花火

 

 

 

 
「…目、覚めた?」
 
ミリアリアが目を開けると、そこはオーブにあるリゾートホテルの一室だった。
目の前にあるのは、ディアッカの端正な顔と、褐色の肌が覗く白いシャツの胸元。
しばしぼんやりとしていたミリアリアだったが、意識がはっきりするにつれて先ほどまでの行為が思い出され、ぱぁっと顔を赤らめた。
 
 
「…なんで、部屋にいるの、私。」
 
 
天気の良い昼下がり。
さっきまでミリアリアとディアッカは、彼が泊まるホテルでレンタルしている車で見晴らしの良い海辺の丘までドライブをしていたはずだった。
ミリアリアはディアッカにちょっとしたサプライズを計画しており、その場所に行こうと言い出したのもミリアリアだった。
だが、事もあろうにそのディアッカは何を勘違いしたのか、誰も来ないのをいいことに車内で行為に及んだのだ!
まさか昼間からこんなところで、と甘く見ていたミリアリアはいつしかディアッカに翻弄され、気づけば流されるまま自分からも求めていた。
 
 
そして、多分そのままミリアリアは意識を失ってしまったのだろう。
いま自分がいるのは、夕方までそこにいるはずだった見晴らしのいい丘ではなく、ディアッカが泊まるホテルのベッドの上。
服は脱がされておらず(行為の最中もボタンを外しただけで、下着以外脱がされることはなかった!)、乱れていたはずの髪や体も綺麗にされている。
 
 
「ミリィ、あんまり可愛い顔で寝ちゃってたからさぁ。あのままあそこにいるのもなんだし、帰って来たんだ。」
 
 
笑顔でそんなことを言うディアッカだったが、いつもと違うミリアリアの様子にあれ?と首を傾げた。
可愛らしく頬を赤らめたのは最初だけ。
いまのミリアリアは、碧い瞳に涙を溜めてディアッカを睨みつけている。
 
 
「…え、と。ミリアリアさん?」
「…ばか…」
「へ?」
 
 
ミリアリアはがばりとベッドから跳ね起き、慌てて起き上がったディアッカの頬を思い切り叩いた。
乾いた音が部屋に響く。
 
 
「いっ…て!お前、何すんだよ!」
「せっかく見つけた場所だったのに!バカ!ディアッカの大バカ!」
ディアッカの隣からするりと抜け出し、素早くミュールを引っ掛けたミリアリアは、涙に濡れた瞳で再びディアッカを睨みつけた。
 
 
「ディアッカのバカ!大っ嫌い!!」
 
 
そう言い捨ててバタバタと部屋を後にするミリアリアを、ディアッカは頬を抑えながら呆然と見送った。
 
 
 
 
『…で?お前はわざわざ宇宙からここへ来て、一体何をやってるんだ?』
ヴィジホンの向こうで、アスランは盛大な溜息をついた。
「いや、俺だって訳わかんねぇし!」
『そもそも。昼間から何をやってるんだ、って話じゃないのか?』
目を眇めるアスランに、ディアッカは思わず目をそらした。
 
 
「…2ヶ月ぶりで、ちょっと盛り上がっただけだっつーの。」
『まさか嫌がる彼女に無理やり、とかじゃないだろうな』
「いや!それはない!!と、思う…。驚いてはいたみたいだけどさ。」
 
 
そう、最後までするつもりなどなかったのだ。
いつも以上にご機嫌なミリアリアの笑顔が可愛くて、嬉しくて。
キスだけのつもりが、気づけば車内ということも忘れそれ以上の行為に及んでいた。
ミリアリアは驚いた顔をしたものの、恥ずかしがりながらも自分の胸に縋りついてきて。
だから、嫌がってなどいないはずーーというのはもしかして、自分の希望的観測なのだろうか。
 
 
「と、とにかくさ。あいつから連絡あったらすぐこっちに回してくれよ。
俺はとりあえず、この周辺探してみるから。」
するとアスランは首を傾げた。
『ディアッカ。お前…今日が何の日か彼女から聞いていないのか?』
「は?」
 
 
これはもしかして、ミリアリアなりのサプライズ、だったのであろうか。
アレックス・ディノとしてカガリの元に身を寄せて半年と少し。
アスランは以前より少しだけ、そう言ったことに気が回るようになっていた。
ともにいるカガリの影響もあるのだろう。
 
 
そうであれば、彼女の気持ちを無駄には出来ないな。
 
 
アスランはもう一度溜息をつくと、ディアッカにある場所を教えたのだった。
 
 
 
海に沈む夕焼けはとても綺麗で。
ミリアリアは大きな木の根元にもたれ、泣いたせいで少し腫れてしまった瞼に手を当てた。
あっという間に沈んでいく太陽に変わって、辺りを支配するのは薄闇。
本当は今頃、ここでディアッカと二人、夕焼けを見ているはずだった。
ーーあいつが、あんなことさえしなければ!
思い出したミリアリアの瞳に、また涙が浮かんだ。
頬を抑えながら驚いた顔で自分を見つめるディアッカを思い出す。
 
 
別に、嫌ではなかったのだ。
ディアッカとそういうことになってまだ数える程。
最初は怖かったけど、それでも優しく自分を愛してくれるディアッカにいつしかミリアリアは安心して身を委ねていた。
今日だって、初めてのことで驚きはしたけれど、行為自体が嫌だったわけではなかった。
…場所やシチュエーション的には、決して歓迎できるものではないけれど!
 
