こんなんでいいなら

 

 

 

 
「ミリアリア・ハウさんですね?こちらへ必要事項をご記入下さい。」
「はっ…はいっ!!」
 
 
緊張のあまり、がたんと大きな音を立てて長椅子から立ち上がるミリアリアに、ディアッカはそっぽを向いて笑いを堪えた。
 
 
 
 
ここはアプリリウス市内にある総合病院。
言わずと知れた、ディアッカの生家、エルスマン家系列の大病院である。
ミリアリアは一ヶ月程前に肩に受けた銃創を消す為、恋人であるディアッカとともにこの病院を訪れていた。
AAとエターナルに乗艦していた軍医の腕も良く、ミリアリアの肩に残ったのはほんの数センチの小さな傷。
自分の体にある意味無頓着なミリアリアは、その傷についてあまり気にしていなかった。
だが、何度となくディアッカに奨められ、渋々ながらこうして傷を消す処置を受ける為ここを訪れていたのだった。
 
 
「ねぇ…ホントに、すぐ消せるの?」
「あぁ?お前、昔ヤキンでイザークの顔見ただろ?今あいつの顔、どうなってるよ?」
 
 
ミリアリアは目を泳がせた。
 
 
「綺麗…よね。傷一つない、綺麗な顔。」
「そ。そう言う事。だからいい加減諦めろって。つーか、何でそんな嫌なんだよ?」
「別に…嫌じゃない、わよ」
「んじゃいいじゃん。ほら、さっさと書いちゃえよ。」
 
 
勝ち誇ったようなディアッカの声に、ミリアリアは諦めの溜息をつくとカルテに必要事項を記入し始めた。
 
 
 
 
「ご記入、済まれましたか?」
「あ、はい。すみません…」
「いいえ。ではしばらくお待ち下さいね。後ほど執刀医が説明に参りますので。」
 
 
そう言うと看護士の女性は優しい笑顔をミリアリアに向け、颯爽と受付に消えて行った。
 
 
「ねぇ…ホントに日帰りで消せるの?夕方までには帰れる?」
「あのなぁ…プラントの医療を舐めんなよ?イザークですら一晩入院しただけで翌朝には本部の隊長室に座ってたぜ?」
「……く、ない?」
「あ?」
 
 
急にミリアリアの声が小さくなり、良く聞き取れなかったディアッカは俯いた茶色の跳ね毛に隠されたその顔を覗き込む。
そして、予想外の事態にぎょっとした。
 
 
ディアッカを見上げるミリアリアの瞳は不安げに揺れ、ちょっとつつけば泣き出しそうで。
 
 
 
「…麻酔、いたく、ない?」
 
 
 
ーーーああもう、なんでこいつは!!
ディアッカは、ここが病院だと言う事も忘れて思わずミリアリアを抱き締めキスの雨を降らせそうになった。
だが僅かに残った理性が、それを押しとどめる。
 
 
こっちの心配を意地で振り切り、女だてらに戦場カメラマン?ジャーナリスト?として危険な地帯を飛び回っていたくせに!
こんな簡単な処置より、よっぽど大変な、危険な思いをして来たくせに!
 
 
 
なんでこんな顔で、こんなかわいいコト言うんだよ畜生!反則だろーが!!!
 
 
 

「ねぇ…なにやってるのよ?」
悶えそうになる体を顔に手をあて俯く事で必死に堪えていたディアッカに、ミリアリアが怪訝そうで、どこか不安を滲ませた視線を送る。
「あ、ああ…いや。何でもねぇよ」
「…馬鹿にしてるでしょ?こんなので怖がるなんて、って」
む、とミリアリアの表情が変わり、ディアッカは慌てて首を振る。
「違うって!ただ…」
「ただ、なによ?」
少しだけきついミリアリアの視線を受け止めながら、ディアッカは長い腕を伸ばし、くしゃりと柔らかい髪を撫でた。
 
