向き合う勇気

 

 

 

 
ミリアリア・ハウという少女をアスランが初めて意識したのは、AAの格納庫だった。
オーブから宇宙に飛び立ち、戦闘も小康状態が続いていて、アスランはキラとともにAAへとディアッカの手伝いに訪れていた。
さすがに赤い軍服は手元にないので、カガリ達が着ているモルゲンレーテのジャンパーやスラックスを借り、それを身につけて格納庫へ降り立つ。
 
 
「あ…ミリィ!」
 
 
キラの視線を追うと、そこにはピンク色の軍服を纏った、小さくて華奢な女の子がいた。
「キラ!いつこっちに来たの?」
書類を手ににっこりと笑い、彼女はふわりと自分たちの方へやってくる。
碧い大きな瞳に茶色の跳ね毛が愛くるしいナチュラルの少女は、ヘリオポリスで出来たキラの親しい友人のひとり、だそうだ。
 
 
「今日はずっとこっちなの?」
「うん、どうかな。ディアッカの手伝いに来たから彼次第?」
「…ふぅん。キラも大変ねぇ。」
 
 
ディアッカの名前を出した瞬間、彼女の眉間に僅かに皺が寄るのをアスランは見逃さなかった。
…ディアッカ、彼女に何かしたのか?
アカデミー時代からの彼の素行の悪さを知りつくしているアスランは、小さく溜息をついた。
「それじゃ私、マードックさんにこの書類渡さないといけないから。またね!」
ひらり、と手を振り、少女はふわふわとMSの並ぶハンガーへ向けて飛んで行く。
その姿を何となく目で追いながら、アスランはふと気付いた。
ーーー彼女は、キラのすぐ後ろにいる自分の事を、全く見ようとしなかった。
 
 
 
 
「なー、あそこにいるのアスラン?」
マードックに書類を渡したミリアリアは、バスターのコックピットから顔を出したディアッカに声をかけられ、ぴたりと動きを止めた。
「…そうよ。キラと一緒に来たみたい。あんたの手伝いに。」
「は?俺の?何を?」
「そんなの知らないわよ。自分で聞いたら?」
そう言い捨てて、ディアッカを振り返らないままミリアリアはその場を離れようとしてーー大きな手に手首を掴まれ、つい驚いて振り返った。
「お前…大丈夫、なのかよ?」
自分を気遣うように紫の瞳が揺れていて、ミリアリアはつい目を逸らしてしまった。
「…もう、大丈夫だから…ありがと。」
囁くようにそれだけ口にし、ふわりとバスターから離れて行くミリアリアを、ディアッカは心配そうな顔で見送った。
 
 
 
「OSの調整は済んでるのか?」
「ストライクがまだいまいちだな。おっさんが慣れてない分色々うるせーし。ああ、バスターは触んなよ?全部俺好みに調整済みだからさ。」
「…僕たち、呼ばれる意味あったの?これって。」
 
 
キラとアスランが顔を合わせ、くすりと笑う。
クルーゼ隊にいた頃はほとんど見せる事のなかった、アスランの笑顔。
見たことがあるのは、多分ニコルくらいなものだろう。
 
「フラガさんは休憩ですか?」
「ああ、多分艦長さんと一緒じゃねぇの?時間合わせてるみてーだし。」
「じゃあ、彼が戻らないと仕事も進まないな。」
「じゃ、それまでどうしようか?」
 
穏やかに会話を交わすキラとアスランを、ディアッカはついじっと見つめてしまう。
「…ディアッカ?」
不思議そうに首を傾げるアスランに、お節介だと重々分かっていながらディアッカはつい口を開いていた。
 
