見ていてくれるから

 

 

 

 
「なー、別にいいって、こんくらい」
「絶対ダメ。」
ミリアリアは、医薬品の並ぶ棚を開けると、消毒用のキットや包帯を取り出した。
ばさばさと机に広げ、必要なものを見繕って行く。
 
 
「あのさ、俺一応コーディネイターだから。
擦り傷程度ならすぐ治っちまうんだけど…」
「…じゃあこれは?」
ミリアリアはおもむろにディアッカを振り返ると、先程アスランの蹴りを受けた足をぎゅっと掴んだ。
 
「いって!!」
「ほら、痛いんじゃない。
コーディネイターだって怪我したら痛いし、血だって出るでしょ?」
「ひっでぇ女…」
「なんか言った?!」
「なんでもありません、アナタ様!」
「…手当てされたくないんなら、次はもっと上手に攻撃を避けることね。
ほら足!手当てするんだから出しなさいよ!」
 
もう、と溜息をつきながら赤く腫れた足に湿布を貼るミリアリアを、ディアッカはいつしかじっと見つめてしまっていた。
 
 
 
展望室でキスをした後。
しばらくその小さな体を抱きしめていると、恥ずかしそうに顔を上げたミリアリアがそっとディアッカの手を引いて歩き始めた。
「…どこ行くの」
「…居住区。」
あっさりそう答えられ、ディアッカの心臓が跳ねた。
 
 
居住区?もしかしてこいつの部屋?え?マジで?いきなり?
 
 
ディアッカの脳内で邪な妄想がぐるぐると回る。
しかし、ミリアリアが立ち止まったのは、居住区にほど近い場所。
ーー医務室の前、だった。
 
 
 
 
「足はこれでいいわよね。あとは?擦り傷あるでしょ?」
ディアッカの足に包帯を巻き顔を上げたミリアリアは、自分を見つめる紫の視線に気づき、頬を赤くした。
「…なによ」
「ここ、居住区じゃねーけど」
「っ…!居住区寄り、だからいいじゃない。」
「はぁ?」
「だって医務室って言ったら、あんた嫌がるじゃない!
心配されるの嫌いでしょ?!だから…」
 
そこまで言ったミリアリアは、はっと口に手を当てる。
 
「いや、あのね、えっと…」
その慌てた様子に、ディアッカは思わずくすりと笑った。
そしてそっと、ミリアリアの柔らかい髪に手を伸ばす。
「何で知ってんの?俺が心配されるの嫌いだって。」
「…べ、べつに。なんとなくそう思っただけよ。ていうか、この手はなによ?!」
 
 
ああ、意地っ張りなんだな、こいつって。
ホントはめちゃくちゃ優しいくせに。
 
 
「ほら、ここも!血が出てるじゃない!さっさと腕も出してよねっ!」
「…はーい」
恥ずかしそうに、それでも心配なのだろう、しっかり手当てをしてくれるミリアリア。
ディアッカは素直に傷ついた腕を出した。
 
 
「これで全部かしら。もう痛いところない?」
「ああ、サンキュ。」
「次は気をつけなさいよね、本当に。」
少しだけ不安げなミリアリアの声に、ディアッカは笑顔になる。
自分を見ていてくれる人がいる。
それだけで、なぜこんなにも力が湧いてくるのだろうか。
 
「承知しました。ってかさ、勝ったんだからいいじゃん、さっきの」
「そう言う問題じゃないの!」
 
ミリアリアの碧い瞳がきっ!とディアッカを射すくめる。
その美しい色に見惚れながら、ディアッカは気付けばアカデミー時代の話をしていた。
 
 
「実は俺、アスランに勝ったの今日が初めてでさ。」
「…うそでしょ?」
 
素直に驚くミリアリア。
こういう顔も可愛いんだよな、と思いながら、ディアッカは話を続けた。
 
「アスランは大抵何やらせてもトップだったし?
特にナイフや体術は得意だったからさ。
ああ、射撃は2位か。それでも総合成績はトップで余裕の赤服、ってわけ。」
「射撃は?やっぱりあんたがトップだったの?」
そう言って首を傾げるミリアリア。
「いや?イザークって言う俺の友達がトップ。てか、なんで俺がトップって思うんだよ?」
 
