ぬけがら

 

 

 
M―「女の子同士、楽しくやりましょう!今、着替えを持ってくるからね」アスランと共にAAに運
ばれてきたメイリン・ホーク。
彼女の容態も落ち着き、こうして私の部屋の同居人となった。
 
私は、彼女の着替えや日用品を艦内の倉庫に取りに来ていた。
タオルに歯ブラシ、基礎化粧品、アンダーウェアに下着類。
ZAFTから逃げてきたとはいえ、いきなりオーブの軍服って訳にはいかないだろうから、一般服
のスラックス、そして・・・。
 
手前からM、L、LLサイズの順に掛けられている朱色の上着に手を伸ばして、私は止まった。
 
『まさか、そんなはずない・・・』と自分に言い聞かせながら、手にしたMサイズのジャケット
のタグを確認すると、そこには“K”のイニシャル。
そう、これは先の大戦の折、カガリが着ていたもの。
すると、あとの2着も・・・
 
そこで止めておけばいいのに、つい好奇心に負けて、LとLLのタグも確かめてしまう私。
無論、それらには予想通り、“A”と“D”の刺繍があった。
 
停戦後、AAがオーブに帰港した時、これらはモルゲンレーテに返却したはずだったのに、ご丁寧
にもクリーニングされて、再びAAの倉庫に戻されていたのだ。
 
 
 
K―アスランと、彼に付き添っているメイリン、そしてラクスと僕はAAの食堂で談笑をしていた。
 
「あなたも大丈夫ですか? お身体は勿論ですが、お心の方も・・・」メイリンにラクスが声を
かける。
 
「ありがとうございます、ラクス様。 お陰様でホラ、この通り♪」彼女はとても元気そうに、
両腕をムキムキと力コブを作るポーズをして答えた。
 
そんな彼女を気遣うように、「もし俺達に言いにくかったら、ミリアリアになんでも相談すると
いい」アスランがそう伝えると、なぜかメイリンの表情が固まった。
 
――「ミリィと何かあったの? メイリン」
 
――「いいえ、ミリアリアさんはとても良くしてくれています。ただ・・・なんだか・・・最近」
 
メイリンの話によると、ミリィと同室になった頃から、どうもミリィの様子がおかしいらしい。
それは決して、メイリンに嫌悪している様子ではなく、むしろ彼女に罪悪感を抱いているような
顔をする時があるとのこと。
 
アスランを助けたい一身で取った行動とはいえ、この先、自軍・・・ましては実の姉とも戦う
ことになるかもしれない状況だから、メイリンに対するミリィのそんな表情には納得がいく。
 
 
だから、この時の僕達はまだ、それほどミリィのことを心配していなかったんだ。
 
 
 
M―メイリンと過ごす時間は本当に楽しい。
一緒に食事をしたり、天使湯で寛いだり、他愛もないガールズトークに花を咲かせたり。
つい、ここが戦艦ということを忘れてしまいそうになるくらい。
 
 
それでも、彼女の服装を前に、心穏やかでいられるほど、私は人間が出来ていない。
 
 
なるべく意識をしないように、自分に暗示をかけているけど、ふとした瞬間に、顔も体型も性別
もまったく違う彼女に、ほかの誰が重なって見える時がある。
 
あの日、私が別れを告げたアイツに・・・。
 
ジャーナリストとして、世界各地を飛び回っていた時は、見知らぬ土地や常に死と隣り合わせの
戦場、悲惨な現実に身を置いていたから、意識を逸らすことが出来たけど、ここ(AA)は、アイツ
との思い出が多すぎる。
 
絶対、ここにいる訳がないと分かっているのに、どこからか、ヒョコっと、軽くウェーブがかか
ったハニーブロンドの頭が現れそうな錯覚に囚われる。
 
もし私が、ZAFTに戻るアイツを引き止めていたら、今、ここで一緒に戦っていたのだろうか?
もしもあの日、アイツの大事な話を先に聞いてあげていたら、たとえ、離れてしまっても、お互
いの気持ちはまだ繋がっていただろうか?
 