 
「あんたが、見たことないっていうから…とっておきの場所、探したんじゃない…。」
 
 
ミリアリアは一つ息をつくと立ち上がった。
ディアッカはあと3日でプラントに帰ってしまう。
今日はもうサプライズも失敗だろうから、また来年に賭けるしかないだろう。
…来年も、一緒にいられるのかな。
そんな不安を吹き飛ばすようにミリアリアはブンブンと頭を振った。
「う、わ…」
急に立ち上がったせいか、突如目眩がミリアリアを襲う。
「きゃ…」
ずるり、とミュールの足元が滑り。
「きゃあっ!」
ミリアリアは体を支えきれず、よろめいた。
 
 
どうしよう、転ぶーー!
ミリアリアは衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った。
 
 
「ミリィ!!」
 
 
大好きな人が、自分を呼ぶ声。
ミリアリアはぱちりと目を開いた。
転びかけた体を抱きとめる、逞しい腕。
ミリアリアが驚いて顔を上げると。
そこには、心配そうに自分を見下ろすディアッカが、いた。
 
 
 
「…あ、んた…なんで、ここに…」
 
 
 
その瞬間。
 
 
どぉん、という轟音とともに、薄闇の中、色とりどりの花火が抱き合う二人とオーブの海辺を照らし出した。
 
 
「…な、ん…だ?これ?」
敵襲か何かと勘違いしたのか、ミリアリアをきつく抱きしめ胸に庇うような形のまま、ディアッカが呆然とそう口にする。
「…花火、よ。前に話したでしょう?」
ミリアリアの小さな声。
「はなび?」
また轟音が響き渡り、今度は小さいけれどきらきらとした花火が上がる。
 
 
「あんた、昔AAで話した時、花火を見たことがないって言ってたから…。
今回オーブに降りてくるって聞いた時、ちょうど花火大会があるって気付いて。
それで、いろいろ探して、ここを見つけたの。
ここなら車もほぼ通らないし、誰にも邪魔されずに近くで花火が見られるから…」
 
 
そう、いま二人がいるのは、先程二人が車で訪れた、まさにその場所だった。
 
 
「もしかして…ここに来たいって…」
信じられないような顔で自分を見つめるディアッカ。
そんな顔を見ていたら、ミリアリアはつまらない事で腹を立てたのが馬鹿らしくなった。
 
 
「生まれて初めてがこんなに綺麗な花火なんて、最高に贅沢でしょう?」
 
 
ミリアリアはディアッカを見上げ、ふわりと微笑み手を伸ばす。
そうして、先程叩いてしまったディアッカの頬をそっと撫でた。
「…ごめんね。叩いて。痛かったよね?」
すまなそうな顔のミリアリアを、ディアッカは今度こそ力一杯抱きしめた。
「俺もごめん。その…強引にしすぎて。」
ミリアリアは目をパチクリとさせ…少しだけ慌てた様子を見せた。
 
 
「その、えっ…と、車でのことなら、別に私、嫌じゃなかった、わよ?」
「…へ?」
 
 
「サプライズ、のつもりでここに連れて来たのに、主導権を握られちゃって…そのまま、気づいたらホテルにいて…悔しくなっちゃったの…。」
 
 
きっとミリアリアは真っ赤な顔をしているのだろう。
ディアッカは、自分の胸に顔を埋める愛しい少女の髪に唇を落とした。
「花火のこと、覚えててくれてサンキュ。ミリィ。」
AAでミリアリアを追いかけていたあの頃。
ぶっきらぼうな態度ばかりとっていたはずのミリアリアが、自分との些細な会話を覚えていてくれたことが何よりも嬉しくて。
ディアッカは、ミリアリアの顎に手をかけ上向かせると、柔らかく開く唇に自らのそれを寄せる。
そして、唇が触れる寸前でピタリと動きを止め、小さな声で囁いた。
 
 
「また二人で必ずこの花火を見に来よう。約束、な。」
「…うん。」
 
 
二人の唇が重なる。
それと同時に、大きな花火が何発も何発も打ち上げられ、抱き合う二人を照らし出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

花火が絡んだお話を書いてみたくて、こちらが出来上がりました。
時間軸は、無印後に付き合っていた時期、です。
さりげなく、アレックス時代なアスランを登場させてみました(笑)
ちょっぴり微裏なお話で、苦手な方は申し訳ありませんσ(^_^;)

 

 

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2014,9,16拍手小噺up

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