「…ああ、もう!」
自室に戻り盛大に毒づくと、ディアッカは軍服が皺になるのも構わずどさりとベッドに転がった。
ブーツすら脱いでいない姿を彼の上官辺りが見咎めたら、きっと一喝されていた事だろう。
今日もまた、反ナチュラル派のテロがあった。
戦争が終わって、ナチュラルとコーディネイターは和平への道を進み始めている。
だが未だプラントにナチュラルを嫌うもの達は多く、ジェネシスとともに散ったパトリック・ザラ前議長の志を継がんとするものも多い。
ディアッカは軍事裁判を経てザフトに復帰した。
エリートの証であった赤服は返上し、今彼が身に纏うのは緑色の一般兵用の軍服だ。
それでもイザークを補佐すべくジュール隊の副官となり、今日もテロの鎮圧に駆り出されてようやく帰宅した所であった。
休み無く駆け回る毎日であったが、次の休暇まではまだ半月近くある。
それでもディアッカは休暇申請が通って早々に地球へのシャトルのチケットを確保し、愛しい恋人にも連絡を入れた。
「何日くらいこっちに滞在出来るの?」
「ん?ああ、今回は移動時間を含めて4日。ま、今回は行きも帰りもオーブへの直行便だし、こないだよりはゆっくり出来るぜ?」
「そっか…。じゃあどこか行きたい所、考えておいてね?」
そう言ってにっこりと笑う恋人ーーミリアリアは本当に嬉しそうで。
AAにいた頃は滅多に見る事の出来なかった笑顔に、ディアッカの胸が温かいもので満たされた。
いつだって、どんなに体や心が疲れていても、ミリアリアの声や笑顔はディアッカの癒しであった。
だが、ミリアリアはナチュラルで。
今日のように、声高にナチュラル排斥を訴える輩を目の前にすると、ディアッカの心は言いしれぬ思いに満たされ、ずっしりと重くなる。
彼らは確かに自分たちよりも弱く、様々な能力で劣っているかもしれない。
けれど、ディアッカはもう知っている。
種は違えど、ナチュラル全てがコーディネイターの敵ではない事を。
ふたつの種族は、争いよりも手を取り合い和平への道を歩むべきではないのか。
それを成し得るため、自分はザフトへと戻ったのだ。
だが、現実は厳しかった。
自分がこんな感情を持ち得ていた事に内心驚いていたが、テロリスト達と交戦しながら、ディアッカはひどくやるせなく、そしてただ切なかった。
そして、ミリアリアの笑顔が、声が、あたたかい温もりと柔らかい体がただ恋しかった。
「夢ん中でもいいから…会いてぇな…」
ぽつりと呟き、ディアッカはごろりと仰向けになると瞳を閉じる。
そうして脳裏にミリアリアの笑顔を思い浮かべているうち、ディアッカはいつしか浅い眠りに落ちていた。
***
「…ちょっと。シャワーくらい浴びたらどうなの?だらしないわね!」
がしがしと体を揺さぶられ、ディアッカは思い瞼をやっとの思いで上げた。
「軍服のまま寝るなんて信じられない!とっとと起きなさいよ!」
「…え?」
寝ぼけ眼なディアッカの眼前には、鮮やかな赤。
いつの間に部屋に入って来たのだろうか、ベッドの脇に立つピンク色のワンピースを着た赤い髪の少女を、ディアッカはぼんやりと見上げた。
どこか初めて会った気がしないのは何故だろう。
陶器のような白い肌に、綺麗な赤い髪とグレーの瞳。
自分よりもいくつか年下であろうが、目鼻立ちも整っており、美人、と言って充分差し支えない。
だが。
ディアッカは半信半疑のまま、恐る恐る声をかけた。
「お前…もしかしてナチュラル、か?」
途端、ナチュラルらしからぬ端整な顔に怒りを滲ませた少女は眉を上げ、きっ、とディアッカを睨みつけた。
「なによ、悪い!?あんたはコーディネイターよね?遺伝子を弄られてない私達よりよっぽど優秀な!」
「…それ、褒め言葉になってねぇと思うけど…」
がしがしと頭を掻きながらディアッカはベッドに起き上がった。
「あら、優秀だって言ってるじゃない。ちゃんと褒めてるわよ。ま、私のよく知ってる人には到底叶わないけどね?」
ふん、とまるで自分の事のように胸を張る少女。
ーーやはりどこかで、会った事がある?
