中庭の花

 

 

 

 
「ディアッカ?ディアッカ、どこ?」
トレーに載せた小さな器を手に、ティナ・エルスマンは大切な息子の名を呼んだ。
今日で一歳になるティナの息子はいたずら盛り。
身体能力に特化したコーディネイトを施されている彼は、2ヶ月程前からちょこちょこと歩き始めていた。
今では、ちょっと目を離すとすぐ部屋から抜け出してしまう。
「ディアッカ?出てらっしゃい」
リビングから顔を出し、廊下を見渡すもその姿は無い。
外には行かれないはずだけど…。
心配になったティナはローテーブルにトレーを置くと、息子を捜す為に部屋を出た。
 
 
「ディアッカ!どうしてこんな所に…」
 
 
程なくして発見されたディアッカは、なんと中庭にいた。
出産後体が弱ってしまったティナは息子を連れての外出もままならず、よくこの中庭にディアッカを連れ出し、一緒に空を見たり鳥や草花に触れさせていた。
活発なディアッカはこの場所がお気に入りだったから、どうにかしてこの場所までひとりでやって来たのだろう。
「靴もはかずに…怪我をしたらどうするの?」
慌てて駆け寄ったティナに気付いたディアッカはきょとんとした顔でそちらを振り返る。
ティナの夫であり、息子の父親でもあるタッドと同じ紫の瞳がティナを映し、ディアッカは嬉しそうににっこりと笑った。
「お昼ごはんの時間よ?お外で遊ぶのはそれが終わったら…」
 
 
「マ、マ?」
 
 
大きな木の根元に座り込んでいたディアッカを抱き上げたティナは、ディアッカが発した言葉に目を見開いた。
 
「マ、マ…ママ!」
 
その反応に気を良くしたのか、ディアッカは嬉しそうに覚えたてであろう単語を口にした。
そして、驚きに言葉を失うティナに何かを差し出す。
「…え?」
ティナは反射的にそれを受け取りーーー息を飲んだ。
泥で汚れてしまった小さな手に握られていたのは、菫の花。
システムによって気候が調整されているプラントにやっと訪れた春を象徴するかのような、小さな紫色の花をディアッカは笑顔でティナに差し出す。
「…くれるの?ママに?」
「ママ!」
きらきらと輝くような笑顔で、ディアッカはティナを見上げた。
 
 
研究者としての自分の力が及ばずに、緻密なコーディネイトを施した結果生殖能力が著しく低く産まれてしまった、大切な息子。
その息子からひとつの幸せを奪ってしまった自分。
愛しくて仕方がなくて、でもその反面、自分の犯した罪を見せつけられているようで苦しくて。
何度ディアッカの寝顔を見ながら泣いたか分からない。
夫であるタッドは懸命にティナを励まし支えようとしてくれたが、一向に体も心も回復しない事に呆れてしまったのか、最近は仕事に没頭する日々が続いていて。
それでもティナは、ディアッカに支えられてここまで来た。
無垢な眼差しで自分を見つめ、にこにことよく笑い甘えて来る息子を愛していた。
そんな息子がくれた、初めてのプレゼント。
 
 
「貰っても…いいの?」
ぎゅっと握りしめていたせいで少しだけ萎びてしまった菫の花を、ティナはそっと受け取る。
それが嬉しかったのか、ディアッカはティナの首に小さな手を回し、甘えるようにぎゅっと抱きついた。
ティナもまた、ディアッカの小さな体をぎゅっと抱き締める。
 
子供の前で、泣いてはいけない。
そう心に誓って来たティナの目から、ぽろぽろと涙が零れる。
 
「こうして抱き締めてしまえば、あなたには見えないから…いいわよね?」
 
物心がついた時、自分の生殖能力について知ってしまった時、ディアッカは自分を恨むだろうか?
ティナの心に根付いてしまった不安と恐怖。
許して欲しいなどとは思っていない。そんな事を望める立場に自分はない。
それでも、今この瞬間のディアッカが自分に向けてくれた愛情と、初めての贈り物が嬉しくて。
ティナはディアッカを抱き締めたまま、暖かい光が降り注ぐ中庭でただ、泣いた。
 
 
 
 
 
 
 
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ディアッカお誕生日小噺です!
ミリアリアは出てきませんすみません(陳謝)
めでたいお誕生日なのにしんみりしたお話で、楽しんで頂けるか不安です;;
ちょっと最近また忙しくて、ゆっくりお話が書けずこのような短編になりました。
土日と言う事もあり難しいですが、来週中にはもうひとつのお誕生日小噺として
補完ページも更新する予定(あくまでも予定、です;;)ですので、甘い二人は
そちらでお楽しみ頂ければと思います(滝汗)

長編の方も本の原稿も、頑張って行こうと思います。
だらだら更新となってしまっており申し訳ない気持ちでいっぱいですが、いつも
応援して下さる皆様にこのお話を捧げます!
Happy Birthday Dearka!!

 

 

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2015,3,29up