恋だったのかもしれない

 

 

 

 
深夜、と言っていいくらいの時間。
ひと仕事終えたコミュニティに戻ったラスが中庭を覗くと、やはり彼女はそこにいた。
今日はよく晴れていたのだろう。星空がとても綺麗で。
彼女は、その星空を見上げながら、静かに、泣いていたーーー。
 
 
 
「よ、ミリアリア。」
ラスの声に方をびくりと震わせたミリアリアは、慌てて涙を拭うと声のした方を振り返った。
 
「お、お帰りなさい、ラス。こんな時間にどうしたの?」
「それはこっちの台詞。ほら、お土産。」
 

ぽい、と放られたカードのような何かを、ミリアリアは慌てて受け止める。
「ちょっとラス、これ何?!」
「超薄型スタンガン。結構高性能なんだぜこれ。」
得意げなラスに、ミリアリアは複雑な表情を浮かべた。
「…で、これがどうして“お土産”なわけ?」
「身を守る武器は必要だろ?お前、護身術も出来なきゃ銃も撃った事無いって言ってたじゃん。
これならさすがにミリアリアでも扱えるっしょ。」
「……嘘でしょ?」
ミリアリアは涙の残る目を丸くし、怖々と言った感じでカードのようなスタンガンをまじまじと眺めた。
「普通、お土産ってもうちょっと…何て言うか…」
「何だよ、アクセサリーでも欲しかった?そう言うのは空の向こうにいる奴に買ってもらえよなー」
「…この先会えるかどうかも分かんない相手の話はしないでくれる?」
「その後ろ向き加減がミリアリアっぽくないんだよ。あー湿っぽい!」
「あんた…その口の悪さからしてきっとプラントではモテなかったと思うわ。それに“お前”って言わないでよね!」
「はいはいはい。んじゃミリアリア、使い方説明するぜ?」
 
 
 
 
北欧にある、ダストコーディネイター達が暮らす小さなコミュニティ。
ここの住人でもあり、先の大戦で崩壊したヘリオポリスから何の因果か救い出された“元・ザフト兵”であるラスは、流れるような口調でスタンガンの使い方を説明しながらそっと目の前の少女に視線を移した。
茶色い外跳ねの髪がキュートな、美人、と言うよりかわいらしいと言った方がしっくり来る少女。
華奢な体に、何よりも目を惹く碧い大きな瞳。
その外見に似合わず剛胆な一面を持つ彼女は、ラスが仕事で出ている間にカメラを手にここを訪れ、取材をさせて欲しい、とボスに迫ったそうだ。
 
 
最初は断固として断り続けていたらしいボスの気がなぜ変わったのか、ラスは知らない。
仕事から戻った自分に、屈託のない笑みを向け話しかけて来たこの少女ーーミリアリア・ハウの事を、ラスはどことなく気に入っていた。
聞けば、先の大戦で有名なあのAAのクルーだったと言う意外な事実、そして、そのくせ武器の扱い方も知らなければ護身術も知らないというミリアリアに、いつしかラスは時間が空く度簡単な手ほどきをしてやるのが日課となっていた。
 
 
「ねぇ、やっぱり記憶、戻らないの?」
スタンガンを掌で弄んでいたラスは、ぽかんと顔を上げた。
「は?俺の記憶?」
「他に誰がいるのよ。自分の境遇も忘れたの?」
ラスはヘリオポリス崩壊の際、偶然このコミュニティに在籍する傭兵に助けられ、ここに運び込まれた。
品詞だった自分が一命を取り留めたのは、赤いパイロットスーツの上に羽織った防弾ジャケットのおかげだったらしい。
だが頭部に受けた銃弾により、目が覚めた時ラスの頭からはそれまでの記憶が一切消え失せていた。
 
 
「んなコト言われても…思い出す方法自体わかんねーんだし、縁がありゃその内思い出すんじゃね?」
「縁とはまた違う気がするけど…うーん、そうね…」
 
 
難しい顔をして考え込むミリアリアを、ラスはいつしか柔らかい表情で眺めていた。
笑ったり泣いたり、くるくると表情の変わるミリアリア。
いつしかラスは、年相応な顔をするかと思えば先程のように憂いを帯びた表情を見せる彼女の事を考える時間が増えていた。
「…えと、ラスは救出された時、赤いパイロットスーツを着てたのよね?」
「え?あ、ああ、そうだけど」
「あそこにいたからって同じ隊だったとは限らないけど…」
「え?」
どこか落ち着かなげに目を泳がせていたミリアリアは、意を決したように碧い瞳をラスに向けた。
 
