Distance

 

 

 

 

『ディアッカ!無事か!?』
かろうじて生きていた通信モニタにイザークの顔が映し出され、ディアッカは苦笑いとともに片手を上げた。
「ああ、動力系統をやられた。…つーことで、動けねぇけどな。」
 
 

軍事裁判を終え、一度除隊してから再びザフトに復帰したディアッカだったが、無罪放免になったとは言え何もかもそのまま、とは行かなかった。
一度除隊して再入隊し、軍服の色は緑に変わり、大破したまま破棄されたバスターの代わりに駆るのは量産型のガナーザクウォーリア。
MSは別として、これらはすべてディアッカが自ら望んでそうした事だった。
プラントの敵となったつもりはこれっぽっちも無かったが、ザフトに武器を向けた事に対する自分なりの、けじめ。
だが、公にはなっていないものの噂だけが先行し、AAに乗艦していたディアッカに対する一部の兵士達からの風当たりは強かった。
 
 
 
こうして、事故を装って演習中に後ろから攻撃される程度には。
 
 
 

『とりあえず信号だけは出し続けてろ。今そっちに向かう!』
苛立つイザークに、ディアッカは苦笑した。
「ああ。悪いな。」
『…避けられただろう?お前なら。なぜそうしなかった?!』
同じく裁判にかけられたものの、やはり無罪となった上に功績を認められて白服への昇格となったイザークは、とても正義感が強い。
諸々の事情も全て受け入れた上で自分の副官にディアッカを任命したのだが、それすらも彼を敵視する兵士達に取ってはやっかみの対象でしかない事、そしてディアッカがなぜか黙ってその敵意や嫌がらせを甘受している事がイザークには歯がゆかったのだろう。
 
 
「この程度で気がすむなら、まぁいいか、って思ってさ。あと…ちょっとよそ見してたってのもあるかな。」
 
 
落ち着いた声に、イザークが訝しげな表情になる。
『よそ見…?何か気になるものでもあったのか?』
ディアッカは、ふわり、と笑った。
それは今まで目にした事の無いような、優しい笑顔で。
思わずイザークは息を飲んだ。
 
 
 
「ーー地球、つい見ちまってた。」
 
 
 
イザークは溜息をつき、ディアッカの機体がある方角に向けブレイズザクファントムを駆った。
 
 
 
 
 
 
「…あのナチュラルの女の事を考えてたのか」
 
 
万が一に備えて電力消費を避ける為に通信をサウンドオンリーに切り替え、イザークは的確な動作でMSを操りながらぽつりと問いかけた。
『あの、とはなんだよ。あいつの名前はミリアリア!ミリアリア・ハウっつーの。』
いい加減覚えろよなー、とぼやくディアッカの声。
イザークは眉を顰めた。
 
 
「お前…俺に隠し事が出来るなどと思っているのか?」
『は?』
「どこか、負傷しているだろう。とっとと吐け!」
『お前さ…尋問じゃねぇんだからその口調は…』
「うるさい!いいから言え!どこを負傷した!」
 
 
はぁ、と溜息らしきものが聞こえて数秒。
『さっきの衝撃で、ちょっと額を切っただけ。…俺、頭ばっか怪我するんだよなぁ』
「傷は深いのか?出血は?!」
『ほとんどねぇよ。ただ、衝撃でヘルメットが飛んで、ちょっと頭打ったから脳震盪起こしてんの。それだけだよ。』
イザークの顔色が変わった。
「なるべく急ぐ。何とか意識だけは保ってろよ?俺が着く前にデブリに衝突など笑えないからな。」
『そりゃ…確かに笑い話にもなんねぇな。つーか俺、あいつに会いに行かなきゃなんねーし。』
 
 
 
ディアッカが地球へ行きたがっている事は、イザークもよく知っていた。
だが、裁判が終わってまだ間もない現状では、それは簡単な事ではない。
地球にいる恋人ーーナチュラルの女ーーと、停戦時に交わした約束がある、とイザークは聞いていたが、それも一時の感情ではないのか、と内心イザークは思っていたのだ。
一度だけ目にしたディアッカの恋人であるミリアリアとか言う女は、それまでの彼が好んでいた女性とは180度違っていた。
痩せ過ぎ、と言っていいほど細くて、凹凸の乏しい体。茶色い外跳ねの髪。
大きくて美しい碧い瞳は印象的だったが、それ以外はコーディネイターの女性とは比べるべくも無い容姿。
まぁ、それにしても“愛らしい”と表現するには遜色の無いレベルだったが。
 
 
華やかな女性遍歴を持つディアッカがそれほどに執着するナチュラルの女。
イザークはいつしか、ずっと心に隠していた疑問を口にしていた。
 
 

