本的にザフト軍属です。
でも公式ではアスランとともにオーブ軍属になったっぽいんですよね;;
その辺もお話に絡めてみましたが、リクエストに沿った内容に仕上がっているか不安です(滝汗
リクエスト頂いたhime510様はもちろんの事、いつも当サイトにいらして下さっている全ての
皆様にこのお話を捧げます!
奇しくもサイト1周年当日にupしたこちらのお話、どうか多くの方にお楽しみ頂けますように♡
15000hit、ありがとうございました!
これからもよろしくお願い致します(●´艸`)

 

 

 

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2015,5,28up・改稿