She is the last person to love me.

 

 

 

 
「ねぇアスラン、婚約者がいるってどんな感じなんですか?」
 
 
戦争中とは思えない、ほんわか、ふんわりとした声。
アカデミー内の談話室で本を読んでいたイザークは、その緊張感の欠片も無い声がした方にじろりと目を向けた。
そこにいたのは、自分と同期である若草色の髪に薄茶色の瞳の、まるで少女のような顔立ちの少年。
ニコル・アマルフィであった。
 
「え…?いや、その…ニコル、なんでそんな事突然聞くんだ?」
 
不器用に返事をするのは、アスラン・ザラ。
国防委員長の息子であり、アカデミーでの成績はトップ。
容姿端麗でやや寡黙ながらも真面目で勤勉な性格のアスランには、婚姻統制に則り定められた婚約者がいた。
何となく話の続きが気になり、イザークは本に目を落としながらもこっそりその会話に耳を傾けた。
 
 
「だって、戦争が終わったら結婚するんでしょう?」
「…まぁ、このまま行けばそうなるだろうけど…そもそも、親の決めた相手だし、それほど頻繁に会っている訳でもないし」
「やっぱり、色々と心構えとかが違うものなのかな、って思ったんです。…実は僕にも、そう言った候補、のような方がいたもので」
「え?!」
「…っ!」
「マジ?!」
 
 
思わず息を飲んだイザークの背後から、唐突に声が上がる。
振り返ると、そこにはいつの間にか親友であるディアッカ・エルスマンが窓際にだらしなく座ったまま驚きの表情を浮かべていた。
自分が本に没頭しているうちに、いつしかそこにやって来ていたのだろう。
もっとも、ディアッカの手にしている本はイザークのそれとはだいぶ内容の違う、小麦色の美女達があられもない格好を晒しているくだらない雑誌のたぐいだったのだが。
 
「そんなに驚く事ですか?ディアッカまで…」
「いや、だってお前、そんな焦って相手見つける歳でもねぇじゃん?」
「まぁ、そうなんですけど。どちらかと言うと焦っていたのはお相手の親御さんなんですよね。」
 
ふわり、と微笑んだニコルは、どこか寂しげな、遠い目をしていた。
 
「でも結局破談、と言う事になってしまったんですけどね。」
「破談?婚姻統制で決められた相手なんじゃないのか?」
目を丸くするアスランに、ディアッカも同意するような素振りを見せる。
「半分はそんな感じですね。適合率も悪くなかったと聞きましたし。
ただ、彼女は僕の事をいい友人として見る事は出来ても、婚約者としては見られないと言っていました。
親の決めたレールの上だけしか知らない大人になりたくない。だから、ごめんなさい、って。」
 
 
婚姻統制というシステムは、プラントにおいて重要な“子孫を残す”というコーディネイターの責務を果たす為のものだ。
それを真っ向から拒絶する、などとその時のイザークには考えもつかなくて。
そう思ったイザークは、いつしか彼らの会話に参加していた。
 
 
「随分と気の強そうな女性が相手だったようだが…その女は自分たちの未来について真面目に考えた事があるのか?」
 
 
イザークまで興味を示すと思っていなかったのだろう。ニコルは少しだけ驚いた顔をした後、また微笑んだ。
「婚姻統制だけの問題じゃなく…彼女はもっと根深い問題を抱えていたんです。
彼女のご両親は、彼女を自分が決めた職業に就かせる為に必要なコーディネイトを施した。
でも、彼女はその職業に就く事を拒否したんです。」
「それで、親の敷いたレールの上を、って話に繋がるわけ?」
ディアッカの疑問にニコルは頷いた。
 
「ええ。だから彼女のご両親は、彼女がダメならその子供を、と思ったようです。
そして、彼女と遺伝子の適合率が多少低くても、子供にその才能が遺伝する可能性の高い僕が候補として浮上した、と言うわけです。
…無論、それなりのコーディネイトは施すつもりだったのでしょうけど。」
「ふぅん…てことは、アレ?ピアニストの娘かなんか?」
「まぁ、そんなようなものです。それで何度か実際にお会いしたんですが、さっきお話したようなことを言われてしまったんですよね。
なので破談、と言うわけです。今は良い友人としてお付き合いをさせて頂いてますけど。」
「へぇ…ま、気の強い女、ってイザークの言葉に違いはねぇよな。」
 
