婚約者

 

 

 

 

いつもの濃紫の首長服から一変し、スマートなスーツ姿のサイは、披露宴会場の片隅に立ち、笑いあうミリアリアとディアッカを眺めた。
別離と、たくさんの障害を乗り越え、やっと夫婦になった二人。
気の置けない披露宴と言うこともあり、二人はAAのクルーに囲まれて冷やかされながらも祝福されていた。
いつのまにかカズイもその輪に入り、マードックとフラガはしきりとディアッカに酒をすすめている。
…あれじゃ、初夜が台無しかもな。
そんな下世話な事を考えたサイの目に、突然赤い髪が飛び込んで来た。
 
 
「…フレ…」
 
 
弾かれたように立ち上がるサイを、周囲にいた招待客が驚きの目で眺める。
だがそんなことを気にかけず、サイはドアの向こうに消えた赤い髪を追いかけ走り出していた。
 
 
 
 
「…いるわけ、ないよな…」
 
 
ホテルの庭園に設けられた小さな噴水。
サイはぼんやりとそこに座りこんでいた。
結局、追いかけてつかまえた赤い髪の少女はホテルのメイドだった。
改めてみれば、フレイと似たところなどどこにもない。似ているのは髪の色だけだった。
 
 
ーー吹っ切れているようで、吹っ切れてないのかもしれない。
 
 
フレイから一方的に婚約解消を告げられた時、サイは大きなショックを受けた。
友達と思っていたキラに婚約者を奪われ、そしてキラは、敵として戦っていた“コーディネイター”だった。
割り切れない思いの中、フレイの思惑にうっすらと気がつき始めた頃、彼女は捕虜だったディアッカに襲いかかり、それを止めたミリアリアとも絶縁状態のような形になってしまった。
 
そしてアラスカで、フレイは半分孤立したまま異動命令によりAAから姿を消し、次に会ったのは戦場だった。
…声を聞いただけだから、厳密には会ったとは言えないのかもしれないが。
だがヤキンで、彼女の乗ったポッドが撃ち落とされ、宇宙の塵となっていく様をサイはこの目で見届けた。
あの時感じた思いは、一生忘れることがないだろう。
 
 
自分に出来る事はなかったのか。
復讐に燃えていた彼女の心を救う事は、自分にはできなかったのだろうか。
戦争終結後、カレッジに復帰しながら心の中で何度も繰り返した問いだった。
 
 
「…サイ?」
 
 
自分を呼ぶ声に驚いて振り返ると、そこにはザフトの礼服に身を包んだイザークの姿があった。
 
 

「イザーク…?何してるの?」
「お前こそ。悪酔いでもしたのか?」
 
 
サイは気怠げに微笑んだ。
 
 
「あの二人にあてられて、酔っちゃったのかな?…婚約者のことを思い出してたんだ。」
「婚約者?」
初耳だ、と言わんばかりにイザークの目が見開かれる。
「…そう。婚約者。先の大戦で戦死しちゃったけどね。」
「…ヘリオポリスで、か?」
サイは苦笑して首を振った。
「ヤキンで、だよ。ザフトの機体に脱出ポッドごと撃ち落とされた。」
「な…」
イザークは驚愕に言葉を失った。
 
 
「鍵を、持たされてたんだ。フレイは。」
「鍵…?」
 
 
イザークの表情が僅かに変わった事に、遠くを見ていたサイは気がつかない。
「戦争を終わらせる、鍵、って言ってたな。」
脳裏に鮮やかな赤い髪と灰色の瞳がよぎり、ぎゅ、とイザークは拳を握りしめる。
 
 
「……クルーゼ隊長が捕虜にしていた少女の事、か?」
 
 
サイが弾かれたようにイザークを振り返った。
 
 
 
 
「そう…。彼女、君と同じ艦に乗ってたんだ。」
サイは懐から煙草を取り出した。
「吸う?」
「いや、結構だ。…お前がそんなものを嗜むとは意外だな。」
「最近だよ。なんとなく、ね。大人になった気分になりたかったのかもね。」
一緒に取り出した携帯灰皿を片手に、サイはゆっくりと紫煙を吐き出した。
 
 
「婚約者、って言ってもさ。親が決めただけの間柄だった。でも、彼女は…フレイはいつも俺に甘えてくれてさ。俺も…今思えば彼女の事、好きだったんだと思う。」
「…ああ。」
 
 
「彼女は同じカレッジの一つ下のゼミ生で。連邦軍の高官の娘だった。
俺の家も一応オーブの氏族だから…。それで彼女との婚約が決まったようなもんだった。」
「と言う事は…彼女はAAのクルーだったのか?」
「AAの女性クルーは元々四人。うち二人は艦長とミリィ、アラスカで異動命令が出て艦を降りたのが、後にドミニオンの艦長となったバジルール少尉、そしてフレイ・アルスター。俺の、婚約者だった子だよ。」
「だった…?」
 
 
サイはふぅ、と煙を吐き出し、携帯灰皿に煙草を放り込んで火をもみ消す。
そして、イザークのアイスブルーの瞳をまっすぐに見つめた。
 
 
「ねぇイザーク。フレイは、ザフトで怖い思いや辛い目にあわされたりしなかった?」
 
 
サイの隣に腰掛けたイザークは、怯えた目で自分を見上げる少女を思い出す。
ナチュラルとは思えない程、整った容姿の少女だった。
まるで愛玩動物のように彼女をいつも側に置いていて、ブリーフィングにまで同席させていたクルーゼ。
ザフトの緑服を纏い、隊長の陰に常に隠れるようにしていた少女。
 
