Between the sheets

 

 

 

 

「ミリアリア、疲れただろう?」
 
最後の客人を見送り、この家の当主であるタッド・エルスマンはミリアリアにねぎらいの言葉をかけた。
タッドの後ろで同じく客人を見送っていたミリアリアは、ふわりと笑顔を浮かべ首を振る。
 
「ありがとうございます。すごく盛大なニューイヤーパーティーでびっくりしましたけど、大丈夫です。」
 
ディアッカと結婚して1年足らずだが、ミリアリアはとても綺麗になった。
それは、幾人かの客人からも指摘され、タッド自身も同じように感じていた事で。
いつになく大人っぽい黒の膝丈のドレスに瞳の色と同じブルートパーズのネックレスが映えて、柄にも無くタッドをどきりとさせた。
 
 
ミリアリアとディアッカは、新年の休暇を利用してフェブラリウスに帰省していた。
市長を務め、また遺伝子工学の権威として名高いエルスマン家では毎年こうしたパーティーが催されていたが、今年は花嫁を迎えた初めての新年と言う事もあり、普段より少々規模の大きなパーティーとなった。
 
 
 
 
「親父さ、また酒の種類増やしたの?」
呆れたように口を開いたのは、ミリアリアの隣に立つタッドの息子、ディアッカだ。
いつもはザフトの軍服姿ばかりだが、今日はシックなダークグレーのスーツに身を包んでいる。
ゆくゆくはエルスマン家の当主になるであろうディアッカも、20歳を過ぎた。
二度の戦争もあり、また面倒くさがってここ数年は滅多にこういったパーティーにも顔など出さなかったが、ミリアリアと言う存在のおかげか、ここ最近はだいぶ父親とも打ち解けた関係になって来ていた。
 
「ああ、気になったものを揃えていたらいつの間にかな。飲みたければ好きなだけいいぞ。
ミリアリアも、今日はほとんど飲んでいないんじゃないのか?」
「んー、とりあえずゆっくりさせてもらうわ。ミリィも疲れただろうし。な、ミリィ?」
 
そう口にするや否や、さっとミリアリアの肩に手を回すディアッカに、タッドはついくすりと微笑んだ。
 
 
 
 
「ねぇディアッカ、この家ってどの部屋にもこういう場所があるの?」
ミリアリアはあてがわれた部屋に戻ると、豊富な種類のアルコール類が並ぶカウンターを眺めながらついそう口にしていた。
ディアッカの実家にはバーカウンターが至る所に設置されている。
相当アルコールに強いらしいタッドの趣味だそうだが、それにしてもまるで本物のバーのような種類の豊富さに、ミリアリアは改めてエルスマン家の財力を実感した。
 
「さすがに全部屋にはねぇよ。ただ、客室のほとんどには大小関わらずついてるかな。何か飲む?」
「……ディアッカ、カクテルなんて作れるの?」
 
意外だったのか、目を丸くするミリアリアがかわいくて、ディアッカは思わず肩を抱き寄せ優しく唇を重ねる。
 
「俺、こう見えて料理もカクテルもそれなりに作れるぜ?お前の料理が美味いから出番はないけどさ。」
「そんなこと…ん…」
 
謙遜するミリアリアの唇をその言葉ごと奪うと、ディアッカは柔らかいそれを気の済むまで堪能した。
 
パーティーの間、ディアッカの隣に立つミリアリアは周囲の注目の的だった。
結婚して半年と少しだが、ミリアリアは確実に綺麗になっていて。
黒のドレス姿のミリアリアは、その白い肌も相まっていつもより少しだけ大人びた雰囲気で、それがまた彼女の魅力に彩りを添えていた。
 
 
美しい妻を自慢したい気持ちと、これ程までに綺麗になった妻を誰にも見せたくない、という矛盾した気持ち。
ディアッカの中でせめぎ合う感情に、ミリアリアは全く気づくことなくにこにこと招待客に笑顔を振りまいていたのだった。
 
 
「ミリィの料理は宇宙一なの。だけど俺だってお前が望むなら、なんだって作ってやるぜ?」
唇を解放し、ギリギリ触れるかの至近距離でそう告げるとミリアリアが少しだけ頬を染めた。
 
「…じゃあ、カクテル、飲みたい。ディアッカの。」
 
はにかんだ小さな声で零された呟きを、ディアッカはちゃんと聞き取って、にっこりと微笑みミリアリアを抱き締めた。
 
 
 
シェイカーの振られる音が部屋に響く。
思いの外手慣れた、そして本格的な仕草についミリアリアの視線は釘付けとなりーーー思わず、心の中だけのはずだった思いが口をついていた。
 
「……反則だわ」
「は?」
 
カクテルグラスを準備しようとしていたディアッカが、ミリアリアの呟きに怪訝そうな顔をして振り返る。
「ううん!なんでもない!」
慌てて首を振るミリアリアに、ディアッカはくすりと微笑み再びカクテルグラスの物色を始めた。
 
 
言えないーーわけじゃないけど、言いたくない。
まるで本職のバーテンダーみたいにーー最もミリアリア自身、バーなんて場所に行ったのはジャーナリスト時代の数度しか無かったけれどーー優雅にシェイカーを振ったりリキュールを準備するディアッカは何だか別の人みたいで。
きっとバーテンダーの格好とかさせたら、とんでもなく似合うんだろうな、見てみたいな、なんて。
とにかく、すごく格好良く見えて、ついうっとり見惚れてしまったなんて。
絶対に言いたくない!!
 