どこか納得したようなディアッカの言葉に、イザークはそれ以上何も言葉を発さず手元の本に目を落とした。
 
 
「でも、これで良かったんだと思います。例え婚約が成立して将来彼女と僕が夫婦になったとしても…きっと彼女は僕を愛してくれそうになかったですしね。」
 
 
第一世代のコーディネイター達は、今程出生率の低下に悩まされていなかった為、ナチュラル同様恋愛結婚がほとんどだ。
実際、イザークの両親も恋愛結婚だったと聞いている。
だが現在、結婚とは子孫を残す為の手段、その為の婚姻統制、という認識がコーディネイター達の中には確かに広まっており、結婚と恋愛は別、と公言して憚らないものも多い。
 
 
「…ま、うちの両親みたいに恋愛結婚したって最終的に別れちまうケースもあるし、何とも言えねーよな。
遺伝子の相性イコール、当人同士の相性、とは限らねえし?
アスランも頑張んねぇと、浮気されっかもよ?ラクス・クラインに。」
「ばっ…ラクスは、そんな女性じゃない!」
 
 
シニカルな口調のディアッカに、ムキになりながら反論するアスラン。
 
「でも…やっぱり、お互いに好きになって結婚する、っていうのが自然な形なのかもしれないですよね…。」
 
ぽつりと呟かれたニコルの言葉が、なぜかイザークの頭に残った。
 
 
 
***
 
 
 
綺麗に磨き上げられた墓石の前に、イザークは手にしていた薔薇の花束をそっと置いた。
そこに刻まれている名前は、ニコル・アマルフィ。
先の大戦で散った、戦友だ。
 
命日でもないこんな日に、何故自分は一人でここに来てしまったのか。
たまたま予定が少なく時間が中途半端に空いていた日だったと言う事もあるが、久し振りにアカデミー時代の夢を見たからだろうか。
それとも…先日些細な事から喧嘩をした恋人に、未だ距離を置かれているからだろうか。
ーーーこの寂寥感は、なんだろう。
そんな事をイザークはぼんやりと思った。
 
 
白服の裾を風になびかせ、イザークは墓石を見下ろす。
あの頃は、自分もディアッカもアスランも、そしてニコルも同じ色の制服を着ていた。
ナチュラルは憎むべき敵、そう教わりそれを信じて戦っていた。
野蛮で無能で、何もかもがコーディネイターに劣るくせに卑劣な手段でプラントを脅かすナチュラル。
そんな輩と、一生相容れる事などない、と思っていた。
だが、時代は流れーー親友はナチュラルの女性と結婚した。
イザーク自身もナチュラルと触れ合い、彼らも自分たちと同じなのだ、と身をもって知った。
嬉しければ笑い、悲しければ泣いて。
並々ならぬ努力で、自分たちをも凌駕する才能を持つナチュラルをイザークは何人も知っている。
そして、彼らの弱さも強さも優しさも、自分なりに理解していた。
 
「お前はきっと…サイやミリアリアとも気が合っただろうな。」
 
臆病者、とかつてニコルを揶揄した事もあるイザークだったが、それは間違いだったと今なら分かる。
無用な戦いを好まなかったニコルは、きっとそれによって散る命がある事に思いを馳せていたのだろう。
自分の乗る機体が放つ攻撃によって何人もの命が散る事を自覚しつつ、プラントの為に戦っていたのだろう。
最期はアスランを庇って戦死してしまった、まだ成人したばかりだった少女のような少年。
「お前のピアノ…一度くらい聴きに行けば良かった、と思っている。」
ぽつりと落とされた言葉は、風に乗って、消えた。
 
 
と、微かな足音に気付き、イザークははっとそちらを振り返りーー驚愕に目を見開いた。
 
「……イザーク?」
 
足音の主ーージュール隊の副官、そして目下喧嘩中の恋人でもあるシホ・ハーネンフースは目を丸くしてイザークの名を口にした。
 
 
 
***
 
 
 
「…ニコルと、知り合いだったのか?」
 
先程の自分と同じように、手にしていた花束をそっと墓前に供えるシホに、イザークは小さな声で問いかけた。
こうして二人きりになるのも、言葉を交わすのも久し振りで。
イザークは少しだけ緊張していた。
「はい。……親同士が知り合いで。短い期間でしたが、良い友人としてお付合いさせて頂いてました。」
その表現に覚えがあったイザークは、ひゅ、と息を飲む。
 
