精神安定剤

 

 

 

 
本部からアパートへ向かう道すがら。
ディアッカは道端に立ち止まり、ショーウィンドウの中に飾られた“あるもの”を凝視していた。
 
 
「………ディアッカ、何してるの?」
「おわっ!…キ、キラ?」
 
 
突然背後からかけられた声に仰天したディアッカは、滅多に見られない私服姿のキラに目を丸くした。
 
「ラクス嬢は?どっかで買い物?」
「…ラクスの立場で、そんな事出来ると思う?」
「まぁ…無いわな」
「でしょ?」
 
キラはくすりと微笑みディアッカを見上げた。
 
 
「ラクスは評議会議事堂でヤヌアリウスから来た要人と会談中だよ。護衛はバルトフェルド隊。」
「珍しいな。お前がラクス嬢と一緒に居ないなんて。」
「うーん…そうだね。そうかも。」
「なんだそれ」
「ラクスだって子供じゃないでしょ?僕だってひとりで行動する時くらいあるって事。
それに実際何か起きた時、僕よりバルトフェルドさん達の方がきっと迅速に対応してくれるからね。
ディアッカこそ何してるの?さっきから難しい顔して立ちつくして。」
「げ。お前見てたの?」
「うん。だってあまりにも真剣だったからさ。」
 
 
ディアッカは一瞬照れくさそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したようににやりと微笑むと、親指をくいと立て、にやりと笑った。
 
「ちょうどいいや。お前、ちょっと、付き合ってくんない?」
「え?」
「どーせひとりで暇してたんだろ?コーヒーくらい驕ってやっから!ほら早く!」
「え、ちょ、」
 
ディアッカにぐいと腕を掴まれ、キラはつんのめりそうになりながらも半分駆け足でディアッカに引きずられ、アプリリウスの街へと繰り出す羽目になった。
 
 
 
***
 
 
 
「これなんだけどさ、どう思う?」
「どうって…」
「だーかーら!ミリィに似合うと思うか、って聞いてんの!お前以外と鈍感だよな、そう言うトコ。」
 
 
ディアッカが指差したのは、ミリアリアの瞳の色よりもやや青みがかった小さな宝石のついたネックレス。
確かに、ミリアリアの白い肌にはよく映えそうな色合いで、デザインもシンプルながら上品だ。
 
 
「ブルートパーズ。地球産らしいんだけどさ、なかなかここまで透明感のあるやつってお目にかかれないんだよな。
しかも、値段も普通よかかなりお手頃でさ。これなら普段でもパーティーでもどっちにも行けそうだろ?なぁ、お前だったらどう思う?」
 
 
目を輝かせて熱弁を振るうディアッカを、キラは曖昧な笑顔で見上げ、頷いた。
 
「……確かに、ミリィに似合いそうだよね。ていうか、ディアッカが似合うと思ったんなら買えばいいじゃない。」
「いやほら、たまには第三者の意見も重要だろ?イザークに聞いた所で、“好きにしろ馬鹿者!”とか言われるし。」
 
その様子が容易に想像出来たキラは、思わずぷっと吹き出した。
以前、二人が婚約していた頃イザークとシホがミリアリアに懇願され、ディアッカの為の時計を選びに付合った話を思い出したのだ。
ラクスも言っていたが、イザークはああ見えてやはりフェミニストなのだろう。
…最も、現在そのフェミニストぶりは恋人であるシホにのみ注がれているようなものなのだが。
 
 
「何笑ってんだよ、お前」
「いや?ほら、ディアッカがいいと思うなら早く店員さん呼んで来たら?こんな綺麗なネックレス、他にも狙ってる人いるかもよ?値段も手頃なんでしょ?」
「んー…よし、そうすっかな。お前ちょっとここで見張ってろよ!店員呼んでくるから!」
「ちょ、見張ってろって…」
 
 
抗議の言葉を最後まで聞かず店内に消えて行くディアッカを、キラは肩を落として見送った。
 
 
 
***
 
 
 
「ねぇ、ミリィの誕生日って2月だよね?どうして急にプレゼントなんて買ったの?」
無事ネックレスを購入し、かわいらしくラッピングも施してもらってご満悦のディアッカは、キラの問いかけに不思議そうな表情になった。
 
「は?だってミリィに似合うと思ったし。」
「…もしかしてそう言うの見つける度、プレゼントしてるの?」
「まぁな。あんまり立て続けにすると無駄遣いすんなって怒られるからアレだけど、でもいつもミリィはありがとうって笑顔で受け取ってくれるぜ?なんでそんな事聞く訳?」
 