 
「…ああ。捕虜ではあったが…少なくとも俺は、彼女が不当に何かされたと聞いた事はない。
クルーゼ隊長は彼女を丁重に扱っていた。」
「そう…。なら良かった。ずっと、気になってたんだ。」
 
 
二人の間に、沈黙が落ちる。
「…サイ。一本、いいか?」
イザークの言葉に少しだけ目を丸くしたサイは、微笑んでパッケージを差し出した。
ライターを取り出し、イザークと自分の煙草にそれぞれ火を着ける。
 
 
「まだ、好きなのか?その…彼女の、事が。」
「…わからない。ただ、あれから今まで、フレイ以上に気になる女性には出会えてないね。
彼女が生きてたらどうなってただろう、って考える事はあるけど。」
「…もしかしたら、この場にいたかもしれないな。ミリアリアの友人でもあったんだろう?」
その言葉にサイはくすりと微笑んだ。
「うん…。フレイはさ、コーディネイターを良く思っていなかったんだ。父親を殺された事もあって。
でも…こうしてミリィとディアッカが結ばれて、戦争も終わって。
世界はどんどん変わってるんだよね。
だから…きっと、ミリィに負けないくらい着飾って、この場にいたかもしれないな。おしゃれするのが大好きな子だったから。」
 
 
イザークは、煙を吐き出しながら空を見上げた。
 
 
「俺も…大切な友人を何人も失った。そいつらが生きていたらどうなっていただろう、と思う事もある。
…考えても仕方のない事なのかもしれないが、忘れてはいけない、とは思う。」
 
 
 
そう。忘れてはならない。
戦場に散った友人達の事も、自分がこの手で散らせた命の事も。
 
 
 
「うん。そうだよね。…フレイの事、どうして助けられなかったんだろう、って悩んだ事もあった。
でも、もう何を思っても彼女は帰って来ない。
トールの死を乗り越えたミリィに比べて、俺っててんでダメだなぁ、って悩んだりもしたよ。」
「サイ…だが、それは…」
ーーディアッカが、彼女を支えたからーー
そう言おうとしたイザークは、ぽつりと続けられたサイの言葉に息を飲んだ。
 
 
「だから俺は、彼女の分も、戦争で散ってしまったたくさんの大切な人の分も、生きる。
生きて、幸せになるって決めたんだ。
そして、平和な世界を作る。戦争なんて無い、ナチュラルとコーディネイターが笑って暮らせる世界をね。」
 
 
だから俺、機械工学の道諦めて、復学後は政治学に進んだんだよ。と照れくさそうに笑うサイを、イザークはどこか優しいまなざしで見つめた。
 
 
「灰皿、いいか?」
「うん。」
 
 
サイから携帯灰皿を受け取り、イザークはそこに吸い終わった煙草を落とす。
 
 
 

「ミリィとディアッカ…幸せになれるよね?」
 
 
 

ナチュラルとコーディネイターの架け橋、とラクスが例えた二人の結婚。
だがサイやイザークにとっては、それ以上の意味を持つ二人の恋。
 
 
「当たり前だ。あのディアッカをああまで変えられる女はミリアリア以外いない。
そしてあいつらも、俺たちと同じような事をきっと考えただろうさ。」
「え?どういう…」
 
 
イザークは優雅に立ち上がり、サイを見下ろした。
 
 
 

「俺の副官も、オーブの報道官も馬鹿ではない。そうだろう?
あいつらは必ず幸せになる。フレイ・アルスターの分も、空に還ったそれぞれの大切な人達の分も、だ。
そしてお前と同じように、生きて、成すべき事を成す。二人で支え合いながらな。
俺たちがそれを信じないでどうする?」
 
 
 

自信に満ちた、イザークの言葉。
サイの顔に、ふわりと笑顔が浮かんだ。
 
 
ーーーそう。想いは、同じなのだ。
 
 
「そう、だよね。…ごめんイザーク。ちょっとセンチな気分になってたみたいだ、俺。」
「娘を嫁にやる気分か?」
「ちょ…せめて妹って言ってよね?俺、どんだけおじさんなのさ」
「お前はいい父親になりそうだな。」
「なにその急激な話題転換…」
 
 
軽口を叩きながら、サイは空を見上げる。
サングラスの奥の瞳に滲んだ涙が、一刻も早く乾けばいい、と思いながら。
 
 
フレイ、俺は君の事を忘れない。
君の事も、トールの事も、戦争で散ったたくさんの大切な命の事も。
全部受け止めて、そして前を向いて、生きて行くから。
 
 
「…ミリィは必ず幸せになれるから。あいつを信じて、見ててやってね、フレイ。」
 
 
ーー当たり前でしょ?女ひとり幸せに出来ない男なんて、ありえないわよ!
 
 
甘えたがりでお嬢様気質で、それでも本当は優しかったフレイ。
そんな声が聞こえた気がして、サイはふんわりと微笑んだ。
 
 
 

風に乗って耳に届いた、小さなサイの呟き。
イザークは聞こえないふりをして、同じように空を見上げた。
 
 
 
 
 
 
 
007

難しい題材を選んでしまったな、と書き終わってしばらく経った今でも非常にドキドキしています(苦笑)
フレイについてサイとイザークが語るシーンは、以前から書きたいと思っていた
ネタでもありました。
キラとサイにこの話をさせるというのは、私の技量では無理なので;;

みんなそれぞれ、何かを背負ったり心にそっとしまいながら前を向いて生きている彼ら。
そんな彼らのお話を、これからもずっと書き続けて行きたいです。

 

 

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2014,12,22拍手up

2015,1,15改稿・up