初めて知った事

 

 

 

 

「よいしょ…あれ、ディアッカ?」
 
写真の束を両手に抱えたミリアリアは、書斎に先客の姿を見つけ目を丸くした。
「ん?ああ、どした?」
カーキ色のラフなカットソーにグレーのパンツ姿という寛いだ格好のディアッカは、驚き顔のミリアリアを振り返り軽く笑みを浮かべた。
「ごめん、邪魔しちゃって。ディアッカこそ…何してるの?」
てっきり持ち帰った仕事でもしているのだろうと思っていたミリアリアは、ディアッカの背後からひょこんと顔を出し、床に置いた小型のモニタに視線を落とすと少しだけ驚いた顔になった。
 
 
「これ…日舞?」
「え?お前、日舞知ってんの?」
 
 
ミリアリアの言葉に、今度はディアッカが目を丸くする。
テーブルに写真の束を置くと、ミリアリアはにこりと微笑んで頷いた。
「オーブは和の文化が盛んなのよ。日本舞踊とかの伝統芸能を継承している人達も少数だけどいるわ。
それにしても…ディアッカはどうして日舞なんて?」
金髪に褐色の肌、紫の瞳を持つ自分の夫と日本舞踊がどうしても繋がらなくて、ミリアリアは素直にその疑問を口にした。
 
 
「いや…子供の頃、習ってたんだ。」
「…誰が?」
「俺が。」
「日舞を?」
「そう。」
「……嘘でしょ?」
 
 
ぽかんと口を開けるミリアリアの顔を半分振り返る形で見上げ、ディアッカはおかしそうにクク、と笑った。
 
「そんな意外?」
「意外、って言えば意外だけど…だってディアッカ、今までそんな事一度も言わなかったじゃない!」
「もう辞めて随分経つしさ。きっかけ逃しちゃって。」
 
辞めた、というディアッカの口調に少しだけいつもと違う何かを感じ、ミリアリアは眉を顰めた。
 
「いつまで習ってたの?」
「え?アカデミーに入るちょっと前、まで?」
 
小さなモニタの中では、きりりとした壮年の男性が優雅に舞っている。
よく見れば、ディアッカの手には読みかけであろうその男性の写真が載った雑誌があった。
「…もう、舞わないの?」
ぽすん、とディアッカの座るデスクチェアの横に腰を下ろし、ミリアリアは思い切って尋ねてみた。
柔らかいラグの感触に、何だか気持ちがほっと落ち着く。
 
「…ああ。軍人になるって決めた時にすっぱり辞めたからさ。
師匠は戦争自体よく思ってない人で、ユニウスセブンがきっかけでコペルニクスに移住しちまったし。」
「そう…。」
「まぁ、今でも観るのは好きだし、こうやって雑誌とかで特集組まれてるとつい買っちゃうよね。つーかこれ、俺の師匠だし?」
「え?そうなの?!」
「そう。あっちでも日舞続けてたんだなって思ったらつい見入っちゃって。
 
相変わらず綺麗な所作なんだよなー。もういい歳のくせにさ。」
モニタの中で優雅に舞う男性を、思わずミリアリアは凝視した。
 
 
ーーディアッカも、こんな風に舞っていたのかしら。
 
 
だとしたら、いつか見てみたいような気もするけれど。
やめておいた方が良さそうだ、とミリアリアは軽く溜息をついた。
軍人になる、と決めた時点で彼はこの世界から離れたのだ。
思いの外律儀な彼の性格からして、きちんと話をして軍人の道へと進んだのだろうな、とミリアリアは思う。
だから、こうして映像で楽しむことはあっても、自らが舞うという事はいくらミリアリアの頼みであっても難しいだろう。
…例え舞ってくれても、何だか無理をさせているような気がして嫌だし。
 
軽薄そうなくせに、一本気なところもあるのよね。
ディアッカのそんな所もミリアリアは好きなのだが、調子に乗るであろうその事実を本人に告げる気はなかった。
なので、代わりにひとつ、ディアッカの知らないであろう事実を教えてあげる事にする。
 
