4, 来られる側にも準備があります

 

 

 

 
ハロウィン、という行事についてシホが知ったのは、いくつの時だったろう?
 
カボチャを裏ごししながら、ぼんやりとシホはそんなことを考えていた。
キッチンには、今まさにタルト台が焼き上がろうとしており、良い香りが充満している。
 
 
小さな頃から厳格な両親の教えの元、声楽家になるべく勉強を重ねて来たシホには、ハロウィンパーティーの記憶などもちろん無い。
そんな両親の元を強引に離れた頃には、もう仮装やパーティなどに興じる年齢でもなくて。
ハロウィンの知識だけはありながら、自分には関係のないものとどこかでシホは思っていた。
 
 
それが変わったのは、シホに大切な人が出来てから。
正しくは、大切に想う人と、心から笑いあえる友人が出来てから、の事だ。
 
 
『カボチャのタルト、作ったら?イザーク、甘いもの好きじゃない。きっと喜ぶと思うな。』
 
そう言って、これなら割と簡単だから、とレシピと必要な型や器具を貸してくれたのは、同僚であるディアッカ・エルスマンの妻である、ミリアリア・エルスマン。
コーディネイターだらけのプラントに住み、コーディネイターと結婚したナチュラルの女性である。
ディアッカがミリアリアを婚約者としてプラントに連れて来てから、いつしか仲良くなった二人はたまに料理を一緒に作ったり(もっぱらシホがミリアリアに教わってばかりだったが)、女同士のお喋りに興じたりしていた。
 
 
「このくらいで…いいかしらね」
オーブンから軽やかな音が鳴り、タルト台の焼き上がりを知らせる。
シホは火傷をしないように気をつけながら、そっとオーブンの蓋を開けた。
 
 
 
 
 
「……どうしよう……」
数時間後。
シホは出来上がったカボチャのタルトを前に、途方に暮れていた。
ミリアリアから貰ったレシピはハロウィン仕様になっており、タルトの表面にココアパウダーで蜘蛛の巣を描くことになっていた。
そしてシホは、レシピの通りにその作業をこなし、きっちり温度も確認してオーブンで焼き上げたのだが…。
 
「なんで、こんなにべちゃべちゃなのよ…」
 
生地自体は、多分問題なく出来ている。
ただ、蜘蛛の巣の模様が焼いているうちに混ざりあってしまい、ただ薄汚れた感じに仕上がってしまったのだ。
シホはおろおろと時計に目をやる。
恋人であるイザークがここへ来るまで、あと1時間以上はあるはずだ。
シホはリビングに置きっぱなしだった携帯電話を引っ掴むと、ミリアリアの番号を表示させ通話ボタンを押した。
 
 
『模様が?』
「はい…細かく書きすぎたのか、混ざってぐちゃぐちゃになってしまって。」
泣きそうな声でそう告げるシホに、電話の向こうでミリアリアが微笑む気配がした。
『イザーク、そのくらい気にしないと思うけど…そうね、生クリームとかでちょっと飾ってみたら?』
「生クリーム、ですか?」
『うん。近くに売ってるお店、あるわよね?』
「はい!」
シホは目を輝かせた。
『熱いうちに生クリーム乗せると、クリームが溶けちゃうから気をつけてね?
あと、あんまり盛りすぎても…』
「ミリアリアさん、ありがとうございます!クリーム買ってきます!!では!!」
「え、ちょ、シホさ…」
 
シホは携帯を放り出すと、財布を手にバタバタと部屋を出て行った。
 
 
 
 
 
「…なんで…?」
それからおよそ30分後。
恐ろしい速さで生クリームを買って来たシホは、電動ミキサーで手早くクリームを泡立てると早速タルトの装飾に取りかかった。
が、キッチンの作業台に置きっぱなしにしておいたのがいけなかったのか、タルトはまだほんのりと温かくて。
シホが必死でクリームを乗せて行くその隣で、綺麗に絞ったはずのクリームは中途半端に崩れて行った。
「さっきの方が、まだマシだったかも…」
 
 
シホが呆然とそう呟いたとき。
玄関のチャイムが、涼やかな音を立て鳴り響いた。
 
 
 