「その…ミリアリア、とか言う女のどこがお前をそんなに惹き付けるんだ?いつものお前なら、適当に遊んで捨てるのがせいぜいだろう?
それとも…そんなに、善かった、のか?」
 
 

イザークの率直すぎる物言いに、ふふ、とディアッカが小さく笑った。
 
 
『残念ながら、俺はあいつに手なんか出してねぇよ。したのはキスだけ。』
「…お前がか?…信じられんな」
『言ってろよ。…あいつさ、よく泣くんだよ。そりゃもう、目が溶けちまうんじゃないかってくらい。』
「…は?」
『でもさ、人前じゃ泣かねーの。心配かけたくないからとか言って。泣くのは一人きりの時と…俺の前、くらいだったな。』
「おい…あの女は軍人だったんだろ?」
イザークはついディアッカの言葉を遮った。
仮にも自分たちが落とせなかった不沈艦であるAAに乗っていた軍人が、そんなにしょっちゅう、泣く?
地球軍の規律や軍人教育はどうなっているんだ?
沢山の疑問符を頭に浮かべたイザークだったが、次に続いたディアッカの言葉に思考を中断された。
 
 
 
『あいつは、戦争で恋人を亡くした。…元々ミリアリアやその恋人達はヘリオポリスにいたただの学生だったんだ。
俺たちがGを奪取した時に、成り行きでAAに乗艦してそのまま軍人になった。
だからあいつは軍人としての教育なんてひとつも受けてないし、銃だって撃った事もねぇよ。』
「ヘリオポリス…?」
イザークの脳裏に、ミゲルとラスティの笑顔がよぎる。
『ああ。…俺が捕虜になったのと同じ時期に、あいつの恋人はイージスに…アスランに討たれた。』
「な…!しかしアスランはあの艦に…!」
同じ艦の中に、自分の恋人を殺した敵がいた、だと?
イザークは言葉を失った。
 
 
『ああ。本人もその事は知ってた。』
「ならばなぜ…?!」
『あいつ、言ったんだ。アスランを殺したら恋人が帰ってくるのか?って。』
 
 
 
イザークは虚をつかれた。
 
 
 
『あいつは銃ひとつ撃てない、弱っちぃナチュラルで。死んじまった恋人を想って一人でしゅっちゅう泣いて。
俺は隣で頭を撫でてやるくらいしか、出来ることなんて無かった、けどさ。』
途切れ途切れになるディアッカの声に、イザークは慌てて声をかける。
「…おい、ディアッカ!」
『だい、じょぶ。ちょっと目眩がしてるだけだ。…でさ。』
「…ああ。」
話をさせておいた方がいい。
そう思い、イザークはディアッカの元へ急ぐべく更にスラスターを噴射させた。
 
 

『ナチュラルもコーディネイターも関係ない、って。俺は俺だから、って。…好きだ、って、言ってくれた。
救いのない復讐の連鎖を止める心の強さ、と…。赦す優しさ、ってのを、俺は教わったんだ…。あいつから…』
 
 

その言葉にイザークはぎり、と唇を噛み締める。
不意に視界が開け、ディアッカの乗るMSが発する救難信号の光が小さく目に飛び込んで来た。
 
 
 

***
 
 
 

「え……。イザーク、これ」
 
1週間後。
無事イザークに保護され母艦へと戻ったディアッカは、3日ほど療養した後、隊に復帰した。
余談であるが、自分の療養中にディアッカを後ろから撃った隊員がイザークによって病院送りにされた事を、のちに彼はシホから聞かされる事になる。
 
 
「見て分からんか。コペルニクスでの任務だ。」
「いや、そりゃ分かってるけど、その下…」
 
 
イザークは銀髪をさらりと靡かせ、薄く微笑んだ。
 
 
 
「お前に与えられた任務は、コペルニクスからカーペンタリア基地間の資材の輸送。
終了後、お前には5日間の休暇を許可する。コペルニクスまでは同じ資材用のシャトルで戻るように。」
 
 
 
ディアッカは信じられないと言った面持ちで、手渡された書類とイザークを見る。
 
 
「…あまり目立つ行動は控えろよ。地球までは俺もすぐに行くことなど出来ない。」
「ーーーサンキュー、イザーク!2番目に愛してるのはお前だぜ?」
「やめろ!気色が悪い!」
 
 
その言葉に、紅茶を用意していた副隊長のシホ・ハーネンフースがぎょっとした表情で振り返った。

 
 
 
 
 
 
 

007

プラントに戻ったばかりの頃のディアッカのお話。
お題小説「指に触れる愛」のプロローグ的なものになります。
そして、「手を繋いで」のとあるシーンに繋がるお話でもあります(台詞も一緒だしv)。

 

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2014,10,12拍手小噺up

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