 
「…うちの父、伝統芸能とか好きなの。」
「へ?お父さんが?」
 
 
心から意外そうな表情でこちらを見下ろすディアッカがおかしくて、ミリアリアは彼の長い足にこてん、と寄りかかりにっこりと笑った。
「うん。日舞も好きで、近くで公演があると足を運んでるみたい。今度地球に行った時、一緒に行ってあげたらすごく喜ぶんじゃないかな。」
ミリアリアの提案に、ディアッカは嬉しそうに頷く。
「いいなそれ。行きたい。」
「じゃあ、次行く時にしっかり計画立てましょ?」
「うん。」
ディアッカの大きな手が、膝に寄りかかるミリアリアの髪を優しく撫でた。
 
 
「…ねぇ、他には何か習ってたの?」
「んー、イザークとかアリーの付き合いで色々な。でも、どれも長続きしなかったけど。ミリィは?」
「へ?わ、私?!えっと…スキップの時一応家庭教師はいたけど…習い事はピアノだけよ。サイと仲良くなったのもそこでだもの。」
「そうなの?」
「だってサイの家は氏族だし、うちは一般家庭だし。歳も違うからそういう場所でなきゃ接点なんてなかなか持てないでしょ?
サイはおうちの方針でたくさん習い事してたみたいだし、ピアノもすごく上手だったわ。私は数年で辞めちゃったけどね。」
「それでも、あれだけ弾けりゃ充分なんじゃねぇ?あれ、その場で練習したんだろ?」
 
 
それがかつてプラントに連れてこられてすぐ、半ばだまし討ち的に出席させられた晩餐会の事だと気付き、ミリアリアは複雑な表情を浮かべた。
 
「あれは…サイの指導の賜物だと思うわ。私も必死だったし。」
「でもさ、ニコルの曲は自分ひとりであれだけ弾けたんだろ?」
 
AAの娯楽室で聴いたミリアリアの拙いピアノの音色を思い出したのか、ディアッカは柔らかい表情を浮かべた。
「自分で弾きたい、と思えばああやって頑張れるのよね。あの曲、すごく素敵だったし…」
「またいつか、ニコルの曲、聴かせてくれる?」
甘い声でのお強請りに、ミリアリアは顔を上げ、ふわりと笑った。
「…うん。でも今度はちゃんと練習してからね?」
 
 
やっぱりディアッカにも舞を披露して欲しい、とお願いすれば良かったかも、とミリアリアは心の片隅で考えたが、だがやはりここはディアッカの気持ちを尊重すべきだ、と思い直す。
どうせ、この男のお強請りにはいつだって敵わないんだから。
こうして穏やかな時間を過ごしている時でも、ベッドの上でも、いつだって敵わない。
 
 
「……惚れた弱み、って、こういう事を言うのかしら」
「え?なに?」
「何でもないわ。ほら、せっかくなんだからしっかり鑑賞しなさいよ。私、夕食の下ごしらえしちゃうね。」
 
 
そう言って立ち上がるとディアッカの唇にかわいらしいキスを落とし、ミリアリアはにこりと微笑んで書斎を後にする。
その行為が、鑑賞の邪魔をしない為にと言うミリアリアの気遣いだと気付き、ディアッカはふわりと微笑む。
 
 
「…世界は、ゆっくりだけど平和に向かってますよ。…先生。」
 
 
届く事はないと分かっていても、ディアッカは気付けばそっとモニタの中で優雅に舞うかつての師匠にそう語りかけていた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

うわぁぁついに手を出してしまいました、日舞ネタ!(笑)
Twitterでディアッカのお誕生日の日にupされていた画像から妄想が膨らみ
とうとう書いてしまいました;;
日舞は全く知識がないので、ディアッカが舞う姿はお見せ出来ませんごめんなさい(滝汗)
捏造もいいところなこちらのお話、楽しんで頂ければ幸いです。

 

 

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2015,4,15拍手up

2015,5,15up

(お題配布元:TOY)