「…ミリアリア・ハウ?」
意外にも、一番初めに言葉を発したのはイザークだった。
俺を見つめていたミリアリアは、名前を呼ばれてはっとしたようにイザークに向き直る。
そして、ふわりと微笑んだ。
「お久しぶりです、ジュールさん。…ディアッカも。怪我とか、その、大丈夫ですか?」
自分にも、声をかけてくれた。
その卑屈な思いに、ディアッカの心が少し軋む。
「ああ、俺もこいつも特に怪我もない。ありがとう」
それまでの仏頂面が嘘のように、イザークがミリアリアに微笑みかける。
この、フェミニストめ。俺の気も知らないで。
先程とは立場が逆転していることに気づかないまま、今度はディアッカの顔が曇った。
ミリアリアはそんなディアッカを気遣わしげにじっと見つめていたが、突如自分の仕事を思い出したようにやや慌てて談話室のドアに近づき、慣れた手つきでロックを解除した。
不意に、花のような香りが鼻腔をくすぐる。
これは…この香りは…。
「ハウ、後は頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
ノイマンを見送り、ミリアリアは振り返った。
「いま、ラクスたちが着艦したみたいなの。もうすぐここに来ると思うから入って待っててくれる?」
そう言うと、ミリアリアは部屋の隅にある簡易ブースに向かい、飲み物の準備を始めた。
「ディアッカと大尉はコーヒーの方がいいかな?ジュールさんは紅茶で大丈夫ですよね?」
「ああ、紅茶で結構だ」
「嬢ちゃん、さすがだねー。いい嫁さんになれるぞー」
ミリアリアはそんな含みのあるフラガの軽口を苦笑いでかわしつつ、手早く紅茶とコーヒー、それぞれのカップを棚から出して行く。
そして、不意に振り返るとディアッカを見つめた。
「ディアッカ?紅茶の方がいいの?」
ディアッカははっと我に返った。
何度も夢に見た、碧い瞳。
そこには昔のような刺々しさは無く、ちょっとだけ首を傾げたミリアリアは以前より少しだけ痩せて大人びて。
本当に、綺麗になっていた。
ただひとつ、気づいてしまった。
顔色が悪い。
メイクのせいかとも思ったが、本来ミリアリアはほとんどメイクをしない。
二年前と変わっていなければ、だが。
なのにこれだけ顔色が白いのは、やはり体調が悪いからではないのか?
「ああ、コーヒーでいい」
やっとの事でそれだけ告げる。
ミリアリアはほっとしたように微笑んだ。
「…うん。分かった」
ミリアリアの、笑顔。
ディアッカの心に嵐が吹き荒れる。
なぜ、俺は何も言えない?
言いたいことはたくさんあるだろう?
体調は?
なぜここにいる?
仕事は?
なぜ、あんな別れ方をしたのにお前は普通に俺に話しかけるんだ?
なぜ、別れた男である俺が贈ったトワレをその身につけている?
そっと唇を噛みしめる。
だめだ。
俺は諦めたんだ。
こいつの幸せな未来に、俺は必要ないのだから。
ディアッカは、ミリアリアに背を向けた。
無理矢理、笑顔を張りつける。
「で、おっさん!どーいう訳で華麗に復活してんのか、俺に納得のいく説明してくれるよな?」
「おっさんじゃない!」
懐かしいやりとり。
からかうような目でこちらを見ていたフラガに、ディアッカは意識して人の悪い笑みを向ける。
その様子に気づいたのか、フラガの表情がかすかに変わった。
ミリアリアの表情は、見えない。
当然だ。背を向けているのだから。
ミリアリアも、それ以上は一言も言葉を発さず、飲み物の準備を続ける。
イザークは、艦内の通信機器を借りてボルテールに今後の指示を送っている。
言いたい事、聞きたいことがたくさんあるはずなのに。
それぞれに、見えない境界線があるような気がした。
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2014.6.4up