君に言えなかったこと

 

 

 

 
フラワーシャワーを浴びながら幸せそうに微笑む恋人たちーーいや、夫婦達の姿を、少し離れた所からタッド・エルスマンはそっと見つめていた。
物心つく前に母親を亡くし、半分シッターに任せきりで育てて来た息子は、現在ザフト軍に籍を置く将校。
そしてその息子が自分の妻に選んだのは、つい昨年まで戦争をしていた、地球出身のナチュラルの女性ーーー。
 
 
タッドの両親はナチュラルだ。
なので、先の大戦の折パトリック・ザラが提唱した反ナチュラル思想について、タッドは全てを受け入れた訳ではなかった。
だが、遺伝子学の権威として、自らの研究そのものを否定するような一部のナチュラルの存在を見過ごす訳にも行かなかった。
そんなタッドが初めてナチュラルを憎んだきっかけが、先の大戦の折、息子であるディアッカが地球での戦闘中MIAになった事だった。
愛する女性の忘れ形見であり、大切な息子。
研究に没頭してしまうあまり息子に関心が薄いと思われがちだったが、タッドは彼なりにディアッカに対して深い愛情を持っていたのだ。
 
 
 
ディアッカの隣ではにかみながら微笑む女性は、彼の母であるティナにそっくりな茶色い癖毛。
髪を伸ばせばティナと同じような緩やかなウェーブになるのではないだろうか。
ディアッカに何か耳打ちされて彼女が投げたブーケは、無骨な男性の手にすとんと着地し。
ディアッカが大笑いし、ミリアリアがたまらず吹き出し…やがて招待客達の間にも笑い声が広がる。
 
「やりやがったな!この、くそ坊主がーーー!!!」
 
その言葉に、ブーケを投げた張本人ーーミリアリアは声を上げて笑い、男性に手を振った。
「あーもうマジヤバいって!!ミリィ、ナイス!」
笑い過ぎて目に涙を浮かべる息子を、タッドはくすりと微笑みながら眺める。
そして、タッドは懐から小さなカードケースを取り出した。
 
 
そこには、ディアッカの母でありーーータッドの最愛の女性である、ティナ・エルスマンの写真。
少し垂れた目と優しい笑顔が、目の前で笑い転げるディアッカにそっくりで。
自分は、息子のあんな顔を見たことがあっただろうか、と少しだけ寂しい気持ちになりながら、タッドは小さな声で写真の中の女性に話しかける。
 
 
「私達の息子は…素敵な女性と巡り会えたよ、ティナ。」
種族の壁を越え、幾多の障害を乗り越えて。
二人は夫婦となり、今日この教会で生涯を共にする事を誓い合った。
ここに至るまで、二人の間にはきっとたくさんの事件があったのだろう。
一度は別離の道を選び、二度目の大戦では便宜上“敵”として戦場に赴いた二人。
それでも二人は再会し、再び心を通わせあって今こうして笑っている。
 
 
「私にも…あいつ程の強い想いがあれば、君を手放さずに済んだのかもしれないな。」
 
 
本当は、傍にいてほしかった。
ディアッカに施した遺伝子調整の結果に打ちひしがれるティナを、守りたかった。
だがタッドは、結局、逃げたのだ。
情緒不安定になったティナの言うがまま離婚の道を選び、彼女をコペルニクスに行かせた。
ディアッカを置いて行く、という彼女の言葉に、反対も賛成もしなかった。
ディアッカが、ティナとタッドを繋ぐ唯一の絆だった。
 
ーーー本当は、離れたくなどなかったのに。
 
最後にティナに会った時の会話を、タッドは今でも覚えている。
 
 
『プラントに戻る気はないのか?ディアッカももう2歳だ。母親の存在が大切に…』
『そうやってあなたはまた私を追いつめるのね。』
『違う!僕は、また君とディアッカと暮らしたいんだ!』
『どうして?私みたいな不安定で、子供を置いて逃げたような女が今更必要な理由が分からないわ。』
 
 
研究者としての誇りと、母親としての想いに苦しむティナ。
タッドが手渡したディアッカの写真を大切そうに胸に抱える彼女に、なんと言葉をかけていいか。
その時タッドには分からなかった。
ただ、次に会う時までに、その事について考えておいてほしい。
それだけ言い残して、コペルニクスを後にした。
 
 
そしてその二日後ーーーティナはテロに巻き込まれ、帰らぬ人となった。
偶然居合わせたエザリア・ジュールに、本当の想いを言い残して。
 
 
「今なら言えるよ。あの頃、君に一番言わなければいけなかった事を。」
幸せいっぱいの笑顔で微笑みあう、自分と愛しい女性の大切な息子とその息子の選んだ女性。
タッドは、二人を真っすぐに見つめながら、ずっと心に閉じ込めて来た想いを初めて口にした。
 
 
「君を支えてやれなくて…苦しみを分かち合う事が出来なくて、すまなかった。
君の残してくれた息子は、あんなにも立派になって、いい友人達に囲まれているよ。
たくさん反抗もされたし、口もきかない時期もあった。だが、あいつは…いい男になっただろう?
自慢の、息子だよ。」
 
 
タッドはティナの写真を、愛おしげにそっと指で撫でた。
 
 
 
「…ありがとう、ティナ。私は、君の事を本当に愛している。今までも、これからも。」
 
 
 
タッドの瞳から、一粒の涙がつ、と頬を伝う。
あの時、この想いを伝えていたら、私の隣に君は立っていてくれたんだろうかーーー。
 
 
歓声が上がり、ディアッカがミリアリアを抱き上げる姿がタッドの目に飛び込んでくる。
沢山のカメラのシャッター音。
きっとこの光景は、明日になればプラントじゅうの紙面を飾る事になるだろう。
そして、地球でも。
 
 
コーディネイターとナチュラルの、架け橋。
婚約発表の時にラクスが口にした言葉をタッドは思い出す。
そして、タッドはティナの写真をディアッカ達の方に向け、優しく微笑んだ。
 
 
「ほら、私達の自慢の息子だ。…ミリアリアは賢くて優しい女性だ。きっと幸せになるだろう。」
 
 
写真の中のティナは、タッドと同じように、そしてディアッカによく似た笑顔で優しく微笑んでいた。
 
 
 
 
 
 
 

007

結婚式シリーズ、今回はタッドパパ目線です。
ティナを手放すにあたって、きっとたくさんの葛藤があったと思うんです。
恋愛結婚ですし、ティナの苦しみを一番近くで見て、そして職業柄一番
理解出来る立場にあったタッド。
困難を乗り越え幸せを掴んだ二人を、そっと離れた所から祝福し、そして
今は亡きティナを思って涙する情景を思い浮かべてこのお話を書きました。
ちなみにこちらは、お題配布サイト様にあったお題を元に作成しています。
読んでいるうちに、タッドパパ!!とぴんと来てしまいました(笑)

 
お題配布元「確かに恋だった」

 

 

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2014,11,17 拍手up

2014,12,22up