 
 
「ディアッカ・エルスマン、て、聞き覚え…ない?あ、あとイザーク・ジュールさんとかアスラン・ザラ…さん、とか。」
 
 
 
「……ねぇな。知らない。誰それ?」
きょとんとしたラスティに、ミリアリアはがっくりと肩を落とす。
「私の…知り合い。ザフトで赤服を着てたから、もしかしたら、って思って。て言うかいいかげん、ザフトに問い合わせてみたらいいじゃない。」
彼が持ち得た自分の情報は、首に掛けた認識表からかろうじて読み取れたファーストネームの一部とザフトの赤を纏う軍人であったと言う事だけ。
 
「んー、俺は別に、このままでも構わないんだよね。」
「どうしてよ?あなたの家族や友達だって…」
 
そう言って、心配そうな顔をするミリアリアについラスは苦笑した。
自分だって、ああしてしょっちゅう空を見上げて泣いているくせに。
きっと今口にした名前の中に、ミリアリアの想い人はいるのだろう。
ほんの一瞬、ミリアリアがひどく切なげな表情になった事に、ラスはしっかりと気付いていた。
 
 
「ミリアリアは、やさしーんだな。」
 
 
ラスの言葉に顔を真っ赤にしたミリアリアの姿に、ラスは青い瞳を細め、優しく笑った。
 
 
 
***
 
 
 
「ーーーなんだ、これ…」
 
 
ラスは目の前に広がる光景に愕然と立ちつくした。
ほんの数日前まで笑いあい、共に過ごした仲間達。
その仲間達が血まみれで地面に転がる姿に、ラスの頭ががんがんと痛んだ。
 
 
「おい!何があった!?おい!!」
 
 
手近なものから順々に声をかけて行くものの、彼らは既に全員事切れていた。
皆、とどめとばかりご丁寧に心臓を撃ち抜かれている。
「…ミリアリア」
ラスははっと顔を上げ、ここにいるはずの少女の名を口にする。
「ミリアリア!どこだ!?おい!」
 
 
……まさか、あいつも?
 
 
綺麗な碧い瞳と、クルクルと変わる表情が愛らしい、ナチュラルの少女。
自分の身すらろくに守れないミリアリアが、この状況でどうなっているかーーー?
 
「ミリアリア!」
 
ラスは必死で辺りを駆け回り、ミリアリアの姿を探した。
冷静に考えれば、血と硝煙の匂いが立ちこめているこの状況は、まだ決して安心出来るものではないと気付いていただろう。
だがラスは、それすら気がつかない程にミリアリアの事で頭がいっぱいだった。
頼む…生きていてくれ、頼むから!
息を切らせてコミュニティの外れまで来た時、人の気配を感じてラスは振り返った。
 
 
「ミリアリアっ?!」
「…まだ、いたようだな。生き残りが。」
 
 
ラスの青い瞳が大きく見開かれる。
そして次の瞬間、頭部に衝撃を受けラスの体は後ろに吹っ飛んだ。
「おい!オーブの特殊部隊だ!ずらかるぞ!!」
そんな男の声に軽い舌打ちが続き、足音が遠ざかって行くのをラスはぼんやりと聞いていた。
 
 
ミリアリア…どこ…に…。
 
 
意識が途切れる寸前、ラスの脳裏に浮かんだのは星空を見上げて静かに涙するミリアリアの横顔、だった。
 
 
 
***
 
 
 
「だれ?そこにいるのは誰なのカガリ!」
生きていて欲しい、と願っていた少女の声。
ラスは心から安堵し、微笑んだ。
「よ。相変わらず無茶ばっかやってんじゃん、ミリアリア」
モニタに映るミリアリアの目が驚愕に見開かれ、ぱくぱくと口が開いたり閉じたりするのをラスは微笑みながら眺める。
「二度も九死に一生を得るなんて、俺ってすごくない?」
「…っ、馬鹿、じゃないのっ?!」
ぶわり、と碧い瞳に涙を浮かべ、それでもミリアリアは嬉しそうに微笑む。
「ラス…無事だったのね。ほんとに、良かった…。」
その声に、笑顔に。
ラスの胸がふわり、と温かくなった。
 
