優しい彼女

 

 

 

 
「ただいま戻りました。」
 
ジュール隊隊長室。
執務机に向かい、午後からの評議会に向けた資料に目を通していたイザークは、いつになく固いシホの声に思わず顔を上げた。
 
どすどすどす、と足音も荒く簡易キッチンに消えるシホ。
恐らく、イザークの為に紅茶を用意しに行ったのだろう。
しかししばらく待っていても一向にシホも紅茶も現れず、イザークは首を傾げた。
 
「…おい、シホ?」
 
意を決してそっと簡易キッチンを覗き込んだイザークは、ぎょっとして立ち竦んだ。
 
 
 
シホは、肩を震わせ目に涙を溜めていた。
 
 
 
「な、お、おい、何があった?シホ?」
イザークは慌てふためき、シホの肩に手をかけると自分の方に向かせた。
シホは俯き、肩を震わせ唇を噛み締めている。
「シホ?」
イザークは子供を相手にするように、腰を屈めて目線をシホに合わせた。
 
「隊長…」
「どうしたんだ?なぜ泣いている?」
 
シホは滅多なことでは泣かない。
少なくとも、イザークはシホがこんな風になる所などほとんど目にしたことがなかった。
まさか、また何か事件に巻き込まれたのか?!
イザークの顔から、すっと血の気が引いた。
しかし。
 
 
「わたし…悔しくて…」
 
 
「…は?」
悔しい?こいつは悔しいと言ったのか?今?
 
 
「ディアッカとミリアリアさんのことですっ!」
 
 
そう言ってぽろぽろと涙を零すシホを、イザークはぽかんと見つめた。
 
 
 
 
「…そうか。あいつら…。」
イザークはソファに深く凭れ、自分で入れた紅茶を口にした。
向かいには、膝の上で拳をぎゅっと握りしめたシホが紅茶に口もつけず座っている。
 
「だいたい、ディアッカは勝手なんです!
ミリアリアさんの優しさにつけ込んで、いつもいつも彼女を泣かせて!」
 
シホの拳がだん!とテーブルを叩く。
「いや、まあ、そうだな。」
イザークは思わず自分のカップとソーサーを持ち上げた。
 
 
「ミリアリアさんだって不安でしょうに!結婚されて、初めての長期出張ですよ?!
それを、八つ当たりした挙句に家出して、ミリアリアさんに寂しい思いをさせてっ!
どう思います?隊長!」
 
 
「お、俺か?!」
突然意見を求められ、イザークはたじろいだ。
「いや、そうだな…。確かにディアッカの八つ当たり、ではあるな。」
「でしょうっ?!」
再びシホの拳がテーブルに落とされる。
がちゃん、とシホの前に置かれたカップとソーサーが嫌な音を立てた。
 
「どうしてあの馬鹿はいつもいつも…!
あいつは意地っ張りだからとか何とか言ってますけど、自分も大概意地っ張りじゃないですか!
普段は子供みたいにミリアリアさんに甘えてばかりなくせに、大事な時に記憶をなくすし喧嘩をすれば失言暴言暴挙のオンパレードだし!
挙句に、俺がいなくても平気だろって何ですかそれ?寝言ですか?頭に虫でも湧いてるんですか?!」
「う、まぁ、そうだな。」
シホの剣幕にイザークは引きつった笑みを浮かべた。
 
いつもこうやって憤るのは自分で、それを宥めるのはまさに今槍玉に挙げられているディアッカで。
…イザークは初めて、ほんの少しだけディアッカに申し訳ない気持ちになった。
 
 
「…でも、ミリアリアさんはそんな馬鹿な男の事を気遣ってるんです。」
 
 
シホの声のトーンが変わり、イザークは手に持ったままだったカップとソーサーをテーブルに戻した。
 
「ディアッカはどうしてる?と。食事は何を食べてたかと聞かれました。
自分はディアッカの奥さんだから、彼が弱っている時に支えてあげたい、支えてあげなきゃいけなかったんだ、って。
それが出来なかったのは、自分がディアッカに甘えてばかりだったせいだ、とミリアリアさんは自分を責めてました。」
「そうか…。」
シホはまたうっすらと紫の瞳に涙を溜めた。
 
 
「二人の絆の深さは私だって知っています。ディアッカがどれだけミリアリアさんを大切にしているのかも、その逆も。
なのに、どうしてディアッカにはミリアリアさんの想いが伝わらないんだろう、って思ったら、私、悔しくて…」
 
