暴飲暴食

 

 

 

 
フェブラリウスのラボで論文に没頭していたタッド・エルスマンは、通信を知らせるアラートに気付き、訝しげに顔を上げた。
この直通番号は、限られた人物にしか知らせていないはず。
そう思いながら通信のボタンを押す、と──。
 
「おとうさまっ!!ディアッカって、アレルギーとかあるんですかっ!?」
 
画面いっぱいに現れた、息子の妻であるミリアリアの剣幕に、タッドはぽかんと言葉を失った。
「あ、アレルギー、かね?いや…そんな事はないはずだが」
コーディネイターは通常、ナチュラルがかかるであろう様々な病気やウィルスへの抗体を持って生まれてくる。
全く病気にならないわけでもなく、限度を超えれば発熱やその他の不調が出る事もあるが、そう言った症状はもちろんアレルギーに関してもナチュラルに比べたら発症の確率は格段に低いはずで、自分が知る限りディアッカにそのような素因はなかったはずだ。
「そうです、よね…。コーディネイターなんだし…でも、だったらどうして…」
泣きそうな顔で項垂れ、独り言をぶつぶつと呟くミリアリアに、論文の途中と言う事も忘れタッドはおそるおそる声をかけた。
 
「その…ディアッカが、どうかしたのかね?」
 
そう問いかけた瞬間、がばっ、とミリアリアが顔を上げた。
「さっき夕食を二人で食べたんですけど…ディアッカ、食べ終わってからしばらくして胃が重い、って」
「…う、うむ」
「最近忙しくて疲れてるみたいだったから、和食にしたんです。野菜もお魚も沢山摂れるし。でも逆にもしかして、食べたら良くないものまで使っちゃったのかなって思って心配で。普段こんな風に具合が悪くなる事もないし…」
「そう、だね…」
それはただの暴飲暴食ではないのだろうか、と思ったタッドは、念の為ミリアリアに今日の献立を尋ねた。
 
「今日ですか?鮭をメインにして大根や人参を入れた粕汁と、肉巻き山芋、えのきと明太子のみぞれ和え、それとアスパラガスと海苔のパルメザン焼きにかやくご飯…」
「そ、そうか。随分と豪勢だね。あいつも喜んだだろう」
「はい!あ、いえ、喜んだと言うか…いつも通り食べてはくれました。なるべく好きなものを選んで作ったので…」
 
元気よく返事をしたミリアリアだったが、それが恥ずかしかったのか謙遜めいた言葉を口にする。
それは本当に初々しい新妻そのもので、タッドは自然と笑みを零していた。
「しばらく顔を見ていないが…そんなに豪勢なものを毎回食べているんじゃ、さすがのあいつも太ったんじゃないのかい?」
ついからかうようにそう口にすると、ミリアリアは何やらごそごそとノートを取り出し、ぱっと画面に向けて広げてみせた。
そこにはなんと、毎食の献立やどんな料理に一番箸を付けたかなどの細かい記録、そしてカロリー計算まできっちりと書き込まれていた。
「入籍してからつけ始めたんですけど…カロリー的には、そこまで高くないはずなんです。軍人は体が資本だし、私、仕事柄こう言った作業が好きなので。それに…」
「…それに?」
優しい眼差しで話の続きを問うタッドに、ミリアリアは先程までの剣幕はどこへやら、はにかみながら返事をした。
 
 
「彼にはいつまでも元気でいて欲しいから、せめて栄養のバランスがいい、ちゃんとしたご飯を作りたいんです。」
 
 
タッドはその瞬間、息子であるディアッカをほんの少しだけ、羨ましく思った。
 
 
 
***
 
 
 
一方その頃、ディアッカは寝室のベッドで悶々としていた。
「シホのやつ…絶対嫌がらせだろ、あれ…」
イザークは今日、評議会での会合に単身出席しており、隊長室にいたのはシホとディアッカの二人だった。
 
「ディアッカ、ちょっといいかしら?」
「あ?なに?」
 
また面倒な仕事を押し付けられるのか、と思ったのが態度に出ていたのだろうか、シホは些かむっとした表情になり、どん、とディアッカの目の前に手にしていた箱を置いた。
「…何コレ?」
「あなたを男と見込んで頼みがあるの。とにかくこの箱を開けて見てくれるかしら?」
「は?」
「いいから!」
ディアッカは首を傾げながら箱を開ける。
「……シホ?」
箱の中には──色とりどりのチーズケーキが陳列していた。
「食べてみて」
「…はい?」
「あなたはいつもミリアリアさんのおいしい手料理を食べてるから、舌も肥えているでしょう?これ全部食べて、どの味が一番美味しいか忌憚のない意見を聞かせてちょうだい!」
「ってお前、これ一体何個あるんだよ?しかもチーズケーキだろこれ?さすがに全部ってのはさ…」
 
