velvet glove

 

 

 

 
小さな丸い窓から外を眺め、フレイは溜息をついた。
捕虜となった自分に自由が許される、僅かな空間。
それでも、AAに投降して来たバスターのパイロットに比べたら自分への拘束など緩いものだ、と思い、自分の姿を見下ろした。
 
 
やっと着慣れたピンクの軍服は取り上げられ、代わりに与えられたのはザフトのそれ。
父と同じ声のザフトの高官ーーラウ・ル・クルーゼと言うらしいーーはフレイを何故か自分の部屋に住まわせていた。
あのバスターのパイロットのように独房に放り込まれるとばかり思っていたフレイは、その事を聞かされ驚いたものだった。
だが同時に、それが何を意味するかを考え、体の震えを止めるのに苦労した。
キラと関係を持ったのは、父を殺したコーディネイターに復讐をさせる為。
そう、それだけの為、だった。
婚約者であるサイにも許した事の無い行為だったのに、今思うとずいぶんと大胆な事をしたものだ。
 
だが、自分は気付いてしまった。
キラがいなくなってしまって、自分がいつの間にかどれだけ彼に依存していたか。
憎しみの気持ちから、復讐の為に彼を利用する、それだけの理由で彼に抱かれたのに、私はいつのまにかーーー!!
そこまで考え、ぎゅっと自分自身を抱き締めるように腕を体に回した時、シュン、という空気音とともに部屋の主が現れた。
 
 
「フレイ?どこか具合でも悪いのかね?」
 
 
父親そっくりの優しい声。自分を労る言葉。
「…いえ。大丈夫、です。」
小さく返事をすると、仮面の男はふっと微笑み、フレイに飲み物の準備を言いつけた。
こんな、召使いのような事を自分がする事になるなんてーーー。
アルスター事務次官の娘として、ヘリオポリス崩壊まで何不自由無い生活を送って来たフレイは、そう屈辱を感じながらもたどたどしく言いつけられた用事をこなして行く。
自分の命を握っているのは、目の前のこの不気味な仮面の男なのだ。
軍と言うものに疎いフレイにも、そのくらいは理解が出来た。
 
「どうぞ。」
「ああ、ありがとうフレイ。そこに座って君も飲んだらいい。」
「…ありがとうございます。頂きます。」
 
コーディネイターと同じ席でお茶を飲むなんて、これまでなら考えもつかなかった。
自分が唯一普通に接して来たコーディネイターは、キラだけ。
あのバスターのパイロットとは、ミリアリアが起こした事件のとき以来接触すらしていないし、アラスカで艦を降りたフレイには、彼がどうなったのかも分からないしそもそも興味も無かった。
 
 
何故あの時、ミリアリアはあのコーディネイターを庇ったんだろう。
彼の額にあった傷は、ミリアリア自身がつけたものと誰かから聞いた。
だったら、彼女もまたコーディネイターが…自分の恋人を殺したコーディネイターが憎かったのではないのか?
なのになぜ、あんな危険な真似をしてまであのコーディネイターを庇ったのか。
 
『違う…わたし、違う!!』
 
泣きじゃくりながら叫ぶミリアリアの声と、疑問と怯えの混じった紫色の視線。驚きに強張るサイの顔。
あれ以来ミリアリアに話かけるきっかけも見つからないまま離ればなれになってしまった。
次に会える保証などないけれど、もし会う事が出来たなら…あの時の言葉の意味を聞いてみたい。
 
 
「…フレイ。やはりどこか具合が良くないようだね。」
 
 
柔らかい声音にフレイははっと顔を上げた。
「あ、の…す、すみません!何か言いましたか?」
「いや?だが今日はいつにも増して憂い顔だからね。ナチュラルとは思えない程の美貌がそれでは台無しだ。…何かあったかね?」
「え、と…あの、本当に何もないんです!」
捕虜の分際でにっこり笑っていろと言う方がおかしいと思うのは自分だけだろうか?
それでも、気を抜くとその優しい声に甘えてしまいそうになる自分自身をフレイはよく分かっていた。
 
「今日はもう軍議も無い。横になりたまえ。」
「え?」
「…私の言う事が聞けないのかね?フレイ。」
 
クルーゼの発した言葉で室温がすっと冷えた気がして、フレイはぶるりと体を震わせる。
「わかり、ました。」
そう言って立ち上がるとフレイは軍服のホックを外した。
 
 
 
