初夜

 

 

 

 
「それではエルスマン様、どうぞごゆっくりお寛ぎください。旦那様がみえられましたら、こちらにご案内させていただきます。」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
 
恭しくボーイが下がると、ミリアリアはひとつ息をつき窓から景色を眺めた。
 
 
ここは、半年前ミリアリアとディアッカが披露宴を行った、プラントでも指折りの高級ホテル。
サービスの一環として、披露宴にここを利用したカップルにはホテルの一泊優待券がプレゼントされる。
それを目にしたディアッカは目を輝かせ、その場で支配人に話を通しクリスマスイブに一泊したい!と半ば強引に予約を入れたのだった。
 
「もう半年経つのね…」
 
左手の薬指にしっかりと嵌った指輪を、ミリアリアはそっと細い指で撫でる。
そして、披露宴当日の様子を思い出して、くすり、と微笑んだ。
 
 
 
***
 
 
 
「ちょっとディアッカ、大丈夫?」
「ん?もちろん。大丈夫に決まってんじゃん。馬鹿にしてんの?」
「そうじゃなくて!もう、お酒臭いわよ!」
 
 
披露宴は大盛況だった。
教会での式とはまた別に、気の置けない友人達を招いて行われたそれには、AAのクルーをはじめとする懐かしい顔ぶれが揃っていて。
マードックやフラガ、ノイマンにチャンドラ達に次々と酒をすすめられたディアッカは、とびきりの笑顔で彼らと酒を酌み交わしていた。
 
あんなに飲まされて、大丈夫なのかしら…。
 
そう思ったミリアリアがこっそりイザークに確認した所、多分大丈夫だろう、と心もとない返事が返って来た。
 
…まぁ、プラントじゃ15歳で成人扱いだって言うし、それに酔っぱらうディアッカなど想像もできない。
だからきっと、自分である程度セーブ出来るわよね。ディアッカだし。
 
そう結論付けたミリアリアは、笑顔で話しかけて来たマリューやカガリと会話を楽しんでいた、のだったが…。
 
 
 
「ねぇ、どれだけ飲んだのよ?明らかに酔ってるじゃない!」
「だーかーら。酔ってないって。こんな大事な日に酔ってなんていられねぇっつーの。」
 
 
 
確かにディアッカは先程までしゃんとしていた。
最後の招待客を送りだし、ボーイに案内され最上階のスイートルームに案内される間も、ミリアリアの手をしっかりと握り、うっすらと余裕の笑みまで浮かべていたのだ。
 
それなのに。
 
ボーイが部屋のドアを閉めた途端、ミリアリアはあっという間にディアッカの腕に閉じ込められ、荒々しいキスに翻弄されていた。
髪にあしらわれていた花冠が、ぽろりと床に落ちる。
「ん…ん!んあ…」
必死にディアッカの胸を叩くミリアリア。
だがディアッカは痛いくらいにミリアリアを抱き締め、強引に舌を捩じ込む。
 
ーードレスだって着たままで、ディアッカだって礼服のままなのに!
 
「だ、め…!」
やっとのことで甘いキスを中断させたミリアリアは、きっ、とディアッカを見上げた。
 
 
「…酔ってるでしょ?ディアッカ!」
 
 
そして、会話は先程のものへと繋がるのであった。
 
 
 
 
飄々としているようで気を張っていたのだろう。
ミリアリアと二人きりになったことで気が抜けてしまったディアッカを叱りはしたものの、ミリアリアはつい苦笑してしまった。
 
「ねー、ベッド行こ?」
「この格好で寝るつもり?!まずは礼服脱がないとダメでしょ?」
「ベッドで脱げばいいじゃん」
「皺になるの!それにドレスだって着替えないと…」
「いいじゃん。レンタルじゃないんだし、クリーニング出せば。」
「そう言うことじゃ…きゃぁ!」
 
ふらり、とディアッカがよろめき、ミリアリアは必死で大きな体を支える。
 
 
ーーーそう言えば昔、この人エザリアさんに飲まされて潰れたって…!!
 