 
 
 
ブルーコスモスに頭部を銃撃されたラスは、その直後に現れたオーブの特殊部隊によって救出され、即座に病院へと運ばれた。
頭部に弾が残っていたせいで手術は困難を極めたが、ラスは無事生還した。
そして、その衝撃のせいか失っていた記憶も徐々に戻り始め、初めてラスはミリアリアに自分の素性ーー自分がザフト軍ジュール隊、ラスティ・マッケンジーである事を告げる事が出来た。
静養して行く中、ずっとミリアリアの事が気になっていた。
だが、ひょんなことからミリアリアの名を偶然耳にする機会があり、無事であったことに心から安堵した。
そして、かつてミリアリアが口にした名前もゆっくりと記憶の中に浮かび上がり始め、こうしてカガリの護衛としてAAまでついて来たのも、半分は彼らに会いたいと思ったからだった。
そして、もう半分はーーー。
 
 
 
 
「お前、もうそこから動くな。」
「はぁっ?」
 
何故か一般兵用の緑服を纏ったディアッカの言葉に、ミリアリアが目を丸くする。
「後で俺が部屋に運ぶから、お前はそこでしばらく休んでろ。何なら寝ろ。」
「バカじゃないのっ!ていうか、私は荷物じゃないんだから、普通に歩いて戻るわよっ!」
「ミリィ」
「…分かったわよ。」
目を眇めて低い声でミリアリアを嗜めるディアッカと、それを受けて唇を尖らせソファーに沈み込むミリアリアを、ラスティは柔らかい表情で眺めた。
ーーーあの時、確か一番最初に出たのがこいつの名前だったよな。
そんな事を思い出し、そして二人のやり取りを目にして、ラスティは内心溜息をついた。
 
やっと、空の向こうにいる奴に会えたんだな。良かったな、ミリアリア。
 
ミリアリアが星空を見上げて想っていた相手は、きっとディアッカ・エルスマン。
そしてディアッカもまた、ミリアリアを何よりも大切に想っている事は二人の様子からも嫌と言う程伝わって来た。
二人の過去に何があったのかなんて、ラスティは知らない。
だが、今こうしてミリアリアが幸せそうにしているのなら、それでいい、と思った。
 
 
なぜあの時、自分は周囲の状況も省みずミリアリアを探したのか。
静養中、その理由をラスティは何度も考えた。
きっとあれはーーー恋、のようなものだったのかもしれない。
あのままずっと一緒にいたら、ラスティはきっとミリアリアにその想いを告げていただろう。
果たしてミリアリアは、自分の想いに応えてくれただろうか。
答えは否、だ。
ミリアリアはきっと、とてもすまなそうな困った顔をして、ごめんね、と返事をしただろう。
大気圏も、宇宙をも超えてディアッカの事を想い続けていたミリアリアの姿を、ラスティは知っているから。
 
 
ミリアリアの無事を祈り、また会えたらいいな、と思っていた。
だが不思議な事に、ミリアリアのこんな姿を見られただけで、ラスティは満足だった。
ほんのひととき落ちた、恋だったのかもしれないこの想いを彼女に告げる事は永久にないだろう。
でも、もし彼女が自分に助けを求めた時、困難に挫けそうな時には、何を置いても駆けつけ、力になる。
ちくりと痛む心の片隅でラスティはそう決意し、なおも小声で言い争う二人に明るく声を掛けた。
 
 
「ミリアリア、すげー愛されてんじゃん?」
 
 
途端に恥ずかしそうに顔を俯かせてソファに沈み込むミリアリア。
それを優しい眼差しで見つめるディアッカは、ラスティの知る彼とはまるで違っていた。
 
 
ーーーもう、絶対に手を離すんじゃねーぞ。
 
 
心の中でそっとそう囁き、ラスティはディアッカにからかいの言葉をかけ、にっこりと微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

拍手小噺34話目は、ラスティをどん!と前に出してみました。
北欧のコミュニティ時代から「手を繋いで」での再会までの、ラスティ目線
での補完作品、と言っていいのかな?
ちょっぴり切ないお話ですが、大丈夫、ラスティはいい男だからきっと素敵な
相手が見つかるはず!と心で応援しながら書きました。

 

 

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2015,4,15拍手up

2015,5,15up