 
だがディアッカにはそんな事などお見通しのようで。
 
 
「惚れ直した?」
 
 
こちらに背中を向けたままからかうようにそう問いかけられ、ミリアリアは動揺のあまり椅子から落ちそうになった。
 

「べっ…別にっ!!何作ってるのかなって見てただけよ!」
 

こっちを見ていたか、などとディアッカは一言も聞いていない。
それなのに、自分から墓穴を掘ってしまった事に気付いていないミリアリアに、ディアッカは堪えきれずくすくすと笑った。
 
 
「お待たせしました、奥様。コレ、俺のおすすめ。」
 
 
ミリアリアの前にすっと差し出されたのは、綺麗な琥珀色のカクテルだった。
 
 
 
「ビトウィーン・ザ・シーツ、っての。
ちょっと強めだけど、レモンジュースとかも入ってるから口当たりはいいぜ?
お前はいけるクチだし、そのくらいのがナイトキャップにはちょうどいいだろ?」
 
 
 
ミリアリアは目の前に置かれたカクテルを、目を輝かせて眺めた。
エザリアの作ってくれるエメラルド・ミストとはまた趣が違うが、香りも良く美味しそうなカクテルだ。
何より、ディアッカが自分の為に作ってくれたと言う事がミリアリアにはひどく特別で、幸せな事に思えた。
 
「ナイトキャップ?何それ?」
「んー?ナイトキャップってのは、まぁ、簡単に言えば寝酒の総称で…」
 
分かりやすい言葉を選んで説明しながら、ディアッカの脳内にはこのカクテルの詳しい由来がしっかりと浮かんでいた。
 
 
 
ビトウィーン・ザ・シーツとは、“ベッドに入って”という意味。
少し高めのアルコール度数で口当たりの良い、刺激の少ないこのカクテルは、甘い夢の世界へ入り込んで行ける“寝酒”にも適しているのだが。
俗説として、眠りに心地よく誘ってくれるパートナーのようなもの、とも言われている。
 
 
 
ミリアリアは、生涯守り抜き、共に生きると決めた自分の大切なパートナー。
いつもの日常でも、今日のようなパーティーでも、そして、甘い夜も。
ミリアリアがそばにいてくれれば、それだけでディアッカはディアッカでいられる。
飾らない、素のままの自分をミリアリアは愛してくれていると分かるから。
 
出会ってから今まで、ディアッカはずっとミリアリアに恋をしている。
そしてそれはきっと、ミリアリアも同じであろうとディアッカは思っている。
願わくば、二人一緒にいられるこの穏やかで平和な時間がずっと続きますようにーーー。
 
 
この後の「甘い夢の世界」を想像し、ディアッカは幸せそうに微笑む。
「ちょっと、何笑ってるの?」
カクテルグラスを手にしたミリアリアの不思議そうな問いを、ディアッカは蕩けるような笑顔で受け止めた。
「別に?ほら、早く飲んでみろよ。」
「うん…いただきます。」
こくり、とカクテルがミリアリアの喉を滑り落ちる。
 
「ーーなにこれ、美味しい…」
「だろ?ミリアリアの為に作るもんには全部、俺の愛もたっぷり入ってるからな。」
 
途端に頬を赤らめ、馬鹿、と恥ずかしそうに口にするディアッカの宝物。
今日のドレスも最高に似合ってるけどーーー早く、脱がせちまいたい。
 
そんな少しだけ邪な思いを抱きながら、ディアッカははにかみながらカクテルを口にするミリアリアに、カウンター越しに触れるだけのキスを送った。
 
 
 
 
 
 
 
007
8888hit御礼小説となります!
ぎりぎり新年(もう1週間以上過ぎてますが・笑)と言う事で、一応新年ネタにしてみました。
入籍の翌年、フェブラリウスに帰省した二人の一コマです(●´艸`)
実はこちらの作品、『180+』のサイトマスター えみふじ様に寄贈した同タイトル小噺の
姉妹作品となります。
えみふじ様の作品の大ファンであるが故に、勝手に小噺を送りつけ尚且つ姉妹作品を作りたい!
という我侭な申し出を快諾して下さったえみふじ様、いつもいつもほんとうにありがとうございます!
思わず、ファン故の小ネタを文章にちょっぴり仕込んでみたりして(笑)
自己満足感の見え隠れする作品となりましたが、結婚してもずっと互いに恋しているDMを
美味く表現出来ていれば、と思います(●´艸`)

いつも当サイトに足をお運び頂き、本当に感謝しております!
私の拙い作品を応援して下さる全ての方々に、このお話を捧げます!!
8888hit、本当にありがとうございました!

 

 

text

2015,1,9up