バイバイ、大好き

 

 

 

 

着艦した小型シャトルから降りてきた赤服の兵士の姿に、サイはつい目を奪われた。
大きな傷痕が残るものの、女性顔負けの美貌にさらさらの銀髪。アイスブルーの瞳。
どんなコーディネイトをされたらこんな風になるのだろう。
小さく感嘆の溜息をつきながら、サイは少し離れた所に立つ、赤服を纏ったディアッカと居並ぶクルー達の一番端に立つミリアリアに目をやった。
 
 
戦争で恋人を亡くしたミリアリア。
食事も摂れなくなる程憔悴しきっていた彼女が感情を取り戻すきっかけになったのが、捕虜としてAAに拘留されていたバスターのパイロット、ディアッカ・エルスマンの一言だった。
あれほどまでに負の感情を剥き出しにしたミリアリアだったが、そんな彼女の心を癒したのは、その相手であるディアッカだった。
 
そして今日、ディアッカはプラントに帰る。
ミリアリアは、不思議な程に落ち着いているように見えた。
ただ、その碧い瞳は少しだけ赤く染まっていて。
ディアッカと何を話したのかは分からないが、先程二人で現れた所を見るに、きっと泣いていたのだろう。
 
銀髪にアイスブルーの赤服の兵士はディアッカの友人で、あのデュエルのパイロットだそうだ。
つい最近まで敵として向かい合っていたものとこうした形で対面する事になるなんて、何だかとても変な気分だった。
だがそれは向こうも同じだろう。
ヤキンでバスターを曳航して一度AAへ着艦した過去はあるが、こうしてクルー達と顔を合わせるのとはまた違うだろうから。
彼は今、どんな気分なのだろう、とサイは思った。
 
 
「ディアッカくん。今まで本当にありがとう。プラントでのあなたの活躍を期待しているわ」
「こちらこそお世話になりました、艦長。ありがとうございました」
 
 
マリューの言葉に、ディアッカは笑顔で頷き礼を述べる。
見慣れたモルゲンレーテのジャンパー姿ではなく、銀髪の兵士と同じ赤い軍服を纏うディアッカは、まるで別人のようだった。
そして、他のクルーとも次々に別れの挨拶を交わし、ディアッカがサイの前にやって来た。
 
「なんか、別人みたいだね」
「そぉ?でも似合うっしょ?」
 
軽い口調はいつものまま、ディアッカはにやり、と笑う。
「…中身は変わんないんだね。軍服着たらもうちょっと真面目になるのかと思ってたのに」
「変わんねーよ。何着てたって、俺は俺だっつーの」
そう口にしたディアッカの表情が、ふ、と真剣なものに変わった。
それは本当に些細な変化で、気付いたのはきっと正面から対峙していたサイだけだっただろう。
 
 
「…あいつのこと、頼むな。サイ」
 
 
小さく発せられた言葉に、サイはひゅ、と息を飲んだ。
「さっきちゃんと話はしたけどさ。あいつはきっと、俺がいなくなったら泣くだろうから。だから…頼む。ミリアリアの事」
紫の瞳が、切なげな表情を浮かべサイを映し出す。
 
──苦しくないはずが、ないのだ。
 
あれほどミリアリアを案じ、見守り支え、ついに心を通わせたディアッカ。
大切に思えば思う程、離れがたさもそれに比例する。
それでもディアッカは、プラントに戻る道を選んだ。
その理由は、サイには分からない。
分かるのは、ディアッカのミリアリアに対する想いの深さだけ。
「……分かった。俺で出来ることがあれば何でもするよ。でも、条件がある」
「は?条件?」
首を傾げるディアッカに、サイはにやりと微笑んだ。
ディアッカのように余裕のある笑みを浮かべられたがどうかははっきり言って自信がなかったが、今まで散々やきもきさせられた事を考えたらこのくらいはしてやりたい。
 
「これから先も…ミリィをひとりにしない、って約束してくれる?」
 
今度はディアッカが息を飲む番だった。
「トールがいなくなって苦しんでたミリィを救ったのはお前だろ?だったら、最後まで面倒見ろって事。…俺もキラも、もう、あんなミリィは見たくないんだ。それが出来るのは、お前だけなんだからさ」
ディアッカは目を丸くし──破顔して、頷いた。
「ああ。約束する」
「男に二言はないよね?ザフトのディアッカ・エルスマン?」
からかうようにそう言って、サイは右手を差し出した。
 
