片思い

 

 

 

 
「ニールさん、コーヒー飲めます?」
 
茶色い跳ね毛をひょこんと揺らして首を傾げた少女に、ニールは面食らった表情で何とか頷いた。
 
 
「じゃ、良かったら飲みませんか?中庭でラスが待ってるんです。
せっかくだからニールさんも一緒に。ね?」
「あ、ああ…。分かった。先に行っていてくれ。」
「はい。冷めちゃう前に来て下さいね?」
 
 
にっこり笑って部屋を出て行く少女ーーミリアリア・ハウをニールは見送り、ふぅ、と溜息をついた。
 
 
 
ここは、北欧のとある国の森の中にある集落。
地球で傭兵として活動している、ダストコーディネイター達のコミュニティだ。
幼くして親に捨てられ地球に流れ着いた彼らはいつしか集団で生活するようになり、そして傭兵として活動するようになって行った。
 
 
ダストコーディネイターとは、遺伝子操作に失敗し親に捨てられた、“出来損ないのコーディネイター”の総称だ。
稚拙な遺伝子操作によって産まれた彼らは、親の思ったようなコーディネイトの成果が出ず、結果として要らない者として扱われ、捨てられて地球にやって来た。
みな様々な『不具合』を抱えているが、その程度は様々だ。
四肢の一部が欠損している者もいれば、瞳の色が左右で違う者、軽い記憶障害を持つ者、知性は高いがナチュラルよりも免疫力の弱い者…。
性別、年齢は関係ない。
大人から子供まで、何人ものダストコーディネイターがここで生活していた。
 
それでも彼らはやはり“コーディネイター”だ。
根本的にはナチュラルよりも優れた資質を兼ね備えている事に変わりはない。
そして、彼らはその資質を存分に駆使し、それぞれの得意分野を活かした活動をしていた。
 
 
ニールは、コミュニティのトップとしてこの場所の全てを取り仕切っていた。
双生児の弟であるザイルは、スカンジナビア共和国内にあるコミュニティのトップを務めており、やはり傭兵として生計を立てている。
 
自分たちを捨てたプラントも、完璧なコーディネイトを施され、若くして戦場へ飛び出すザフト軍の兵士達とも、関係ない。
ここ地球で、彼らは傭兵として時に平穏、時に危険と隣り合わせの生活を送っていた。
 
 
そんな中に突然飛び込んで来たのが、ミリアリア・ハウという少女。
ーーーまだ年端もいかない、ナチュラルの、フォトジャーナリストであった。
 
 
 
 
「ミリアリアー、おっそい!!」
 
粗末な木のテーブルと椅子は、ここに籍を置くダストコーディネイターの手作りだ。
その椅子にだらしなく座ってミリアリアに文句を言う、オレンジ色の髪と青い瞳の青年は、他の者と少し違った事情でここにいるとミリアリアは聞いていた。
 
「しょうがないでしょ?ちゃんと淹れると、時間がかかるの!
インスタントみたいに粉とお湯を入れてはい終わり、じゃないのよ?」
 
まるで姉のような口調でそう言うと、ミリアリアはトレーからカップをそっと取り上げ、ぐらつく木のテーブルに置いた。
 
 
「あれ?なんで3つあんの?」
「ニールさんを誘ったからよ。」
「ニールを?あのおっさん、来るって?」
「来たら悪いか、ラス?」
「げ」
 
 
低い声に、ラスがびくりと肩を震わせそろそろと振り返る。
 
そこには、仁王立ちのニールが腰に手をあて、じろりとラスを睨みつけていた。
 
 
「うわ、なにこれ…うめぇ…!」
ラスの素直な賞賛の言葉に、ミリアリアは嬉しそうに微笑んだ。
 
 
「クリスタルマウンテン、ていう種類なの。
私、どっちかと言うと紅茶派なんだけどこれはさすがに美味しいと思うわ。」
「確かに…独特の酸味だな。だが味はバランスもいいし香りもいい。」
ニールも微かに目を丸くしている。
 
「キューバ産の豆なんです。昔は一部の国でしか輸入されていなかったらしいんですけど、最近は比較的手に入りやすいんですって。
地球だけでなく、プラントでも手に入るらしいわ。」
 
がたつく椅子に腰掛けたミリアリアは、そっとカップを口に運ぶ。
そうして一口コーヒーを飲むと、星空に視線を向けた。
 
 
 
「で…何故こんなコーヒーがここに?」
不思議そうなニールに、ミリアリアはラスを軽く睨んでから口を開いた。
 
「ラスに、護身術を教えてもらったんです。それと、ちょっとした武器の調達も。
それで、何か御礼がしたいと言ったら、美味しいコーヒーが飲みたい、って言うから…」
「だって、何でもいいって言ったじゃん。それとも何?やっぱ体で返す方が…」
「丁重にお断りします!」
 
真っ赤になりながらつん、とそっぽをむくミリアリアを眺めながら、ニールはつい微笑んでいた。
 
突然傭兵だらけのこんな場所に現れて、ダストコーディネイターの事を聞かせてほしい、と取材を申し込んで来た、命知らずで無鉄砲な少女。
聞けば元々はカメラマン志望で、この仕事を初めてまだ半年も経っていないと言う。
だが、何とか断るつもりで渋々ながらも話をして行くうちに、ニールはこの少女のひたむきな想いに心を動かされていた。
しばらくの間このコミュニティへの滞在を許可したのもそのせいだ。
 