心底不思議そうなディアッカに、キラはくすりと微笑んだ。
 
 
「君に取ってはそうやって度々高級な贈り物をするのが普通の事でも、僕やミリィは庶民の出でしょ?
やっぱり感覚が違うじゃない。」
「え…あ。」
「別に責めてる訳じゃないから、誤解しないでよね?
まぁ、無駄遣いしない!って釘も刺されてるみたいだし、ミリィもきっとすごく嬉しいんだと思うよ?良く見かけるもの。ディアッカがくれた、って小物持ってたり身に着けてるのとかさ。
それにあの婚約指輪。重ね付け出来るデザイン、いいよね、あれ。ディアッカなんでしょ?デザインしたの。」
「え」
 
 
なぜキラがその事を?
目を丸くするディアッカに、キラはコーヒーを一口飲むとからかうような視線を投げて寄越した。
 
「ラクスがね、ミリィと話してるとき一緒に聞いちゃったんだ。ディアッカ、そう言う才能もあったんだなぁ、ってびっくりしちゃった。
でもバスターの整備とかもきっちり丁寧にしてたの思う出して、なるほどなぁって納得だったけどね。」
「また、古い話を出してくるよな、お前も…」
「あはは、でもディアッカのあの整備の腕はマードックさんだって舌を巻いてたじゃない。ザフトをやめても整備士として再就職出来るって言ってたよ?」
「あの親爺…そう簡単に辞めねぇっつーの。」
 
ーー何となく、同性で、しかもキラに褒められると言うのは照れくさい。
くすくすと笑うキラに、ディアッカはそっぽを向きながら返事をしーーふいに、思いついたままの言葉を口にした。
 
 
「キラ、お前ラクス嬢にプレゼントとかしねぇの?誕生日とかクリスマスは当たり前にしても、それ以外で。」
 
 
今度はキラが、ディアッカの言葉に驚いたように目を丸くした。
 
「え。うーん…ないなぁ。だってラクス、大抵のものは持ってるじゃない。」
「それでもさ。好きな相手に貰ったもんは特別嬉しいもんだぜ?
お前、さっき俺と会った時に俺が見てたもん覚えてる?」
「え?確か…アクセサリー見てたよね?」
「そ。あそこにあったのとさっきので迷ってたんだよな。あの店もさ、結構いいデザイン多いんだよ。
つーことで、ほら、コーヒー飲んじまえよ。」
「は?」
 
ディアッカはにやりと笑い、コーヒーを飲み干すと伝票を手に立ち上がった。
 
 
「お前もちょっとは俺に触発されろよな。付合ってやるから、ラクスに似合うもん、選びに行くぞ?」
「え、ちょ、僕は別に…」
 
 
そう言って狼狽えるキラを急かし、さっさと会計を済ませるとディアッカはキラを連れカフェを後にし、先程の店へと向かったのだった。
 
 
 
***
 
 
 
玄関を開けると、美味しそうな料理の香りが漂っていて、ディアッカはつい笑顔になった。
 
「ミリィ、ただいま」
「あ、おかえりなさい!もうすぐご飯出来るから、ちょっと待っててね」
「ああ。じゃ着替えてくっかなー」
 
キッチンでぱたぱたと動き回るミリアリアの姿に、ディアッカは笑顔で返事をしながら軍服のポケットに忍ばせた小さな贈り物をそっと握りしめた。
 
 
 
「ミリィ、これ、お土産」
食後のコーヒーを手渡されたディアッカは、驚いた顔をするミリアリアの手に、先程の包みをそっと手渡した。
「え…?お土産?」
「そ。ほら、早く開けてみろって!」
かわいらしいラッピングを小さな指がそっと解き、そして現れたブルートパーズを目にしたミリアリアは驚いた表情になり、そしてふわりと微笑む。
その一連の動作を、ディアッカは目を細めて眺めていた。
 
「これ…ブルートパーズ?すごく綺麗…」
「うん。たまたま見かけてさ。ずっと悩んでたんだけど、やっぱミリィに着けて欲しくて買って来ちゃった。地球産らしいぜ?それ。」
 
小さくて一見そうとは分かりづらいが、ハートをモチーフにした一粒石のネックレスは仕事にも着けて行けるデザインで。
しげしげとその青色を見つめ堪能していたミリアリアは、笑顔でディアッカに視線を向けた。
 
 
「ありがとう、ディアッカ。ブルートパーズ、ずっと綺麗だなって憧れてたの。だから…すごく嬉しい。」
「どういたしまして。じゃ、プレゼントして正解だったな。」
 
 
そう言ってにこにこと笑顔でネックレスを手にしていたミリアリアだったが、はっと何か思いついたように顔を上げた。
 
「でも…トパーズって高いわよね。ディアッカ、お小遣い大丈夫?」
 
真剣な表情で何を言うかと思えば、とディアッカはつい吹き出した。
「何で笑うのよ!もう!」
「いや…悪ぃ、大丈夫。そんな散財してないから。…それ、貸して?」
ディアッカはネックレスを受け取ると、ミリアリアに後ろを向かせた。
 
