花のトワレ

 

 

 

 

ぱたん、とドアを閉めると、ミリアリアはそのまま玄関にへたり込んだ。
カガリに強く勧められて受け始めたカウンセリング。
先生はとても良い人で、テロに巻き込まれたミリアリアの傷ついた心を理解し、的確な助言もくれる。
 
 
だけど、本当に欲しいものはくれない。
欲しがる事も許されない。
 
 
うまく呼吸が出来なくて、ミリアリアは胸元に手をやり浅く喘いだ。
這うように寝室に向かうが、なかなか前に進めない。
それでも何とかしてそこに辿り着くと、ミリアリアはそのままベッドに倒れ込んだ。
 
 
マルキオ導師の孤児院でしばらく静養していた時に、夜の海でラクスと話した。
自分が本当に求めているものの事。
温かい腕、広い胸。
自分を呼ぶ、甘い声。
思い切り泣いて、それで吹っ切って、また前を向けると思った。
 
 
「くる、し…」
 
 
だが、こうしてカウンセリングを続けていても、ふとした瞬間思い出してしまえばかなりの確率でミリアリアは過呼吸の発作を起こしていた。
カガリにも誰にも言えない、ミリアリアだけの秘密。
カウンセリングでも治しようが無い、ミリアリアの心に残る深い傷。
 
 
自分は少し、調子に乗っていたんだ、と今になってミリアリアは思う。
偶然ターミナルで見つけた情報を彼に送って、それによって一つ彼の役に立つ事が出来た。
あいつは反対したけど、私だって出来る事があるじゃない!
彼の役に立てて本当に嬉しかったけど、反面そう思ったのも確か。
あいつに恥じない自分になってみせる。
そしてもっと、彼の助けになる事が出来る力を付けたい。
テロを一つ未然に防げた事で、悲惨な戦争の光景を世界に発信したい、という思いもよりいっそう強まった。
そんな中、赴いた取材先でミリアリアはテロに巻き込まれたのだった。
 
 
AAにいた頃は、モニタ越しに戦争を見ていた。
自分たちを護り、最前線で戦うのはMSに乗ったパイロット達。
自分の乗る艦が放つ砲撃で一瞬にして散る命がある事も分かっていたが、あんな風に目の前で血を流し倒れて行く姿を見た事などなかった。
死にゆく彼らの姿を目の当たりにしながら、ミリアリアは悲鳴を上げる事も出来ず、ただ一番助けに来て欲しい男の名を心の中で何度も呼んだ。
 
 
 
こわい。たすけて。おねがい、たすけにきて。
 
 
 
だがそれは、自分から彼の手を離したミリアリアが口にしてはいけない想い。
最後に会った時にあいつが言った言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
 
 
ーー調子に乗るなよ!お前みたいのがそんな所に行って無事にすむと思ってんのか?
 
ーー俺は、俺のいない所でお前が危険な目に遭うのが耐えられないだけだ。
 
ーー好きな女の事を心配して、守りたいと思うのがおかしい事か?
 
 
喉から引き攣れたような音がする。
ミリアリアは震える手でサイドチェストから小さな小瓶を取り出す。
そして、何度も手を滑らせながら蓋を外すと、枕やその周りにむけて中身をふりまいた。
 
 
 
それは、ディアッカから贈られた花の香りのトワレ、だった。
 
 
 
加減が出来ずにプッシュしたせいで濃厚になってしまった花の香りにミリアリアは咽せ込む。
それでもなぜか、苦しさが和らいでくる気がして。
小瓶を抱き締めたまま、ミリアリアは再びベッドに倒れ込んだ。
 
 
「へた、な…薬より、よっぽど…効くじゃ、ない…」
 
 
ミリアリアは浅く息をしながら、自嘲の笑みを浮かべる。
カウンセリングよりも、こちらの方がよほどミリアリアの心を落ち着けてくれた。
この香りに包まれれば、そこに彼がいてくれるような気になれたから。
 
 
守ってなんか欲しくない、なんて嘘。
誰よりも、私はディアッカに守られたい。
そばにいて、抱きしめて欲しい。
私が一番大切に思い、いなくなって欲しくないのはディアッカだから。
 
 
だから、お願い。今すぐ助けに来て。
苦しくて、辛いの。
ディアッカ、たすけて。
ひとりに、しないで。
 
 
花の香りに包まれて、ミリアリアの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
酷い言葉で振ってしまった男にもらったトワレでここまで心が落ち着いてしまう自分を、ミリアリアはひたすらに浅ましいと思った。
 
 
あの時のディアッカの言葉が現実となってしまった事もミリアリアは自覚していた。
あれほど勇ましく大口を叩いて彼の手を離したのだ。
今になって連絡などできるわけもないし、彼の心配が現実の元になってしまった以上、もし連絡をすれば彼は何をおいても自分の元に駆けつけるだろう。
 
 
「…もう、そこまで想われてない、かな…」
 
 
コーディネイターの中でも選りすぐりの頭脳と美貌を持つ彼のことだ。
いつまでも一人でいるわけがない。
もしかしたら、こんなナチュラルの平凡な女など忘れて、プラントにいる美女たちと楽しく過ごしているかもしれない。
 
 
 
「…でもね。それでも、会いたいよ…ディアッカ」
 
 
 
嫌われていても、他に好きな人ができてしまっていても。
もうきっと自分は、あいつを忘れるなんて出来ない。
会いたい。声が聞きたい。抱きしめて欲しい。
 
 
いつかまた会うことができたら。
その時は、素直にこの想いを伝えられるのかな。
 
 
「ディアッカ…たすけて」
 
 
いつの間にかだいぶ楽になった呼吸。
ゆっくりと深呼吸をすると、だんだん意識がぼんやりとしてくる。
ミリアリアは、優しいディアッカの笑顔を思い出す。
花の香りに包まれながらその笑顔を思い出すと、より近くにディアッカを感じられるから。
 
 
「…ディア…ッカ…」
 
 
うわ言のように愛する男の名を呼ぶミリアリアの閉じた瞳から、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
007

4000hit御礼小説のミリアリアの心情をもう少し掘り下げた補完作品。
どんな名医よりも、薬よりも、ミリアリアが欲しいのはディアッカの愛。

これ、実はすごく気に入っている設定でもありまして、いつかパラレルと言う形で違うお話も書きたいなと考えています!

 

text

2014,9,16拍手小噺up

2014,10,12up