そう言うとミリアリアは、きょとんとディアッカを見つめた。
 
 
「だって…バスターは遠距離射撃に特化してるでしょ?
バスターの戦闘データを見ても分かるけど、あんたはAAを護りながらあれだけの敵に被弾させてる。
私だって見てればその位わかるわよ。
連合の新型にだって、スペックで負けていても実戦じゃ負けないじゃない?
だから、きっと射撃得意なんだろうなって…」
 
 
ミリアリアは手元にあった救急キットの蓋をぱたん、と閉じ、再び顔を上げる。
「だからあんたってきっと射撃が得意なんだろうなって思ったの…。
ちょっと!なんでそんな顔するのよ?!」
 
そう言われて初めてディアッカは、自分がぽかんとした顔をしていたことに気づき。
ぷい、とそっぽを向いて紅潮した頬を見られないようにした。
 
 
 
「…ほんと、気にしてくれてたんだって思っただけだから…気にすんな。」
 
 
 
その言葉に、ミリアリアも頬を赤らめ。
沈黙が、二人の間を支配する。
 
互いの想いに、ミリアリアもディアッカももう気付いていた。
しかし、二人の間で決定的な言葉はまだ交わされていない。
交わしたのは、さっきのキスだけ。
 
 
「だって…わたし…」
沈黙を破ったミリアリアが、小さな声でそこまで口にした時。
 
 
緊急放送が入り、艦内に、第一種戦闘配備が発令された。
 
 
 
二人ははっと我に返り、立ち上がる。
「…俺、バスターんとこ行かないと。」
「私も、ブリッジに行くわ。」
二人はどちらからともなく頷きあい、医務室を飛び出した。
 
 
 
 
「じゃ、俺行くから。」
医務室からはブリッジの方が近いので、ここまで一緒に来ても、二人はブリッジの入口で別れなければならない。
「…うん。」
ディアッカは、不安げな表情のミリアリアに微笑みかけると、くしゃりと髪を撫でた。
 
「そんな顔すんなって。努力する、っつっただろ?」
「…もう、それ以上怪我増やさないでよね?」
 
意地っ張りなミリアリアが口にできる、ディアッカの身を案じる最大限の言葉。
たまには甘い言葉も聞きたいけれど、地球で戦死した彼氏の事もまだ割り切れていないであろうミリアリアにそこまでを求める訳にはいかない、とディアッカは思った。
急がなくていい。
ただ、またここに戻って来られるように。
自分を、データとしてではなく一個人として見ていてくれる、心配してくれている少女のために、今はそれだけを考え、俺は戦おう。
 
「りょーかい。」
 
そうして、素早い動作でミリアリアの頬にちゅっと唇を落とすと、ディアッカはふわりと格納庫に向かって進み始める。
 
 
「やっ…約束だからね!」
 
 
背後から聞こえた可愛い台詞に、ディアッカは手を上げるだけで答える。
そうして通路の角を曲がって見えなくなるまで、ミリアリアはその姿を見送って。
 
「…あいつ、今ほっぺたに…」
 
途端に紅潮する頬を、ミリアリアは手のひらでぱん、と軽く叩く。
ブリッジに入れば、こんな浮ついた気分ではいられない。
気持ちを切り替えなければ。
 
「…努力するって、言ってたもの。だから大丈夫。」
 
自分に確かめるようにそう呟き、ミリアリアはきっ!と前を見据えるとブリッジへの扉をくぐった。
 
 
 
 
 
 
 
007

1000HIT、ありがとうございます!

今回のお話は、ぴぷ様より頂いたキリリク「負けないで」の続編になります。

もうお互いの気持ちには気づいているけど、決定的な言葉を交わしていない不安定な関係の二人。

ミリアリアのツンデレぶりもそうですが、二人の言葉遣いややり取りも何となく初々しい感じにしてみたのですが…なってるかな…(汗

ぴぷ様、断りなく続編を書いてしまってすみません!

長編とはちょっと違った雰囲気の二人を楽しんで頂けたら幸いです。

 

いつも私の拙い話をお読み頂き、本当にありがとうございます!

今後とも、よろしくお願い致します!

 
text

 

2014,7,14up

2014,8,19改稿