 
 
「たたた、隊長っ!?」
シホらしからぬ乱暴なドアの開け方とその出で立ちに、イザークは驚いた表情を浮かべた。
「あ、ああ…。おい、一体何があった?」
「隊長こそ、予定より早くないですか?会議は?」
そう、イザークは確かこの時間、まだ軍本部で会議だった、はず、なのに。
 
「ディアッカも早く帰りたがっていたのでな。再重要項目だけ終わらせて来た。
なんだ、早く来たらいけなかったか?」
 
シホの言い方に引っかかる所があったのだろう。
イザークの口調に少しだけ苛立ちが混じるのが分かり、シホは俯き唇を噛み締めた。
ただでさえスイーツに詳しいイザークに、納得の行かないパンプキンパイを見られたくない。
そして、頑張ってもなかなかうまく行かないタルト作りに苛立っていたシホはつい、きつい口調でイザークの言葉に応じていた。
 
「こっ…来られる側にも準備があります!」
「は?どんな事情だ?俺に言えない事か?」
 
途端に目を吊り上げ詰問口調になるイザーク。
「と、とにかくちょっと待って下さい!」
「なんだ、誰か中にいるのか?」
何を勘違いしたのか、ずい、と部屋に入ろうとするイザークを、シホは思わず押し返していた。
 
 
「やめて!入らないで!!」
 
 
その言葉に、イザークのアイスブルーの瞳が見開かれる。
 
「シホ…」
「誰も中になんていません!なんで…そんな風に取るんですか?!」
「じゃあ何で入ったらダメなんだ?元々俺はここに来る予定だったろうが!」
「だから!待ってって言ってるじゃないですか!」
 
売り言葉に買い言葉。
まさにそれを地でいく形で、二人の言い合いはヒートアップして行く。
 
 
「…分かった。もう、いい。俺は帰るぞ!」
「っ…!好きにして下さい!」
 
 
くるりとシホに背を向けて、早足で遠ざかって行くイザーク。
勢いのまま帰ってしまうその後ろ姿をシホは涙目で見やり、悔し紛れにバタン!とドアを閉め鍵をかけた。
 
 
 
シホはとぼとぼとキッチンに戻り、出来損ないのタルトを眺める。
二人が言い争っている間に、さらにクリームは溶けて悲惨な事になっていた。
 
イザークと想いが通じ合って、初めてのハロウィン。
厳格なシホの家庭では祝う事の無かったイベント。
だからすごく楽しみにしていて、張り切ってこんなものまで作ったのに。
 
シホの瞳から、ぽろぽろと涙が零れた。
 
と、携帯が微かな音を立てる。
涙を拭いながら画面を覗き込むと、それはミリアリアからの着信だった。
 
 
 
『そっか…でも、仕方ないわよ。私もしっかり冷蔵庫に入れてねって説明しなかったし。
ごめんね、シホさん。』
 
シホから事の顛末を聞かされたミリアリアは、そう言ってシホを慰めてくれた。
「いえ…私が焦って最後まで話を聞かなかったのがいけないんです。ミリアリアさんは悪くありません。」
まだすすり上げながらもそう答えるシホに、ミリアリアは少し間を置いて言葉を続けた。
 
『あのねシホさん。イザークはきっと、見た目の綺麗なケーキより、シホさんのタルトの方が何倍も喜ぶんじゃないかと思うの。』
シホの泣きはらした目が見開かれる。
「…え」
 
 
『見た目じゃなくて、一生懸命作ったその事実が大事なのよ?
私だってたまに失敗して、黒焦げにしちゃうこともあるわ。
でも、それで落ち込んでた私にディアッカがそう言ってくれたの。』
 
 
「ミリアリアさんも…失敗、するんですか?」
『そりゃするわよ!火加減を間違えたり、調味料の配分がおかしくてやたら味が濃かったり。
ちょっと寝不足だと、真っ黒なトーストが朝ご飯なんて事もあるわ。』
今度ディアッカに聞いてみて?と笑うミリアリアに、シホはすぅっと心が軽くなるのを感じた。
 