 
「明日。ミリアリアさんはお休みよね?」
 
 
唐突に落とされた言葉。
なぜシホが自分の妻のスケジュールを把握しているのか驚いたディアッカはぽかんと顔を上げた。
「最近、あなたとなかなかお休みが被らない、って言ってたわ。…私も偶然明日は非番なの。これに協力してくれたら、休みを変わってあげても良くてよ?」
「…いただきます」
ディアッカはしゃきん、と背筋を伸ばすとフォークを手にし、早速チーズケーキの攻略に取りかかった。
 
 
 
 
「今更、ただの食い過ぎです、なんて言えねぇよなぁ…」
胃薬を探しに部屋を出ているミリアリアの事を思い、ディアッカは溜息をついた。
結局、シホのチーズケーキはどれもディアッカにとっては過剰に甘くて。
ミリアリアならばディアッカの好みを熟知しているから、スイーツを作る際も甘さを控えめにしてくれるのだが、シホの恋人はああ見えて甘党だった。
きっとイザークなら、どの味も満足が行く出来映えなのだろう。
食べ始めて早々にそう悟ったディアッカは、何度もギブアップ宣言をしようと試みた。
だが、シホの頼みを聞けば久し振りに二人同じ日に休みが取れるのだ。
それを支えに、ディアッカは頑張った。
なんとかチーズケーキを完食し、シホにも“忌憚の無い意見”を伝え、これ以上何か起きる前にと急いで隊長室を出た。
そうして、ややもたれ気味の胃を抱えて帰宅した所、自宅で待っていたのはミリアリアの笑顔とおいしそうな和食、だったのだ。
どんなに腹が膨れていても、やはりミリアリアの料理はどれもディアッカの好みにぴったりで。
ついあれもこれも、と食べてしまったディアッカだったが、さすがに胃が悲鳴を上げ、こうしてベッドに横になっているのであった。
 
「ディアッカ?起きてる?」
 
茶色の跳ね毛をぴょこん、と揺らしながらミリアリアがドアから顔を出した。
「あー、うん」
「具合、どう?」
ミリアリアの手にしたトレーには水と胃薬が乗せられている。
ディアッカは少しだけ怠い体を起こし、それらを受け取った。
 
「お父様にも聞いてみたけど、アレルギーとかじゃないみたいね。良かった」
「言ったじゃん?俺コーディネイターなんだしそう言うの無いって」
「それでも、万が一の事があるでしょう?」
「すぐ良くなるって」
 
眉を顰めて軽くこちらを睨みつけるミリアリアの小さな顔を引き寄せ、ディアッカは軽く口付ける。
「こら。今日はもう寝なさい。これ以上はダメよ」
「えー?!明日、せっかく二人一緒の休みだぜ?」
「そんなの、またいつだって機会はあるでしょ?どっちにしても明日はずっと一緒なんだし。せっかくお薬飲んだんだから、今日はしっかり休んで早く元気になるの!」
ぽすん、とベッドに転がされ、甲斐甲斐しくブランケットまでかけられてしまったディアッカは、少しだけ不満げにミリアリアを見上げた。
「じゃ、私お風呂行ってくるから。キッチンも片づけたいし、先に寝てていいからね?」
「…へーい」
にっこりと笑って部屋を出て行くミリアリアを恨めしげに見送ったディアッカは、溜息をついてブランケットに潜り込む。
 
「こうなったら…意地でも復活してやっからな!」
 
ふわふわのブランケットは、微かな柔軟剤に混じって、ミリアリアのつけている花のトワレの香りがして。
まるでミリアリアが傍にいてくれるようで、ディアッカの心がだんだん穏やかに解されて行く。
薬が効いて来たのか、少しずつ胃も楽になって来て。
ミリアリアを待っていよう、と思いながらもディアッカはいつしかすやすやと眠り込んでいたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

ミリアリアの良妻ぶりと、シホの策略家ぶり(笑)
イザークは甘いものが好きだから、ちょっと糖分が多めだったんでしょうね。
それでも、二人の休日の為に頑張るディアッカがかわいいです。
たまたまネットで見かけたある女優さん×俳優さん夫妻のエピソード(ノートに献立をつけて
健康管理)からぱっとひらめいて作ったお話です。

 

 

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