「おい…ニコルの婚約者候補、と言うのは…」
 
シホが驚いたようにイザークを振り返りーー少しだけ気まずそうに微笑み、「はい、私です」と頷いた。
 
 
「あっという間に立ち消えた話だったのに…ご存知だったなんて、驚きました。」
「アカデミー時代に…あいつがアスランと話をしていた。それを聞きかじっただけだ。」
「私の親の話。…あまりした事、無かったですよね?」
 
 
ニコルの墓の前に並んで立ちながら、二人はぽつりぽつりと会話を交わしていた。
 
「イザークのお母様も仰っていたように、私の母は声楽家でした。父は作曲家です。
両親は、私を声楽家にしたくてそれに適したコーディネイトを施しました。私の聴覚が優れているのもその一つです。
でも私は、結局違う道を選びました。
以前から興味のあった、指向性高エネルギー発振システムの開発研究技術者になって、ディープアームズのテストパイロットに任命されて。
そして、結局今こうして軍人になりました。」
「…ああ。」
「私の選択を知った両親は…特に母は、半狂乱になるほどでした。だから、婚姻統制のシステムを利用して、音楽の才能を持つ相手と結婚させてしまえば私の目も覚める、それにさらに優秀な子供が生まれる、そう思ったんでしょうね。
その伝手で紹介されたのがニコルだったんです。」
「そうか。」
 
さぁ、っと風が吹き、シホの髪がさらさらと揺れる。
 
 
「ニコルはとてもいい人で、優しくて紳士で…。でも私は、親の敷いたレールの上を走る事はもう嫌だったんです。
私は私、一人の意思を持つ人間、そう思ったから婚約の話はお断りしました。ただ、彼の人柄に触れて…友達になりたい、そう思ったのは事実です。そして彼も、それを受け入れてくれました。
彼がアカデミーを卒業する少し前に会ったのが最後ですけど…あんなに優しい人が戦場に出なきゃいけないくらい、状況は逼迫している。
だから私も、自分の選んだ道で出来ることをしよう、そう思った事を覚えています。」
「……ああ。」
 
 
シホはニコルの墓石を柔らかい表情で見下ろした。
 
 
「…彼に恋愛感情はありませんでした。ただ、ピアノに対する情熱は尊敬に値する、と思いました。
親に言われて歌う私と、音楽そのものを愛してピアノを弾くニコルじゃ比べるべくもない。
彼のピアノはとても素敵で…すごいな、って素直にそう思って、友達になりたい、と思ったんです。
それまで私、親の許した人としか関わった事がなかったので…。」
 
 
あの時、アカデミーの談話室でニコルが口にした女性。
それが自分の恋人であった事にイザークは驚きーーそして、どこかで納得もしていた。
当時はただの気の強い女、としか感じなかったが、シホの告白を聞き、イザークはニコルの口にしていた言葉の意味をようやく理解した。
 
“例え婚約が成立して将来彼女と僕が夫婦になったとしても…きっと彼女は僕を愛してくれそうになかったですしね”
 
当時、イザークは婚姻統制について何となく疑問を持ちながらも、仕方のない事なのかもしれない、と思っていた。
出生率の低下は、コーディネイターにとってそれだけゆゆしき事態だったのだから。
だが、自分の両親の話を母から聞かされる度、それに淡い憧れのようなものを抱いていたのもまた事実で。
確かに、自分の道を見つけて一歩歩みだしたばかりのシホとニコルがもし結婚しても、嘘のつけない生真面目な性格のシホはニコルを慕う事はあっても、愛する事はなかっただろう。
どんなに理想的な相手であっても、それはシホが自ら選んだものではないのだから。
 
お互いに好きになって結婚するというのが自然な形なのかもしれない、というニコルの言葉をイザークはふと思い出していた。
 
 
「…今も私と両親の間には確執があります。母とは特に。
うちはジュール家に釣り合うような家柄でもなければ、私はあなたのようにお母様を大事にしてもいない。
これからどんどん上に向かって行くあなたに、余計な面倒ごとを抱えさせたくない。
だから…あなたの事が嫌いとか、結婚したくないとか、そんなんじゃないんです。」
 
 
二人がそれぞれ持ち寄った花束が寄り添い、風に揺れる。
豪奢な薔薇の花束と、可憐なマーガレットの花束。
全く趣は違うのに、こうして並べるとそれはどちらも、とても綺麗で。
黙って墓石の前の花達を眺めるイザークをちらりと見やり、シホが小さく溜息をつくのが分かった。
 
