1, 唇に指を這わせ

 

 

 

 
「軍事裁判て…どういう、こと?」
 
 
震える声。
揺れる、碧い瞳。
 
青ざめた顔でモニタ越しに自分を見つめるミリアリアに、ディアッカは困ったような顔で笑いかけた。
 
「…誰から、聞いたの?」
「…カガリ」
「そ、か。」
 
それきり、二人の間には沈黙が落ちる。
 
 
「…あのさ。変な心配とか、いらねぇから。」
 
 
俯いていたミリアリアはその言葉に顔を上げ、きっ!とモニタの向こうのディアッカを睨みつけた。
 
「どういう意味?変な心配って何よ?!」
 
 
どうして、心配しちゃいけないの?
心配に決まってるじゃない!
 
 
「約束しただろ?面倒ごと片付けたらすぐに会いに行くって。そのまんまだよ。」
「バカじゃないの?!軍事裁判は、面倒ごとなんて簡単なものじゃないでしょう?!」
 
 
オーブに戻ったAAクルー達のほとんどが、今も故郷に戻れないでいる。
それは、かつて所属していた地球軍に拘束され、裁判にかけられ処罰されるのを恐れているからーー。
 
「そうかもしれないけど!とにかく、お前はそこで待っててくれ。
俺は、処刑なんてされない。絶対お前の所に行くから。ひとりにしないって言ったろ?
だからーーー頼むからそんな風に、泣くなって…」
 
 
お前がそうやって一人で泣いてると思うと、そっちのが俺は何倍も、辛いんだ。
 
 
碧い瞳でディアッカをきつく睨みつけながら、肩を震わせぽろぽろと涙を零す華奢で小さな少女。
ディアッカは、思わず抱き締めようと伸ばした手を、ぎゅっと握りしめたーーー。
 
 
 
 
 
「眩しい…」
淡い紫色のワンピースが、爽やかな風に揺れる。
久しぶりに外の空気に触れ、ミリアリアは思わず目を細めた。
宇宙にいた頃、ひどく焦がれたオーブの風、空。
しかし、実際そこに立ってみても、ミリアリアの心は全く晴れる事などなくて。
 
ふぅ、とひとつ息をつき。
ミリアリアは少しだけ俯いたまま、カガリが指定した場所へと歩き出した。
 
 
 
ディアッカがプラントで軍事裁判にかけられる。
ミリアリアがそれを知ったのは、3ヶ月程前。
一緒にお茶を飲んでいたカガリの、無邪気な言葉がきっかけだった。
 
 
 
ミリアリアが地球に戻ってからも、二人はカガリの力を借りて通信でやり取りをしていた。
その為カガリは、ディアッカの処遇についてもミリアリアが当然知っていると思っていたのだろう。
 
「ディアッカ…うまくやるといいな。」
「え?うまくって?」
 
きょとん、と首を傾げるミリアリア。
カガリの隣にいたアスランーー現在はアレックス・ディノと名乗っているーーが、慌ててカガリの言葉を止めに入る。
しかし、そんなことで誤摩化されるミリアリアではなく。
カガリとアスランを問いつめ、すぐさまディアッカに連絡を取り冒頭のような会話を繰り広げたのだった。
 
 
 
 
ディアッカからは、あれ以来何の連絡も無い。
何かあれば、カガリに連絡が行くように手配してあるから。
最後の通信で交わした会話の時、ディアッカはそう言って、ミリアリアを安心させるように優しく微笑んだ。
 
 
必ず、会いに行くから。泣かないで待ってろ。お前は、ひとりじゃないから。
 
 
泣きじゃくるミリアリアに何度もそう繰り返したディアッカは、しばらく連絡が出来なくなる事、落ち着いたらすぐにでも連絡をくれる事を約束し、ミリアリアはその言葉にもまともに返事が出来ないまま通信は終わった。
 
 
あれから毎晩、遠いプラントのディアッカを想い、夜空を見上げて涙を零した。
泣かないでいる事なんて、とてもじゃないけど出来なかった。
ディアッカが残して行った、約束。
その儚すぎる約束を、ミリアリアは信じるしかなくて。
でも、本当に信じていいのか分からなくて。
ぐらぐらと振り子のように揺れる気持ちを抱え、家から殆ど出る事もなくただぼんやりと日々を過ごし、夜になると一人泣いていた。
 