 
ふとそんな事を思い出したミリアリアは、イザークの心もとない返事の意味が分かった気がした。
イザーク!覚えてなさいよ!!
明言を避けたイザークを心中で罵倒しながら、ミリアリアはずるずるとなかば引きずるようにディアッカをベッドまで連れて行った。
 
 
「とりあえずほら、ここ座ってて?今お水持ってくるから。寝ちゃダメよ?」
「んー。寝ないって…。これからめちゃくちゃにミリィのこと抱くんだから、寝るわけないだろ?」
 
 
恥ずかしげも無く発せられた台詞に、言われたミリアリアの方が頬を赤く染める。
「酔っぱらいに抱かれる趣味は無いの!いいから起きててよね?」
そう言ってくるりと踵を返し、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
ついでにドアの前に落ちたままになっていた花冠も拾い上げ、ペットボトルの蓋を緩めながらベッドに取って返すと、いつの間にか礼服の前をはだけさせたディアッカが起き上がってこちらを見ており、ミリアリアの心臓がどきん、と音を立てた。
 
酔ってるくせに…なんでこんなにかっこいいのよ!反則よ!!
 
気怠げなディアッカの姿にときめいてしまっただなんて、悔しいから絶対に言いたくない。
ーーもちろんいつだってミリアリアはディアッカの全てにときめいているのだけれど!
 
 
「はい、お水。」
「ミリィが飲ませて」
ふわりと妖艶に微笑み、そんなお強請りをするディアッカ。
「じっ…自分で飲んだ方が飲みやすいでしょ?」
「やだ。じゃあ飲まない。」
「…こ、子供じゃないんだからね!それにペットボトルなんて飲ませづら…」
 
「口移しで、飲ませて」
 
ディアッカが発した言葉に、ミリアリアは危うくペットボトルを落としそうになった。
…経験が無い訳ではない。
でもその時、ミリアリアは“飲まされる側”で。
自分からそんな行為なんて、した事も無かった。
 
 
「ミリィ」
 
 
とびきり甘い、ディアッカの声。
甘く感じるのは、今日が“初夜”だから?
 
ミリアリアはベッドに近づくと花冠をそっと枕元に置く。
そして、水を口に含むとそっとディアッカに顔を近づけた。
 
 
 
***
 
 
 
「…あれって、台無し、って言っていいのかしらね。」
 
 
口移しで水を飲ませた後、ディアッカはそのままミリアリアをベッドに押し倒しーー何度も「愛してる」と耳元で囁いた。
きつく抱き締められ、少しだけ震える声で何度もそう囁くディアッカに、もしかして…泣いてる?とミリアリアは不安になったが、顔が見たくてもしっかりと回された腕を解くことすら出来なかった。
 
そしてその内、ディアッカの呼吸が寝息に変わり。
温かい体に抱き締められたままだったミリアリアも、いつしか睡魔に教われ。
結局二人は朝まで礼服にドレスのまま眠ってしまったのだった。
 
 
目が覚めた後、二日酔いによる頭痛とそれ以外の諸々の要因で頭を抱えるディアッカに、ミリアリアはまた苦笑するしか無かった。
そしてホテルから出る際に優待券の存在を知ったディアッカは、支配人がひるむくらいの情熱でクリスマスイブの予約を勝ち取ったのであった。
 
 
 
 
 
「あれ?なにこれ…」
 
 
窓辺から離れ、花とワインの用意されたテーブルに近づいたミリアリアは一枚のメモを見つけ、それを手に取りーー驚きに目を丸くした。
 
 
 
 
 
「奥様は2時間程前におみえです。既にお部屋にご案内してございます。」
「ああ、ありがとう。例のものは?」
「言いつけの通り、全て揃えてございます。メモもテーブルに。」
「ありがと。これ、少ないけど。」
「…恐縮でございます。では、わたくしはこれで。」
 