 
「それにしてもさぁ。なんでこの豆を選んだ訳?
聞いたことない種類だし、探すの大変だったんじゃねぇの?」
 
 
ラスが何気なく発した言葉にミリアリアははっと振り返る。
そしてーー寂しげに、微笑んだ。
 
 
「…大好きな人に教えてもらった銘柄なの。その人、特にクリスタルマウンテンが好きでね。
コーヒーの淹れ方も、その人に教えてもらったわ。」
「へぇ…。なに?カレシ?」
明け透けなラスの問いかけに、ミリアリアは笑顔を浮かべたまま首を振った。
 
 
 
「ーーー違うわ。私の片思い。」
 
 
 
そうしてミリアリアは、また星空に目を向ける。
 
「あ…悪い。もしかして、大戦で…?」
空を見上げるミリアリアに勘違いしたのだろう。
神妙なラスの声に、ミリアリアは慌ててかぶりを振った。
 
「生きてるわよ!ここにはいないから、今どこで何をしてるかなんて分からないけどね。
でも絶対、元気で頑張ってると思う。」
「ここにいないって…」
「…空の向こうにいるの。地球にはいないわ。だからもう会えないかもしれないけど…。」
 
ラスとニールは思わず顔を見合わせた。
明るくて溌剌としたミリアリアには似合わない、その言葉。
静観していたニールも、思わず口を開く。
 
 
「…会いには、行かないのか?」
ラスもその言葉に頷く。
「そうだよ、会いに行きゃいいじゃん。ミリアリアらしくねーぜ、片思いなんてさ。
木星にだってすっ飛んで行きそうなくせして。」
 
 
ミリアリアはその言葉に、くすくすと笑って首を振った。
 
「私のイメージって、どこまで無鉄砲なのよ?まぁ…間違ってはいないかもだけど…。」
「だろ?だったら会いに行きゃいいじゃん。
コペルニクスだかどこだか知らねぇけど、シャトルだってもう通常運行してんだからさ。」
 
 
「ーーーだめなの。」
 
 
ミリアリアの碧い瞳が、ラスとニールを捕らえる。
その瞳に浮かぶのはーーー悲しみなのか、思慕の情か、後悔か。
 
 
「どうしようもなく会いたくなる時もあるけど…。私は、彼の想いを踏みにじってしまったの。
意地を張って、言いたい事の半分も言えないまま彼をひどく傷つけた。
だからとても…今は会いになんて行けない。」
 
 
自分に向けられているはずのミリアリアの瞳が別の誰かを映しているように思え、ニールはその表情にいつしか見惚れる。
それは、恋をしている女の顔で。
少女としか思っていなかった彼女の違った一面に、ニールは驚き翻弄される。
そしてつい、無粋とも言える言葉を口にしていた。
 
 
「では、いつ会いに行くんだ?」
「…え?」
「君は、明日をもしれぬ我々とは違う。確かに戦場や紛争地帯を駆けるフォトジャーナリストという職業は、普通の少女よりやや死に近い、とも言えるが。それでも…」
 
 
ミリアリアは戸惑ったように目を伏せーーしばらく思案したあと顔を上げた。
 
 
 
「私が、もっと強くなる事が出来たら。守られているだけじゃなく、あいつを守れるくらいの力をつけたら…その時は、もしかしたら会いに行くかもしれません。」
 
 
 
そう言って微笑むミリアリアを、ラスは初めて綺麗だと思った。
 
 
「最もその時になっていざ会いに行っても、もうあいつには新しい恋人がいるかもしれませんけどね。
それでも…またいつか、会えたらいいなって。
その気持ちを支えに、頑張れてるのかもしれません、私。」
 
 
ミリアリアはコーヒーを一口飲んで、星空を見上げる。
それはきっと、遠い空の向こうにいる大好きな誰かを想っての事なのだろう。
 
 
「会えるといいな。いつか、そいつにさ。」
 
 
ラスの言葉に、ミリアリアは星空を見上げたまま「うん」と小さく頷く。
 
ーーその瞳が少しだけ潤んでいるように見えたのは、きっと気のせいに違いない。
 
 
 
そして3人は、それぞれコーヒーカップを手にしたまま、黙って満天の星空を眺めたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

5555hit御礼小説です。
リクエストの申告がありませんでしたので、こちらでお話を考えさせて頂きました。
テロが起きる前、コミュニティに滞在していた頃のミリアリアと、記憶のないラスティ、
そしてオリキャラであるコミュニティのトップ、ニールのお話です。
名前だけ出て来た双生児の弟、ザイルですが、こちらはいずれ長編の方に出てくる予定です。

ディアッカが教えてくれた“クリスタルマウンテン”は、“花のトワレ”とともに当サイトの長編に
おけるキーアイテムですが、今回はこのような形で作品に使わせて頂きました。
本来ならDMで書くべきお話かもしれませんが、別離の時もミリアリアはディアッカを決して
忘れていない、と言う象徴として捉えて頂ければ幸いです。
トワレについてもいつか書こうと思っていますが(こっちはDMで!)、こちらの小説も
皆様にお楽しみ頂ければ嬉しい限りです。

気付けば6000hit達成です。
あっという間すぎて、毎回書いていますが本当にびっくりですし、同時に嬉しいです!
いつも当サイトに足をお運び下さり、本当にありがとうございます。
皆様への感謝の気持ちを込めて、この作品を捧げます!

 

 

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2014,10,16up