「…私、帰ります。せっかく時間を作ってここに来たのに、邪魔してしまってごめんなさい。」
 
そう言って軽く頭を下げると、シホは踵を返し、歩き出そうとしてーーーぐい、と手首を掴まれ小さく声を上げた。
「俺は、そんなに頼りない男か?」
アイスブルーの瞳に射抜かれ、シホははっとイザークの顔を見上げる。
「お前の抱える事情は確かに複雑で、根の深いものなのだろう。だが、俺はそのせいでどんな面倒ごとを抱える事になろうと引き受ける覚悟はある。」
「…イザーク」
「俺が婚姻統制に則った相手と結婚して、愛しているのはお前だから愛人にしてやる、とでも言えばそれで満足なのか?
お前の俺への想いはその程度のものなのか?」
「っ…違います!」
イザークを見上げる薄紫の瞳が揺らいだ。
 
 
「私は…私だって、イザークと結婚出来たらどんなに幸せか、って思ってます!
でも、だから!迷惑をかけたくない、とも同じくらい思うんです!!」
「誰が迷惑だなどと言った?俺はシホ・ハーネンフースと言う女を愛していて、生涯を添い遂げたいと思った!自分の選んだ女の抱える事情くらい、いくらでも引き受けるつもりはある!!
その覚悟がなければ、こんなものを用意したりはしない!!」
 
 
強く掴んだままのシホの左手をぐい、と自分の方に引き寄せ、イザークはその均整の取れた体を抱き締めた。
 
 
「俺は、お前を幸せにする。面倒ごとだろうがなんだろうが、お前の背負うものは俺も背負う。その覚悟がこれだ。」
す、と目の前に差し出されたものを、シホは眩しげに見つめる。
「お前は何に遠慮する事もない。俺が、そうしたいと思ったからこれを用意した。
俺は必ずお前を幸せにするし、お前自身も、お前の家の事も全部承知の上で、俺はお前と結婚したいと思っている。
…信じられないのなら断ってくれて構わない。だが、そうでないのなら受け取れ。」
 
 
その瞬間、強張っていたシホの体からふっと力が抜け、イザークの背中にシホの右手が回された。
そのままぎゅっとしがみついてくる愛しい恋人の額に、イザークは唇を落とす。
そうして、そっと肩を押してシホの体を少しだけ自分から離すと、手にしていたものを細い指に通させる。
 
「…きれい…」
 
シホの指には、ブリリアンカットのダイヤモンドが輝く指輪。
結婚を前提に、と言ったのはその場限りの嘘ではない、とイザークからこれを差し出された時、シホは咄嗟に首を横に振った。
それがきっかけとなり二人の仲はぎくしゃくとし始めたのだったが、こうしてはにかみながらも自分が嵌めた指輪を嬉しそうに見下ろすシホを、イザークは心から愛おしく感じ、守りたい、と思った。
機械のはじき出した相手ではなく、自分で選んで、お互いに相手を好きになって、そしてーーー。
 
 
ーーーニコル、お前の言った言葉に間違いはなかったぞーーー
 
 
「シホ・ハーネンフース。今すぐに、とは言わない。俺と…結婚してくれるか?」
「ーーーはい」
 
 
奇しくも、戦友であったニコルの前で二人の心は重なりあって。
再びイザークの腕の中に閉じ込められたシホの瞳から、堪えていたであろう涙が一筋頬を伝った。
 
 
 
 
 
 
 
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えーと(汗汗
久し振りのイザシホなわけですが、いきなりのプロポーズ話になってしまいました;;
元は、ニコルのお誕生日に触発されて書き始めたはずだったんですが…(笑)
うちのサイトのシホの背景はちょっぴり複雑でして、本来ならば順を追って
それらを書いて行けばいいものを、所々飛ばしながら書いているせいで
分かりづらくてすみません;;
いつかイザシホも一つのカテゴリとしてまとめたいとは思っております。
このお話は…ニコル&イザシホ、でありつつプロポーズも、という
色々詰め込みまくりなものとなりました(滝汗
ちなみにタイトルの「She is the last person to love me.」とは“彼女は僕を愛してくれそうにない”です。
お話の中で、イザシホは喧嘩中だったりするのですが、その理由も物語の中で
一応明らかになった、かな?(;´艸`)
支離滅裂と思われた方、本当にすみませんorz
久し振りのイザシホ、楽しんで頂ければ幸いです!!

 

 

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2015,3,4up