花の冠

 

 

 

 
ディアッカが格納庫横の非常階段を覗くと、やはり彼女はそこにいた。
 
 
ーーー今日は、ココを選んだってわけか。
 
 
ジャンパーのポケットに手を突っ込み、ディアッカはゆっくりと歩みを進めた。
 
 
 
 
立てた膝に腕を乗せて顔を埋め、肩を震わせながら泣いているのは、ミリアリア・ハウと言うナチュラルの少女。
痩せっぽちで顔色が悪くて、柔らかな茶色い髪は満足に食事も摂らないせいか、少しぱさついている。
恋人を亡くしてから3ヶ月が経つと言うが、その悲しみは簡単に癒えるものではないのだろう。
特に、少女らは望んで軍属になった訳ではなかったのだから、そんな覚悟もする暇すらなかった筈。
 
 

「…っく、トール…ひっく、う…」
 
 

恋人だった男の名を呼びしゃくり上げるミリアリアの隣にしゃがみ込むと、やっとディアッカの存在に気がついたのか、びくり、と肩が揺れた。
それでも、顔を上げる事はしない。
そっとぱさついた髪に手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でる。
「…っく、やめ、て」
ミリアリアは弱々しく拒否の言葉を漏らすが、ディアッカはそれを無視して優しく頭を撫で続けた。
「なんで…ひっく、いつも、来るのよ…」
「…さぁ?」
 
 
 
どうしてかなんて、自分にも分からないのだ。
仮にも、自分にナイフを向けた相手。
一歩間違えばディアッカはこの少女に殺されていた。
それなのにーーーこんなにも、気になる。
気がつけばいつも、その姿を探してしまっている。
 
 
また、一人で泣いているのではないか。
絶望に打ちのめされているのではないか。
 
 
そう考えただけでディアッカは、いてもたってもいられなくなる。
 
 
 
「休憩…でしょ?ひ、くっ…さっさと、食堂でもどこでも、行けば?」
「ああ、今日はここで休憩してんの。俺。」
「ばか、じゃないの?っく、パイロット、なんだから…。ご飯…」
「お前はいいのかよ?ろくに食ってないくせにさ」
「…どうだって、いいでしょう?!」
 
 

のらりくらりとしたディアッカの言葉に、がば、とミリアリアが顔を上げた。
ディアッカを睨みつける碧い瞳から、新しい涙がぽろぽろと零れる。
 
 
「あんたなんかに、関係ない!ひとりにしてよ!なんで…なんでいつも…!」
 
 
不意に、視界がぐらりとなり。
ミリアリアはディアッカの手にに横から頭を抱えられ、その逞しい肩に引き寄せられていた。
「…え…」
目の前にあるのは、いつの間にかジャンパーを脱いでいたディアッカの、白いTシャツ。
 
 
 
「俺の前なら何を言ってもいいし、いくらでも泣いていいからさ。…ひとりで、泣くな。」
 
 
 
人肌の温かさに、強張っていた体から少しずつ力が抜ける。
ばさり、と頭からジャンパーを被せられ、ミリアリアは悔しさと抑えきれない安堵感にただぽろぽろと涙を零し、力なく拳でディアッカの胸を何度も叩いた。
 
 
「なに、よ…!あんたなんかに…っ、ふ、うっ…」
 
 

ディアッカはまたミリアリアの髪に手を伸ばし、ゆっくりと何度も撫でる。
そうして、1時間近くも経った頃。
泣き疲れたミリアリアは、ディアッカにもたれかかり眠ってしまっていた。
 
 
 
***
 
 
 
「ディアッカ、それ貸してくれる?」
 
 
椅子に座ってぼんやりと思考を飛ばしていたディアッカは、ミリアリアの声にふと顔をあげた。
 
「やっぱり…私には可愛すぎる気がするんだけどなぁ、これ。」
 
ディアッカは自分が手にしたものに目をやりーーー笑って、首を振った。
 
 
「大丈夫。俺が選んだんだぜ?絶対似合うって。」
 
 

そうしてミリアリアに差し出したのは、ブリザーブドフラワーで作られた花の冠。
ミリアリアが披露宴で纏うドレスのイメージに合わせてディアッカが花をセレクトした、オーダーメイドの品だ。
かわいらしいピンクのガーベラを基調としており、ミリアリアの可憐なイメージにもぴったり合っているのだが、本人はどうも気後れしているようだ。
 
 
ああ、このせいか。
ディアッカはピンクのガーベラに指を滑らせる。
その色は、かつて二人が出会った艦でミリアリアが纏っていた軍服の色と同じ色。
そのせいで、あんな昔の事を思い出してしまったのだろう。
 
 

ミリアリアへの想いをうまく自分でも理解出来なくて、それでも放ってなどおけなくて毎日のように隠れて泣く彼女を捜し出し、隣に座っていたあの頃。
失った恋人を想ってただ泣きじゃくるミリアリアの頭を撫でる事しか出来なかった自分。
 
 
「ねぇ、ディアッカ?」
 
 
ディアッカは立ち上がり、ミリアリアの前まで行くとその姿をじっと見つめる。
ミリアリアが不思議そうに首を傾げ、ふわりと笑顔になった。

 
「…なぁに?」
 

あの頃は名前すら呼んでくれる事も無く、沈んだ顔か不機嫌な顔ばかりで笑ってくれる事などあり得なくて。
あんなに遠い存在だったミリアリアが、今は自分の妻となり、こんなにも優しい笑顔を自分に向けてくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて、幸せで。
 
「…なんでもねぇよ。」
 
ディアッカは笑って首を振り、そっとミリアリアを抱き締める。
そのままそっと唇を重ねた瞬間、急激に腕の中の存在への愛しさが沸き上り、ディアッカは薄く開いた唇から舌を差し込みさらに深く、甘いキスを送る。
 
 

「…ん…もう!せっかくメイク直したのに!」
 
 

突然の深いキスに碧い瞳を潤ませたミリアリアが、弱々しくディアッカを睨みつける。
「そのままでも充分可愛いから、大丈夫。ほら、これ。つけてやるよ。」
「ディアッカは、ちゃんと口紅落として行きなさいよね!絶対フラガさんあたりに何か言われるわよ?」
恥ずかしがってつっけんどんな口調になるミリアリアにもう一度触れるだけのキスを落とし、ディアッカは花の冠をそっとミリアリアの頭に乗せる。
 
 
 
「…やっぱ、思った通り。最高にかわいい。」
 
 
 
その言葉にぱぁっと顔を赤くするミリアリアをもう一度抱き締め、ディアッカは溢れんばかりの幸せを噛み締めた。
 
 
 
 
 
 
 
007

AA時代、と見せかけての結婚式シリーズ、いかがでしたでしょうか?(笑)
教会シーンばかりではあれなので、今回は披露宴前のDMの様子を書いてみました。
披露宴でミリアリアの着たドレスについては「手を繋いで」の最終話で少しだけ触れています。
詳細はまたいつか短編か小噺で書きたいと思っていますが、ドレスの柄がその年の流行にまで
なるくらい可愛くて似合っていた、とだけお伝えしておきますvvv
やっぱり幸せな二人を書くのは、本当に楽しいです!!

 

 

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2014,10,12拍手小噺up

2014,11,17up