 
金具を止めながら、ディアッカは先程まで一緒に居たキラのある言葉を思い出す。
 
 
『僕はさ、ラクスの精神安定剤みたいなものなんじゃないかな、って思ってるんだ、自分の事。同じように、ラクスも僕の精神安定剤、みたいな存在なのかな、って。
自分を卑下してる訳じゃなくて、ラクスが疲れた時、困った時には傍に居てあげたいし、ラクスには笑顔で居て欲しい。それが出来るのは僕だけ、って思ってるから、僕はラクスと一緒にいようって決めたんだよね。』
 
 
二度の戦争を経て、数奇な運命ーー最もディアッカは全てを知っている訳でもないし、無理に知りたいとも思ってはいなかったがーーを背負いながらもラクスと共にある事を決めたキラ。
かつての憂いに満ちた表情を浮かべるキラは、もうそこにはいなくて。
優しげだけれど、決意に満ちた自分と同じ紫の瞳をまっすぐにディアッカに向けて、キラは微笑んだ。
 
 
『ディアッカもそうでしょ?ミリィにあんな顔させられるのは、君だけだもんね。』
 
 
全てが始まった、あのヘリオポリスでの出来事からずっとミリアリアを知るキラの言葉に、ディアッカは言葉を失いーー降参、と片手を上げたのだった。
 
「ほら、出来た。こっち向いて?」
 
恥ずかしそうに振り返るミリアリアの首には、青く光るブルートパーズ。
「やっぱ、似合う。」
「…ありがと。」
面と向かって言われると恥ずかしいのだろう。俯いてしまうミリアリアに腕を伸ばし、ディアッカは華奢な体を優しく抱き締める。
 
 
「なぁ、こういうのって、負担?」
「こういう、の?プレゼントの事?」
「…うん。」
 
 
抱き締めたままでそう問いかけると、ミリアリアが腕の中でくすり、と笑うのが分かった。
 
「そりゃ…こんなに高級なもの、たびたび貰うなんて経験が無いから最初の頃は驚いたわよ?ジュエリーケースに並べて、飽きるまで眺めたりね。
でも、負担なんて事、無いわ。見てるだけでも幸せな気持ちになれるもの。」
 
ディアッカの心に巣食っていたほんの少しの不安が、その言葉にさらさらと溶けて行って。
代わりに押し寄せて来たのは、力が抜けてしまうくらいの安心感。
 
「…そっか。」
 
いつだって初めてプレゼントを贈った時のように、嬉しそうに笑うミリアリアが愛しくて。
その笑顔が見たいから、自分はこうして無駄遣いと咎められようとも、ミリアリアに似合うものを気がつけば探してしまうのだ。
キラの言う通り、確かにミリアリアの笑顔は、自分に取って精神安定剤、なのかもしれない。
 
「…でも、あんまり散財しちゃダメよ?お金は無限に湧いてくるものじゃないんだから。」
 
 
ーーーこういう、しっかりした所もやっぱり愛しくて。
 
 
「了解しました、奥様。」
 
ずっとそのままでいてほしい。
プレゼントを贈り続けている自分がそう思うのは、わがままな事だと分かってはいるけれど。
その笑顔が、いつまででも見たいから。
 
ディアッカは緩めていた腕に力を込め、腕の中のミリアリアをぎゅっと抱き締めた。
 
 
 
 
 
 

後日、ラクスの護衛任務に就いていたディアッカは、会談が終わり席を立つ彼女の胸元に小さく光るものを見つけ、つい口元が緩んだ。
はらり、と書類を落としたラクスに素早く近づき、さっとそれを拾って手渡しながら、ラクスの耳元で小さく囁く。
 
 
「そのネックレス、やっぱりお似合いですね、ラクス嬢?」
 
 
普段あまり柔和な表情を崩す事の無いラクスの目がまん丸く見開かれ、続いてぽっと頬を染めるのを少し離れた所からイザークが訝しげに眺め、キラはにやりと笑い踵を返すディアッカを何とも言えない表情でじろりと睨んでいたのであった。
 
 
 
 
 
 
 
007

普段なかなか絡みの少ないキラ×ディアッカを今回書いてみました。
キララクにも少しだけ触れてみたりしましたが、いかがでしたでしょうか?
キラがラクスに選んだのは、どんなネックレスだったのでしょうね(●´艸`)
自分が選んだプレゼントを笑顔で受け取ってもらえた瞬間って、すごく嬉しいですよね!

 

 

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