 
「ミリィ、注射とか、そう言うのもしかして苦手?」
 
 
図星だったのか、ミリアリアの顔が真っ赤になった。
「ち、ちが…別にっ!こどもじゃあるまいし!」
狼狽えるミリアリアの頭を、ディアッカはそっと自分の肩に引き寄せ、ぽんぽんと優しく頭に手を載せた。
そして、周りに聞こえないよう小さな声で囁く。
 
 
「きのうの夜、ちゃんとおまじないしてやっただろ?寝不足気味だし、麻酔も効くんじゃねぇ?」
「な…や、やっぱりこども扱いじゃない!寝不足なのはディアッカが…」
 
 
更に顔を赤く染めたミリアリアだったが、処置室のドアが開き名を呼ばれるとびくり、と体を震わせ立ち上がった。
 
 
 
 
ひとりで大丈夫!と半ば強引にディアッカを外で待たせ、ミリアリアは医師の診察を受けた。
肩に残る傷は本当に小さなものだったので、これならば処置自体も麻酔を含め1時間程で済み、目が覚めて問題が無ければそのまま帰宅出来る、との説明を受け、ミリアリアはほっと息を漏らした。
 
 
「では、これに着替えて奥の待合室でお待ち下さい。準備が出来次第始めます。」
看護師からピンク色のワンピースのようなものを渡され、ミリアリアは顔を強張らせながら頷いた。
 
 
ワンピースは前開きのもので、肩と腰の部分を紐で結ぶ作りになっている。
必要な部分のみ開けるような配慮なのだろう。
足元は裸足、上半身の衣類は全て脱ぐよう言われていたミリアリアは、着替えを済ませスリッパを履くと落ち着かない気分で浅く椅子に腰掛けぎゅっと拳を膝の上で握りしめた。
 
 
ーーディアッカに指摘された通り、ミリアリアは小さい頃から、注射が大の苦手だった。
針が腕に刺さる瞬間などとても直視出来ず、予防接種などはそっぽを向いてぎゅっと目を瞑ってやり過ごしていた程で。
それでも、大人になりたびたび点滴を受ける機会もあったので、そんな恐怖は克服したと思っていたのだが。
 
 
「点滴と注射は、違うのよね…」
 
 
大人になろうとなんだろうと、苦手なものは苦手で、怖いものは怖いのだ。
しかし変な所で負けず嫌いなミリアリアは、先程ついディアッカに弱音を吐いてしまった事を思い出し、ずーん、と落ち込んでしまった。
 
 
 

「点滴のが普通きついと思うけど?針刺しっぱなしだし。」
 
 
 

ふいに頭上から落ちて来た声に、ミリアリアはがばりと顔を上げ、驚きに目を丸くした。
 
 
「ちょ…なんで…」
「えーと、一応ココって俺んちの系列だし?つーか付き添い用でもあるの、この部屋。」
「え?そ、そう…なんだ」
 
 
どかりとミリアリアの隣に腰を下ろしたディアッカは、素早く周りを見回すと、するり、とミリアリアの着ているワンピースの肩部分の紐を解いた。
「…っ!な、な…」
「いいから」
さっとディアッカの手がワンピースをはだけさせると、まさにこれから消そうとしている肩の傷が露わになる。
ディアッカはその小さな傷に指を滑らせ、ぽつりと呟いた。
 
 
 

「俺の事…守ってくれたからついた傷、なんだよな。これ」
 
 
 

いつ誰が来るかも分からない場所での行為に固まっていたミリアリアだったが、切なげな顔をするディアッカについ言葉を失ってしまう。
確かにそれは、AAでテロリストからディアッカを庇った際にミリアリアが受けたレーザー銃による傷。
でも、その事を後悔などミリアリアはしていなかったし、ディアッカを守れた事がむしろ嬉しかったから、こんな顔をされてしまうとどうしたらいいのか分からなくて。
 
 
 

「…私は、後悔なんてしてないわよ?」
 
 
 