そんな状態のミリアリアを心配したのか、カガリから直々に電話があったのが、つい数時間前。
 
 
『こんなに天気がいいんだ。たまにはうちの別邸にでも遊びに来いよ!』
 
 
とてもそんな気分にはなれない。
しかし、カガリが自分を心配してくれている事もよく分かっていて。
 
ミリアリアは、ぼんやりとした意識の中で「うん」と頷いていた。
 
 
 
 
アスハの別邸はオーブ国内にいくつか存在するが、今日ミリアリアが連れて来られた場所は市街地から少し離れた海辺の建物だった。
本来なら一般市民のミリアリアなど足も踏み入れられない場所であるが、AAで苦楽を共にしたカガリは何かとミリアリアを気にかけ、よく声をかけてくれた。
最初は遠慮しがちだったミリアリアもカガリのざっくばらんな性格に触れ徐々に心を許し、またディアッカの事もあり、いつしか二人の関係は気の置けない友人のようになりつつあった。
 
 
「カガリ様は急な政務が入ってしまわれまして。
後ほどこちらにお見えになりますので、ハウ様はしばらくこちらの屋敷でお待ち下さい。」
 
 
自分をここまで連れて来てくれた運転手は、そう言って優雅に礼をしあっという間に去って行った。
ミリアリアはぼんやりとバルコニーに立ち、白い砂浜を眺める。
 
大好きな、オーブの海。
この海はミリアリアの瞳と同じ色だ、と言ってくれたのは、ディアッカ。
また出口の見えない不安に襲われそうになり、ミリアリアはぶんぶんと首を振ってビーチに足を踏み出した。
 
 
 
ワンピースの上に羽織っていた白いカーディガンをバルコニーに置き、サンダルを脱いで裸足になり、砂浜をゆっくりと歩く。
さく、と足をさらさらの砂に埋め、ミリアリアは歩みを止めた。
 
大好きな、オーブの青い空。白い砂浜。碧い海。
どれもこれも、ディアッカに見せたかった、もの。
そう、これだけじゃない。
地球にしかない、自然が生み出した雄大な景色。日ごとに違う空の色。突然の雨とその後に現れる虹。
プラント育ちのディアッカに縁のないもの全てを、彼に見てほしい、一緒に見たいと思っていた。
必ず会いに来てくれる、と約束したその日から、ずっと。
 
 
「…待たせすぎよ。いいかげん、通信くらい寄越しなさいよ…」
 
 
ディアッカは無事でいるのだろうか。
軍事裁判の結果は?
今どこで、何をしているの?
 
ミリアリアの知りたい事は、何一つ自分では知り得ない事ばかりで。
不安で、不安で。
壊れそうになる自分をどうにか保てたのは、ディアッカと交わした『約束』があったから。
必ず会いに来てくれると、ひとりにしないと言ってくれたから。
 
 
「待ちくたびれて泣く前に、会いにくるって言ったじゃない…。あの、馬鹿…。」
 
 
ミリアリアの大きな瞳に、涙が浮かぶ。
そうして、涙が零れそうになった、その時。
 
 
 
ふわり、とミリアリアの体が温かい何かに包まれた。
 
 
 
「まーた、泣いてんの?」
どこかで聞いた台詞。
艶めいた、低くて甘い声。
ミリアリアはゆっくりとその声がした方を振り返る。
 
「…おまたせ、ミリィ。」
 
そこには、ザフトの一般兵用の軍服を身に纏った、ミリアリアが誰よりも求め、会いたかった男。
ディアッカ・エルスマンが柔らかい笑顔で立っていた。
 
 
 
 
「ほん…もの?」
ミリアリアの震える声。
「正真正銘、ホンモノ。何なら触ってみる?」
からかうようなディアッカの声に構わず、ミリアリアはそっと手を伸ばす。
その拍子に、ディアッカがバルコニーから持ち出し、肩にかけてくれたであろうカーディガンが風に飛ばされた。
「あ、おい、上着…」
そんなことにも気付かず、ミリアリアは伸ばした手でディアッカの頬に触れ、その温かさを確かめるようにそっと指を滑らせる。
 
