2, おいしいね、たのしいね

 

 

 

 
こちらでお待ち下さい、と通された部屋で、サイは思わず自分の格好を見下ろした。
着替えをする為の部屋は、すぐ隣に用意されている。
だが、サイには自分の仮装まで考える余裕も時間も無かった。
 
 
「すごーい!ねぇパパ、どうしてこんなにかぼちゃがあるの?」
 
 
サイの足に絡み付き、言葉もでない様子で豪華に装飾された室内を見渡していた小さな体を、サイは軽々と抱き上げた。
 
「今日はね、ハロウィンってお祭りの日なんだ。だからサーシャもドレスを着て来ただろ?」
「…はろりん?」
「ハロウィン、ね。」
「ねぇパパ、ドレスじゃないよ?これ、めいどさんでしょ?イザークが言ってた。」
 
サーシャの仮装に使え!と顔を赤らめながら子供用のメイド服が入った包みを差し出して来たザフトの総司令官であり、大切な友人であるイザークの姿を思い出し、サイの頬は自然と緩んだ。
 
 
「きょうは、イザークこないの?」
「うーん…どうかな。お仕事が早く終われば来られるんじゃない?」
「りあっかは?」
「ディアッカ、ね。あいつは…ミリィ次第かな。」
「ふぅん…。あ、ミリィおねえちゃんも、めいどさん着てくればいいのにね!パパ!」
 
 
ディアッカが聞いたら即メイド服を調達しに行きかねない言葉に、サイは娘を抱いたまま苦笑する。
何年経っても、周りの環境がどう変わっても、ディアッカの愛妻家ぶりは全く変わらない。
サイは、サーシャをそっと床に降ろし、パニエでふんわりと膨らんだ愛らしい猫耳付きのメイド服を上から下までじっと眺めた。
ご丁寧に尻尾までついているそれは、イザークが選んだのだろうか。
 
ーーあいつのセンスは、時々よく分からないからな…。
 
 
「ねーパパ、だれもこなかったら、サーシャつまんない」
サイはしゃがみ込むと、娘と同じ高さで視線を合わせた。
 
「大丈夫。もうすぐラクスさまやキラが来るよ。サーシャみたいに、いつもと違う格好でね。」
「ほんとう?やったぁ!!ハロもくるかな?」
「多分ね。」
 
とたんにきゃっきゃとはしゃぐ娘を、サイは愛おしげに見つめる。
急な仕事で地球に行っている妻にサーシャのこの姿を見せられないのは残念だが、あとで写真を撮って送ってやろう、とサイは思った。
 
「そうだサーシャ。ハロウィンについて説明してなかったよね?」
室内を駆け回る娘に、サイは優しく声をかける。
「?うん。サーシャ、はろりんてはじめて聞いたから。」
サイは手近なソファにサーシャを座らせ、自分はその前に膝をつく。
 
 
「ハロウィンていうのはね、今ママが行ってる地球にずーっと昔から伝わるお祭りなんだ。
ここにあるみたいにかぼちゃの中身をくりぬいて“ジャック・オー・ランタン”を作って飾ったり、子どもたちがいろんな格好に変身して、大人達にお菓子をもらったりするんだよ。」
 
 
「…お菓子?もらえるの?」
サーシャのグレーの瞳が輝く。
「そう。でもね、それには呪文が必要なんだ。」
「じゅ、もん?」
サイはにっこりと笑って、サーシャの耳に顔を近づけるとその呪文を耳打ちした。
 
「え、と…」
「もうすぐみんなが来たら、その呪文を言ってごらん?きっと、いいものがもらえるよ」
「パパ!もう一回おしえて!サーシャおぼえられない!」
 
途端に焦って泣きそうになるサーシャに、サイは何回もその言葉を言って聞かせた。
 
 
 
 
と、室内にノックの音が響く。
サーシャが一気に緊張した表情になり、サイは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「こちらでございます。お連れ様は既におみえです」
「ああ、ありがとう…う、わっ!」
 
 
 
「とりっく、おあ…えと……とりーと!!!」
 
 
 
部屋に入るや否や、大声で叫びながら飛びついて来た小さなかたまりに目を丸くして息を飲んだのは、ザフトの白服に身を包んだ銀髪の美青年。
 
今や、軍の総司令官にまで昇りつめた、イザーク・ジュールであった。
 
 
「お、おいサーシャ!何事だ一体?」
「…え?あれ、イザークだ!パパー!イザーク!!」
母親譲りなのか、脅威的なジャンプ力でイザークに飛びついたまま喜びの声を上げるサーシャに、イザークの後ろに立つシホがたまらず笑い出す。
「サーシャ、はい、どうぞ」
シホが差し出した大きなリボンがかかった包みを、サーシャは信じられないと言った表情で見つめ、そしてシホを見上げると花が開くような笑顔になった。
 
「ありがとう、シホおねえちゃん!!」
 
その嬉しそうな声と笑顔に、シホだけでなくイザークまでもが困ったように微笑んだ。
 
 
 
