祈り

 

 

 

 
CIC席に座り必死に戦況をチェックしていたミリアリアの目に、複数のミサイルーーそれがミサイルなのかもミリアリアには分からなかったーーが多方向からバスターに撃ち込まれる光景が映し出された。
肩のミサイルポッドがあっという間に飛散し、そのまま腕が、頭部が吹き飛ぶ。
手元のモニタにエマージェンシーの警告ランプが点灯し、バスターのフェイズシフトがダウンする。
 
その一連の出来事を、ミリアリアは声も無くただブリッジから見ていた。
 
 
『気を、つけて』
『…サンキュ』
 
 
バスターのコックピットに待機するディアッカとそんな言葉を交わしたのは、ついさっき。
出撃前のシークエンス待ちの状態で軽口を叩く彼にいつもの癖で素っ気ない態度を取り、慌てて回線を開き直してやっとの思いで伝えた一言。
 
どうか、無事で戻って来てほしい。
怪我なんてしないで。
生きて、ここへ帰って来て。
 
もっと伝えたい言葉、気のきいた言葉がたくさんあるはずだったのに、意地を張って結局一言だけしか口に出来なかった励ましの言葉。
それでもディアッカは目をまんまるにして驚いた顔をしたあと、見た事も無いくらい柔らかな笑顔で返事をしてくれた。
 
 
 
いなくならないで。戻って来て。
お願いだから、どこにも行ってしまわないで。
もうこれ以上、大切なものを失いたくなんて、ないーーー!
 
 
 
「ーーーバスター被弾。…中破」
ぽつりと口にするミリアリアの異変に気付いたらしいサイが、ミリアリアの代わりに声を張り上げた。
 
「バスター被弾!パイロット、応答して下さい!」
 
びくん、とその言葉にミリアリアの体が震える。
その瞬間、ミリアリアの思考は一気にクリアになった。
ここしばらく制御出来なくなっていた自身の心が抱える行き場の無い怒りや迷いや戸惑い、トールに対する愛情や悲しみや罪悪感、そしてディアッカへの想い。
そのすべてがパズルのように組み上がって一つの形を成して行く。
 
 
いなくなってしまうなんて、耐えられない。
だって私はーーーあいつの事が好きなんだから。こんなにも。
 
 
「…バスター、応答して下さい。ディアッカ?」
ミリアリアもサイに続いて声を上げる。
「ディアッカ…ディアッカ!返事して!!お願い!!」
その悲痛な叫びにパルやチャンドラが痛ましげな表情で一瞬こちらを振り返るのが視界の隅に入った。
 
そんな目で見ないでよ!まだ、あいつがどうなったかなんて分からないじゃない!!
 
ミリアリアは碧い瞳に涙を溜めながら、必死にディアッカへの呼びかけを続ける。
いやだ。もういや。こんなのはいや。
やっと分かったのに。
これで自分の気持ちをきちんとあいつに伝えられるのに。
なのに、また私は失うの?
神様、これ以上、私から大切なものを奪わないでーーー!!
ミリアリアは声の限り叫んだ。
 
 
「ディアッカ!!いや!!」
「ミリィ?!」
 
 
 
 
 
自分を心配そうに呼ぶ声に、ミリアリアははっと目を開けた。
その目に映るのは、アメジストの色をした綺麗な瞳に豪奢な金髪。
そこにいたのは、たった今まで自分が必死で呼びかけていた相手ーーディアッカだった。
 
「ディア…ッカ?」
「どうしたんだよ?うなされてると思ったら急に叫ぶし泣くし…。」
 
ミリアリアはぼんやりと周囲を見回した。
視界が滲むのは、泣いていたせいだろうか。
窓から差し込む、夜明け前の薄い光。
見慣れた家具。
半開きのクローゼットにかかる黒と白の軍服。
 
 
「…ゆ、め?」
 
 
ぼんやりと呟くミリアリアを心配したのか、ディアッカがその細い体をぎゅっと抱き締めてくれた。
 
「怖い夢でも見た?」
 
だんだんと意識がはっきりして来たミリアリアは、ディアッカの胸に擦り寄った。
「…うん」
「そっか。」
それ以上何も聞いて来ず、自分を護るかのように腕の中に閉じ込めてくれるディアッカ。
ミリアリアはその腕の温かさに安堵し、ぽろぽろと涙を零した。
 