そう言ってミリアリアは、ディアッカの頬にそっと手を伸ばした。
 
 
「前にも言ったけど、あの時は気付いたら体が勝手に動いてた。ディアッカが撃たれるなんて絶対に嫌だったの。
だから…こんな言い方嫌がるだろうけど、私はディアッカを守る事が出来て嬉しかった。
でも…気に、させてたなら…ごめん、ね」
 
 
プラントに来てから何度か夜を共にした時、ディアッカはいつもこの傷にそっと唇を寄せてくれて。
キスで傷が消えるのなら、きっともうとっくにこの傷は無くなってしまっているのではないか、とそこにディアッカの唇が触れる度ミリアリアは思っていた。
 
 
「だから、そんな顔しないで?もう、消しちゃうんだし。ね?」
 
 
そう言って目の前の端整な顔に指を滑らせると、ディアッカは苦笑を浮かべた。
「心細がってると思って来てみたのに…なんか俺が慰められてるみたいだな」
「だって…そんな顔、されたら」
そこまでミリアリアが口にした時、ディアッカが突然ミリアリアの肩口に顔を寄せて来た。
そしていつものようにーーー薄く残った赤い傷跡に、そっと唇が落とされる。
 
 
「え?え…?ちょ…!」
「注射が怖くなくなるおまじない。」
 
 
ふわり、と笑顔になり自分を見上げるディアッカに、ミリアリアの顔はまた真っ赤になった。
「き、昨日のはじゃあなんなのよ!」
「あれは、これからする処置が怖くなくなるおまじない。」
昨晩、ディアッカは彼のアパートに泊まったミリアリアに、ベッドでの甘い行為の最中、今と同じように“おまじない”をしてくれて。
内心不安を抱いていたミリアリアは、そんなデイアッカの行為に少しだけ心が軽くなったのだった。
 
 
 

「こんなんでいいなら、いくらでもしてやるよ。これからもずっと。」
 
 
 

少しだけ真剣な表情で、それでも優しい笑顔のままのディアッカの言葉に、ミリアリアの胸が甘く疼く。
そして、抱えていた不安が霧散して行くのを感じた。
「…ばか」
ぎゅ、と温かい胸に閉じ込められ、ミリアリアはここが病院だと言う事を忘れてしまいそうになる。
 
 
「もうそろそろかな。目が覚める時も、ちゃんとそばにいるから。安心して処置してもらえよ?」
「うん。もう…大丈夫」
 
 
強がりではなく本当に、ミリアリアの心は先程までの緊張が嘘のように落ち着いていて。
“おまじない”はしっかりと効いているのだ、と思い、笑顔を浮かべてディアッカを見上げた。
「服、直さなきゃ…」
「んじゃ、仕上げのおまじない。」
そう言ってディアッカは、ミリアリアが返事をする前にそっと額と頬、そして唇に優しく触れるだけのキスを落とす。
ミリアリアの体が、微かに震えた。
 
 

「ハウさん、お待たせしました」

 
 

看護士の声に、ミリアリアは振り返り、「はい」と落ち着いた声で返事をする。
さっとワンピースの紐を結び直してくれたディアッカが、「じゃ、俺ここで待ってるから。」とにっこりと笑ってまた大きな手で髪を撫でてくれて。

 
「うん。…おまじない、ありがと、ディアッカ。」
 

ミリアリアの小さな声に、ディアッカは少しだけ目を見開きーーー柔らかく笑って、処置室に消えて行くミリアリアを見送ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 

007

長編『心を重ねて』の序盤辺りのお話です!
傷跡に消毒のキス?おまじない?もうどちらでもいいです(萌え過ぎ・笑)
婚約発表前の初々しい二人を書くのは久しぶりなので、ちゃんと出来てるかどうか不安;;
この傷跡のお話は、ずっと前から書きたかったんです。
でもなかなか機会が無くてorz
なので、今回こうして形に出来て大満足でした!

 

 

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(お題配布元「TOY」)

2015,1,15拍手up

2015,2,15up