与えられたベッドにそっと横になり、腕を目の上に乗せて顔を半分隠す。
クルーゼは、フレイが想像していたような行為は一切して来なかった。
もちろん今の所は、であって、この先もそうであるとは限らないのだが、とにかくクルーゼはフレイに対して、常に紳士的な振る舞いを崩さずにいた。
強引に参加させられた軍議の際など、自分にきつい目を向ける銀髪の少年兵ーー彼もクルーゼ隊の一人なのかもしれないが、彼をやんわりと嗜めてくれた程で。
自分はコーディネイターを忌み嫌っていても、向こうからそうした視線や感情をぶつけられる事を全く考えていなかったフレイは、ただ怯えてクルーゼの後ろに隠れ、俯く事しか出来なかった。
 
不意に、冷たい何かが額に乗せられ、フレイは驚き目を開けた。
「すまない。驚かせてしまったかね?」
それは、冷たいタオル。
クルーゼ自らが用意したのだろうが、まさかそんな事をしてくれるなどと思わず、フレイはぱちぱちと瞬きをして仮面の男を見上げた。
「あの…ありがとう、ございます」
前にどこかで同じような事があったーーーそう思いながら、フレイは半ば機械的に礼を述べる。
と、クルーゼがにやり、と微笑んだ。
 
 
「丁重に扱わなくてはならないんだよ。君はーーー鍵となる女性なのだからね…」
 
 
その唇から囁かれた言葉にフレイはぞくりと体を震わせた。
そして同時に、先程の既視感の正体を思い出す。
船酔いで臥せっていたフレイの元にやって来て、額に冷たいタオルを乗せてくれたのは、キラ。
行方不明となってしまったーーーきっともう、生きていないかもしれないストライクのパイロット。
自分に好意を寄せている事に気付いてそれを逆手に取り、復讐の為だけに利用しようとしたのに、その優しさに触れていつの間にか想いを寄せてしまっていた、コーディネイターの少年。
 
 
「おやすみ、フレイ」
 
 
さらりと髪を撫でられ、落とされる優しい声。
かつてキラがしてくれたのと同じ、自分を労る行為。
だがフレイは気付いてしまった。
 
クルーゼのそれが、うわべだけの優しさだと言う事に。
 
優しいキラの笑顔を思い出しながら、フレイはそっと目を閉じる。
僅かな抵抗かもしれないが、自分の事を『鍵』と呼び、何かに利用すべく企んでいるであろうこの男に心まで覗かれたくはなかった。
 
 
キラがくれたのは、うわべだけじゃない本当の優しさ。
自分がキラに与えたものこそ、うわべだけの優しさだったのに。
それなのにキラはフレイを誰よりも大事に扱ってくれた。
 
もしも奇跡と言うものがあるなら、もう一度だけAAのみんなと…そしてキラと会いたい。
ミリアリアやカズイ、そしてサイに会いたい。
復讐を誓ってから本心をひた隠し、うわべしか見せて来なかった自分。
彼女達は大切な友達だったのに。
カズイも、どれだけ心細かっただろう。
そして、婚約者としてフレイをいつも気に掛けてくれたサイ。
フレイは、サイの事が好きだった。
でも復讐の為に、その手を振り払ってしまったのは自分で。
ミリアリアだって、トールが行方不明になってどれだけ辛かったか分からないのに。
殻に閉じこもらず、もっと話をすれば良かったのだ、と今更になってフレイは後悔の念に苛まれていた。
 
 
 
そして、キラ。
優しいキラは頭だって良かったから、きっと自分の狙いに気付いていただろう。
それでもああして、いつも自分に優しくしてくれた。
キラにまた会う事がもし出来たら、自分がしてしまった事を謝りたい。
うわべだけの優しさで彼を騙そうとした事を、きちんと謝りたい。
そしてーーー本当の自分の想いを伝えたい。
 
 
 
ろくに役にも立てず、周りに気を使わせてばかりだったけれど。
自分の居場所は、やはりAAだったのだ。
「…帰りたいよ…助けて、誰か…」
小さく零した、フレイの本当の気持ち。
クルーゼに聞こえてしまったかもしれないが、フレイはそれすらどうでも良かった。
ただ、止まらない涙だけは見られたくなくて、それを隠すため壁際に向けて寝返りを打った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

捏造満開、捕虜時代のフレイのお話です。
タイトルの和訳は、『うわべだけの優しさ』。
ヴェサリウスにいる間、彼女が何を思っていたかはっきりとは分かりません。
でもきっと、ディアッカと同じく考える時間は沢山あったと思います。
その中で、こんな風に考えていたんじゃないかな、と完全に自分の想像と妄想のみで
書いたお話です。
もしかしたら、フレイはこんなんじゃない!等色々ご意見もあるかと思いますが、
捏造と妄想の産物、どうか生暖かく見守ってやって下さい;;

 

 

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2015,3,16拍手up

2015,4,15改稿・up