 
「…ミリアリアに、会ったのか?お前。」
 
 
ディアッカの言葉に、キラの表情がさっと変わる。
「ミリ…?さっきの、ピンク色の軍服の女の子の事か?」
アスランだけが状況を飲み込めず、きょとんと首を傾げた。
「ディアッカ…」
「キラ。お前こいつに何にも説明してねーの?」
ぎろり、と剣呑な視線を向けられ、キラは思わず俯いた。
「…何の事、だ?」
さすがにこの場の空気に気がついたのだろう、アスランがキラを庇うように前へ出て、ディアッカに訝しげな視線を向けた。
 
 
「…お前、オーブの領海でこいつとやりあった時、白と青の戦闘機を堕としたよな。こいつの…キラの友達。」
アスランは目を見開いた後、静かに頷いた。
「…ああ。」
「そいつは…」
「ディアッカ!もう…」
「お前やアスランは良くても!知っとかなきゃいけねぇ事だろ!」
キラを一喝し、ディアッカは再びアスランに向かい合う。
 
 
「お前が堕としたのは、キラの友達で。…ミリアリアの、恋人だった奴だ。」
 
 
ひゅ、とアスランが息を飲む音が聞こえた。
 
 
 
***
 
 
 
休憩のため食堂へ続く通路を歩きながら、ミリアリアは荒れ狂う心をどうにか鎮めようと努力していた。
先程会ったキラの後ろにいたのは、アスラン・ザラ。
コーディネイターでイージスのパイロットで、ディアッカと同じクルーゼ隊のひとり。
 
ーーーそして、トールを殺した、人。
 
初めてその事を知った時、ミリアリアはたまらずその場から走り去った。
彼の顔を、とても直視出来なかった。
トールは必ず戻って来てくれる、そう信じて必死に日々を過ごして来た。
だがその希望はキラの言葉で無惨にも打ち砕かれ、ミリアリアは初めて、トールが死んでしまった事をはっきりと理解した。
 
 
もう、トールは戻って来ない。
あの日だまりのような笑顔も優しい声も、二度と戻らない。
艦の外まで走り出たミリアリアは、大きな木の根元でただ、泣いた。
そこへ現れた元・捕虜であるバスターのパイロットーーディアッカ・エルスマンの言葉に自分はなんと答えたか。
 
『あの人を殺したらトールは返ってくるの?…違うでしょ?!』
 
そうして泣きじゃくったミリアリアを前に、ディアッカはそれ以上何も言わずただそばに立っていた。
そしてようやく落ち着いたミリアリアにしどろもどろになりながら弁解めいた言葉を口にし、一緒に艦内まで付き添うように戻った。
 
 
今こうして思えば、あの時ディアッカが追いかけて来なければ、ミリアリアの心はまた憎しみに浸食されていたかもしれない。
医務室でディアッカを襲った時の冷たい記憶が蘇り、ミリアリアはぶるりと体を震わせた。
『あの人を殺したらトールは返ってくるの?…違うでしょ?!』
あの瞬間、ミリアリアはトールの死を受け入れたのだ。
ディアッカに言葉をぶつけ、やり場のなかった悲しみが少しだけが落ち着いたのも確かで。
八つ当たりされた方はたまったものではなかっただろうが、それでもディアッカは何も言わず、ただミリアリアのそばにいてくれた。
 
トールの死を受け入れたミリアリアは、相変わらず食事や睡眠も満足に摂れているとは言いがたかったがこの戦争について自分なりに考える時間が増えていた。
トールを殺したのは確かにキラの友達、かもしれない。
キラもまた、彼やディアッカの友達を殺した。
しかしミリアリアが見たアスラン・ザラという人物は、化け物でもなんでもない、キラやサイと同じ少年だった。
ディアッカも、そう。
やたらと人に構って来るし、何を考えているか分からないけれど、せっかく釈放されたのにバスターを奪取し舞い戻って来て、そのままこちらの陣営についた、どこか斜に構えた、でもちょっとだけ不器用な所もある少年。
きっと二人とも、たくさん悩んで、迷う事もあったのだろうと思う。
 