襲って来た既視感に気を取られていたディアッカだったが、赤毛の美少女はそんな彼に構わずぽんぽんと言葉を投げつけた。
「で、なに?分かりきってた事に直面して、しょぼくれて不貞寝ってわけ?」
「な…」
いきなり核心を突かれ、ディアッカは思わず少女を見上げた。
綺麗なグレーの瞳が、真っすぐにディアッカを見下ろしている。
「戦争が終わったからって、すぐに世界が変わる訳じゃない。人の想いも、そう。
ナチュラルを嫌う人達がいるのと同じように、コーディネイターを嫌う人達だって地球にはいるわ。
…コーディネイターなんてみんな、死んじゃえばいい、って、ね。
そんなの、承知の上だったんじゃないの?あんた。」
その言葉に、地球でも今なおブルーコスモスが暗躍し、以前程ではないが断続的にテロが起きている、とミリアリアが言っていたのをディアッカは思い出した。
「…お前も、そう思ってんの?」
その質問が意外だったのだろうか、少女は目を見開いた。
「…そうね。昔はそう思ってたわ。遺伝子を弄ってあるなんて気持ち悪い、って。
自然のままで生まれ育ったナチュラルは、例え能力で劣ろうが“人工的に造られた”あんたたちとは違う、ってね。
半分はパパの受け売りだけど、私自身もそう思ってたのは確かだわ。」
辛辣な言葉が少女のかわいらしい口から零れるが、ディアッカの心は不思議と静かなままだった。
きつい言葉を紡ぎながらも、少女の声にはどこか切なく悲しげな思いが滲み出ているような気がしたからだ。
「でも…みんながみんな、そうじゃないって分かったから。
コーディネイターが全員ナチュラルを敵視していて、下に見ている訳じゃない。
少なくとも私のよく知っている彼は、そうじゃなかった。
……あんただって、そうなんでしょ?じゃなきゃミリィは、あんたを好きになんてならなかったもの。」
今度はディアッカが驚きに目を見開く番だった。
「な…んで、あいつの事…」
狼狽するディアッカが可笑しかったのか、赤毛の美少女はふわり、と笑い、軽やかに身を翻した。
「時間は掛かるかもしれない。でも、いつかお互いがお互いを認めあって、手を取り合える日がきっと来るわ。
私みたいに、考えが変わる人も必ず出てくる。きっと、ね。…だから、お願い。これくらいの事で諦めたり、しないでよね?」
「あ、おい!どこに…」
ディアッカに背中を向けたまま、少女は歩き出した。
「ふたつの種族が手を取り合って平和に暮らせる世界を造る。あんたがミリィを地球に置いてここへ戻って来たのだって、その為なんでしょう?
だったら、今のその想いを忘れないで。あんたを信じてる、ミリィの為にも。
ーーしっかりしなさいよね?バスターのパイロットさん?」
そうして静かに消えて行く少女をディアッカは呆然と見つめーー自分の意識もまた、急速にどこかに向かい浮上していくのを感じた。
***
「ねぇディアッカ、何見てるの?」
二度の大戦を終えた翌年の事。
ディアッカは、ようやくひとつ屋根の下で暮らし始めた婚約者が持ち込んだ写真達をぼんやりと眺めていた。
リビングに置かれたサイドボードの上には、ディアッカが元から置いておいた数少ない写真に加え、婚約者であるミリアリアが持ち込んだ数枚の写真も飾られていた。
「いや…なんか、なんだろ、ここまで出てきてんだけど…」
そう返事をするディアッカの手には、ヘリオポリスのカレッジ時代に撮影されたミリアリア達の写真があった。
まだ戦争から遠い所にいた頃の写真には、今より少しだけ幼い顔をしたミリアリアやキラ達カトーゼミのメンバー、そしてフレイとその友達も写っていた。
「これ、カレッジに入学した頃の写真よ。」
「ああ…そういやみんな幼いよな、顔立ちがさ。」
柔らかい表情で写真を眺めるディアッカに、ミリアリアは少しだけ複雑な表情になった。
ーーあの時、ほんの一瞬対峙しただけのフレイとディアッカ。
銃を向けられた相手とは言え、あの短時間で顔まで覚えているものなのだろうか?
しかも、それは何年も前の事で、あれ以来二人が顔を合わせた事は無いはずだ。
ミリアリアは少しだけ迷った結果、今はまだ何も言うまい、と決めた。
「…この、赤毛の子…」
「え?」
ミリアリアの胸がどくん、と鳴った。
「いや、昔…話した事、あるような気がしてさ。ま、時期的にもあり得ねぇけどな。この子、ナチュラルなんだろ?」
「うん、こういう言い方はあれだけど、キラ以外はみんなナチュラルね。
彼女、並外れた美少女だったから、コーディネイターにも引けは取らないでしょ?」
「ん…まぁ、な。って…この子…」
落としていた視線を上げ、ディアッカが訝しげにミリアリアを見つめた。
「…戦死したわ。先の大戦で。」
いつ、どこでとは聞けず、ディアッカは碧い瞳を揺らすミリアリアをそっと引き寄せ、抱き締めた。
「そっか。…ごめん、辛い事思い出させて。」
「ううん、大丈夫。私こそ気を使わせちゃったよね。ごめん。」
ディアッカの胸にこてん、と頭を預けながら、ミリアリアは目を閉じた。
そしてディアッカは、愛しい婚約者の髪をそっと撫でながら、サイドボードに戻した写真にもう一度視線を向けた。
ーー今のその想いを忘れないで。あんたを信じてるミリィの為にも。ーー
いつか、どこかで彼女にそう励まされたような気がして。
ディアッカはミリアリアを抱き締める腕にぎゅっと力を込めた。
ーーああ。忘れない。そして俺たちは二人で支えあって、生きていくーー
「ディアッカ?どうしたの?」
「ん?何でもねぇよ。…ミリィとこうしてずっと一緒にいられる幸せを噛み締めてただけ。」
「…っ、ばか」
はにかむミリアリアの柔らかい唇に、ディアッカはそっと自分のそれを重ねた。
ーーしっかりしなさいよね?バスターのパイロットさん?
ディアッカの耳に、どこかからそんな苦笑まじりの声が聞こえた気が、した。
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新しく始めたお題、第一発目になります!
長編更新もキリリクもまだなのにごめんなさい;;
心が折れかけていたディアッカが夢の中で逢ったのは、ミリアリアではなく…(笑)
あの事件以外で設定のない(はず)の二人を、いつかどうにかしてひとつの話に
したいと考えていました。
拙いお話ですが、皆様にお楽しみ頂ければ幸いです!
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お題提供元:「月の咲く空」
2015,5,25up