ホテルに到着したディアッカは、最上階のエレベーター前でボーイにチップを渡し、その姿が見えなくなるのを確認すると悠々と部屋に向かって歩き出した。
ミリアリアは、あのメモを見てどう思っただろうか。
 
 
「…バレないようにすんの、結構苦労したんだけどな…」
 
 
コンコン、とノックをする。
返事は、無い。
だが、ミリアリアは誰が来たか、分かっているはずだ。
 
くす、と笑いながらディアッカがドアを開けるとーーー。
 
 
 
そこには、あの披露宴の時に着たドレスを身に纏い、花冠を手にしたミリアリアが、真っ赤な顔で立っていた。
 
 
 
「…ひとりで着るの、大変だったんだからね」
「だから、花冠つけてないの?」
「時間がなかったんだもの…」
 
 
そう言ってミリアリアは、披露宴のとき以来目にしていなかったディアッカの礼服姿をそっと見上げる。
 
「あの時も、目が覚めたらこのカッコのミリアリアが隣でぐっすり寝てて、すげぇ幸せだったんだけどさ。
でも、俺たち、“初夜”はまだだよな?」
「……リベンジ、ってこと?」
「そ。だって俺、言ったろ?これからミリィのことめちゃくちゃに抱くんだから、って。」
 
ミリアリアの碧い瞳が驚きに見開かれる。
 
「だ…!な、だってディアッカ、部屋に着いてからのことほとんど覚えてない、って…」
「ほとんど、であって、全部忘れた訳じゃねぇよ?」
「そんなの…ずる…ん、ぅ…!」
 
 
あの夜と同じように、痛いくらいにきつく抱き締められ、唇を奪われ。
ミリアリアの言葉は途中で飲み込まれてしまう。
唇が離れた瞬間、逞しい腕に抱き上げられベッドへと運ばれる。
 
「花冠、貸して?」
 
ふわりと優しくベッドに降ろされ、ミリアリアは俯いたままディアッカに花冠を差し出した。
「これもついてなきゃ、あの時と同じになんないだろ?…ミリィ、やっぱコレ最高に似合ってる。かわいい。」
器用に花冠をミリアリアの頭に載せたディアッカはそう言ってにっこりと微笑み、もう一度その細い体を抱き締める。
 
 
「ねぇ、どうしても、このまま…?」
「今更色気の無い質問すんなよ。わかってんだろ?」
 
 
ミリアリアはおずおずと礼服姿のディアッカを見上げる。
「悔しいけど…サプライズ、ありがと。…びっくりしたけど、嬉しい。」
不意をつく言葉にディアッカは少しだけ目を見開きーーそして、幸せそうに笑った。
 
 
「愛してる、ミリアリア。これからもずっと、傍にいて?」
「…うん。私も、愛してるわ、ディアッカ…ずっと、一緒、よ。」
 
 
二人は向かいあって座り、どちらからともなく唇を重ねる。
ディアッカの指に項や首筋を柔らかく撫でられ、ミリアリアの体が微かに震えた。
 
 
 
「…今夜は眠らない覚悟でいろよ?」
「…ばか」
 
 
 
おでこをくっつけたまま、二人は目を見交わし、幸せそうに笑い合う。
そして、そのままゆっくりと、重なり合うようにベッドへと倒れ込んだのだった。
 
 
 
 
 
 
 

ribonline1

2014年クリスマス小噺です!
間に合って良かったあぁぁぁぁ(感涙)
超絶ロマンチックなディアッカさんですが、クリスマスだしいいです…よね?;;
タイトルがクリスマスっぽくないのはご容赦下さい(笑)
拍手小噺の“結婚式シリーズ”の完結編、とも言える作品です。
この後の二人が気になる方…後日補完ページの方にupさせて頂きます!お楽しみにvvv

皆様はどんなクリスマスをおすごしでしたでしょうか?
どうか素敵なクリスマスとなりますように!

 

 

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2014,12,24up