 
コーディネイターだって、自分たちと同じ感情を持つ、同じ人間なのだ。
だから、こんな戦争、続けちゃいけない。
トールの死を、無駄にしちゃいけない。
 
 
そう思っていたミリアリアだったが、いざアスラン・ザラを目の前にするとどうしても彼に声を掛ける事が出来なくて。
一度もそちらに視線を向けなかった事を、きっと彼は気付いていただろう。
ーーートール。勇気をちょうだい。
ミリアリアはひとつ息をつくと、サイが待つ食堂へと真っすぐ前を見て入って行った。
 
 
 
***
 
 
 
「ミリィ、こっちこっち!」
 
明るいサイの声にミリアリアは顔を上げ…ちょっとだけ眉を顰めた。
サイの向かいでひらひらとこちらに手を振るのは、先程格納庫にいたディアッカ・エルスマンだった。
 
「よ。お前も休憩?」
「お前じゃない、って何度言えば分かるのよ。」
「アナタ様も休憩でいらっしゃいますか?」
「…そうよ。戦闘も今の所起きそうにないし、取り立てて急ぎの仕事もないし。」
 
揶揄うような口調のディアッカをいつものように素っ気なくあしらい、食事を取りに向かう。
残してばかりも申し訳ないので必要最低限のものだけトレーに載せ席に戻ると、ディアッカもちょうど食事の時間だったのか後ろをついて来て、なぜかミリアリアの隣に当たり前のように腰をおろした。
 
「…なんでここ?」
「いや、そう言う気分で」
「意味分かんない」
 
そんな二人のやり取りを苦笑しつつ眺めていたサイだったが、食堂の入口付近に目をやるとふわりと微笑み、手を挙げた。
 
 
「キラ!こっち!」
 
 
驚いたミリアリアがそちらに目をやると、そこにはキラと、アスラン・ザラが所在無さげに立っていた。
 
「サイ。ミリィも。ここ、いいかな?」
「ああ、もちろん。」
「じゃアスラン、食事はこっちだから取りに行こう?」
 
カウンターへと去って行く二人の姿を直視出来ず、ミリアリアはただ俯いてぼんやりとトレーに載った料理を眺めていた。
さっき、あんなに考えたのに。
勇気を出さなきゃ、って思ったのにーーー。
「ミリィ?どうかした?」
「ううん、別に?」
荒れ狂う心とは裏腹に、ミリアリアは薄く微笑みすら浮かべてサイにそう返事をする。
こうやって、何でもない顔をする事にもだいぶ慣れた。
だから…そうよ、大丈夫な、はず。
そう思い浅く息を吐いたミリアリアの右手が、ほわり、と温かい何かに包まれる。
驚いたミリアリアが俯いたまま視線だけをそちらにやるとーー膝の上でぎゅっと握りしめられた自分の手を、褐色の大きな手が上から覆っていた。
きゅ、と少しだけ力が込められ、ミリアリアはそこでやっとその手が隣に陣取ったディアッカのものである事を理解し、目を丸くする。
温かくて、大きな手。
まるで自分を守ってくれているようなその感触に、ミリアリアの肩からゆっくりと力が抜けて行った。
 
 
「お待たせ。」
 
 
はっとミリアリアが顔を上げると、目の前にキラとアスランが腰掛ける所だった。
ミリアリアは、真っすぐにアスランを見つめる。
右手に感じる、ディアッカの掌の温かさ。
そう、コーディネイターだってナチュラルと同じ、こうして温かい手をしているのだから。
大丈夫。もう、大丈夫。
「自己紹介がまだだったよね。サイ・アーガイルです。AAではCICを担当してる。よろしく。それで、こっちの…」
 
 
「ミリアリア・ハウよ。サイと同じ、CICを担当してるの。」
 
 
不意に言葉を発したミリアリアに、キラが少しだけ驚いた表情になった。
「…アスラン・ザラだ。アスラン、でいい。よろしく。ええと…」
「サイでいいよ。ディアッカの友達だろ?」
「いや、友達っつーか…」
生真面目な表情のアスランと、サイの『友達』発言に複雑な表情になるディアッカ。
 