 
「…ディアッカ?ほんとに?」
子供のように首を傾げるミリアリア。
その拍子に、瞳に溜まっていた涙がぽろりと零れた。
ディアッカは、自分の頬に寄せられた小さな手をそっと取り、そこにそっとキスを落とす。
そのままその手を思い切り引き、よろめいた小さな体を思いのままに抱き締めた。
 
 
「遅くなって、心配かけて、ごめん。」
 
 
その、甘い声。回された腕の力強さ。
閉じ込められた胸の、温かさ。
ミリアリアはそっと目の前の体に腕を回し、その感触を確かめるように頬を胸にくっつける。
 
 
「遅い、わよ…。待ちくたびれて、たくさん、泣いたわ。」
「…ごめん。」
「どうして、いきなり、来るのよ」
「…面倒ごと、とりあえず片付いたから。イザークに言って、無理やり休みもらってきた。」
ミリアリアは顔を上げた。
 
「バカね…。そんなことしたら、また疑われちゃうじゃない…。せっかく、助かったのに。」
「俺は、誰に恥じることもしてねぇよ。だから、心配すんな。」
 
大きな手が、安心させるかのようにミリアリアの髪を撫でる。
AAにいた頃と、同じように。
 
 
「約束、守ったろ?ちゃんとこうして会いに来た。だから、もう泣くなって。」
 
 
ミリアリアは、涙の残る碧い瞳でディアッカを見つめた。
「…約束、半分…守れ、なかったわ。わたし。」
「…は?」
意味がわからない、と首を傾げるディアッカ。
ミリアリアはぎゅっ、とディアッカにしがみつく。
 
 
「あんたは私に嘘はつかない。だから、約束したとおり必ず会いに来てくれる。
そう信じてたけど、それと同じくらい不安になったわ。
だから、あんたとの約束を破って、ひとりでたくさん泣いた。」
 
 
「ミリアリア…」
自分にすがりつく少女の細い体を、ディアッカは慈しむように抱き締めた。
大切な宝物のように、壊さないように、大切に。
 
「ごめんね…ひとりで泣いて、約束守れなくて。あと…あとね。」
「…なんだよ?」
 
ミリアリアは、ディアッカの腕の中で再び顔を上げ、涙の残る瞳を細め、花のような笑顔を浮かべた。
どくん、とディアッカの心臓が音を立てる。
 
 
「約束、守ってくれて…ありがとう。
いきなりでも、こうしてちゃんと、会いに来てくれた。
だから…ありがとう、ディアッカ。」
 
 
不安で、仕方なかっただろうに。
数え切れぬほど、ひとりで涙を流しただろうに、なぜ腕の中の少女はこんな風に笑えるのか。
 
 
これが、自分が初めて心から愛し、守りたいと思った女、ミリアリア・ハウの強さーーー。
 
 
「…お前ってほんと、弱っちいんだか強いんだか…」
「え?」
 
 
ディアッカの手がミリアリアの肩に置かれ、紫の瞳がミリアリアを映し出す。
 
「ミリィ。好きだ。」
 
その言葉に、ミリアリアの碧い瞳がみるみるうちに潤み、ぽろりとまた涙が零れ落ちる。
ディアッカはその涙をそっと薄い唇でなぞり、掬い上げた。
 
ーーあったかい。
 
ミリアリアはふるりと体を震わせ、されるがままに身を委ねる。
 
 
「…いまさらだけどさ。俺と、付き合ってくれる?」
 
 
ミリアリアは、温かい唇を頬に当てられたまま、小さくこくり、と頷く。
その仕草に、ディアッカがくす、と笑う気配をミリアリアは感じた。
 
ミリアリアから体を離したディアッカ、薄く開いたミリアリアの唇にそっと指を這わせる。
 
 
「キスして…いい?」
 
返事の代わりに、ミリアリアはそっと瞳を閉じた。
 
 
程なく、温かい唇がミリアリアのそれに重ねられ。
二人は互いの存在を確かめ合うように何度も甘いキスを交わしあった。
 
 
 
 
 
 
 
007

前々から書きたいと思っていた、無印終了後に離ればなれになった二人が
再開するお話です。
素敵なお題をお借りして、再開後〜二人が初めて結ばれるまで、を
全5話で書いて行きたいと思います。
こちらも不定期になるかと思いますが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
どうか皆様に、楽しんで頂けますように!

 

次へ  text

 

お題配布元「確かに恋だった」

2014,9,25up