ミリアリアは、AAの展望室でぼんやりと外を眺めていた。
地球から見上げた星空はとても綺麗だったけれど、今目の前にあるのはごつごつした岩のようなものや、戦闘で散ったMSの小さな残骸。
AAは新鋭艦であり、小さな障害物にぶつかってもそれほど支障はない。
デブリと呼ばれる程の大きな障害物なら話は別だが、この宙域にはそこまで大きな何かがあるわけではなかった。
今日もまた、戦闘があった。
ドミニオンは現れなかったけれど、AAを狙う地球軍のMS部隊が突如現れ、キラ達やフラガ、そしてディアッカも出撃した。
半ば成り行きで軍人になったミリアリアに、細かい戦況の事など分からないし予想も出来ない。
教えられた仕事をこなし、フラガとディアッカにその時の状況を伝える。
戦闘中に出来るのはそれくらいで、ただ必死にモニタを見つめ、ひとつの変化も見逃す事の無いように神経を張り詰める。
そんなミリアリアでも感じるくらい、状況は逼迫したものになりつつあった。
きっともうすぐ、大きな戦いがある。
そのとき自分は、キラ達は、そしてディアッカはーーー。
メンデルでの一件から数日が経ち、フラガも無事復帰している。
ディアッカもまた、相変わらず飄々とした態度で日々を過ごしている。
それでも、いざ戦闘が始まればその先の事など分からない。
かつてオーブでミリアリアの目の前のモニタに映し出された『SIGNAL LOST』の文字が再び映し出されない保証など、どこにも、無い。
「…怖いよ、トール…」
不安と、焦燥と、罪悪感と。
ごちゃ混ぜになった感情を制御しきれなくて、ミリアリアは展望室の窓に寄り添いぽろぽろと涙を零した。
ああ、泣いてはいけない。
泣いたらまた、あいつが来る。
しっかり休んで欲しい。余計な心配や手間をかけたくない。
何よりこれは、ミリアリア自身が向かい合わなければいけない感情なのだから。
こんな所で、こんな時にこんな事で、気弱になんてなったら、だめーー。
「まーた泣いてんの?お前、そんなんじゃ脱水症状になるぜ?」
ほら、やっぱり。
聞き慣れた声に、ミリアリアは振り向かなかった。
小馬鹿にしたような口調と言葉。
返事をしないミリアリアにひとつ溜息をつくと、ディアッカはゆっくりとミリアリアの傍までやって来て、何も言わず隣に立った。
「夜勤シフト、今日はサイだろ?寝ないの?」
「……あんたこそ、休みなさいよ。戦闘があったんだから疲れてるでしょ。」
零れる涙を拭おうともせず、ミリアリアは外を見たままぶっきらぼうに返事をした。
ふわり、とMSの残骸が二人の目前を通り過ぎて行く。
「…こういうの見てるとさ。明日は我が身かもな、とか思っちまわねぇ?」
きっとディアッカはそれほど深い意味も無く口にしたのだろう。
実際それは、あながちあり得ない話でもなかったのだから。
それでもミリアリアは、その言葉に大きく肩を揺らし、きつい眼差しでディアッカに向き直ると思い切りその胸に拳を叩き付けた。
「いって…!なに…」
「どうしてそんな事言うのよ!!」
碧い瞳からどっと溢れた涙に、ディアッカは言葉を失った。
「簡単に…簡単にそんな事言わないでよ!やめてよ!そういう事言うの!」
ひっく、としゃくり上げながら肩を震わせるミリアリアの姿に、ディアッカはただ狼狽えた。
「悪い…。デリカシー、無かったよな。」
それがトールの事を指していると気付いたミリアリアの頭に、かっと血が昇った。
確かにトールの死はミリアリアにとって経験した事の無い衝撃を与えた。
食事も満足に摂れず、眠る事も出来ず、捕虜となったディアッカに全ての怒りと憎しみをぶつける事までした。
それほどまでに、トールの存在はミリアリアにとって大切なものだったから。
でも。
認めたくないけれど、今目の前にいる男も、自分にとって大切な存在なのだ。
これが恋なのか、ミリアリアにはよく分からない。
好きか嫌いか、と考えれば、好き、なのだろう。
だが、トールを失って間もないのにこんな感情を芽生えさせてしまった自分を、ミリアリアは理解出来ない。
ーーー私は、この人を好きになってもいいの?
いつしかディアッカに惹かれている事に気付き、ミリアリアは常にそう自問自答していた。
何度トールを想い、その事を考えたか分からない。
だが、こうして彼と向き合うと、感情が制御出来なくなって。
気付けばミリアリアは、小さな子供のように泣いていた。
「…う」
「え?」
「っ、く、ちが、う…!!」
いなくなってほしくない。
ひとりになってしまうかもしれない、と思うだけで、怖い。
でもディアッカはバスターのパイロットで。
一度戦闘が始まれば、彼はバスターと共に出撃し、最前線で戦う。
後方支援機であっても狙われない保証などどこにも無いし、AAを狙う攻撃から艦を守るのがディアッカの役目でもあった。
でも、もしその内の一発でもバスターに当たったら?
