愛妻料理

 

 

 

 
今日の任務を終えたシンが宿舎に続く通路の角を曲がると、その赤い瞳にとんでもない光景が飛び込んで来た。
 
「…エルスマン隊長?」
通路の壁に凭れたディアッカが話しているのは、カーペンタリア基地内でも美人と評判の高い通信兵の女性。
一瞬踵を返そうとしたシンだったが、脳裏にディアッカの妻であるミリアリアの笑顔がよぎる。
 
シンは意を決して、ディアッカと女性兵のいる方へ歩き始めた。
 
 
 
「えーと。君、みそスープ作れる?」
「は?みそスープ?」
「ちゃんとダシから取って…」
「あの」
 
 
 
少しだけ緊張していたシンの耳に飛び込んで来た会話。
シンは驚きのあまり思わず「隊長!?」と声を発していた。
その声にディアッカと女性兵が振り返る。
 
 
「あ、あの、私…失礼します!」
「ああ、お疲れさん」
 
 
走り去る女性兵にひらひらと手をふるディアッカを、シンはきつい視線で睨みつけた。
 
「…隊長?」
「何だよ」
「ミリアリアさんに言いつけますよ!」
「あ?なんで」
「みそスープもしもあの美人が作れたら、その、どうにかなっちゃうつもりだったんですか!?」
 
必死の形相で迫るシンに、ディアッカはぽかんとし、ぷ、と吹き出した。
 
 
「んなわけねーじゃん。あいつのみそスープはな、絶品なんだぜ。あいつの味はハウ家の味だろうから、あの味を作れるのはアイツ以外はお母さんだけだろうなー」
「それじゃなんで」
「俺を口説くなんてやめとけって遠回しに言ったまでだっつの」
「…意味が分かりません」
「好きな男の胃袋をがっつり掴んでる女から男を奪うって、並大抵の事じゃ無理だと思うぜ?」
 
 
シンはその言葉に激しい疲労感を覚え、一気に脱力する。
この人の部下になって、まだ1ヶ月と少し。
だが、10年経ってもこの超愛妻家の隊長は同じような事を言っていそうな気がする。
 
「んじゃ、俺部屋戻ってミリィと通信すっから。おつかれー」
「………結局惚気かよ!」
 
足取りも軽く与えられた自室に向かうディアッカの背中に、シンは思わずそんな言葉を小声で投げつけた。
 
 
 
 
 
後日。
カーペンタリア基地の食堂は、慌ただしく朝食をとる兵士達でそこそこ混雑していた。
 
「おはようございます、隊長…?えと、どうかしたんですか?」
トレーを手に席に着いたシンは、目の前でじっとトレーに視線を落とす隊長の姿に首を傾げた。
 
「…コレ。」
「あ」
 
 
ディアッカが指差した先には、美味しそうな湯気を立てる“みそスープ”が置かれていた。
 
 
 
「珍しいですね、こんなの出るなんて。日本食なんかメニューにありましたっけ?」
「いや…無かった気がする」
ディアッカがお椀に手を掛ける。
その瞬間、何人もの視線を感じ、シンはどきりとして辺りを見回した。
 
いつの間にか、自分たちのテーブルの周りにちらほらと腰掛ける女性兵達。
その数は両手の指を使っても足りないくらい。
そしてその全員が、まさに今みそスープを口に運ぼうとしているディアッカ・エルスマンに熱い視線を送っていた。
 
 
ーーーなんだ、この状況?
 
 
「…やっぱ、違うな」
 
 
ぼそりと呟かれたディアッカの言葉に、女性陣の纏う空気が一変するのがわかった。
「え?あ、違うって、何が?」
「まぁ飲んでみろよ。てかお前、飲んだ事ある訳?」
「まぁ一応。俺もオーブ出身ですからね。日本食は一通り食べた事ありますよ。」
 
オーブ出身のシンは、その土地柄から日本食にも多少の知識があった。
実際に何度も食した事もある。
女性陣の発するざわざわとした空気を肌で感じつつ、シンはお椀に口を付けた。
 
 
「ーーーえ、コレ普通に美味しいじゃないですか。」
 
 
その瞬間、ざわり、と首筋が寒くなり、シンは周囲の女性陣たちの空気がまた変化した事を肌で実感する。
 
「お前な、ミリィのみそスープ飲んでみろって。こんなインスタントのダシじゃねぇんだよ。」
「…は?」
「あー、でもやっぱダメ。ミリィの料理は俺の為にあるんだから、簡単には食わせられねぇな。」
「……朝っぱらからまた惚気すか?」
 
げんなりとした顔をするシンに、目の前の隊長はほれぼれするような笑顔を浮かべる。
 
 
「仕方ねぇなぁ。あっち戻ったら、今度うち来いよ。食わせてやるよ。マジ美味いから。
あ、でも惚れるなよー?ミリィは俺の奥さんだからな。」
「………はぁ。ありがとうございます。」
「あーあ、ミリィのメシ、食いてぇなぁ…。なぁ、お強請りしたら送ってくれっかな?!」
「知りませんよそんなの!ダメ元で言ってみたらどうですか?」
「いーや。ミリィは俺のお願いなら大抵の事は聞いてくれるんだなこれが。よし、今夜の通信で早速…」
 
 
 
語尾にハートマークが付いているに違いない目の前の隊長のありがたいお言葉。澱む一方の空気。
朝から惚気に当てられ疲れきったシンには、もう周囲に目を向ける勇気も気力もなかった。
 
 
 
 
 
ーーーさらに後日。
 
「アスカさん、あの、これ…」
「へ?えと、俺、でありますか?」
「た、たけ…の、こ?かずのこ?の煮物、ですっ!良かったら!」
「…はぁ。あの」
「失礼しますっ!」
 
ぱたぱたと走り去る女性兵。
 
 
「…いつの間に、日本食マニアみたくなってんだ、俺…?」
 
 
昨日は肉じゃが。その前は金平牛蒡。
そして今日は、煮物。
 
「筍と数の子って…全然違うし…」
 
そんな独り言を呟きながら、手渡されたタッパーを手に呆然と立ちつくすシン。
 
 
そして、カーペンタリア基地に空前の日本食ブームを巻き起こした張本人、ディアッカ・エルスマン隊長はその頃、お強請りに負けたミリアリアから送られて来た念願の日本食に、部屋で一人舌鼓を打っていたのであった。
 
 
 
 
 
 
 
016

カーペンタリアでの平和なひとコマ。

じつはこちら、180+のサイトマスター、えみふじ様とのやり取りから生まれた合作になります!

えみふじ様、upが遅くなり失礼致しました;;

長編の方でも活躍中のシンと、妻帯者でもやっぱりモテモテなディアッカのお話です。

最愛の旦那様の胃袋をがっちりと掴んでいるミリアリアの料理、きっと美味しいんでしょうねvvv

出汁からお味噌汁作っちゃうくらいですから!(●´艸`)

えみふじ様、ありがとうございました!

皆様にも楽しんで頂ければ幸いです!!

 

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2014,10,23up