小さな鏡の前に立ち、身支度を整える。
大部屋に申し訳程度に設置された鏡は、ミリアリアの胸元まで映すのがやっとだった。
襟元を整え、少し伸びた髪が乱れていないか確認する。
泣きはらしてしまった瞳は少し赤いが、早くから冷やしていたおかげで腫れはほとんど引いていた。
すぅ、とミリアリアはひとつ息を吸い。
鏡に向かって、にっこりと笑った。
今日、ザフトのディアッカ・エルスマンはAAからプラントに帰る。
一時間後にプラントから迎えの兵がやってくる事になっており、ミリアリア達クルーはその見送りに立つ事になっていた。
戦争が終わって、同時に想いを通わせた二人。
だが二人には大きな壁があった。
ナチュラルとコーディネイターという、種族の壁。地球とプラントという、物理的距離。
戦後の混乱の中では、通信もきっとままならず、次にいつ会えるのかも分からないだろう。
ディアッカがプラントに戻る事は、必然なのだとミリアリアは思っていた。
帰りを待つ家族もいるだろう。
親友と言っていたデュエルのパイロットも、きっと彼の帰りを待ちわびているだろう。
停戦してから今日まで、ディアッカはAAでの雑務をこなしながら時間の許す限りミリアリアと一緒にいてくれた。
何回したかも分からないキス。力強く、温かい、自分を抱き締める腕。綺麗な紫の瞳。
同じベッドで眠る事もあったが、なぜかディアッカはキス以上の事はして来なかった。
やっと心が通じ合った、大切な人。
出会いが最悪だったせいでいまだに素直な態度は取れないけれど、今日だけは笑顔で彼を見送るのだ。
ディアッカの嬉しそうな笑顔を見たいから。
心配を、かけたくないから。
優しく自分を見つめる紫の瞳を、心に刻み付けておきたいから。
どんなに寂しくとも、不安であろうとも、笑顔で。
ミリアリアはもう一度、鏡に向かってにっこりと笑った。
そこに映ったのは、泣き笑いのような笑顔だった。
ブリッジに集合したクルー達が、プラントからやってくるシャトルを出迎えるためデッキへ移動を始めた。
ディアッカは、事前に準備されたザフトの軍服で出る為、ここにはいない。
直接顔を見られるのは、もう少し後。
ミリアリアはクルー達の一番後ろを歩いていた。
みなミリアリアを気遣っているのだろう。話しかけてくる者はいない。
サイですら、少し離れたノイマンの隣にいる。
クルー達の背中をぼんやりと見ながら、ミリアリアはとぼとぼと一人歩いていた。
と、不意に強く腕を引かれ、ミリアリアの視界が暗転した。
悲鳴をあげかけた口を、大きな手で塞がれる。
思わず顔を上げると。
そこには、ザフトの赤服を身に纏ったディアッカ・エルスマンの姿があった。
「ちょ…あんた、なにやって…」
「しー。黙って」
ばちりとウインクをひとつ送り、ディアッカはそっと顔を出して他のクルー達の様子をうかがう。
「…誰にも気付かれてねーな」
そう呟くディアッカの姿を、ミリアリアは上から下までじっと見つめた。
モルゲンレーテのジャンパー姿とは違う、丈の長い血のような赤い色の軍服。
白いブーツが軍服によく映えている。
自分の知っているディアッカは、ラフにジャンパーを着こなして、いつも腕まくりをしていて。
だから擦り傷ばっかり作るんじゃない!とディアッカの腕を見る度ミリアリアは注意したものだった。
「ミリアリア?」
ディアッカの声に、ミリアリアの思考は中断された。
慌てて顔を上げると、そこにはいつもと同じ、優しい紫の瞳。
「俺の軍服姿に見とれちゃった?」
「…バカじゃないの」
ミリアリアは眉間に皺を寄せてそう答えることしか出来ない。
ディアッカの軍服姿はとてもかっこよくて、似合っていて。
でもそんなことを素直に口に出来ないミリアリアは、つ、とディアッカから視線を外して俯いた。
「ああもう、素直じゃねぇなぁ、ミリアリアは」
クク、と笑うディアッカは、不思議な程にいつも通りで。
自分だけがこんなに胸がざわついているのか、とミリアリアは少しだけ落ち込んだ。
やっぱり、嬉しいのよね。自分の居場所に帰れるんだものね。
そう、彼の帰る場所はプラント。
私は地球に帰る。
こんな状況下では、何の約束も出来ない。しても、悲しいだけ──。
「…そんな顔、すんなよ」
不意に至近距離から聞こえたディアッカの声に、ミリアリアの体がびくりと震える。
いつの間にかミリアリアは、ディアッカに抱き締められていた。
「あ、んた…こんなとこにいていいわけ?もうすぐ迎えが…」
「だから、ここにいるんだろ?」
「意味がわかんないわよ!私だってみんなと一緒にデッキに行かないと…」
ミリアリアはディアッカの腕の中で体を捩った。
「ミリアリア!」
肩を掴まれ、壁に押し付けられたミリアリアの碧い瞳が見開かれる。
抗議の声をあげようとした唇に、ディアッカのそれが重ねられた。
