レシピ

 

 

 

 
どこか懐かしくて甘い香りが鼻を掠め、ディアッカはゆっくりと目を開けた。
 
 
「ミリィ…?」
 
 
いつもなら自分の隣で眠っているはずのミリアリアに手を伸ばしたディアッカは、そこが空っぽな事に驚き、一気に目が覚めた。
意識はしていなかったが、自分はやはり少々疲れていたらしい。
昨晩も待っているつもりが先に寝てしまったし、ミリアリアが目を覚まし、部屋から出て行くのに気付かない事など滅多に無かったのだから。
それとも…体調の悪い自分に気を使ってリビングで眠ったのだろうか?
ミリアリアならやりかねない、と思い、ディアッカはベッドに起き上がる。
すると、同じタイミングで寝室のドアが開き、ミリアリアが顔をのぞかせた。
 
 
「あ、ちょうど良かった。起きたのね?おはようディアッカ」
 
 
昨晩と同じようにトレーを手にしたミリアリアはにっこりと微笑む。
「おはよ、ミリィ。いつ起きたの?」
「え?うーん、一時間前くらいかな?ディアッカ、ぐっすり寝てたから声かけなかったの。それで、胃の調子はどう?朝ご飯とか、少しは食べられそう?」
ディアッカは無意識に腹に手をやる。
ぐっすり眠ったせいか昨日の不快感はすっかり消え失せ、空腹さえ覚えていた。
「ああ。もう大丈夫。言ったろ?すぐ良くなる、ってさ」
「ほんと?じゃ、これ」
トレーに乗せられたまま差し出された料理を見て、ディアッカは驚き目を見開いた。
 
 
そこにあったのは、ほかほかと湯気を立てるミルク粥だった。
 
 
「昨日、アレルギーが心配でお父様に通信で確認した時、お父様が送ってくれたレシピを見て作ったの。食べ過ぎとか疲れてお腹が弱ってる時、いつもこれを食べさせていた、って聞いて」
 
 
確かに幼い頃、体調が悪くなるとこのミルク粥をシッターが作ってくれた。
時間のある時は、タッドが食べさせてくれた事もある。
「大人になってから食べたことある?」
どこか呆然とミルク粥を見下ろすディアッカに、ミリアリアが優しく問いかけた。
「いや…」
ディアッカが首を振ると、ミリアリアは一瞬切なげな表情になり、近くにあったスツールをベッドサイドに引き寄せちょこんと座った。
 
「ミルク粥って離乳食にも使われるのよね。でもこれはちゃんと大人でも食べられるようなレシピになってたわ。きっと、ディアッカが昨日みたいに具合が悪くなった時の定番だったんじゃないかな」
「…うん」
 
確かに、ぼんやりと覚えている。
初めて食べたのがいつだったか定かではないが、幼い頃から、どんなに食欲が無くてもこれなら口にする事が出来た。
ふんわりと漂う優しいミルクの香りに、ディアッカは自然とスプーンを手に取っていた。
 
「…いただきます」
 
久しぶりのミルク粥は懐かしくて優しい味で。
自分は愛されていた、そして今もこんなに愛されている。そうディアッカは実感した。
 
 
「おいしい?」
「……うん」
 
 
どこかぼんやりと、しかししっかりとスプーンを口に運んでいるディアッカにミリアリアはついくすりと笑う。
「なんだよ?」
「ううん。ごめんね。…よかった、食べられるようになって」
「…うん。美味い。これ」
あっというまに器を空にしたディアッカに、またくすくすと笑いながらミリアリアが「おかわりは?」と尋ねる。
「いや、またあとで食べるから今はいいかな。とりあえず、ごちそうさま」
「そう?じゃ私、これキッチンに…」
「やだ」
サイドテーブルに置かれたトレーと器を片づけようと立ち上がりかけたミリアリアの腕を、ディアッカがぐい、と引いた。
「きゃ!ちょっ…危ないでしょ!」
「とりあえず、って言ったろ?」
「えぇ?…ん、あっ…」
ルームウェアの胸元に長い指が滑り込み、ミリアリアはつい声を上げる。
そして、いつの間にかディアッカに組み敷かれている事に気付き目を丸くした。
 
 
「今度はこっちを食べたいんだけど、いい?」
 
 
こっち、と言うのが何の事なのか瞬時に理解したミリアリアは、ぱぁっと頬を染める。
 
「や、病み上がりのくせに…朝から、ん、だめ…!」
「まずは昨日の分を取り戻さねーとな」
「ば、か…っ」
 
くすりと微笑んだあと落ちて来た唇を、ミリアリアは口調とは裏腹にしっかりと受け止める。
微かにミルクの香りがするキスは、すぐに深いものへと変わっていった。
 
 
 
***
 
 
 
少しだけ激しく求めてしまったせいか、ぐっすりと眠り込んでしまったミリアリアを寝室に残し、ディアッカはシャワーを浴びるとラフな格好に着替えリビングへと向かった。
途中キッチンに立ち寄り冷蔵庫からミネラルウォーターを出そうとしたディアッカは、作業台に置かれている数枚の紙に目を止めた。
 
「あれ?なんだこれ…」
 
ディアッカは何の気なしにそれを手に取るとパラパラとめくり──目を見張る。
それは、タッドがミリアリアにメールで送って来たと言うミルク粥のレシピだった。
プリントアウトされているものだが、レシピ自体は手書きのもの。
タッドが自分の手元にあったものをスキャンして送って来たのだろう。
レシピには、手順の他にも細かく書き込みがされており、ディアッカはなんとなくその書き込みに目を落とし、びくり、と体を強張らせた。
 
『息子が食欲の無い時や元気の無い時、作ってあげて下さい』
 
綺麗な筆跡で書かれた一言。
その言葉から、このレシピは母であるティナ自身が書いたものであろう事が読み取れ、ディアッカは信じられない思いで書かれている内容を読み進めた。
レシピには、離乳期を過ぎても食べさせられるよう、年齢に応じた細かい調味料の分量までもが記載されていた。
 
『ディアッカはあまり甘いものが得意ではないようです。なので、甘さは少し控えめにして下さい』
 
文末に書かれたそんな書き込みに、ディアッカはふ、と笑った。
そこの所は、幼い頃から変わらないらしい。
初めて見る、母の字。自分を気遣う言葉が溢れかえったレシピ。
ディアッカの胸に、何とも言えない想いが込み上げた。
 
 
「…サンキュ、母さん」
 
 
ディアッカは小さな声で、母への想いを言葉に乗せる。
確かに自分は愛されていたのだ。
フェブラリウスでティナの最期の言葉をミリアリアから聞かされた時にも感じた思いだが、このレシピを読んでそれをさらに深くディアッカは実感した。
そしてこのレシピを元に、自分の為にあのミルク粥を作ってくれたミリアリアと、当時このレシピを作成し、家人に託した母、それぞれの愛を思い、今の幸せを噛みしめたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

拍手小噺31「暴飲暴食」の続編となります。
ミルク粥については、あの有名なジ◯リ作品に出て来たものをイメージして書いてみました(笑)
なかなかエピソードを盛り込めていないディアッカの母、ティナですが、今回こう言った形で
登場して頂きました。
「空に誓って」の中でも触れましたが、ティナはディアッカの事を本当に愛していたんです。
私の拙い文章の中で、それが少しでも伝わればいいな、と思います。

 

 

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2015,3,16拍手up

2015,4,15改稿・up