「短い間だったけど。ありがとう。ディアッカ」
 
その手をまじまじと見つめたディアッカが、今度は目を細めて微笑む。
 
「こっちこそ、サンキュ。サイ」
 
そうして、二人は固く握手を交わした。
 
 
 
***
 
 
 
「そろそろ時間です、隊長」
黒髪を後ろで緩く結んだ赤服の少女兵が、きりりとした表情で出立の刻が来た事を告げる。
「了解した。ではディアッカ、そろそろいいか?」
「ああ。…っと、ちょっと待って」
そう言うとディアッカはミリアリアの元へ足早に歩き、驚く彼女をぎゅっと抱き締めた。
 
「ちょ、な、なにして…!」
 
あたふたとするミリアリアに、ぽかんとする銀髪の兵士と少女兵。
そしてAAのクルー達は、皆一様に笑顔になった。
あっというまに真っ赤に顔を染めたミリアリアだったが、ディアッカが何か耳元で囁くと、その表情が一瞬泣きそうなものに変わる。
しかしその表情は瞬時に消え失せ、ミリアリアはディアッカを見上げ、ふわり、と花が綻ぶように柔らかく笑った。
そして、一言ディアッカに何事かを囁く。
それはディアッカにしか聞こえないくらい小さな声だったが、サイはミリアリアの唇の動きから、何を囁いたか分かってしまった。
ディアッカが嬉しそうに笑い、そのまま二人は唇を重ねる。
そして──ディアッカは踵を返し、彼を待つ赤服の兵士達の元へと歩き出した。
タラップを上がりきり、ディアッカはサイ達クルーの方を振り返り、笑顔で敬礼をする。
サイ達もまた、敬礼を返す。
ミリアリアだけが、微笑んだまま小さくディアッカに手を振った。
 
ディアッカがこちらに背を向け、ゆっくりとタラップが格納されて行く。
と、半分以上タラップが上がった時、ミリアリアがふらり、と一歩前へ出た。
はっとしたサイがそちらを振り返ると。
 
 
ミリアリアは、ぎゅっと唇を噛み締め、大きな碧い瞳に大粒の涙を溜めながらディアッカの後ろ姿をただ見つめていた。
 
 
ディアッカは振り返らない。
いや、振り返れないのだろう、とサイは思った。
あれほど大切なミリアリアを残してプラントへ戻る事は、ディアッカが自分自身で決めた事。
だから、ディアッカはもう、振り返らない。
 
「……っ、く」
 
ついにミリアリアが小さく声を漏らし、その場にしゃがみ込んだ。
本当は、声に出してあいつの名前を呼びたいくせに、必死で手を口に当て、嗚咽をかみ殺すミリアリア。
サイはミリアリアの元に駆け寄り、崩れ落ちた体を引っ張り上げた。
「ミリィ。まだダメだ。分かるよね?あいつも…きっと同じ気持ちだから」
ミリアリアは、唇を噛み締めたまま何度も頷く。
ぎゅっと瞑った瞳から、その度に涙がぽろぽろと零れ落ちた。
マリューやマードック、そして他のクルー達も、そんなミリアリアを切なげに見つめるが、あえて何も声をかけない。
声を必死で殺して涙を流すミリアリアの想いも、そして頑なにこちらを振り返らないディアッカの想いも、皆はちゃんと分かっていたから。
タラップはさらに上がり、ディアッカの体は半分見えなくなった。
俯いて嗚咽を堪え、自力では立っていられないミリアリアを支えながら、サイはディアッカの方を見上げる。
 
 
その瞬間。
 
 
ディアッカがたまりかねたようにこちらを振り返った。
そして、自分を見送るAAのクルー達と、サイに支えられ俯いているミリアリアに目をやると、その表情は苦しげに歪んだ。
何かを口にしようとしたのか、ディアッカの唇が薄く開く。
それを見て、サイは咄嗟にディアッカに向けて大きく首を振ってみせた。
 