 
「…ふふ」
 
 
小さく笑ったミリアリアに、全員がぽかんとした顔になった。
「私も、ミリアリア、でいいわ。キラと同い年だったわよね?だったら私も同い年だわ。…よろしくね、アスラン。」
にっこりと笑顔を浮かべるミリアリアに、アスランは翠色の瞳を少しだけ見張りーーふわりと微笑み、頷いた。
「ああ、よろしく。ミリアリア。」
 
 
 
***
 
 
 
その後しばらく食堂で歓談をしていた5人だったが、フラガが戻った、と整備士が告げに来た事でキラとアスランはミリアリア達を残し格納庫に向かった。
「俺、もうしばらく休憩時間あるからさ。ちょっと部屋に戻って本取ってくる。」
サイが立ち上がり、二人ににっこりと笑いかけ食堂を後にしーー残されたミリアリアは、小さく息をつくと横目でディアッカを見上げた。
 
「…いつまでそうしてるつもり?」
 
空いた左手の人差し指でとんとん、と褐色の手をつつくと、ディアッカは苦笑してミリアリアの右手から自分の手を離した。
「…大丈夫、って言ったでしょ?」
「さっきのお前の顔は、そう言ってなかったからさ。」
「お前ぇ?」
「すみません、アナタ様」
おどけた口調のディアッカに、ミリアリアは視線だけでなく、体ごと向き直る。
 
 
「…あんたって、ほんと分かんない。」
「は?」
「でもひとつ分かったわ。…あんたの手は、温かいって。」
「…っ」
 
 
考えてもみなかった言葉に、ディアッカの頬がかぁっと熱くなる。
それに気付いたのだろう。ミリアリアもまた頬を染め、立ち上がった。
「私、ブリッジに戻るわ。あんたも行くんでしょ?格納庫。」
「へ?あ、ああ。」
「せっかくキラ達が来てくれてるんだから…整備、頑張ってね。」
そうしてふわり、と微笑み。
颯爽と食堂を後にするミリアリアを、ディアッカは頬を染めたまま見送った。
 
 
 
***
 
 
 
「アスラン…大丈夫?」
格納庫の扉の前でキラに尋ねられ、アスランは微笑んで頷いた。
「ディアッカに言われた通りだったな。…余計な言葉なんて、いらなかった。」
 
 
『あいつはナチュラルで…確かに俺たちよりいろんな能力も劣るかもしれねぇけど。
だけど、強い女だから。あいつは恋人の事を知っていて、その上でお前と向き合う事が出来る女だ。
お前は余計な事、言わなくていい。ただ、忘れんな。自分がした事を。』
 
 
ディアッカは変わった、とアスランは思う。
自分と友達扱いされてあんな表情を見せた事も、そして彼女ーーミリアリア・ハウの事も、あんなディアッカを見たのは初めてで、アスランはただ戸惑っていた。
ナチュラルを蔑視し、ゲームのようにMSで敵を撃ち落としていた…クルーゼ隊にいた頃とはまるで変わった、ディアッカ。
 
自分は、変われるだろうか。
 
脳裏に金髪と琥珀色の瞳がよぎり、アスランの心をふわりと温かくする。
「俺も、向き合わないといけないな。…色々な事と。」
ぽつりと呟いたアスランに、キラは微笑んで頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

アスランとミリアリアの関係ってどんなだったんだろう?
そう思って生まれたのが今回のお話です。
こちらもまた捏造に捏造を重ねておりますが、どうかご容赦下さい;;
トルミリ風味が残ったDMを書くのはかなり難しかったです(笑)
ミリアリアに勇気をくれたのはトールか、それともディアッカの手か、両方か?
それは読み手である皆様のご想像にお任せします(●´艸`)
難しい題材+拙い文章で心苦しい限りです;;

 

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2015,4,15拍手up

2015,5,15up

(お題配布元:確かに恋だった)