 
それから1時間もしないうちに、ラクスとキラがやって来た。
 
「ディアッカとミリィは、もうしばらくしないと来れないみたいだよ」 
 
自分と同じく仮装していないキラの姿に少しだけ安堵し、サイはシャンパンのグラスを傾けた。
「ミリィも忙しいからね。しょうがないよ。」
「サーシャは残念なんじゃない?」
「や、大丈夫。イザークがいるから。」
「やたら子供に好かれるよね、イザークって。」
 
イザークの膝でもぐもぐとお菓子を頬張るサーシャの姿に、キラは優しい視線を送る。
 
 
「あの衣装もさ、イザークがサーシャにってプレゼントしてくれたんだ。」
「…あれ、イザークの趣味、なのかな」
「………さぁ。自分とこが男の子だから…いろいろ、あるんじゃない?憧れとかさ…」
 
 
イザークの隣に座ってサーシャの相手をするシホは、現在妊娠6ヶ月。
やんちゃ盛りの息子は、現在エルスマン邸でミリアリアが仮装させている最中らしい。
 
「サーシャ、そんなにいっぺんに口に入れちゃダメよ。これで手を拭いて?」
「ふぁーい」
 
シホは二人目の妊娠という事もあり、前回と違って大分落ち着いているらしい。
サーシャをあやす手つきも慣れたものだ。
 
 
 
「…なんかさ。あの頃はこんな未来があるって考えた事も無かったよな。」
サイの静かな声。
キラもまた、シャンパンのグラスを手に微笑み、頷いた。
「ナチュラルとコーディネイターが一緒にハロウィンパーティするなんてね。」
「ーーそれだけ、互いの距離が縮まったという事ではありませんか?」
 
 
不意に頭上から降って来た柔らかい声。
そこには、かわいらしい吸血鬼に扮したプラントの歌姫であり最高評議会議長、ラクス・クラインの姿があった。
 
 
「今年も世界各地でハロウィンのイベントが行われている、とバルトフェルド隊長が仰っていました。
そこにはナチュラルもコーディネイターも関係ない、と。
以前に比べて二つの種族の絆が強くなってきた証、と考えればとても喜ばしい事ですわ。
…それでも、まだまだ問題は山積みです。
種族間の確執、ダストコーディネイターへの救済措置、コーディネイターの出生率の問題…数え上げればきりがありませんものね。」
 
 
ここに集うもののほとんどが、世界が抱える問題に正面から向かい合うものばかりだ。
本来なら、このようにのんびりとハロウィンを楽しんでいる時間などないのかもしれない。
それでも、サイは思う。
こうして、心からくつろげる時間と大切な仲間達がいるからこそ、人はまた、前を向いて頑張れるのだと。
 
 
「…すぐにどうこう、というのは無理かもしれません。
でも、オーブやそれに追従する地球の国々でも、プラントが抱える問題について議論を重ねています。
ーーー大丈夫。道は、必ず開けます。」
 
 
サイの力強い言葉に、ラクスはにっこりと微笑んで頷く。
 
 
「ねー、イザークははろりんの格好しないのー?」
「ディアッカでもあるまいし、するわけがなかろう!」
「でも、ラクスさまはしてるよ?りあっかにおようふくかしてもらえばいいのにー。おともだちでしょ?」
「サーシャ。りあっかではない。ディアッカ、だぞ?それと、はろりんでもない。ハロウィン、だ。」
「ねーイザーク。シホおねえちゃんのお菓子、ぜんぶおいしいね!」
 
 
昨年のハロウィンで吸血鬼に扮したディアッカを見た途端大号泣した事をすっかり忘れているサーシャの言葉に、ラクスがおかしそうに笑う。
そしてキラとサイは、噛み合わない会話をしつつも舌足らずなサーシャに必死で正しい発音を教えようとするイザークの姿に笑いを堪えきれない。
 
「サーシャ、イザークが来て下さって良かったですわね。」
ラクスの言葉にサーシャは振り返り、にっこり笑って頷いた。
 
 
「うん!サーシャ、たのしい!ママがいないのはちょっとつまんないけど、でもたのしいね、パパ!」
 
 
その言葉に、イザークとシホがそっと目を見交わす。
そして、イザークにそっと柔らかな赤茶色の髪を撫でられたサーシャは、ますます嬉しそうにころころと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
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……えーと。
まず、これはかなり未来のお話です。
「天使の翼」からさらに数年経ったプラントでのお話を書きました。
初公開の設定がてんこもりですが、ああそうなんだーと温かく見守って頂ければ幸いです(笑)
サーシャちゃんの年齢、そして地球にお出かけしているサイの奥様とは一体誰なのか?とか。
イザシホが結婚を通り越して二人目妊娠中!とか。
DMはどんな状況になってるのか、とか!
全部ぼかしながら書いているので何とも心苦しいのですが、その辺は皆様のご想像に
お任せします(ある意味丸投げ・笑)
いつか落ち着いたら、こういう未来のお話も書いて行きたいものです(●´艸`)

 

 

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2014,10,31up

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