 
「ミリアリアさん…ありがとう、ございます。」
『ううん。私は何もしてないもの。ちょっとでもシホさんが元気になってくれれば、私も嬉しいし。
…イザークの所、行くんでしょ?』
「ーーーはい!」
 
どれだけ見た目が悪くても、これはイザークと二人で食べたくて、ハロウィンを祝いたくて作ったもの。
だからーーーちゃんと、渡そう。
シホは、力強く頷いた。
 
 
 
四苦八苦しながら溶けたクリームを出来る限り取り除き、もう一度クリームで飾り付けをする。
今度こそすっかり冷えていたタルトは、おかしなマーブル模様のようになってしまったがそれでもシホは構わなかった。
急いでケーキを箱に収めると、コートを羽織り部屋を出る。
外はすっかり暗くなり、秋から冬に気候が調整されているせいもあって肌寒い。
シホは早足で、イザークの自宅へと向かった。
 
 
 
***
 
 
 
からん、とグラスの中で氷が動き、涼しげな音を立てる。
軍服からラフな服装に着替えていたイザークは、ソファで以前から読みたかった本を広げ、酒を飲んでいた。
本の内容がちっとも頭に入って来ないのは、酒のせいか苛立ちのせいか。
イザークは溜息をつくと、グラスに残った酒を煽った。
 
その時、来客を告げるチャイムの音が部屋に響き、イザークは気怠げに顔をあげた。
 
時計を見れば、もう21時になろうとしている。
こんな時間に、客?
酒のせいで空耳でも聞こえたのだろうと思うイザークだったが、再び鳴り渡るチャイムの音に訝しげな表情のまま腰をあげた。
 
仕方なく玄関までゆっくりと歩いて行く。
ぱちん、と灯りをつけると、小さな影がドアのガラス部分から透けて見えた。
 
 
ーーーまさか?
 
 
イザークは素早い動作でロックを解除し、ドアを開ける。
そこには、薄手のコートを羽織って、何やら箱のようなものを手にしたシホが立っていた。
 
 
 
「と…とりっく、おあ、とりーと」
 
 
 
驚きのあまり、無言で立ちつくすイザークにたどたどしくそう言って、シホは俯いたままケーキの箱を差し出す。
 
泣きはらした目、着の身着のままの格好。
どうやら差し出されているのは、ケーキを入れる箱のようだ。
よく見れば、少し乱れた長い髪には粉が付いており、箱を持つ手も所々同じように白くなっている。
勘のいいイザークは、それだけで先程シホが取った行動の意味を全て察し、ぎゅ、と胸が締め付けられた。
 
 
「……馬鹿者が」
 
 
ケーキの箱をあっという間に奪い去り、イザークはシホを引き寄せ抱き締める。
寒い中、ここまで歩いて来たのだろう。
髪も体もすっかり冷えていて、イザークは箱を慎重に玄関の棚に置くと、暖めるかのように今度は両腕でしっかりとシホを抱き締めた。
 
 
「その台詞は、菓子を強請る側が言うものだ。…この場合は、俺だがな。」
「…あ…。」
 
 
ハロウィンを祝うのは初めてで、あまりよく分からないんですと笑っていたシホ。
間違いに気付いて真っ赤になる姿がたまらなく愛しくて、イザークはシホの耳元で囁く。
 
 
「Trick or Treat」
 
 
びく、と一瞬体を震わせたシホが、縋るようにぎゅ、としがみついて来て、イザークは甘い香りのする冷たい髪に唇を落とした。
 
 
 
 
 
 
 
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うわぁぁぁ甘っ!!
イザシホ激甘ですほんとすみません;;
イザーク最後カッコよすぎぃぃ!!(お酒の力もあるのでしょうか・笑)
シホも、ミリアリアの言葉に勇気をもらって頑張った(ほろり)!!
はじめてだから嬉しくて、つい力みすぎちゃったんですよね、きっと。
でも最後はハッピーエンドで良かった(●´艸`)
イザシホの話はどれも気に入ってるんですが、このお話のイザーク、私的にドツボかもしれませんvvv

 

 

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2014,10,31up

配布元 お題配布サイト「TOY」