 
「たくさん…呼びかけたの。あの時。」
「あの時?」
「ムゥさんが…ローエングリンにやられて…バスターが、被弾して…」
ディアッカは目を見開いた。
「ミリィ…」
ミリアリアはディアッカの逞しい体に腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
 
 
「バスターが被弾して、ディアッカが返事してくれなくなって…その時、気付いたの。
いつの間にか私、ディアッカの事こんなに好きになってたんだ、って。
だから…祈ったの。」
「祈った?…なにを?」
 
ディアッカの大きな手が、声を押し殺して泣くミリアリアの髪をそっと撫でる。
まるで、AAにいた頃のように。
優しい手がとても心地よくて、ミリアリアはうっとりと目を閉じた。
 
 
 
「いなくならないで、って。
これ以上、私から大切なものを…奪わないで、って。」
 
 
 
ディアッカは黙ったまま、ミリアリアの髪を撫でていた手に力を込め、自分の胸にその頭を抱え込んだ。
 
 
 
「もう、大丈夫だから。俺はいなくならない。ずっと傍にいる。」
 
 
 
「う、ん…」
ミリアリアの体から、だんだん力が抜けて行く。
そしていつしか、ディアッカの腕の中に閉じ込められたままミリアリアは眠りについていた。
 
 
 
 
 
「…ごめんな、返事してやれなくて。」
 
あの時、ディアッカの耳にはミリアリアの声がちゃんと届いていた。
ただ、パワーダウンした状態では一方通行の回線から流れるミリアリアの悲痛な声を聞いていることしか出来なくて。
胸が張り裂ける、と言う感覚をあの時ディアッカは初めて知った。
そしてやってきたデュエルーーイザークに自身の識別コードを伝えAAに戻り、怪我の手当もそこそこにミリアリアのいるブリッジへと駆け込んだのだった。
 
 
 
 
ディアッカは眠り込んだミリアリアの頬に残る涙にそっと唇を落とした。
戦争が終わり、プラントで共に暮らすようになってもまだミリアリアの心にはあの時の恐怖が残っている。
恋人であったトールを亡くしたミリアリアの悲しみを間近で見て来たディアッカは、彼女が一人になる事を何よりも怖がっている事を知っていた。
そして今では、自分自身の心にも喪失の恐怖を抱えている事も分かっている。
それに気付き、真っ正面から向かい合えたのは腕の中の愛しい存在のせい。
 
 
あの時あの場所で二人が出会ったのは、運命のいたずらだったのかもしれない。
それでも今、互いが互いを必要として、想い合って、こうして二人は共にある。
 
 
「…何度だって言ってやるよ。それでお前が安心するならな。」
 
 
ずっと、傍に、いる。
頼まれたって、離れてなんかやらない。
 
 
ディアッカはブランケットを引っ張り上げると、ミリアリアごと包み込んで自分も包まる。
起床時間まであと数時間。
 
 
ーーどうか次に目が覚める時には、この腕の中の愛しい存在が笑顔でありますようにーー
 
 
腕の中で安心したように眠るミリアリアの額にキスを一つ落とし、ディアッカは柔らかい髪に頬を寄せそっと目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
007

今更ながらのミリアリアお誕生日キリ番作品(笑)
だってサイトの開設、お誕生日に間に合わなかったんですもん!(涙)
ベタな展開な上に夢オチですみません。
しかもだいぶ時間遡ってるし…。
久しぶりの甘い(?)DM、いかがでしたでしょうか?
この辺の時間軸の話はまだあまり書いていないので、今後少しずつ書いて行こうかな、
なんて思っています。

いつも当サイトに足をお運び頂き、本当にありがとうございます!
もうすぐ3333hit達成、嬉しいの一言です!
拙い文章ですが、これからもDMへの愛を糧に作品を書き続けて参りたいと思っています。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

 

 

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2014,8,21up