 
あの二人の絆の深さは、イザークもよく知っている。
ミリアリアを愛するあまり、時に矛盾した行動を取るディアッカ。
一度はその思い故に彼女を諦めようとして自暴自棄になった姿もイザークは見て来ている。
そして、ディアッカを愛するあまり、時に周りが見えなくなって無鉄砲とも言える行動を取るミリアリア。
自分が出来る事でディアッカを守りたい、だからジャーナリストの道を選んだと言っていた、と以前イザークはディアッカから聞かされた事があった。
 
そこまで考えたイザークは、ふと気になっていたある事を思い出し、微かに微笑んだ。
 
 
ーーーあいつめ。だからまだ…。
 
 
どうせ午後の予定の後、ディアッカをここへ呼び出してある。
その時に、それとなく話をしてみようか。
イザークは素早くそんな予定を頭の中で組み立てると、そっとソファから立ち上がりシホの隣へと移動した。
 
奴らの事も気にかかるが、まずは、目の前で涙を浮かべる大切な恋人の方が優先だ。
 
「…シホは、優しいな。」
「え?」
俯いていたシホが顔をあげ、軽く目を見開いた。
イザークは腕を伸ばし、シホの体をぐい、と自分の方に引き寄せ、抱き締める。
「イザーク!今は仕事ちゅ…」
「ディアッカに失望したか?」
シホはその言葉に、軽く目を見開いた。
「…違います。優しくなんてありません。失望もしてません。
ただ…どうしてあんなに想い合っているのにすれ違ってしまうのか、それが悔しいんです。
ただの私の勝手な感情、です。」
 
 
「それでも。心配なんだろう?ミリアリアだけではなく、ディアッカの事も。」
 
 
イザークに頭を撫でられ、シホはその心地よさに目を閉じた。
 
「…あの馬鹿は、本当に馬鹿ですけど。
馬鹿の度合いと同じくらい優しくてたまに不器用になるから。
…それが見ていられない、だけです。」
 
イザークはシホらしいその言葉に今度こそ微笑んだ。
「そうだな。お前の言う通りだ。…午後にディアッカをここへ呼び出してある。
その時に俺からも少し話をしてみよう。
あいつもあいつなりに、今回の任務に責任を感じているだろうし、ミリアリアの事でも今頃悩んでいるんだろう。」
「…はい。」
ぽん、ぽん、と背中を優しく叩かれ、シホは体から力を抜いてイザークに寄りかかった。
 
 
「お前が憤りを感じるのも、心配になるのも無理はない。お前の気持ちはよく分かった。
だからもう、泣くな。…俺が我慢出来ているうちに泣き止め。」
 
 
「イザーク…え?」
がまん?我慢って?もしかして怒ってる?
ーーーていうか、仕事中に泣くなんてっ!!私こそ馬鹿じゃないの?
シホはおろおろとイザークを見上げた。
「あ、あの、イザー…じゃなくて隊長っ!すみませんっ!私、仕事中にこんな…」
「何か勘違いしてないか?」
「へ?」
イザークのアイスブルーの瞳が、きょとんとしたシホの顔を映し出す。
 
 
 
「いくら相手がディアッカとは言え…他の男を心配して泣くお前を見ているのは少しばかり妬ける。」
 
 
 
シホはゆっくりと重ねられたイザークの唇を受け止めながら、ようやく言われた言葉の意味を理解し、イザークの体に腕を回すとそっと目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
007

『天使の翼』第5話「前に進む時」の補完作品になります。

久しぶりのイザシホです。

ミリィの話を聞いて憤慨するシホと、それを宥めるイザークを書きたかったんですが…

結果、こんな感じになりました(汗

イザークのほのかな(?)嫉妬、書いていてちょっと萌えました(●´艸`)

シホはたまーにちょっと怖いけど、とても優しいんですよね。

ミリィの話を聞いて怒り心頭だけど、ディアッカの事もやっぱり心配してるんです。

ディアッカの優しさも知っているし、信頼もしている。

それに大切な恋人の親友であり、仲間ですもんね。

だけど、今回ばかりは怒り心頭!でも心配!みたいな(笑)

その辺の複雑な乙女心が描けていたらいいなぁ、と思います(;´艸`)

 

いつも当サイトを応援して頂き、ありがとうございます!

長編やリクエストの方も頑張って進めて参りますので、今しばらくお待ち下さい!

今後とも、どうぞよろしくお願い致しますvvv

 

 

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2014,8,28up