あの頃は、アイツとどんなに大喧嘩をしても、たいてい、長くても2日後には、何事もなかった
かのように、仲直りをして、アイツの腕の中で朝を迎えていたのに・・・
 
さすがに、音信不通がここまで続くと、不安ばかりが募る。
今度こそアイツに見限られたと・・・。
 
 
だから、私がAAに乗り込んだ辺りから、この想いは、ほぼ諦めに近いものになっていた。
だけど、諦めようとすればするほど、アイツとの思い出が胸を締め付け、寒気を覚える。
アイツの表情、声、仕草、ぬくもり、忘れられることなんて何一つない。

 
そして、オーブでの対ZAFT戦の折、ミネルバが放ったミサイルを撃ち落したスカイグラスパー
の火線。
まったく似ても似つかない機体なのに、なぜか、かつてのアイツの愛機と重なって、もしやアイ
ツの声が、「とっとと、そっから下がれよ」の声が届くのでは・・・。焦れた想いを抱えている
と、その後のことは、あまり良く覚えていないまま、AAは海中に潜行していた。
 
 
 
K―アスランの傷もだいぶ癒えてきて、今後の戦況に憂いを感じながらも、僕達はつかの間の平
穏な日々を過ごしていた。
 
だけど、ミリィだけはそんな僕達とは正反対の状態だった。
 
先日のオーブ戦の後くらいから、彼女の変容が目に見えて分かるようになっていた。
人前では笑顔を欠かさないミリィだけど、その微笑にも少し陰りが現れてきて、なんだか、無
理矢理疲れを隠しているように感じる。
 
「オーブが再び戦場になって、破壊されていく姿が辛かったんじゃないか?」と、アスランのつ
ぶやきにメイリンも「私もそう思っていたんですが・・・」と歯切れが良くない。
 
「ケーニッヒの時よりひどいな・・・今のハウは」いつの間にかノイマンさんも僕らの会話に
交ざっていた。
 
「フっちゃった・・・か」感慨深げなノイマンさんのつぶやきに、僕達はハッと気付いた。
 
ただひとり事情を知らないメイリンだけは、キョトンと取り残されたような表情をしていたけど。
 
 
そして、カガリがオーブ代表首長として声明を出した数日後、地球連合によるレクイエムの攻撃
で、プラントのヤヌアリウスとディセンブルが陥されてしまった日、ついにミリィの心が壊れた。
食事を口にしても、すぐに戻してしまったり、夜も眠れていない様子だった。
 
そんなある日の夜中、大きなランドリーバッグを抱えたミリィが部屋を出たまま、まだ戻らない
と、メイリンから連絡を受けて、僕達は艦内をあちこち探し回ったんだけど、なかなか見つけら
れず、僕はマリューさんに相談してみた。
 
さすがにミリィの不調のことは、すでに察していたようで、「ミリアリアさんのことは私に任せ
て」と自信たっぷりに微笑んで、僕達には早く休むようにと促した。
 
 
 
――思い切り泣きたい。でも、泣けない。どこに行っても誰がいる。私の泣き場所がどこにもな
い・・・。
 
私の脚は無意識に、AAの最下階へと向かい、何かに導かれるまま、人気のない暗い通路をただ
進み、“その場所”に辿り着いた。
 
鍵のかかっていない鉄格子の扉を開けて中に入る。ランドリーバックから赤いジャケットを取り
出し、硬いベッドの上に拡げ、その胸元に顔を埋めた。
 
「ムウさんにアスラン、それにラクス。みんなココに帰ってきたよ。なのに・・・アンタは・・
・ディアッカ」その柔らかな感触に、思わずアイツの名前が口から零れる。
 
すると、一筋の涙が頬を伝い、それをきっかけに後から後から大粒の涙が落ちていく。
ここに誰も居ないことを良いことに嗚咽が止められないでいた。
 
 
あれから1時間くらい泣いただろうか。
いい加減、部屋に戻らないとメイリンが心配する。
ここから一番近いシャワー室で顔を洗って、士官室へと戻る途中、ラミアス艦長と会って
しまった。
 