今自分達がいるのは戦場なのだ。キラ達だって、ディアッカだって、無事で帰る保証などない。
「ど、してっ…決め、つけるのよっ…ひっく、ばかっ!」
「は?」
いきなり馬鹿呼ばわりされ、ディアッカはぽかんとする。
「トール、が、いなくて…悲しいけど、っく、それだけじゃ、ない…っ」
「……ごめん」
「だから!あやまらないでよっ!私は心配もしちゃいけないの?」
ミリアリアの叫びとともに、碧い瞳から涙が粒となって飛び散った。
ああ、これじゃただの八つ当たりだ。困らせるだけで、何の救いも無い。
軍人であるディアッカはきっと、こうして不安に思う事があっても自らの力でそれを乗り越え戦場に出て行くのだろう。
もっとちゃんと、自分の想いを口に出して説明出来たらいいのに。
無事で帰って来て、いなくならないで。
仲間を気遣い心配するのは当然の事なのに。
だって、仲間なのだから。
仲間であり…いなくなって欲しくない人、なのだから。
なのに素直な気持ちを口に出来ないのは、そこの別の感情が入ってしまっている、から?
「…大っ嫌い…」
「ミリアリア…ごめん」
ディアッカの紫の瞳が揺れる。
ああ、またこれじゃ誤解させてしまう。
ミリアリアはいまだ止まらない涙を零しながら、目の前に立つ男を真っすぐに見つめた。
「大っ嫌いなの…こんな、ひっく、自分自身が…」
「…え?」
思いもよらなかったのだろう、ディアッカが驚いた表情を浮かべる。
「怖くて、不安なのは…私、が…弱いからっ…!それなのに私、ひく、あんたに甘えて、謝らせて…。馬鹿なのは…わたし、なのに…」
次の瞬間、ふわりと温かい感触に包まれたミリアリアは何が起こったのか分からず俯いていた顔を上げる。
そして自分がディアッカの腕の中にいる事に気付き、驚きのあまり体を固くした。
「俺はお前のそう言う所、嫌いじゃない。」
耳元で囁かれた言葉に、ミリアリアの瞳からまた涙が溢れた。
「う、っく…私、は…きらい…」
「でも俺は、嫌いじゃない」
きゅ、と少しだけディアッカの腕に力が込められる。
「この戦況の中で必ず戻る、とか…言っていいのか分かんねぇし、簡単に約束は出来ねぇけどさ。
俺も他の奴らも…死ぬつもりで出て行ってるわけじゃない。死んじまったら、守りたいものも守れないからさ。」
大きな手でいつものように頭を撫でられ、ミリアリアはぎゅっと目を閉じる。
そして、だらん、と力なく垂れ下がっていた腕を恐る恐る上げーーディアッカの背中に回した。
今はまだ整理のつかない、口に出せない想いを込めて、その腕にぎゅっと力を込める。
どうか、想いが少しでも伝わりますように。
そう願いながらしゃくり上げるミリアリアは、自分を見下ろすディアッカの瞳がどれだけ切なげで優しい色に染まっているかなど知る由もなかった。
***
「……眠くなっちゃった?」
小さな体を腕の中に閉じ込め、宥めるように茶色の跳ね毛を撫で続けていたディアッカは、ミリアリアの耳元で小さく囁いた。
ようやく泣き止んだミリアリアは、ディアッカの胸に納まったままぼんやりとしている。
戦闘続きで緊張しきっていたせいで、情緒不安定になったのかもしれない。
泣きたければ泣けばいい。お前の涙くらい、いくらでも受け止めてやる。
そう言いたいのをぐっと堪え、ディアッカは子供をあやすかのようにぽん、ぽん、と小さな背中を優しく叩いた。
『私は心配もしちゃいけないの?』
ミリアリアが先程口にした言葉。そして、背中に回された、華奢だけれど力強い腕。
それらはきっと、恥ずかしがりで素直になれない彼女なりの精一杯の気持ちを表す手段、なのだろう。
ーーー俺は、絶対にここへ帰ってくる。お前を守る為に。
自分の身を案じてくれたミリアリアの想いを受け止め、そう心に誓ったディアッカは、もう一度柔らかい髪を撫で、「ミリアリア?眠れそう?」と声を掛ける。
涙の残る碧い瞳がディアッカをぼんやりと見上げ、こくり、と小さな頭が揺れた。
「そっか。じゃ、部屋戻れよ。俺もちゃんと休むから。さすがにきつかったもんな、ここんとこさ。」
「…あの」
「ん?」
ディアッカを見上げたものの、どこか目を泳がせているミリアリアにディアッカは首を傾げた。
「やつあたりして…ごめんなさい」
小さな、か細い声での謝罪の言葉。
きっと、いつ言おう、と逡巡していたのだろう。
やっと言えた、とばかりに泳いでいた碧い瞳がディアッカを真っすぐに見上げる。
その素直な仕草に思わずディアッカは微笑んでいた。
「そんな風に思ってねぇから、気にすんな。…また明日、な。」
また明日。
戦場で交わすには儚い言葉。
だがディアッカは、その言葉を言わずにはいられなかった。
「…え?」
ミリアリアの表情が、無防備なものに変わる。
それがおかしくて、ディアッカはまたふわり、と微笑んだ。
「また明日な。おやすみ、ミリアリア。」
「………うん。また、あした。」
ーーーどれだけその言葉が儚いものでも、ミリアリアがそれで安心出来るなら構わない。
名残惜しさを堪えて、幾分柔らかい表情でディアッカを見上げるミリアリアから自分の体を離すと、ディアッカはひらり、と手を振り展望室を後にした。
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お題「伝えたい言葉ふたつ」の最後の一題となります。
突発的に降りてきたお話をこれまたガーッと書き上げてしまいました(笑)
(長編もね、ちょっとずつ書いてるんですよごにょごにょ…;;)
こちらはヤキンの少し前くらいのお話、となります。
ディアッカが何だかカッコいいですね(●´艸`)
矛盾点とか色々あるかもしれませんが、どうかその辺は目を瞑って頂ければと思います(大汗)
お題シリーズ、こちらの五題は完結ですが別のものにもまた挑戦したいと思っています。
どうか皆様にお楽しみ頂けますように!
2015,4,29up