──大丈夫だから。お前との約束は、必ず守るから。
 
そう伝わるように今度は大きく頷き、決意を込めた目でディアッカをじっと見つめる。
そして──ディアッカもまた、それを感じ取ったのであろうか、サイに向かってしっかりと頷いた。
『システムオンライン。発進準備完了です』
タラップが完全に格納され、無機質なアナウンスがデッキに響くとディアッカを乗せた小型シャトルはゆっくりと前進を始める。
「っく…ディアッカ…」
堪えきれなくなったミリアリアの涙声がサイの、そしてAAクルー達の耳に響く。
その声を振り払うように、シャトルは速度を上げ、プラントに向けて旅立って行った。
 
 
 
***
 
 
 
ディアッカは深く息をつき、シャトルの扉に背中を預けた。
「ディアッカ。あの女は…」
「んー、後で説明する。…悪い。五分だけ時間くんない?」
「…分かった。奥にいる」
イザークは短く返事をし、少女兵を促して踵を返す。
二人の後ろ姿が角を曲がって消えるのを見届け、ディアッカはゆっくりと息を吐いた。
 
 
「…早えーよ、泣くの」
 
 
振り向かなければ良かった。
そんなつもりなどなかったのに、何故自分は振り向いてしまったのだろう。
サイに支えられたミリアリアは、とても小さくて儚げで。
見ていられなくてつい声をかけようとしたディアッカは、ふるふると首を振った後、力強く頷くサイの姿にぐっと拳を握りしめ、頷き返す事しか出来なかった。
 
 
『……大好き。ディアッカ』
 
 
自分を見上げて花のように柔らかく微笑み、小さく、しかしはっきりとそう口にしたミリアリア。
その言葉が聞こえたのは、きっと自分だけだっただろう。
どれだけ言葉を尽くしても、ミリアリアの心に巣食った喪失の恐怖は簡単に消えない。
それでも、自分を信じて、心配をかけまいとして笑顔で見送ってくれたミリアリア。
『大好き』
それがどんな強がりから出た言葉であろうとも、その一言にディアッカは背中を押された気がした。
きっと今頃彼女は、サイを困らせるくらい泣いているのだろう。
 
 
──ほんとに、泣いてばっかで脆いけど、優しくて、強いオンナ。
だからこそ愛おしくて、守りたい。
 
 
ディアッカは預けていた背中を起こし、きっ、と前を見据える。
プラントに戻る自分を待ち受けているのは、軍事裁判。
戦後の混乱したプラントでそれがどこまでの効力を持つものか、ディアッカには想像がつかなかった。
それでも、自分がザフトの軍人である事実は変えようもないし、変えるつもりもない。
コーディネイターとナチュラル、種は違っても同じ人間であると言う事をディアッカは知っている。
必ず会いに行く、とミリアリアと交わした約束を果たす為にも、サイと交わした約束の為にも。
自分はプラントで、この戦争で得たものを糧に、もうあんな戦争が起きる事の無いように力を尽くすのだ。
ふたつの種族が憎しみ合うことのないように。
そして、ミリアリアと自分の未来のために。
 
 
「…頼むぜ、サイ」
 
 
初めて出来たナチュラルの友人に向けて小さく呟くと、ディアッカは白い軍用ブーツの踵を鳴らし、イザークの待つ方へとゆっくりと歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 

007
 

 

久し振りのお題小説です!
「4, 笑って、待ってて」の続編になるのかな?
これまたDMスキーなら一度は挑戦してみたい、無印後プラントに戻る
ディアッカとミリアリアの別離の様子をサイ視点で書いてみました。
…最後はディアッカ視点になっておりますが;;
イザークの他に、さりげなくシホも登場しています(笑)

ディアッカがプラントに戻る描写が公式では無かった分、
多くのDMサイト様に色々な素敵シチュエーションの
お話があるかと思います。
未熟ながら、その末席に加えて頂けたら幸いです。
拙いお話で毎回恐縮ですが、少しでも多くの皆様に
楽しんで頂けますように!
いつも当サイトを応援して下さる皆様に、
感謝を込めてこのお話を捧げます!
 
 

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2015,3,9up