――「あら、お風呂に入っていたのね?」
 
――「か・・・艦長こそ、こんな時間にどうされたのですか?」
 
――「なんだか眠れなくてね・・・。あっ、ちょうど良かった、ミリアリアさん、私に付き合っ
てくれる?」
 
 
艦長は、私がこんな夜中にうろついていることには一切、触れず、艦長室へと招いてくれた。
 
この部屋には、彼女の趣味で設けられた、小さなバーカウンターがある。
本来なら異質だけど、戦艦に温泉を作ってしまうことに比べれば、可愛い部類に感じてしまう
から不思議だ。
 
「エリカさんから餞別でもらったの。一緒に飲みましょう。勿論、薄めに作るわ」ラミアス艦
長は黒いボトルを手にすると、慣れた手つきで、2人分のカクテルを作ってくれた。
 
シュワッと微炭酸の泡が上がり、淡いラベンダー色のカクテルが私の前に差し出された。それ
は私が今、一番恋しい色・・・。
 
 
「ヴァイオレット・フィズよ。綺麗な色でしょ?どうぞ召し上がれ」
 
 
一口含むと、上品な菫の香りが口の中に広がり、とても華やかな味だ。そんなにアルコールが
気にならないのもありがたい。
 
――「ミリアリアさん、私ね・・・あの人(ネオ)のことで、もう悩まないことにしたの」
 
――「・・・」
 
――「いつまでも、過去の彼にしがみ付いていちゃ、前に進めないもの。 それを教えてくれた
のは、ミリアリアさん、あなたよ」
 
――「私・・・ですか?」
 
――「うーん、正確に言うと、ハウ二等兵さんかしら?」
 
――「あの頃の・・・私?」
 
――「そうよ、彼女は深い悲しみや暗い過去、そして後悔に挫けなかったわ」
 
――「けど・・・それは・・・」
 
その先を言おうとして言葉に詰まってしまった。 それは私の力ではない、あの頃の私には、
いつもアイツがそばにいて、ずっと私を支えていてくれたから。
ラミアス艦長はカウンターから窓際へと移動すると、星空に浮かぶ月にグラスを掲げて、「彼
・・・今頃、どうしているかしらね?」とつぶやく。
やっぱり艦長の目は誤魔化せない。きっと私の強がりなんて、最初から見破られていたに違い
ない。
 
――「大丈夫、あなた達はまた会える。あなたがしっかりと前を見ていれば・・・ね」
 
――「ラミアス艦長・・・」
 
――「それに彼の、あなたに対する想いは、たとえ何度もあなたにフラれようとも、そう簡単に
崩せるものではないはずよ。今はただ、戦況が戦況だから、彼も動きが取れないんじゃない?」
 
私の心情を分かってくれる人がいる。それがどれほど心強いことか。
艦長の温かな声が染み込んできて、少し自信が湧いてきた。
 
――「ありがとうございます、艦長。私、もう大丈夫です。でももし、また凹んでしまった時
は、コレ、ご馳走して下さいね」
 
――「ええ、もちろん喜んで。そして、またみんなで・・・ね」
 
 
その翌朝、AAは最終決戦の地、宇宙へと駆け上がった。
 
 
 
 
《終》
 
 
 
007

無事、1000hit達成致しました!

皆様、ほんとうにありがとうございます。

またもEMC様より1000hit記念の素敵な小噺を頂いてしまいました!

自分の作品より先にupさせて頂いてしまい、なんだかすみません(><)

今回は切なくてシリアスです。

本編にあってもおかしくないストーリーにただただ感服…。さりげなく菫色も織り交ぜられてるし!

再会シーン、書きたくなってしまいました!

EMC様、いつも本当にありがとうございます。

頂いた1111hitキリリクも頑張らせて頂きます。

今後ともどうぞよろしくお願い致します!

そして、いつも遊びに来て下さる皆様にも、大変感謝しております。

EMC様の素敵なお話をじっくりご堪能下さい!

 

 

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2014,7,10up