その瞬間、張り詰めていた感情が緩んで。
ミリアリアは体の力を抜き、そろそろとディアッカの背に腕を回した。
「──なんで、こんな時にこんなことするのよ…」
やっと唇を開放されたミリアリアの呟きに、ディアッカは切なげに微笑んだ。
「お前がちっとも素直になんねぇから」
ディアッカの予想が正しければ、ミリアリアは自分のいない所でずっと泣いていたのだろう。
『戦争は終わったんだもの、あんたがプラントに戻ったからって会えなくなる訳じゃないでしょ?』
昨晩そう言って微笑んだミリアリア。
しかしその碧い瞳は、笑っていなかった。
寂しくて不安で、仕方がないくせに。
意地でもそれを見せようとはしないミリアリアに、ディアッカはつい苦笑した。
「あのさ。俺はすっごい寂しい」
「…え?」
ディアッカはミリアリアを抱き締め、腕に力を込めた。
「お前と離れたくない。このままプラントに連れて行きたい。自分がこんなに人を好きになることがあるなんて、考えたことがなかった。オーブに降りることも真剣に考えた」
「ディ…アッカ…」
目を丸くして自分を見上げるミリアリアの額にキスを一つ落とし、ディアッカは言葉を続けた。
「でもさ、俺はやっぱりザフトの軍人なんだよな。こうやって生き残ったからには、やらなきゃいけないことだってあるだろ?
もうあんな戦争がおきないように。大手を振ってお前を迎えに行けるように。コーディネイターとナチュラル、種は違っても同じ人間だって事を俺はお前に教えてもらったから。それをあっちに帰って、何かに活かして行ければいいと思ってる」
「…うん」
「だからさ、待ってて?」
息が出来ない程きつく抱き締められ、ミリアリアは思わず目を閉じた。
「もうお前は、一人じゃないから。離れていても、俺がいるから。だから、笑って?面倒ごと片付けたら絶対すぐに会いに行くから。それまで笑って、待ってて?」
耳元で囁かれた言葉に、堪えていた涙があふれる。
ひとりになるのは、いや。
ひとりに、しないで。
ミリアリアの抱えていた不安を、ディアッカが気付かないはずなんてなくて。
最後までお見通しなのね、とミリアリアは少しだけ悔しくなった。
ううん、最後なんかじゃない。
たった今、ディアッカは約束してくれたではないか。
会いに来てくれると。
ひとりじゃない、と。
「お前が一人で泣いてるかも、って思うだけで、俺は不安になる。それでも、俺はお前を愛してるから。しばらくは寂しい思いをさせちまうかもしれねぇけど、でもお前は一人じゃないから…」
何も言わない自分に焦り出したのか、だんだんしどろもどろになって行くディアッカに気付き、ミリアリアはくすりと笑った。
ちょうどいい。反撃してやろう。
「…さっきから聞いてれば、お前、お前って」
「…へ?」
「ちゃんと呼びなさいよ。名前」
「え…と、ミリアリア?」
きょとん、とするディアッカの顔がおかしくて。
そして、どうしようもなく愛しくて。
ミリアリアは緩んだディアッカの腕の中で、涙に濡れた瞳をごしごしと乱暴に拭い。
ディアッカの顔をじっと見つめ。
ふわり、と笑った。
「ミリアリア、じゃないわ。ミリィ、でいいわよ」
きょとん、から今度はぽかん、と呆けた顔になったディアッカの唇に、ミリアリアは背伸びをしてちょん、とキスを送る。
「あんまり待たせると、待ちくたびれて泣くかもしれないわ。そうなる前に、会いに来られる?」
首を傾げてにっこりと笑うミリアリア。
その花のような笑顔は、ディアッカが欲しくてたまらなかったもの。
「──ああ。約束する。」
「うん。じゃあ、待ってる。泣かないで待ってるから、安心してお仕事して来なさいよね」
ディアッカはその言葉に破顔し、こんどはそっとミリアリアを抱き締めた。
「…ミリィ。好きだ。愛してる」
「…私も、好きよ。ディアッカ、大好き」
AAの狭い通路でふたりは抱き合い、見つめあって。
そしてゆっくりと唇を重ねた。
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はい、新しい試み。お題小説です!
時間軸は特に決めていませんが、無印AA時代が中心になるかな、と。
無印終了後、ディアッカがプラントへ帰るシーンを妄想してみました(●´艸`)
愛してる、と言えない恥ずかしがり屋のミリィに一人萌えました(笑)
いつも当サイトに足をお運び頂き、ありがとうございます!
不定期に更新して行く予定ですので、お題の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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2014,9,10up
2014,9,11改稿
お題配布元「確かに恋だった」